王子 VS 王者
太子が初日から売上を叩き出した翌日――
歌舞伎町の空気は、いつもよりピリついていた。
「おい、昨日の新人、見たか?」
「咲さん泣かせたんだろ?……いい意味でな」
「麗さんの客まで目を向けてたって噂……」
ざわつくホストたち。
その視線の先――静かに入店してきた麗が、黒いシャツの襟元を直しながら言った。
「……まったく、朝から耳障りな話ばっかだな」
麗はこの店「エデン」の不動のNo.1。
完璧な接客と計算された笑顔、誰も敵わないトーク力で、毎月トップをキープしている男。
その麗の視線が、ソファに腰かけてスタッフマニュアルを眺めていた“新人”――太子に刺さった。
「お前が……プリンスとか名乗ってる新人か」
太子は視線を上げ、静かに頷いた。
「うむ。我は Prince TAI という」
「……“我”って、今どきのキャラ作りか?」
「いや、我は我だ」
店内が一瞬、クスッと笑いに包まれる。
しかし太子は一切動じない。
その泰然とした姿に、逆に空気がピリッと引き締まった。
麗はその“芯の強さ”を敏感に感じ取っていた。
――この男、ただの素人じゃない。
「勘違いすんなよ、新人」
麗はゆっくりと近づき、太子の肩を軽く叩く。
「この店は遊びじゃない。俺の席を狙うなら、それなりの覚悟がいる」
「席とは、王座のことか?」
「まぁ、そんなとこだな」
「ならば、王座は我が戴く」
「……っ!」
その静かな宣言に、店内が一斉にざわついた。
挑戦状も同然の言葉。
No.1の座は、この店で最も重い。
佐伯ママはカウンターの奥から小さくため息をついた。
「ったく……ほんと波乱の予感しかしないわね、あの子」
⸻
その夜。
いつもより客入りが多い。
まるで新旧王者の対決を見ようとする観客が集まったようだった。
「麗さーん♡今日もかっこいい〜!」
「今日は麗さんにつく〜!」
麗の席には指名客がずらり。
一方、太子の前には――昨日、涙を流した咲が静かに座っていた。
「……今日も来ちゃった」
「心は、夜を求めているからな」
「もうっ、その言い方ずるい!」
咲は笑いながら頬を染めた。
その隣のテーブルでは、麗が冷静な笑みを浮かべながらグラスを傾けていた。
「なぁ、プリンス。せっかくだ、ちょっと勝負しねぇ?」
「勝負?」
「今夜、売上で勝った方がNo.1テーブルを取る」
周囲が一気に色めき立つ。
「うわ……麗さんが勝負とか珍しい……」
「てか新人、今夜潰れるんじゃね?」
太子は立ち上がり、迷いのない声で答えた。
「望むところだ」
⸻
《22:00 営業スタート》
♬.*゜――音楽が変わり、照明がわずかに落ちる。
それぞれのホストが席につき、接客の“戦い”が始まった。
麗は完璧な営業を見せつける。
軽快なトーク、さりげないボディタッチ、そして自然すぎる褒め言葉。
お客たちは笑い、次々にボトルを開けていく。
「さすが麗さん!」
「今日もイケすぎでしょ!」
一方、太子の席では――全く違う空気が流れていた。
「……あなたの声、震えている」
「え……?」
「笑顔の裏で、何かを隠しておる。だが、心は偽れぬ」
「……」
太子は一人ひとりのお客の“心の声”を聴き取り、その人だけの言葉をかける。
見た目を褒めるのではなく――魂の奥を見透かしたような接客。
「……なんでそんなに、わかるの……?」
「君が“強くなりたい”と願っておる声が聞こえるからだ」
涙、笑い、安堵。
太子の席は、いつしかお客の心が素直になる“空間”になっていた。
「なんか……この席、安心する……」
「心があったかくなる……」
お客が次々に追加オーダーを入れる。
スタッフが慌ただしくシャンパンを運び、店内の視線が太子の席に集中し始めた。
「……うそだろ、売上、麗さんに並んできてる……」
「新人の席がこんなに盛り上がるとか前代未聞……」
麗は一瞬、眉をひそめた。
その表情を見たのは、ママだけだった。
(……あの子、ほんとに“本物”かもしれない)
⸻
《24:00 営業終了》
集計表が店長席に置かれる。
全員が息をのむ中、ママが結果を読み上げた。
「今夜のNo.1テーブルは――……Prince TAI」
「ええええええええええ!!!」
「新人がNo.1!?」
「麗さん、まさかの……!」
麗は静かに立ち上がり、太子に歩み寄った。
その瞳には怒りでも嫉妬でもなく、むしろ――挑戦者の光。
「やるじゃねぇか、王子様」
「王座を目指すと、言ったであろう」
「……だったら、本気で奪いに来い」
麗は低く笑い、グラスを太子に差し出した。
「これからが、本番だ」
太子はそのグラスを静かに合わせた。
「心得た」
その瞬間、店内の空気が――完全に変わった。
“伝説の夜”の始まりを、全員が肌で感じていた。




