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謁見

「陛下がお待ちです。くれぐれも、失礼のないように」

「了解した」


 案内役に言われて、ハックルは頷いた。

 王座への扉を開けると、見たことがない貴族たちがずらっと並んでいる。

 国王と一対一で対話すると思っていただけに、少し出鼻をくじかれた形にはなったが、ハックルは表情に出すことをせずに国王の前へ進んだ。


「この度は、招待して頂いたことを感謝いたします」


 そして、玉座の前で足を止めると片膝を付いて首を垂れる。


「頭を上げよ、サイカオ男爵」


 国王に言われて顔を上げると、思っていたよりも若い国王で驚かされていた。

 ハックルと同年代にはとても見えず、下手をしたらハックルよりも一回り近く若い可能性もあった。


「意外に若い国王で驚いたかな」


 ハックルの心境を見抜いたかのように、国王がそう言った。


「いえ、決してそのようなことは」


 ハックルは動揺を悟られないように取り繕うと、落ち着いた口調で答える。


「そういえば、まだ名乗っていなかったな。私がイナチャース国王、イスロンだ」

「俺……いえ、私はサイカオ男爵のハックルと申します。どうぞ、お見知りおきを」


 国王であるイスロンに名乗られたので、ハックルもまた名乗り返した。


「さて、今回の一件だが。もよやシアソトが我が国に和平を申し込んでくるとは思わなかった。そなたの領土はシアソトと面しているようだが、それは間違いないのか」

「はい、シアソトとわが領土は隣り合わせです」

「シアソトの言い分だと、そなたの領土を何度攻めても返り討ちにされていた。それでも今までは壊滅させられるようなことはなかったが、前回の戦闘で完膚なきまでに叩きのめされてしまった、と」

「……まさかとは思いますが、勝手に戦闘をしたことを咎めておられますか」


 グロンが危惧していたことが当たってしまったか、と思いつつもハックルはそう聞いた。さすがに防衛をするために戦闘をしたことを咎められることはないだろうが、サイカオに戦闘能力があることを危惧している可能性はある。


「いや、攻められたのだから当然の対応だろう。シアソトはそなたが逆に攻め入ることを恐れているようだな。だから、そなたが攻め込まないことを条件に和平を申し入れてきた、というわけだ」

「そういうことでしたか」


 ハックルは今の今まで急な和平の申し出が不可解だったが、ようやく納得がいった。シアソトはサイカオから攻められることを恐れているようだが、サイカオから攻め入るような余裕などとてもない。

 それに、勝手に他国に攻め入ればそれこそ大問題になってしまう。


「しかしそなたも律儀なものだな。他国から攻め入られたのなら、こちらに救援を申し入れても何ら問題はない。自分達だけで解決するのは悪いとは言わないが、最低でも報告くらいは入れてもらいたいな」

「その件ですが、陛下」


 ハックルはさり気なく周囲の貴族達に目をやった。さすがにあからさまに動揺しているような貴族は見当たらない。


「申してみよ」

「サイカオは王都とは違い、厳しい気候の領土です。シアソトもまた然りです。それ故に、シアソトは少しでも豊かな地を求めて戦闘を起こしたのでしょう。私は幾度も本国へ救援依頼を出しましたが、一度も救援が来たことはありません」


 ハックルは今までの鬱憤を晴らすかのように、はっきりと言い切った。

 それまで静観していた貴族達も、ハックルのこの発言には黙っていられなかったのかざわつき出した。


「それは、本当のことか」

「このような場で、虚言を言うほど愚かではありません」

「誰がどういった目的で、そなたの要請を握り潰していたかは調べる必要があるな。そなたがシアソトからの侵略を防いでくれたから良かったものの、突破されていたらどれほどの被害が出ていたかと思うと、考えたくもない」


 イスロンは深く息を吐くと、ハックルを労うように言った。


「と、少しばかり話が逸れてしまったな。今回はそなたに対する褒章を与えるためにこの場を設けた。サイカオ男爵ハックル、そなたを昇爵して子爵に命ずる」

「……昇爵、ですか?」


 意外な褒章に、ハックルは疑問を抱いていた。てっきり、ある程度まとまった金を渡される程度だと思っていた。というか、爵位が上がるよりも金の方がサイカオ領としてはありがたかった。

 下手に爵位が上がってしまうと、それに伴う責任なり上納金なりも跳ね上がる。そうでなくても厳しい状況なのに、これ以上出費がかさむようなことがあればサイカオはやっていけなくなってしまう。


「何だ、あまり嬉しそうではないな。爵位が上がると聞けば、大抵の貴族は喜びそうなものだが」


 ハックルが何ともいえないような顔をしていたので、イスロンは意外そうな顔になっていた。


「い、いえ。昇爵はありがたい話なのですが……お恥ずかしい話、サイカオは本当にギリギリの生活を送っております。男爵としての義務を果たすだけでも精いっぱいなのです。それが子爵となれば、とてもではありませんが」


 ハックルは大袈裟な物言いをしつつ、小さく首を振った。


「そのような状況で、シアソトからの侵略を防いでいた、と」

「攻め入るよりも、守る方が優位と言いましょうか。サイカオは攻め入るには難しい場所でもありますので」


 疑念の目を向けてきたイスロンに、ハックルはそう説明する。


「なるほど。だが、そなたには子爵になると同時に、領地変更を命じるつもりでもあったのだが」

「……どういうことです?」

「現在、王都の隣の領地が空いている。誰かにそこを治めてもらいたいと思っていたのだが、そなたの昇爵は、そのための措置でもあった」

「元のサイカオ領は、どうなりますか」


 よもや領地を変更させられることになるとは思わず、ハックルはそう聞いていた。

 自分が移転するのはまだしも、下手な人間がサイカオの領主になったらギリギリの状態が一気に崩れかねない。


「それについても検討はしているが、僻地となると中々行きたがる者がいないようでな」

「それでしたら、無理に私が領地変更しなくても良いのではありませんか」

「そなたは欲がないようだな。王都の隣の領地と聞けば、大抵の領主は喜んで受け入れるものだが」

「私は、サイカオで生まれて育ってきました。領民の皆で喜びと悲しみを分かち合って生きてきました。確かに、王都の隣ともなれば相応に潤っているのでしょう。ですが、私はどれだけ厳しくともサイカオの皆と生きていきたいと、そう思っています」


 ハックルはイスロンにそう訴えた。

 内心では領土を変えるよりも金が欲しい、とは思ってもいた。だが、それ以上に今までずっとサイカオで生きてきた。

 領民を捨てて自分一人が別の領地で生きていくことなど、到底考えられなかった。


「なるほどな。だが、こちらとしてもそなたに移転してもらわないと困る事情がある。だが、そなたはサイカオのことが気がかりだ、と。誰がサイカオを治めれば納得できるかな」

「……私の弟に、グロンという者がいます。グロンが治めるのであれば、私も安心して移転できるかと」


 どうやらこの話は断れない流れになってきたので、ハックルはグロンが自分の代わりにサイカオを治めるように進言する。

 グロンであれば、ハックルが治めるよりも良き領主になれるだろう。


「そうか。それならそのように取り計らおう。他に何か気になることはあるか」

「私、というよりはサイカオ領は農耕と狩猟が基盤でした。ですが、王都の隣となるとそれだけではないでしょう。そのような領地を治めるだけの器量が、私にあるとは思えないのですが」


 ハックルは自分が王都の隣の領地を治めることを何となく想像して、思っていたよりも問題が山積みなことに気付いた。

 王都の隣の領地ともなれば、サイカオとは全く勝手が違ってくる。王都に来る際に馬車から軽く見た程度だったが、農耕や狩猟で生計を立てているようには見えなかった。


「そうか。そういうことであれば、誰か補佐を付けようかと思うが……適任者が思い当たらないな」


 イスロンはどうしたものか、と顎に手を当てる。


「よろしいでしょうか、陛下」


 すると、一人の貴族がすっと手を上げた。


「シワラ公爵、何かな」

「そういうことであれば、私の娘が適任かと」

「そなたの娘か……確かに、適任だろうな。だが、良いのか。そろそろ結婚させたい年頃でもあったはずだが」

「あれも変わり者でして、日がな一日内政の勉強をしております。女の身であるが故に、そういった機会がないことを不服に思っているようでして。内政の真似事でもさせれば、満足するかと」

「それなら、問題はなさそうだが。構わないな、サイカオ男爵」

「……陛下のご命令とあれば」


 ハックルは内心では不服に思っていたが、公爵と国王の間で決まったことを覆すのは無理と判断していた。

 よくわからん領地に加えて、公爵様のご令嬢の我儘にまで付き合わされるのか。まさに、前途多難だな。

 思わず頭を抱えそうになるのを、どうにか抑えていた。

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