第八話 婚約者なんて必要ない
——あれから数日。
俺は相変わらず、レオンとリクトに囲まれる日々を送っていた。
二人は以前にも増して俺の行動に口を出し、会うときは必ず三人で会うようになっていた。
出かける場所も「安全確認」と称して制限され、自由はほとんどなくなった。
(……前より監視が厳しくなってないか?)
まあ、それも当然かもしれない。
俺が暴走したとき、安全に止められるのは二人が揃っているときだけ。
どちらか片方に危険が及ばないよう、常に二人が俺に合わせてくれているのだ——そう信じていた。
けれど、二人は俺なんかよりも忙しい立場のはずだ。
公務もあれば、社交の場にも顔を出さなければならない。
きっと無理をしているに違いない。
そんな不安も、二人が時折見せる柔らかな笑みを見るたび不安を振り払い、深く考えないようにしていた。
——だが、その裏では全く知らない会話が交わされていたことをこの時の俺は知らなかった。
「候補者は全員出揃った。今のところ、面会が確定しているのはこの六人だ」
「わかった。まずは殿下と僕の婚約者候補として会わせてもらおう。使える者は取り込み、邪魔な者は……この機会に消す」
地図の上に並べられた名簿と肖像画。
静まり返った部屋で、二人は淡々と策を練る。
「最悪、噂ひとつで婚約なんて簡単に壊せる」
「そもそも成立させなければいいだけだ」
まだ罪もない者たちを排除する——その事実に、二人は一片のためらいもない。
机の端には、カイルが笑顔で写っている小さな絵画が置かれていた。
二人はそれに視線を落とし、同時に口角を上げる。
——その笑みは、甘さと狂気の境界線に立っていた。
夜、王宮の庭。
今日は週に二度ある泊まり込み鍛錬の日。
暴走事件以来、二人の監督のもとで魔力制御を学んでいる。
涼やかな風が三人の間を抜け、レオンがふいに口を開いた。
「カイル、もし……君に婚約者が決まったら、どうする?」
「んー? そうだなぁ…今まで深くは考えてなかったけど、そういえばそろそろ適齢期だもんな俺たち。なんで急にそんな話?」
俺はきっとレオンやリクトに婚約の話しが持ち上がったんだろうと思った。
「想像してみてほしい。毎日、その相手と過ごすんだ。
私やリクトよりも近くで、君の時間を奪う存在だ」
穏やかな声なのに、妙に胸を締めつける響きがあった。
隣にいるリクトも、悲しそうに笑みを浮かべる。
「僕は嫌だな。そんな奴、必要ない」
二人の視線が交わる。
まるで俺を挟んで、何かを誓い合っているかのように。
「で、でも……いずれは家のために婚約者は必要だし、結婚だって避けられないだろ?」
王族も貴族も、よほどの不祥事でもない限り結婚は義務だ。
「……この国ではまだ同性婚は認められていないが、必ずしも異性と結婚しなければならないわけではない。私が王になった暁には、同性婚を制度化するつもりだ」
「そしたら僕とも結婚できるね」
「何を言う。そうなればカイルは私と結婚する」
「それはカイルが決めることなんじゃない?」
この世界では、高い魔力を持つ者同士なら同性間でも子を授かることが稀にある。
だがその数は非常に少なく、もちろん基本は男女間が主流だ。
この国では同性婚の前例など、一度もない。
「そ、そもそも俺はノン気だ! 可愛い子とキャッキャウフフしたいに決まってんだろ……」
この三人で恋愛話をすることが無かったからか、なぜか少し恥ずかしくて顔が熱くなり言い訳のように口ごもる俺。
グイッ
「わっ!?」
手で顔を隠していた俺の手を二人は乱暴に奪い取り、怒り交じりに言葉を放つ。
「カイル…君は、私たちだけを見ていればいい」
「僕たち以外を見たら、許さないよ」
——その瞬間、背筋を冷たい風が撫でた。
瞳に強い怒りの感情を宿しながら…。