第一話
——死んだ、と思った。
最後の記憶は、ステージのまぶしいライトと、割れんばかりの歓声。
そして、頭上から落ちてきた重い鉄骨。逃げる暇もなく視界が暗転する。
(ああ……俺の人生、こんな終わり方なんだ……)
日向 輝星。
国宝級イケメン、トップアイドル。ファンの数は数え切れず。
だが、そんな肩書きも一瞬で終わった——はずだった。
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目を開けると、そこには見知らぬ——いや、どこか懐かしい木の梁と、青空が同時に視界に入った。
ぼんやりとそれを眺めていると、遠くから「カイル!」と、聞き慣れないはずの名前で呼ばれる。
カイル……とは、俺のこと。なぜかそれが自然に理解できた。
振り向くと、優しげな中年男性が駆け寄ってくる。
——その人は、俺の二人目の父だった。
俺は生まれ変わっていた。カイル・アルバートとして。
昨日までの出来事が夢のように遠い感覚だが、同時に、この世界で五年間生きてきた記憶もある。
男爵家の三男として生まれ、剣と魔法のある国で暮らしている——それが今世の俺だ。
(顔は……前世のままか)
鏡に映る自分は、前世とほぼ変わらない。幼くなっただけで、目鼻立ちも同じ。
正直ホッとしたが、この世界ではそこまで「絶世」とまではいかないと知って、少しがっかりした。
——前世では子供のころから芸能界に入り、後悔も多かった。
学生時代の行事には仕事で参加できず、普通の生活を望んでも、ファンやメディアに邪魔され、アルバイトを始めてみてもセクハラやストーカー、挙げ句の果てに店長にプチ監禁される始末。
女性が少し怖くなった俺は、「守ってくれる芸能界」に戻り、そこからはただ仕事を淡々とこなすだけの日々。
だからこそ、今世では——
「……今度こそ平々凡々、平穏に生きる。目立たず、静かに——」
この世界ならできるはずだ。ネットもない、魔法と剣の腕がモノを言う世界なら。
そうだ、魔法を極めて生涯を楽して生きよう。
まだ小さな手を握りしめ、ひっそりと誓った——はずだった。
***
翌日。俺はなぜか王宮にいた。
「ほら、カイル。殿下にご挨拶をしなさい」
(なんで王宮……?)
疑問を抱えつつ視線を上げた瞬間、息が詰まった。
「君がアルバート卿の三男、カイル・アルバートだな?」
白銀の髪、透き通る蒼い瞳。整いすぎた顔立ちに、子供とは思えぬ完璧な所作。
——間違いなく、この世界の“美”の象徴だ。
「初めまして。私の名はレオン・グレイス。この国の第一王子、君と同じ五歳だ。これからよろしく、カイル」
その所作の美しさに俺の両親も見惚れている。
(……なんだこいつ、本当に五歳か? しかも俺より顔が整ってる……だと?)
思わず半歩下がった俺に、レオンは柔らかな笑みを浮かべ——
(ちっ)
「……え?」
今、舌打ち……? 気のせいか?
「会えて嬉しいよ、アルバート卿。早速で悪いが、卿のご子息を私の屋敷に案内してもいいかな?」
「え、あ、その——」
俺の返事を待たず、レオンは手を伸ばして無理やり俺の手を握りしめる。小さな手なのに、妙に強引だ。
「もちろん構いません。カイル、詳しく話していなかったが、これからお前は殿下と一緒にこの国のことを学べるんだ。よかったな。誇りに思いなさい」
誇らしげに笑う父に、ささやかな苛立ちが湧く。
(……そういう大事なことは前もって言ってくれよ)
そんな俺の心中など知らず、父は用事があると言ってそのまま去ってしまった。
「では、カイル。アルバート卿から許可も得たし、行こうか」
その時、後方から別の声が響いた。
「……ま、待って! き、君は……」
振り向くと、黒髪に深緑の瞳を持つ少年が立っていた。
落ち着いた雰囲気と年齢以上の威厳——しかし頬は赤く、呼吸はやや荒い。
ゾクリ、と背筋を撫でる感覚。
整いすぎた顔立ちが、妙に不気味さを引き立てていた。
「……僕はリクト・エヴァンズ。公爵家の長男だ」
不意に距離を詰められ、強引に手を握られる。
「あ、君は——」
さらに顔を近づけてこようとした瞬間、レオンが一歩踏み出した。
「エヴァンズ、彼を離せ」
先ほどとは違う、氷のような声。
だがリクト・エヴァンズは俺の手を離さない。
「何ですか? 王子様。彼と、少しくらい話をさせてくれませんか?」
……え、何これ。仲悪いのか?
でも、子供の喧嘩というより——もっと大人の、妙な圧。
「カイル、私の隣へ」
——その声音は、明らかに怒っていた。
「いや、でも——」
「私の隣だ」
その瞬間、王子とリクト・エヴァンズ、両方の手に力がこもる。
繋がれていた俺は思わず「いたっ!」と声を漏らした。
ハッとしたように二人が同時に手を離す。
その視線に、一瞬だけ戸惑いと……焦りが混じっていた。
「カイル、すまない」
「ご、ごめん…つい、力が入ってしまって」
謝る二人。
一人はこの国の第一王子、もう一人は公爵家の長男。
そして俺は——男爵家の三男。
この立場で、どう返せばいい?
「……い、いえ。お気になさらず」
そう口にするしかなかった。
(……なにこれ。初日から美形二人に挟まれて、空気がピリピリしてるんだけど)
恐らく、俺の「平穏な人生計画」は、この瞬間、静かに崩れ始めた。