第三話
あれから——俺とレオンは、ほぼ毎日のように顔を合わせるようになった。
王宮での勉強や訓練、昼食まで一緒に取る日もあり、最初の強引な印象はだいぶ和らいできた。
(……まぁ、距離感は相変わらずおかしいけどな)
そんなある朝、父から突然声をかけられた。
「カイル、今日は公爵家に出向いてほしい」
「……え、公爵家って……もしかしなくても」
「うむ。エヴァンズ公爵だ。そこの子息がカイルをえらく気に入ったらしくてな。いつの間にそんなに仲良くなっていたんだ?」
「は、はは……ちょっとね」
「はっはっはっ、殿下だけでなく名門からも声がかかるとは。お前は時より大人顔負けなところがあると思っていたが、さすがだ」
(はぁ……)
——やっぱり来たか。頭に浮かぶのは、深緑の瞳と企み顔。あの日以来会ってないが、平穏を乱される予感しかしない。
****
公爵家の門をくぐると、広い庭園と瀟洒な館が目に飛び込んでくる。
さすが王家に次ぐ名門。装飾の一つひとつまで無駄に豪華だ。
執事に案内され応接室へ入ると——
「……やぁ、カイル」
リクト・エヴァンズ。あの日と同じ、いや、それ以上に整った顔立ちで、にこやかに立っていた。
「よく来てくれたね。ずっと……会いたかった」
(……出たよ、この妙な圧)
俺が何か言う前に、リクトはすっと距離を詰め、ためらいもなく俺の手を取った。
「前に言ったこと、覚えてる?」
「……え?」
「“僕のことを絶対覚えておいて”って」
深緑の瞳がまっすぐ俺を射抜く。
(忘れるわけないだろ……インパクト強すぎたんだから)
「……覚えてますよ」
「ふふ、それなら良かった」
その笑みはどこか満足げで、やっぱり何か企んでいそうで——不意に背後の扉が勢いよく開いた。
「カイル!」
「え!? レオっ……殿下!?」
そこにいたのはレオン。今日は軽装だが、やっぱり立ち姿が絵になる。
「……レオン殿下」リクトが微笑みを崩さず一礼する。
「エヴァンズ……」
(うわ……またこの空気)
二人の間に目に見えない火花が散る。
肩や指先の小さな動きすら、互いの牽制になっているようだ。
「カイル、私の隣へ」
低い声に反射的に動こうとするが——
「待って。カイルは今日僕が呼んだ。殿下を招いた覚えはないし、許可もしていない。お引き取り願おうか」
リクトが俺の手を離さない。
(……これ、デジャヴ)
「エヴァンズ」
「殿下」
声は穏やかだが、その温度は氷点下。
****
結局、俺はレオンに強引に引かれて隣へ座らされ、そのまま三人でお茶をする羽目になった。
リクトが話を振ればレオンが割り込み、レオンが話せばリクトが遮る。
(……胃が痛ぇ)
そんな中、リクトがふと俺を見て微笑む。
「カイル、今度……君に見せたいものがある」
「……見せたいもの?」
「うん。きっと気に入ってくれる」
妙に甘い声音に耳が熱くなる。横目で見ると、レオンの顔は完全に氷。
「今日、見れるんですか?」
「んー……」とリクトはレオンを見やり、わざとらしく笑う。
「今日は無理かな」
(……つまり俺だけに見せたいってことか)
「わかりました。また今度」
「うん。今度は彼をちゃんとお留守番させておいてね」
「王家に秘密事か?」っとレオンが低く問う。
「まさか。ただのプライバシーの問題ですよ」
(なんでこの二人、犬猿の仲なんだ?)
「つかぬことを伺いますが……リクトと殿下って元々知り合いなんですか?」
「こいつの前だからと殿下と呼ぶ必要はない。いつもどおりレオンでいい」
「カイル、僕にも敬語はいらないよ?」
「なら私にも不要だ」
「それは無理でしょう。あなたは王族です」
「……カイル、これは王命だ」
「え、えっと……俺が聞きたいのはそういうことじゃ——」
「僕とレオン殿下は遠い血縁でね。同い年だったから、一時期は一緒に教育を受けたこともある」
「そ、そうなんですね」
(じゃあ仲が悪く見えるのは……仲が良すぎて逆に喧嘩するパターン?)
「カイルがどう思ってるかは知らないけど、僕たちは仲良くない。むしろお互いあまり良い印象はない」
にこやかな笑顔で、淡々とひどいことを言う。確かに牽制し合ってる空気はある。
「だから、カイル。僕と友達になって?」
「え」
「は?」
(なんでそうなる!?)
「僕、同い年の友達がいないんだ。もし君が初めての友達になってくれるなら、君の父上の事業を最大限バックアップするよう父に助言できる」
「え……?」
(うち、男爵家だぞ……?それって友達じゃなくて交渉材料じゃん)
「それは脅迫では?」レオンが冷たく言う。
「黙っててもらえますか?部外者なので」
「なっ……」
二人の火花を横目に、俺は——
「もちろん良いよ!むしろ俺、今まで友達いなかったから嬉しい!」
「「え?」」
驚く二人。
「カイルの初めての友達……?」
「ははっ、ちょっとハズイけど、ずっと友達欲しいと思ってたんだ。だから普通に友達になってよ。事業のバックアップとかいらないからさ」
前世でも友達らしい友達はできなかった。だから素直に嬉しい。
そんな俺の横で、レオンが青ざめて狼狽える。
「カ、カイル?……私はカイルの何だ?」
「え?レオンは……近習ですよね?」
「……っ!」
「ぷっ」
リクトが吹き出し、レオンはショックを受けた顔。
「え……俺、何か失礼なこと言った?」
「……いや、いい。私は別にカイルと友達になりたいわけじゃない」
ズキッ——
分かってたはずなのに、改めてそう言われると胸の奥がちくりと痛んだ。
(……なんでだろ)
その小さな痛みを抱えたまま、公爵家での午後は、妙な三角関係の空気の中で過ぎていった。