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ホスト太子 〜歌舞伎町の救世主〜  作者: 櫻木サヱ
夜の新世界✮*。゜
5/16

Jの影

雨上がりの夜。

ネオンが路面に映り込み、街全体が濡れた宝石のように輝いていた。


太子が「エデン」のNo.1テーブルを取ってから三日。

その名は瞬く間に店中に広がり、他店のホストやスカウトたちまでもが噂するほどになっていた。


「あの新人、ヤバいらしいよ。女の心を見透かすんだって」

「笑わせるだけじゃない、“泣かせる”ホストだとよ」


――Prince TAI。

彼はすでに、ただのホストではなく、夜の街に“風”を起こし始めていた。


だが、その風をじっと見つめる“影”もあった。



その夜の営業後。


店の照明が落ち、スタッフが片付けをしている中――

太子は一人、裏口の非常階段に腰を下ろして夜空を見上げていた。


「……この空は、千年前と変わらぬ」


雨の匂い、夜風の冷たさ。

けれど、頭の奥に“何か”がチリチリと引っかかる。


――誰かが、自分を見ている。

そんな感覚。


「よっ、人気者さん」


背後から声がした。

軽い口調、けれど冷たい。

ゆっくりと振り返ると、そこには黒いスーツに身を包んだ男が壁にもたれていた。


細身の体、鋭い目、片方の耳にピアスが光る。

ただ者ではない空気。


「……誰だ」


「名前?Jでいいよ。Jって呼ばれてる」


「……J」


「君さ、面白いね。たった数日で“歌舞伎町”の話題をかっさらってる」

Jはポケットに手を突っ込んだまま、ニヤリと笑った。

「でもさ――君、“普通の人間”じゃないだろ?」


太子の胸が、一瞬だけ鳴った。

(……気づかれた?)


「我はただ、客の声を聞いているだけだ」


「はは、そんなの普通の人間にできるわけない」

Jの笑い声は、夜の路地に冷たく響いた。

「君……転生者だろ?」


「……!」


その言葉に、太子は立ち上がった。

雨上がりのアスファルトに靴の音が響く。


「何故、その言葉を……?」


「オレも、だからさ」


Jの瞳がわずかに光った。

「君と同じ、“あっち側”の人間だよ。1400年前の」


太子の心臓が、強く打った。

鼓動が、痛いほど胸に響く。

記憶の奥で、聞いたことのない声がかすかに揺れた。


――「太子様、早く……!」

――「この国を……」


(……なんだ、この記憶は……?)


Jは一歩、太子に近づいた。

「君、まだ全部思い出してないだろ? どうやってこっちに来たのかも」


「……」


「いいさ、焦らなくて。オレはね――君を待ってた」


「待っていた?」


「そう。君が“この夜の街”に現れる日を」


Jの声は妙に低く、胸の奥にまとわりつくようだった。



その頃、エデンの店内では――


「麗さん、Princeのやつ、裏に行ってるっす」

「……裏?」


麗はグラスを置き、立ち上がった。

(あいつ……何をしている)


麗は路地に出て、遠くに立つ二人の影を見た。

太子と、見知らぬ男。

その空気はただの雑談ではなかった。


(……妙だな)



「太子――いや、Prince TAI」

Jは名前を区切りながら、にやりと笑った。

「君の“力”はこの街を変える。……でもね、それはとても危険なことなんだ」


「危険……?」


「人の心を聞けるってことは――人の“嘘”も全部わかるってことだ。

 この街でそれをやるってことが、どういうことかわかるか?」


「……」


「ホストはね、“嘘を売る”仕事なんだよ」


その言葉が太子の胸を刺した。

咲の涙、客の笑顔、優しさと嘘が混じる空気。

今まで見てきた全ての“心”が頭をよぎる。


Jはゆっくりと近づき、太子の耳元で囁いた。


「この街の“裏”に足を踏み入れるなら……お前はもう、ただの救世主じゃいられない」


「……お主の目的は何だ」


「さぁ、いずれわかるさ」

Jは口角を上げ、闇の奥へと姿を消した。


残された太子の手は、無意識に震えていた。

胸の奥に眠っていた“何か”が、確かに目覚め始めている。



「おい、どうした」


振り返ると、麗が路地に立っていた。

「なんか怪しいヤツと話してただろ。誰だ、あいつ」


「J、と名乗った」


「……J?」

麗は険しい顔になる。

「その名前、聞いたことある。……あいつ、この界隈じゃ“黒い噂”しかない」


「黒い……?」


「金と情報と、そして――“転生者”」


太子の心に、再び波紋が広がる。

麗は太子を見つめ、真剣な声で言った。


「お前、変な連中に近づくな。……この街は、綺麗なだけじゃない」


「……承知している」


「本気でNo.1を目指すなら……生き残る覚悟、持っとけ」


麗の声には、対立ではなく――“戦場を知る者の警告”が滲んでいた。

太子は静かに頷いた。


「我は……逃げぬ」


夜風が二人の間をすり抜け、どこかでシャンパンの空き瓶が転がる音が響いた。

――ここから、夜の本当の戦いが始まる。


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