引継ぎ
「これはまた、面倒なのか厄介なのか。いずれにしても、とんでもないことになったね」
「全くだ。よもや、領地替えになるとは思いもしなかったな」
ハックルが事のあらましをグロンに報告すると、さすがのグロンも驚きを隠し切れなかった。
「で、まさか領地替えが報奨とかふざけた話じゃなかったよね」
「それは当然だ。それ相応の金はふんだくってきたつもりだが……後日、こちらに送ってくるというのを信用していいのか、という問題はあるがな」
ハックルはいくら国王直々の命令とはいえ、今までこちらの要請を無視され続けてきたことを考えるとすんなりと行くとは思えずにいた。
「まあ、さすがに国王陛下直々の命が無視される、ということはないだろうけどね。それに、決まったことにあれこれ言っても始まらない。なら、今後のことを考える必要がある、か」
グロンはサイカオ家に勤めている人間の名簿をざっと眺める。
「そうだね……兄さん一人で新しい領地に行くのは不安だから、誰かしらには一緒に行ってもらおうと思う。あまり多人数を連れていかれるとこちらも困るし、あちらも良い顔をしないだろうから多くても十人程度がいいと思う」
「確かにな。そうなると、誰を連れていくのがいいか……さすがに、ノキュやダミナには残ってもらった方が良いか。あの二人はここの要でもあるからな」
「いや、その二人には兄さんと一緒に行ってもらおうと考えているよ」
「どういうことだ? 二人がいないと、ここも困るだろう」
グロンがノキュとダミナを一緒に連れていけと言うので、ハックルは驚きを隠せなかった。もちろん、他の人間が劣っているとは思っていないが、それでも二人がサイカオ領において重要な人物であることは間違いなかった。
「だからこそ、だよ。いい加減、あの二人に頼りっきり……ってことはないけど、そろそろ世代交代のことも考えないとね。ノキュなんかは、その辺りも考えてくれていたようだけど」
「それはわかったが、それでも二人が抜けると大変だろう」
「いや、むしろ兄さんの方が心配なんだよ。余所から新しい領主が来た、なんてなったら元の住民……というよりは、その家に仕えていた人間は反発してもおかしくないからね」
「確かに、な。なんでも、新しい領地の元領主は不正をしていた、ということだからな。それに仕えていた人間となると、同じ穴の狢と見た方が良いか」
ハックルはイスロンから聞いた話を思い出していた。
王都の隣ということもあって、人の往来も多い土地であるが故にサイカオでは考えられないほど収益が上がっていた。
だが、元領主はそれをいいことに必要以上に税率を上げて贅沢な暮らしをした挙句、実際に報告する書類の数値は低く見積もっていたという。
それが原因で追放処分になったわけだが、甘い汁を吸っていた人間が他にも多数いることは容易に想像できた。
ハックルは武芸には優れているものの、政治や内政といったことはあまり得意ではない。
今まではグロンがそれを補ってくれていたが、グロンはハックルの代わりにサイカオ領主になるのだから、新しい領地ではハックル一人でどうにかする必要があった。
「へぇ。そんなに稼げる領地なら、他の貴族がこぞって治めたいって言いだしそうなものなのにね」
「いや、それが誰が治めても反発が起こるのは必至だったらしい」
イスロンからこのことを告げられた時、ハックルは耳を疑ってしまった。そして、ハックルに領地替えを命じた理由を聞いた時は驚くというよりも呆れの方が強く出てしまっていた。
「なら、どうして兄さんが?」
「甘く見られたものだが、田舎の男爵が都会の領地をまともに治められるはずがないと思われているようだ」
「なるほど、兄さんが失敗したら次は自分がってわけか。それなら、なおさらノキュとダミナには一緒に行ってもらわないとね。こうなったからには、僕は兄さんの出戻りなんて認めないから」
「物騒なことを言うな」
グロンの言葉が思ったよりも過激だったので、ハックルはたまらず苦笑していた。
「失敗するって思い込んでる連中の鼻を明かしてやろうって話だよ」
「簡単に言ってくれる。お前なら問題なく治められそうだが、俺にできるかはわからん。もっとも、俺とてそういった輩の思惑通りになるのは気に入らないがな」
「そういう意味では、僕と兄さんの意見は一致しているってことでいいかな」
「ああ」
「なら、うちの精鋭を、それも少数連れていくのが正解だよ。こちらのことは、こちらで何とかするから」
グロンは笑顔を作ると、ハックルに向けて親指を立てた。
「いや、お前のことはそこまで心配していない。考え無しで計画を立てるような人間じゃないってことは、俺が一番わかっているからな。お前が問題ないと言うのなら、そこは大丈夫だと思っているさ」
「僕も兄さんのことは、あまり心配していないけどね。さすがに一人で行くって話になったらちょっとまずいかなって思うけど、ノキュやダミナがいてくれるなら全然問題ないよ」
「それだと、俺が一人じゃ何もできないって言われているようにも聞こえるが」
実際その通りだという自覚はあるので、ハックルはグロンの言葉を否定はしなかった。
「それを言うなら、僕だってそうだよ。一人で何でもできるなんて、それこそ神様くらいじゃないかな。もっとも、そんなものが存在しているとは思えないけどね。と、こんなことをそっちの領地で言ったら問題になるかな」
グロンは笑いながら口元に指を当てた。
王都やその付近では神に対する信仰心が強い人間も多いと聞いている。そのような土地でグロン、というよりもサイカオのような無神論は受け付けられないだろう。
サイカオが無神論になっているのは『神が存在するのであれば、何故にこのような厳しい土地に人間を住まわせている』という疑念から始まっている。
神の存在を信じられるのも、ある程度余裕があるからなのかもしれない。
「なら、俺も神様を信じるふりでもしておいた方が良いか」
「そこは、否定さえしなければいいんじゃないかな。領主が積極的に礼拝していると『お前仕事しているのか』って疑いの目で見られそうだし」
「違いない。サイカオでは、礼拝している余裕があるなら仕事しろと言われそうなものだ」
そこで、二人は声を上げて笑っていた。
別に神を信仰することは個人の自由だし、それを否定することはない。ただ、サイカオではそれをする余裕すらないというだけの話だった。
「でも、陛下直々に補助の人を……それも、適齢期の公爵令嬢を付けるってのは理解に苦しむ話だね。表向きは補佐ってことだけど、普通に考えたら監視ってことになるのかな」
不意に、グロンが真剣な眼差しで言った。
補佐にしろ監視にしろ、適齢期の公爵令嬢がやるようなことではない。それだけの能力があるということなのか、それとも体の良い厄介払いなのか測りかねるところがあった。
「そこは、俺もよくわからん。シワラ公爵の話を鵜呑みにするなら、結婚にも興味がなく政治内政のことを学んでいる変わり者、ということになるが」
ハックルはこの令嬢の扱いにはどうしたものかと頭を悩ませていた。どんな人間なのかもわからないし、身分を盾にして上から押さえつけてくる可能性も否定できなかった。
「まさかとは思うけど、兄さんと結婚……って、それはないか」
「ないない、それはない。いくら何でも身分が違い過ぎる。何より、あちらも俺なんかは御免だろう」
グロンの冗談に、ハックルは大袈裟に手を振って応えた。
「まあ、そうだよね。いくら子爵になったとはいえ、相手は公爵令嬢だからね。相手が伯爵くらいだったら、十分に可能性はあったけど」
「体の良い厄介払いを押し付けられた、というような感じもするが」
「でも、そこまで無茶なことはしないんじゃないかな。公爵家の名前を背負ってやってくるからには、家名に泥を塗るようなことはしないと思うよ」
「そう願いたいものだ」
「優秀な人間だったら、いつものように上手く使えばいいよ。兄さんは、人を使うことは上手いからね。僕を始めとして、兄さんには上手く使われているから」
「おい、それだと俺が全部丸投げして何もしていないように聞こえるんだが」
冗談のようでいて、それでいて本気で言っているようなグロンに、ハックルはたまらず抗議していた。
確かに自分が苦手なことはグロンを始めとした他人に任せていたが、ハックル自身が何もしていなかったわけではない。
「違うよ。兄さんは、人の意見をしっかり聞けるってこと。そして、それを鵜呑みにしないで判断できる能力もあるってことだよ。兄さんは大抵のことは聞いてくれるけど、納得できない場合は却下するよね」
「……そう、だったか?」
自覚がなかったこともあって、ハックルは首を傾げてしまう。
「そうじゃなかったら、誰も兄さんについていかないよ。僕だって、兄さんを見限っていたかもしれない」
「俺は、頭が良くないことは自覚しているからな。だから、人の意見も尊重しようと考えていた。それだけなんだがな」
「でも、次の領地ではそうはいかないかもね。不正をしていたような領主に仕えていた相手が、まともとは思えないよ」
「肝に銘じておく」
ハックルは改めて、新しい領地での生活がサイカオと違った意味で苦労させられると考えていた。




