第四話
あの日——公爵家での奇妙な三角関係から数日後。
朝、俺のもとに届いたのは、リクトからの一通の手紙だった。
『この前言った“見せたいもの”、今日準備が整った。
一人で来てほしい』
王宮での用事を終え、指定された時間に公爵家へ向かう。
出迎えたのは、いつも通り笑みを絶やさぬリクトだ。
「カイル、待ってたよ。……こっちへ」
案内されたのは、公爵家の中でも普段は使われないという大広間。
重い扉が開いた瞬間、胸の奥で何かが跳ねた。
そこにあったのは——ステージ。
天井から降り注ぐ光、舞台袖に並ぶ小道具、花の飾り付けまで……
すべてが、俺が前世で最後に立ったコンサート会場と同じだった。
(……なんで……)
足が勝手に前へ進む。
舞台中央に立った瞬間、木の床の感触と、歓声のざわめきが記憶から蘇る。
ふと視線を横にやると、白いグランドピアノの前にリクトが腰を下ろしていた。
「……聴いてくれる?」
鍵盤に触れる指先。
一音目が響いた瞬間、空気が変わった。
柔らかな旋律が、光の粒となって胸の奥に降りてくる。
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闇を越えて 君の光を見つけた
どんな未来でも 君を照らすよ
名前を呼べば 星が瞬く
その輝きは 永遠に消えない
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呼吸が詰まりそうになった。
——日向輝星。
前世での俺の名前の意味を、そのまま抱きしめるような歌詞。
「……リクト。これ……なんで知って……」
問いかけると、彼は少し目を細め、微笑んだ。
「全部、僕がカイルのために考えたものだよ」
「……嘘だろ」
偶然で済ませられるものじゃない。
なのに——彼はただ、柔らかく笑って首を振る。
「嘘じゃない。ただ……君には、光が似合うと思っただけ」
その瞳は、心の奥を覗き込むように深く、逃げ場がなかった。
曲が終わると、リクトはゆっくりと息を吐き、鍵盤から手を離した。
俺の中では、まだ旋律が響き続けている。
「……実は、考えてることがあるんだ」
「……考えてること?」
「誰もが目を奪われるような——そんな存在を集めて、芸術と魔術を融合させた舞台を作りたいんだ。
その中心に立つのは、君であってほしい」
「……俺が?」
「踊りも歌も魔術も、何もかも……君ならできる。
僕の専属の広告モデルになってほしい。公爵家の名を背負って」
一瞬、脳裏に浮かぶ。
舞台の光、歓声、熱。
——でも、その光はもう俺のものじゃない。
「……ごめん。俺には……無理だ」
「なぜ?」
「俺には向いてない。それに……俺は、別のことがしたい」
短い沈黙。
リクトはふっと笑い、首を横に振った。
「そう。なら、無理には誘わないよ。
でも、このステージは——いつでも君のために用意しておく」
背筋を冷たいものが走った。
まるで、前世から俺を知っている人間のように思えて。
「……リクト、本当は——」
「ううん。答えは要らない」
深緑の瞳がまっすぐ俺を射抜く。
ほんの一瞬、微笑が消え、言葉が落ちた。
「僕は……君さえいれば、それだけでいいんだから」
光の中で、彼の影だけが深く、長く伸びていた。