第12話〜雑踏の中の訓練①
空は透き通るように青く、強い日差しに照らされた港町の石畳が白く輝いていた。
潮風に混じって魚の匂いと香辛料の香りが漂い、港を行き交う船乗りたちの掛け声が遠くまで響く。
ここ、オヴェリア群島連邦共和国の港町は、いつ訪れても活気に満ちていた。
ヒロは人波に紛れ、ゆったりと歩を進める。
視線の先、十数メートルほど前方に、淡金色の髪を揺らして歩く女性の姿があった。シエラだ。
白いシャツにズボン姿、機能性を重視した新緑色の外套。背筋は伸び、凛とした足取り。まだこの町の道には不慣れなはずだが、周囲の建物や通りを注意深く観察しながら進む。彼女の視線の動きを見ていれば、それがよくわかった。
(……うん。昨日までの庭先訓練の成果、出てるな)
ヒロは人々の間に自然に紛れながら後を追う。気配は、あえて少しだけ残す。
どこに潜んでいるか気づかせることも訓練の一環。完全に消してしまえば、今の彼女には港の雑踏という不純物が多すぎ、察知は困難だろう。だが、ほんの僅かに“尾けられている気配”を漂わせることで、彼女は存在を察しようと感覚を研ぎ澄ませる。
肩越しに、ふと彼女が後ろへ視線を流す瞬間。――気づいているな、とヒロは確信する。
(少しずつ慣れてきてる。……悪くない)
目の動き、肩の僅かな緊張、呼吸の変化――すべてが、彼女の集中の現れであり、確実な成長の証だった。
ヒロの胸には、小さな誇らしさと、観察者としての快感が同時に湧いた。街の雑踏という不確定要素の中で、どこまで冷静さを保てるかを試されている彼女の姿に、自然と心が躍った。
そんなふうに内心で頷いたときだった。
「――お、いいじゃねえか」
「おい見ろよ。上玉だぜ」
下卑た声が路地の向こうから飛んできた。
シエラが足を止めると、数人の男たちがにやつきながら進行方向を塞いだ。
粗末な衣服に酒の匂い、腰には手入れの悪さを感じさせるカトラス。港町に根を下ろす海賊崩れだ。昼間から路地にたむろし、運悪く通りかかった獲物を見つけては絡んでくる。
金糸のように光る髪、碧い瞳、年頃の少女の華奢な肢体――シエラが獲物として目立つのは必然だった。
ヒロは通りの角に身を寄せ、苦笑する。
「あーあー……お約束だなあ」
典型的すぎる展開に、思わず肩をすくめる。まるで芝居か何かのようだ。
けれど焦りはない。むしろ好機だった。彼女の“実力”を、町という実地でどう発揮するのか――観察する絶好のチャンス。
「お手なみ拝見、かな」
ヒロは目を細め、身を低くして見守った。その胸には小さな高揚が走る。
日差しと港町の賑わいに溶け込みながら、心の奥ではすでに次の瞬間を待ちわびていた。
「さて……どう出るか、シエラ」
小さな笑みが頬に浮かぶ。
彼女の冷静な眼差しと、確実な技術を目の当たりにできる。そう考えるだけで、胸の奥が軽く躍るのだった。




