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脳筋領主な兄と軍師の弟

「ハックル兄さん、また懲りずに攻めてきたみたいだね」

「全く、戦争……というほど大規模ではないにしろ、こうも攻められるだけの財力があるのは羨ましい限りだ」


 ハックルと呼ばれた男はやれやれ、というように立ち上がった。

 隣国から攻められるのは、これが最初というわけではない。隣国でもあるシアソト国は気候的に厳しい国で、食料事情がよろしくないと聞いていた。

 それもあって、周辺国から食料の値段を吹っ掛けられている、という噂もあるが真実はわからない。


「まあ、お陰様でこちらの食料事情が少しまともになるんだから、そこは感謝しないといけないかな」

「最初、お前の提案を聞いた時は驚いたがな。だが、ここまでは上手いことやれている」


 弟のグロンが提案した作戦を聞いた時、ハックルは心底から驚かされた。

 攻めてくる敵を効率的に撤退させるなら、相手の兵糧を叩くのが効率的。相手は食糧事情に難があるシアソトなのだから、効果覿面だ。

 ここまでなら、ハックルでも簡単に思いつける。

 だが、グロンは更にその先を行く作戦を提案してきた。

 相手の兵糧を、根こそぎ奪ってこちらのものにしてしまおう、と。しかも表向きは強奪したのではなく、焼き払ったように見せかけるという小細工までも欠かさなかった。


「ま、僕の作戦が上手くいっているのも、兄さんの武勇があってこそ、だよ。前線で暴れる兄さんを放置して兵糧を守るのは、それこそ骨が折れるだろうからね」

「暴れるって、お前。まあ、実際暴れているのは間違いないが。そもそも、それ自体がお前の指示だろう」


 グロンはハックルに対して、必要以上に目立つ戦い方をするように要求していた。ハックルに敵の目を向けることで、兵糧を奪うという裏工作をやりやすくするためだ。


「兄さんが凡人なら、僕はそんな要求はしないけどね」


 グロンは笑いながら言う。


「全く、俺もお前の作戦立案能力は当てにしているさ。お前がいるからこそ、俺は好き勝手に暴れることができる」


 ハックルは剣を装着して、戦場に出る準備を整えた。


「いつも通り、頼む」

「了解したよ、兄さん」



「ハックル様。準備は整っております」

「いつもすまないな、助かるよ」


 ハックルが外に出ると、既に副官のダミナが準備を整えていた。


「いえ、これが自分の仕事ですので」


 ダミナはさらりと言ってのけるが、兵士達の準備だけではなく日頃の訓練なども全て取り仕切っていた。

 というのも、ハックルが訓練をするとやり過ぎてしまうので、ほどほどを心得ているダミナの方が適任だったりもする。


「行けるな、俺達の仕事はいつも通りだ。俺達が暴ている間にグロンが処理してくれるだろう」


 ハックルがそう言うと、兵士達の間で笑いが起こった。


「相手さんも気の毒になぁ。毎回兵糧狙われてるのに、ハックル様のせいでそれを守ることも難しいんだから」

「いい加減、うちに攻めても無駄だって学習したらどうかね」

「それについては俺も同意見だが……あちらには、あちらの事情があるのだろうな」


 ハックルはそこで言葉を切った。


「出陣!!」


 そして、高らかに宣言する。


「度々戦闘があるにも関わらず、士気が高いのはありがたいことです。あなたの人徳のおかげですかね」

「どうだろうな」

「それにしても、また本国はこちらの要請を無視ですか。ここを落とされたら、本国に攻め入られるというのに危機感のないことで」

「もう、本国に期待はしていない」


 ハックルは冷たい声で言い放った。

 最初に攻められた時こそ、本国に救援要請をしていた。だが、毎回なしのつぶてだったこともあって本国を当てにするのは止めていた。


「そうですね」

「俺は、もう本国の為に戦っているわけじゃない。領民を守るために戦っている、それだけだ」

「そんなあなただからこそ、兵達も付き従っているのですよ」

「なら、その期待には応えないとな」


 指揮官ともなれば乗馬してもおかしくないが、ハックルはそれを良しとしていなかった。地域的に乗馬しての戦闘が難しいこともあるが、何より戦場に立つ以上は自分も兵も同じと考えていたせいだった。

 もちろん、戦術的に騎馬部隊が有用なことがあるのも理解している。

 グロンが『うちがもっとまともな財政状況だったら、騎馬隊の一つくらい作りたかった』とぼやいていたのもよく覚えていた。


「切り込むぞ、手柄を上げたければ俺に続け。だが、無謀と勇敢を履き違えるなよ」


 敵部隊を確認すると、ハックルは抜刀して突撃する。

 領主自らが先頭に立つのは無謀を通り越して蛮勇とも言われるだろうが、これも戦術の一環だった。

 相手からすれば領主を討てばほぼ勝ったようなものだから、それこそ率先してハックルを狙ってくる。そして敵を引き付けている間に、グロンの別動隊が相手の兵糧を奪ったり、奇襲をしかけたりというのが基本的な戦術だった。

 さすがに相手もそれはわかっているのだが、とにかくハックルが一騎当千というくらいの活躍をするのでどうしようもない、というのが実情だろう。


「くっ、毎回好き勝手暴れてくれるな。それでも領主か」

「そう思うなら、いい加減諦めたらどうだ。俺もお前達の相手は面倒だ」

「ぬくぬくと暮らしている貴様らに、こちらの事情はわからんだろうよ」

「うちの領土も、さしてそちらと変わりはないのだがな」


 ハックルが治めているサイカオ領も、シアソトと面しているので事情はさして変わらない。そんな中でどうにかやり繰りをしているというのに、こう度々攻められるのは迷惑でしかなかった。

 これで本国からの支援があるなら幾分マシというものだが、それすら期待できないのだからなおさらだ。


「それでも、本国は潤っているのだろう。どこを切り取っても厳しいうちと比べてくれるなよ」

「まあ、傍から見ればそうなんだろうな」


 こちらの事情など、相手が知る由もない。

 ハックルはこれ以上の議論を諦めて、指揮官と対峙する。

 もう何人の敵指揮官を切り捨ててきたかは覚えていない。ただ毎回のように指揮官が変わっているので、ハックルが討ち取っていなくても失敗の責任を取らされているのかもしれない。


「お前さえ討ち取れば、この戦いも……」

「手強いな」


 ハックルは内心で舌打ちする。さすがに指揮官として任命されるだけあって、剣の技量は図抜けていた。それだけではなく、兵士を指揮する能力も中々のものだ。


「ハックル様、そろそろかと」

「ああ」


 作戦通りなら、グロンが手筈通りに事を終えている頃だ。


「そろそろ、こちらには絶対に勝てないと思わせた方が良いと思っているんだが、どうだ」

「賛成ですね。ただ、それをするとこちらもただでは済まないでしょうが」

「なら、俺が無理をすればいい」

「あなたは止めても聞きませんからね、お供しますよ」


 ダミナは呆れたように言うと、ハックルの隣に立った。

 指揮官と副官が前線に出るという無謀が許されるのも、戦闘自体が小規模ということが大きい。これが数千人単位の戦争になっていたら、とてもではないが指揮官が前線に出るなと有り得ない。


「言うことに事欠いて、随分と大口を叩くようだな」

「大口、か。俺は戦うのが好きじゃないんだよ。だから」


 ハックルは一気に間合いを詰めると、敵指揮官に切りかかかった。


「なっ」


 それまで積極的に攻めてこなかったハックルが切りかかってきたことに、敵指揮官は完全に虚を突かれていた。


「今までは、手を抜いていたとでも」


 明らかに自分を上回る剣技を前に、敵指揮官は防戦一方になっていた。


「あくまで、俺の目的はお前たちを引き付けておくことだからな。一気呵成に攻めて壊滅させることはできなくもないが、それをやるとこちらの被害も大きくなる。それに、そろそろ頃合いだろう」

「何を……」

「た、大変です。こちらの兵糧が全部燃やされました」

「兵糧を、だと? まさか、最初からこれが狙いで……」


 兵糧を燃やされたと聞いて狼狽する敵指揮官を、ハックルは容赦なく切り捨てた。


「し、指揮官殿⁉」


 目の前で指揮官を切られてうろたえる敵兵すら、返す刀で切り捨てる。


「すまないな、もう我慢の限界でな。今回ばかりは、容赦なく壊滅させてもらう」


 ハックルが剣を掲げると、兵士たちもそれに同調した。


「はは、後でグロン様に怒られますかな」


 ダミナは苦笑するものの、心境としてはハックルに寄っていた。

 今まで一気呵成に相手を壊滅させてこなかったのは、こちらの損害を抑えるのが第一だった。

 ただ、あまりに圧倒的に勝ち続けていると本国が状況を楽観視してしまう可能性もある。そういうこともあって、グロンは必要以上に敵に損害を与えないようにと考えていた。

 だが、これだけの回数攻められているのも関わらず支援の一つもしないのだから、本国としてはこんな辺境の地はさして興味がないのかもしれない。

 ここを落とされたら、次は本国に攻められるのにも関わらず、だ。


「そうかもしれないが、俺はもう本国の連中は当てにしていない。なら、自分達で何とかするしかないだろう」

「違いありませんな。では、自分も暴れさせてもらいますか。ハックル様ほどではないにしろ、かなり鬱憤が溜まっていますので」


 ダミナは指揮官を失って統率が取れなくなっている敵部隊に切り込んだ。

 それに続くように、兵達も敵部隊に切りかかっていく。敵に対して鬱憤が溜まっていたのは、ハックルやダミナだけではなかったらしい。


「……これは俺が出るまでもなさそうだな」


 その様子を見て、ハックルは自分の出る幕はないと剣を収めた。


「これは後で、グロンに怒られるな。とはいえ、損害はあまり出ていないから大目に見てもらえるか」


 グロンの言うことにも一理あるが、兵達も我慢の限界に来ていた。それを無理に抑えるのは難しいと感じていたし、何よりハックル自身も我慢の限界だった。


「ハックル様、あらかた終わりました」

「そうか。なら帰るか」


 敵部隊を壊滅させたと報告を受けて、ハックルは頷いた。こちらも全く被害がなかったわけではないが、これだけの戦闘を行って軽微なら十分だろう。


「もう少しでいいから、領民に楽をさせてやれないものかな」


 ハックルの呟きは、誰にも聞かれることなく消えていった。

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