本国召還
「やってくれたね、兄さん」
戦闘を終えて館に戻ると、仏頂面をしたグロンが出迎えていた。
「ああ、やってしまったな」
それに対して、ハックルは仕方ないだろうというように答える。
「やってしまったものは、仕方ないけどね」
「お前の言うこともわかるが、俺やダミナだけじゃない。兵達も我慢の限界に来ていた。さすがにこれ以上抑えるのは難しいだろう」
「……そう、だね。僕もみんなに我慢を強いてきた自覚はある。だから、今回のことは強く責めるつもりはないよ。ただ」
グロンはそこで言葉を切った。
「どうせやるなら、もっと完膚なきまでに、それこそ悪夢になるくらいに徹底的にやってやりたかったかな」
「お前も限界だったじゃないか」
「まあ、あれだけ攻められて本国は一切関係ないという態度。そんなことが続けば、いくら僕でも嫌になるよ」
「今回徹底的に叩いたことで、しばらく戦闘がなくなるといいんだがな」
「どうだろうね。あちらは少しでも領土を切り取らないと厳しい状況だから、このくらいで諦めるとは思えないけど」
「それは、こちらもさして変わらないのだがな」
ハックルは小さく息を吐いた。
あちらにも何かしらの事情があるのはわからないでもないが、それでこちらに迷惑をかけるとなると話は別だ。
「後は、ちょっと気にし過ぎかもしれないけど」
「何だ」
「あまりに圧倒的な武力を見せつけると、本国の方で叛意を疑われるんじゃないかと」
「そこまで本国が馬鹿だったら、俺は本気で謀反を考えたくなるが」
「ここは辺境だから、あまり情報が入ってこないんだよね。わざわざ情報を収集する手間も金も人員もないし。兄さん、僕は後処理があるからここで失礼するよ」
グロンはそう言うと、ハックルの部屋を出て行った。
「何事もないのが一番、か」
ハックルは窓から外を見やっていた。
今は秋口だが、もう少しすれば冬がやってくる。そうなればこの地は雪に覆われて更に厳しい環境になっていく。
逆に言うと、そんな状況ならシアソトも攻めてくる余裕はないということになるが。
「冬の準備をしないといけないのは、あちらも同じだろうに」
ハックルはカーテンを閉めると、ゆっくりと腰掛けた。
「兄さん、とんでもないことになったよ」
数日後、グロンが一通の手紙を手にやってきた。
「とんでもないこと? その手紙が何だっていうんだ」
「国王陛下直々、と言えばわかるかな」
「……中身は見たのか」
「まさか。兄さん宛てだよ」
「なら、これから確認するか」
ハックルはグロンから手紙を受け取ると、その封を開いた。
「全く長々と回りくどいな。お偉いさんは、簡潔にするのが嫌いなようだ」
長ったらしい定型文の挨拶を見て、ハックルは顔をしかめる。こういった建前を並べられるのは、どうにも苦手だった。
「それは無視していいから、早く本題に入ったらどうだい」
「ああ」
ハックルは建前の部分をすっ飛ばして本題を探す。
「隣国の……シアソトか。シアソトと、我が国イナチャースと和平条約、だと⁉」
思いもしない文面に、ハックルは驚きの声を上げた。
「どうして、今頃になって」
グロンも声こそ上げなかったものの、驚きは隠せなかった。
「まあ、戦闘にならないならそれに越したことはないな。で、その功労者としてサイカオ男爵を王都に招待する、だとさ」
「功労者、ねぇ」
グロンはあからさまに怪しいという顔になっていた。
今まで救援要請をしても何もしてこなかった本国が、今更になって功績を認める。これに裏がないと思うのは余程の馬鹿かお人好しのどちらかだ。
「面倒だな。代わりに行ってくれるか」
「何馬鹿いってるんだよ、兄さん。僕は領主でもなければ爵位も持っていないんだよ。それに、これは兄さんを直々に指名しているんだから、兄さんが行かないともっと面倒なことになるから」
「なら、一緒に来てくれるか。俺にはこういった場所で上手く立ち回れる自信がない」
今まで面倒事はほとんどグロンやダミナ、他の家臣に任せていたこともあって、ハックルはそう言っていた。
「あのねぇ、兄さん」
そこで、グロンは盛大な溜息をついた。
「うちの領地内なら、それでも全然問題ないよ。でも領地の外、しかも王様の前で領主がそんなことをしていたら、どうなると思う」
「どうなるんだ」
「あの領主は、考え無しの馬鹿だとか噂になったら、困るのは兄さんだけじゃない。最悪、領民のみんなにまで被害が及ぶことになるかもね」
「……そうか。なら、俺も陛下の前で恥をかかない程度にはしないといけないか」
「まあ、兄さんも礼儀作法は一通り身についているはずだし、そこは心配していないよ。多分、ちょっとした褒美をもらって終わりじゃないかな」
「……こちらの要請を無視し続けた件は、上奏しない方が良いか」
ハックルがそう聞くと、グロンは少し考えこんだ。
「本来であれば、するべきだろうね。でも、誰がどういった思惑で握りつぶしているのかがわからない。下手をすると、こちらにあらぬ疑いをかけられる可能性もある」
「なら、大人しくしていた方が良いか」
「いや、この件に関しては上奏はするべきだと思う。ただ、必要以上に深入りはしない方が良いけど」
「ある程度のところで線引きをしろと」
「そういうこと。兄さんは、真面目にやればできるんだから、そこは任せるよ」
「正直、お前の方が領主に向いていると思うがな」
ハックルは思わず本音を漏らしていた。
たまたま自分の方が先に生まれたから領主になっているだけで、こうして話をしていてもグロンの方が領主に向いているのはよくわかる。
「そうだとしても、序列を無視して僕が領主になるわけにはいかないよ。それが認められるなら、血みどろの後継者争いが後を絶たないだろうしね。うちの領地でそんなことをしたら、共倒れどころの話じゃないけど」
グロンは小さく首を振った。
実際に本国の方では邪魔な兄弟を毒殺しただの、ありもしない罪をでっちあげて失脚させただの、あまりよろしくない噂が後を絶たなかった。
「あっ、そうだ」
グロンは思い出したように手を叩いた。
「王都に行くんだから、それなりの身なりをしないとね。ここにきて余計な出費は結構痛いけど、褒美が出るからすぐに穴埋めできるかな」
「格式ばった服を着るのか……俺はあまり好きじゃないんだが、そんなことは言ってられないか」
「兄さんは鍛えているからね。オーダーメイドの服じゃないと、すぐに駄目になっちゃうから困るよ。ああ、すぐに手配しておくから、心配しないでいいから」
「任せる」
「了解。それと、王都にはダミナじゃなくて執事のノキュに行ってもらおうと思うけど、いいかな」
「そうだな、ノキュの方がこういった役回りは向いているか。長旅は堪えるかもしれないが、そこは後で埋め合わせをしておこう」
グロンの提案に、ハックルは頷いた。
ノキュは二人が生まれる前からサイカオ家に勤めている執事で、齢五十は軽く超えている。それでも執事としてだけではなく、多種多様なことに長けている貴重な人材だった。
二人が頼りにしているのはもちろん、周囲からも一目置かれている。
「むしろ喜ぶんじゃないかな、あの年で新しいものが大好きな一面もあるし。王都に行けるなんて聞けば、二つ返事で了承しそうだよ」
「違いない。すまないが、俺達がいない間のことは頼む」
「……もしかしたら、兄さんがこの地から離れている間に攻めてくるかもしれない、ってのは考え過ぎか」
「それが事実になったら、本国にシアソトと繋がっている人間がいることになるな」
「さすがにそれはないか。結局自分の首を絞めるだけだしね」
グロンは自分の考えが有り得ないと手を振った。
もし本国にシアソトとの内通者がいたとしても、その人物に何の得があるのか全くわからない。
これでシアソトが財政的に潤っていて、事をなしたら破格の待遇で迎えられるというのなら話はわかるが、とてもではないがシアソトにそんな余裕があるはずがなかった。
「もしかして、うちに恨みがある連中がシアソトと繋がってたりは……ないか」
ハックルはそう言いかけて、それもないなと否定する。
恨みを買うほど他の貴族と交流があるわけでもないし、こんな貧しい領土を妬むような領主がいるはずがなかった。
「恨み、ねぇ。もしかしたら、そういう輩が本国への報告を握りつぶしている可能性はあるけど」
グロンをそこで首を捻った。
それをやる輩がいるかどうかはさておき、一番可能性がある。
「うちを潰してここの領土を治める、くらいしか理由が思い当たらないんだよね。でも、それははっきり言って貧乏くじも良いところだよ」
「違いないな……言っていて、悲しくなってくるが」
ハックルは思わず苦笑していた。
それくらいサイカオ領は厳しい状況で、領民全員で力を合わせてどうにか現状を保っているという状態だった。
そんな領土を奪い取ったところで、旨味などあろうはずもない。
「まあ、用心するに越したことはないよ。王都の貴族なんて、それこそ何を考えているかわからないから」
「ああ、そうだな」
ハックルは今から胃が痛くなるような気がしていた。




