王都到着
「体の方は問題ないか」
長時間馬車に揺られていたこともあって、ハックルは対面にいるノキュを気遣って声をかける。
「まだまだ若い者に負けるつもりはない、と言い切りたいところですが」
やはり長時間馬車に揺られるのは堪えるのか、ノキュは問題ないとは言い切らなかった。
「すまないな、俺が不甲斐ないばかりに付き合わせて」
「いえいえ、私も王都を訪れるのは本当に久々ですし、それについては気にしておりません。ただ」
ノキュは馬車の窓から外に目をやった。
「どこの領主も、自分の領地の街道にはあまり気を遣わないようですな」
そして、呆れたような口調で言う。
もう少しでも街道に気を遣っていれば、いくら上等でない馬車とはいえここまで揺れることはないだろう。
「うちのように余裕がないのならともかく、街の様子を見る限りではそんなことはなさそうだがな」
ハックルも窓から外を見やって、軽く息を吐いた。
もしサイカオ領にこれだけ余裕があれば、どれだけ生活が楽になるだろうか。自分が大変なだけならまだしも、領土全体で苦しい生活を強いられている。
それでも、グロンを始めとして領民全員がハックルに協力的なことが救いだった。
「ないものねだりをしても仕方ありませんな。我々は、できることをするだけしかありませんから」
「それはそうだが……それでも、少しでも領民の生活がまともになって欲しいと思うのは、領主として当然のことだろう」
ノキュの言葉に、ハックルは力なく首を振った。
「そんなあなただからこそ、皆が慕って一丸となれているのですよ。もっとも、サイカオの現状を見て好き勝手やるような領主なら、それこそ引きずりおろされるでしょうな」
「違いない」
そこで、二人は顔を見合わせて笑い合った。
商売が盛んな領土では重税を課して贅沢をする領主もいるらしいが、サイカオでそんなことをしたら一か月と持たずに破綻する。
「と、余計な話をしている間に王都に着いたようですな」
王都の入り口に到着して、ノキュはそう口にする。
「さすがに王都となると、他とは全く違うな」
王都の街並みを眺めながら、ハックルは息を呑んでいた。
何もかもが今まで通過してきた街並みとは違っている。人が多く行きかって、活気に溢れているのが嫌でもわかった。
「王都に来るのは久々ですが、以前よりも繁栄しているようですな」
「ノキュは王都にいたことがあったんだったな。どうして、わざわざサイカオに来たんだ。ここで生活していれば、ずっと良い暮らしができただろうに」
ハックルは前から気になっていたことを聞いた。
ノキュは執事としてだけではなく、内務的な能力にも優れていた。どこの領土でも引く手あまただろうから、好き好んでサイカオで暮らす必要はないとも言える。
「私は、王都での暮らしに疲れたのですよ。正しくは人間関係に、といったところでしょうか。確かに、サイカオでの暮らしは厳しいものがあります。ですが、ハックル様やグロン様にお仕えできることは王都で暮らすよりも価値があると思っていますので」
ノキュは穏やかな笑みを浮かべると、ゆっくりとした口調で答えた。
「お前も物好きだな。それだけの能力があれば、どこにでも仕えられるだろうに」
ありがたいと思いつつも、ハックルは思わずそう言っていた。本来であれば、ノキュの待遇はもっと良くするべきところだ。ノキュだけではない、グロンやダミナ、兵士達の待遇も今以上にしたい気持ちはある。
「おや、ハックル様は私が必要ないと仰せられますかな」
ハックルの心境を見透かしたかのように、ノキュはおどけたように言う。
「馬鹿を言うな。今までお前にどれだけ助けられていると思っている。お前が嫌になって出ていく、とでも思わない限りはずっと仕えてくれ」
「それでしたら、私の終の棲家は決まったようなものですね。それと、本当に必要な人材ならどのような手を使ってでも引き留めるべきですが」
「うちの領土の状況知っていて良く言えるな」
ハックルは思わず引きつったような顔になってしまう。
「そろそろ王城ですね。馬車から降りる準備をしましょうか」
「そうだな。すまないが、適当な所で止めてくれ」
ハックルは御者に馬車を止めるように指示を出した。
「わかりました」
御者は短く答えると、馬車を止めた。
「どういった要件か」
馬車から降りたハックルとノキュを確認して、門番がそう聞いてくる、
「陛下に招聘されたサイカオ男爵だ」
ハックルは国王からの招待状を懐から取り出して門番に見せた。
「確かに、陛下の印が押されているようだが……失礼ですが、王都は初めてでしょうか」
門番はハックルの顔と招待状を交互に見やっていた。
「何せ領土が本国から遠いものだからな。陛下に招待でもされなければ、王都を訪れるようなこともなかっただろう」
「そうですか、どおりで……」
門番は何かを言いかけて、咄嗟に口をつぐんだ。
「何か問題でもあったか」
「いえ、他の貴族は横柄な方が多いものですから」
ハックルとしては問い詰めたつもりはなかったのだが、門番は恐縮したように答える。
「そうか。てっきり、田舎の貴族は物珍しいのかと思ってな」
「い、いえ。そんなことは」
ハックルの言葉に、門番は大慌てで首を振った。
「ハックル様。あまり門番殿をからかってはいけませんよ」
その様子を見ていたノキュが、ゆっくりと首を振った。
「そんなつもりはないんんだが」
「あなたはそう思っているかもしれませんが、相手もそうだとは限りません」
「……そうだな。すまない、俺の言葉が足りなかったようだ」
ハックルは軽く手を上げて謝罪の意を示す。さすがに貴族が一門番に頭を下げるわけにもいかなかった。
「いえ、そんなことは。むしろ、他の貴族の方よりも良い印象を持ちましたから」
門番は招待状をハックルに返すと、すっと一礼した。
「そんなことを言われると、これから陛下にお会いするのが怖くなってくるな。お仕事ご苦労様」
ハックルは招待状を受け取って、軽く門番を労った。
「ははっ、貴族の方にお礼を言われたのはいつ以来でしょうか」
「……おい、ノキュ。俺が知らないうちに貴族は平民に礼を言わなくて良い、なんて法律でもできたのか」
門番にそんなことを言われて、ハックルは驚いてノキュの方を見やった。
少なくとも、サイカオ領ではそんなことは有り得ない。
「まさか。ただ、礼を言うも言わなないも、それは個人の問題でしょうな」
ノキュは努めて冷静に答える。気のせいでなければ、笑いを堪えているようにも見えた。
「さすがに、そうだな」
「では、私もこれで。門番殿、今のやり取りは他言無用、でよろしいでしょうか。お互いに他人に聞かれたら面倒なことも多いでしょう」
「了解しました。では、ご案内いたします」
門番に案内されて、二人はその後についていく。
「ノキュは王城に入ったことはあるのか」
「いえ、初めてです。ですので、年甲斐もなく興奮と緊張が入り混じっていますよ」
ハックルが気になっていたことをノキュに聞くと、ノキュは笑みを浮かべていた。
「俺はこれからのことが不安でしかないんだが」
対照的に、ハックルは国王に謁見することに一抹の不安を感じていた。こういった対外的なことはほとんどグロンやノキュに任せきりだったせいもあるが、すんなりと事が運ばないような嫌な感じもあった。
「陛下の御前ですから、そこまで無茶なことを言う貴族はいないでしょう」
「だと良いがな」
「では、こちらでお待ちください。そのうち、陛下の使いの者が呼びに来ると思いますので」
門番は個室の前で止まると、ゆっくりと扉を開いた。
「ああ、ありがとう」
「案内、感謝致します」
二人が礼を言うと、門番は一礼して扉を閉める。
「随分と上等な部屋だな。この調度品なんか、下手をしたらうちの月収くらいの値段がするんじゃないか」
見るからに豪勢な部屋を見て、ハックルは思わずそんなことを口にしていた。
サイカオでこんな調度品を買う余裕があるなら、間違いなく他のことに回している。
「まあ、王城で来客を待たせる部屋なのですから、それが貧相でしたら王家の沽券に関わるというところでしょうな」
ノキュは疲労が溜まったのか、近くの椅子に腰掛けていた。
「一応は、歓迎されているということか」
ハックルは椅子に座ると、大きく姿勢を崩してしまう。何だかんだで長い距離をずっと馬車で揺られていたから、体のあちこちが固くなっているのがわかる。
「いつ使いの者が来るかわからないというのに、そんなにだらけていてどうします」
「入ってくる前に、ノックくらいはするだろ」
苦言を呈するノキュをよそに、ハックルは思う存分体を伸ばしていた。
「こりゃ、あちこち固くなってるな。陛下に会う前に、ほぐしておかないとまずいか」
ハックルは椅子から立ち上がって、全身をほぐすように動かす。
「全く……まあ、普段と変わらないというのはある意味で頼もしいですが」
その様子を見てノキュは呆れたような、それでいて安心したように言った。
「サイカオ領主のハックル様、おられますか」
ノックと同時に、部屋の外から声が聞こえてきた。
「ああ、陛下の使いの方か」
ハックルは姿勢を正して、外に向けてそう返した。
「失礼いたします」
国王の使いは入ってくると、ハックルに一礼する。
「これから陛下にお会いする、ということで良いのかな」
「はい、これから陛下の御前へご案内いたします。お連れの方は、部屋でお待ちいただけるでしょうか」
国王の使いはノキュに目をやってから、そう言った。
「承知いたしました」
ノキュは立ち上がると、恭しく一礼した。
「では、ご案内いたします」
「ああ、よろしく頼む」
ハックルがそう言うと、国王の使いは一瞬だけ驚いたような顔になった。
「はい、こちらです」
だが、すぐに取り繕ってそう言った。
「行ってくる」
ハックルはノキュに軽く手を上げると、国王の使いの後についていった。




