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第2話〜任務の始まり

 ヒロを見送った後、シエラはしばらく石畳に立ち尽くした。市場の喧噪は元に戻り、人々の足音や呼び声が波のように押し寄せる。

 だが、胸の奥にはまだ妙なざわめきが残っていた。膝で蹴った反射、触れられた瞬間の硬直、そして――彼の瞳に潜む深い影。それらが一度に頭の中で反響する。


 ふと、任務を終えてから読むよう言われた指示書のことを思い出す。懐から取り出し、広げるとルーの筆致で綴られた文字が目に入った。


『ヒロ・オヴェリアへのお使いご苦労様でした。

 君には一月ほどオヴェリア群島連邦共和国に滞在してもらい、その間にヒロ・オヴェリアの観察任務をお願いしたい。

 学びも多いだろう。君がひとまわりもふたまわりも成長して戻ることを期待しているよ。』


 思わずため息が漏れた。眉間に皺が寄る。まだ十八歳の若い諜報員にとって、知らず知らずのうちに緊張と責任感が積み重なった重みは、少し肩に食い込むようだった。


 しかし、その追伸に目を通した瞬間、心の奥で小さな戦慄が走る。


『追伸。

 ヒロ・オヴェリアはその身に“呪い”を宿す存在です。

 “呪われた剣”を持つ君にとって、いい観察対象になるでしょう。頑張って』


 その横には、にっこり笑った落書き。ルーらしい、意味不明な遊び心。思わず唇が歪む。


「……ルー様、相変わらず、意味わかんない……」


 先ほど膝蹴りを見舞ったばかりのヒロの姿が、まだ目に浮かぶ。

 軽やかで無邪気な笑顔。しかしその奥には、確かに深い影がある。ルーは、シエラにその本質を見極めろと言わんばかりの指示を残したのだ。


 封書を握りしめ、石畳に視線を落とす。

 観察対象の人物に近づき、動きを読み、危険を察知する――それは諜報員の基本であり、応用でもある。

 しかし、ヒロはただの若者ではない。長く生きているという事実が、彼の挙動や心理に複雑な層を作り出している。


 シエラは深呼吸をした。

 この一月で、ただの“お使い”では終わらないことは明白だ。尾行、観察、そして場合によっては戦闘――。ヒロを通じて学ぶべきことは、任務の技術だけではなく、自分自身の感覚と判断力の研ぎ澄まし方に及ぶだろう。


 手元の封書を握り直す。海風が再び頬を撫で、塩の香りが微かに息を震わせる。

 “呪われた剣”がその身を守るためにあり、そして自分が生き延びるためにあることを、シエラは改めて自覚する。


「……やるしかない」


 小さく呟き、碧い瞳を市場の奥へ向ける。

 ヒロの後ろ姿が黒衣の影として浮かぶ。あの人物に近づき、観察し、学ぶ――。それがこの一月の、シエラの任務の全てだった。


 足を踏み出すと、石畳が軽く響いた。任務は始まったばかり。港町の喧噪と潮風が背中を押し、シエラは気を引き締めて歩き出す。これから学ぶこと、見極めること――全てが、自分を鍛え、守り、成長させる糧になるのだと、心の中で確かめながら。


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