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新領地就任

「今日からここ、セアンサ領を治めることになったハックルだ。よろしく頼む」


 ハックルはセアンサ領の主だった人間を集めると、そう自己紹介した。

 軽く全員の様子を見渡してみたが、こちらを値踏みするような者はまだ良い方で、あからさまに見下しているような者もいた。


 まあ、これは想定内、だな。


「何か聞きたいことがある者はいるか」


 ハックルの問いかけに、一番年上であろう男がすっと手を上げた。


「あなたがここを治めることは陛下の命令ですから、特に異存はありません。ですが、あなたの領地から人を連れてくることは許容しかねます」


 男はそんなことを言い出した。

 どうやら、ノキュやダミナ、それと一部の精鋭を連れてきたことが気に入らないらしい。


「それに関しても、陛下の許可は得ているが」


 ハックルは表情を全く変えずに答える。


「ですが、その方々を雇用するのなら我々が割を食うのではありませんか?」

「連れてきたのは十人にも満たないから、そんな心配をする必要はないな」

「そうですか」


 納得したのか、男はいったん引き下がった。


「納得したなら、これから仕事をしようと思うが……領内の資料はどこにある?」

「えっ? 着任したばかりでもう仕事をするのですか」


 ハックルの言葉に、男は驚いたような声を上げた。


「何か問題があるか」


 その驚きように、何かを隠しているのではないかとハックルは詰め寄るような言葉を投げた。


「い、いえ。ハックル様も着任したばかりでお疲れでしょうから、今日の所はゆっくりとお休みになられた方が良いかと」

「……つまり、お前達は準備ができていない、という解釈で良いのかな」

「け、決してそんなことは」


 ハックルが更に圧をかけると、男はたじろいでいた。

 常時、とまでとはいかないにしろ戦場を駆け回っていたハックルに対して、相手は戦闘など経験もしたことがないだろう。

 その気になれば、ハックルは今すぐにでも相手の首を斬り落とすことすら造作でもなかった。


「まあ、そちらの気遣いを無下にするのも無粋というものだな。今日は休むとしよう。だが、明日からはしっかり仕事ができるようにしておいてくれ」


 ハックルは僅かに笑みを浮かべると、相手の提案を受けるような言葉を告げた。


「はい。了解しました」


 どこか安堵したような表情で、男は答える。


「どう思う?」


 人払いをしてから、ハックルは控えていたノキュとダミナに振り返った。


「良い見方をするのなら、本当に準備ができていない。悪い見方をするのなら、隠しておきたいことがある、といったところでしょう」

「自分も同意見です」

「そうか。それなら、もう少し道化を演じることにするか」


 二人に言われて、ハックルは口元をわずかに歪ませる。ここまでわかりやすい相手なら、そこまで苦労することはなさそうだと感じていた。


「そんな悪い顔、他ではしないようにお願いしますよ」

「と、そうだったな」


 ノキュに窘められて、ハックルは口元に手を当てた。


「ではハックル様。彼らの様子を探らせますがよろしいですか」

「ああ、頼む」


 ダミナの提案にハックルは頷いた。


「ということだ、頼むぞ」

「了解しました」


 ダミナの命令で、控えていた数人が音も立てずに部屋から出た。


「こうなることを想定して、グロン様は連れていく人材を選んだのでしょうね。直接戦闘よりも、情報収集が得意な面々が揃っています」


 その様子を見て、ノキュは感心したように頷いた。


「まあ、和平が成立したとはいえ戦闘に優れた人間を連れていくわけにはいかないしな。万が一、ということもある。それに、王都の隣であれば余程のことがない限り戦闘になることもないだろう」


 ハックルはグロンの人選の確かさに舌を巻いていた。

 連れてきた人間は主に斥候や監視などを担当していたこともあって、この手の情報収集はお手の物だった。


「そうですな。では、今後のことを考えるとしましょうか」

「まず、あちらがまともだった場合。こちらは可能性が低いですが、上手いこと回してやれば良いでしょう。問題は……」

「まともじゃなかった場合、ですな」


 ダミナの言葉を受け継ぐ形で、ノキュがそう言った。


「その場合は、どうしたらいい。さすがに全員を排除するわけにもいかないだろう」


 ハックルはノキュとダミナを交互に見やった。

 あの様子だと半数近くは排除する必要がありそうだが、かといって全員を排除してしまうとそれはそれで問題になる。


「元領主に従って甘い汁を吸っていた輩は、排除する必要がありそうですな。末端まで排除してしまうと全く回らなくなりそうですから、ほどほどを見極める必要があるかと」

「そうか。なら、そのほどほどはお前達に任せて良いか」


 ノキュの提案に、ハックルはそう答える。


「そうしたいのは山々ですが、それも領主の仕事だと思いますよ」

「わかった。調査の結果を見て判断する」


 ダミナに言われて、ハックルは小さく頷いた。

 正直面倒事は二人、というよりノキュに丸投げしたいところだったが、いつまでも頼っているわけにもいかない。

 それに、ここで領主をやっていくからにはサイカオと同じというわけにはいかないだろう。


「さて、どう転んでも良いように準備だけはしておくか」


 ハックルの言葉に、ノキュとダミナはゆっくりと頷いた。



「こちらが、昨年度の収支の詳細になります」

「ご苦労……と、名前をまだ聞いていなかったな」


 恐らく前当主の側近だったであろう男に、ハックルは名前を尋ねた。


「はい、イントラと申します」

「そうか、お前はここのまとめ役のようだが。前当主の時はどのような役割だった?」


 ハックルは渡された資料に目を通しつつ、質問を重ねる。


「前当主の元では、執事と補佐役を兼ねておりました」

「俺の元でも、同じ役割を望むか」

「……いえ、それは」


 思いがけないことを聞かれたせいか、イントラは言葉を濁していた。


「すまないが、執事は気心のしれたノキュに頼みたいと思っている。だが、それ以外に関しては……」

「ハックル様」


 ハックルの言葉を遮るように、ノキュが声をかけた。


「時に今まで通りでよろしいのではないかと。ただし、適していないと判断したら適宜配置転換するということで」

「そうだな、そうしようか」

「なっ……それは、横暴が過ぎるのではありませんか」


 たまらずイントラが抗議の声を上げる。


「横暴? これは面白いことをおっしゃいますな。今のセアンサ領の領主はハックル様でございます。ハックル様に人事権があるのは当然のことではありませんか」

「そ、それは……」

「ははっ、あまり強いことを言ってくれるな、ノキュ。それにあくまで状況次第、ということだ。お前達がまっとうに仕事をしてくれるなら、俺もそこまではしない」


 ハックルは一通りの資料に目を通し終えると、それをノキュに差し出した。


「やはりサイカオと違って収支が細かすぎてよくわからん。お前はどう判断する」

「……これは、取り立てて問題があるようには思いませんが。しかし、羨ましいものですな。サイカオでこれだけの収益があれば、どれだけ良かったことか」


 そこで、二人は目でやり取りをしていた。

 予め決めていたことだが『よくわからん』は、問題があるがどうだという問いかけ。

 そして『問題はない』は問題がある時の返答だった。


「それで、イントラ。お前は領主の補佐をしていたそうだが」


 ハックルはイントラの方に向き直った。


「はい」

「それなら、どのような仕事をしていた」

「領主様は、ここの内政の大半を当方に任せてくださいました」

「そうか。だが、一人でそれだけの仕事は大変だろう。これからは、半分くらいはこちらで請け負うつもりだが、構わないな」

「……それは、有難いお言葉です」


 一瞬不満げな顔を見せたものの、イントラは取り繕うと頭を下げる。


「では、そちらでやり切れない分をこちらに回してくれ。それ以外は、以前と同じように頼む」

「はっ。ではそのように取り計らいます」


 イントラは再度頭を下げると、仕事にとりかかるためか部屋を出て行った。



「今度の領主は不正はしなさそうだが、あまり頭がよろしくないようだ」

「ほう、それなら今まで通りにやれるということだな」

「いかにも出来そうな執事もいたが、あれも見かけ倒しらしい。今回提出した収支を見ても、全く問題と受け止めていなかった」

「それなら、わざわざ細工する必要はなかったか」

「かもしれんな。だが、あからさまに杜撰だとさすがにまずいだろう」

「だが今まで通りにやれるだけで十分だな。むしろ、領主に流れない分こちらの懐に入ってくるというものだ」

「全く、陛下は良い領主を送り込んでくれたものだ」



「なんて会話が、されているだろうな」


 ハックルは改めて収支に目を通しつつ、そう言った。相手を欺くために馬鹿のふりをしていたものの、仮にもサイカオで領主をやってきている。

 一見取り繕ったように見えても所々に粗があるのは嫌でもわかった。


「でしょうな。この収支、一見すると問題ないように見えますが、所々無理に辻褄を合わせたような箇所があります。この程度で騙そうとは、甘く見られたものですな」


 ノキュは呆れたように息を吐いた。


「昨日探らせた結果ですが、大慌てで様々な資料を書き換えていたようです。ですので、完全に隠蔽しきれなかったのでしょう」


 それまで黙っていたダミナが、報告するように口を開いた。


「どれだけ、残ると思う?」

「半分も残れば良い方かと」

「半分か……残った人数にもよるが、募集をした方が良さそうだな。意外と、在野に人材が埋もれているというのはよくある話だ。サイカオもそうだったしな」


 ハックルはグロンの提案で在野から人員を募集したことを思い出していた。

 そもそもサイカオ家は歴史が浅い貴族だから、代々からの家臣というのは多くない。ノキュやダミナも先祖代々からの家臣、というわけではなかった。


「だと、良いですが」

「まあ、いずれにしても膿を出し切ってからの話、だな」


 ハックルは資料を机に置くと、軽く背中を伸ばしていた。

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