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第一話

——死んだ、と思った。


最後の記憶は、ステージのまぶしいライトと、割れんばかりの歓声。

そして、頭上から落ちてきた重い鉄骨。逃げる暇もなく視界が暗転する。


(ああ……俺の人生、こんな終わり方なんだ……)


日向ひなた 輝星きら

国宝級イケメン、トップアイドル。ファンの数は数え切れず。

だが、そんな肩書きも一瞬で終わった——はずだった。


****


目を開けると、そこには見知らぬ——いや、どこか懐かしい木の梁と、青空が同時に視界に入った。

ぼんやりとそれを眺めていると、遠くから「カイル!」と、聞き慣れないはずの名前で呼ばれる。

カイル……とは、俺のこと。なぜかそれが自然に理解できた。


振り向くと、優しげな中年男性が駆け寄ってくる。

——その人は、俺の二人目の父だった。


俺は生まれ変わっていた。カイル・アルバートとして。

昨日までの出来事が夢のように遠い感覚だが、同時に、この世界で五年間生きてきた記憶もある。

男爵家の三男として生まれ、剣と魔法のある国で暮らしている——それが今世の俺だ。


(顔は……前世のままか)


鏡に映る自分は、前世とほぼ変わらない。幼くなっただけで、目鼻立ちも同じ。

正直ホッとしたが、この世界ではそこまで「絶世」とまではいかないと知って、少しがっかりした。


——前世では子供のころから芸能界に入り、後悔も多かった。

学生時代の行事には仕事で参加できず、普通の生活を望んでも、ファンやメディアに邪魔され、アルバイトを始めてみてもセクハラやストーカー、挙げ句の果てに店長にプチ監禁される始末。

女性が少し怖くなった俺は、「守ってくれる芸能界」に戻り、そこからはただ仕事を淡々とこなすだけの日々。


だからこそ、今世では——


「……今度こそ平々凡々、平穏に生きる。目立たず、静かに——」


この世界ならできるはずだ。ネットもない、魔法と剣の腕がモノを言う世界なら。

そうだ、魔法を極めて生涯を楽して生きよう。


まだ小さな手を握りしめ、ひっそりと誓った——はずだった。


***


翌日。俺はなぜか王宮にいた。


「ほら、カイル。殿下にご挨拶をしなさい」


(なんで王宮……?)


疑問を抱えつつ視線を上げた瞬間、息が詰まった。


「君がアルバート卿の三男、カイル・アルバートだな?」


白銀の髪、透き通る蒼い瞳。整いすぎた顔立ちに、子供とは思えぬ完璧な所作。

——間違いなく、この世界の“美”の象徴だ。


「初めまして。私の名はレオン・グレイス。この国の第一王子、君と同じ五歳だ。これからよろしく、カイル」


その所作の美しさに俺の両親も見惚れている。


(……なんだこいつ、本当に五歳か? しかも俺より顔が整ってる……だと?)


思わず半歩下がった俺に、レオンは柔らかな笑みを浮かべ——


(ちっ)


「……え?」


今、舌打ち……? 気のせいか?


「会えて嬉しいよ、アルバート卿。早速で悪いが、卿のご子息を私の屋敷に案内してもいいかな?」


「え、あ、その——」


俺の返事を待たず、レオンは手を伸ばして無理やり俺の手を握りしめる。小さな手なのに、妙に強引だ。


「もちろん構いません。カイル、詳しく話していなかったが、これからお前は殿下と一緒にこの国のことを学べるんだ。よかったな。誇りに思いなさい」


誇らしげに笑う父に、ささやかな苛立ちが湧く。


(……そういう大事なことは前もって言ってくれよ)


そんな俺の心中など知らず、父は用事があると言ってそのまま去ってしまった。


「では、カイル。アルバート卿から許可も得たし、行こうか」


その時、後方から別の声が響いた。


「……ま、待って! き、君は……」


振り向くと、黒髪に深緑の瞳を持つ少年が立っていた。

落ち着いた雰囲気と年齢以上の威厳——しかし頬は赤く、呼吸はやや荒い。


ゾクリ、と背筋を撫でる感覚。

整いすぎた顔立ちが、妙に不気味さを引き立てていた。


「……僕はリクト・エヴァンズ。公爵家の長男だ」


不意に距離を詰められ、強引に手を握られる。


「あ、君は——」


さらに顔を近づけてこようとした瞬間、レオンが一歩踏み出した。


「エヴァンズ、彼を離せ」


先ほどとは違う、氷のような声。

だがリクト・エヴァンズは俺の手を離さない。


「何ですか? 王子様。彼と、少しくらい話をさせてくれませんか?」


……え、何これ。仲悪いのか?

でも、子供の喧嘩というより——もっと大人の、妙な圧。


「カイル、私の隣へ」


——その声音は、明らかに怒っていた。


「いや、でも——」


「私の隣だ」


その瞬間、王子とリクト・エヴァンズ、両方の手に力がこもる。

繋がれていた俺は思わず「いたっ!」と声を漏らした。


ハッとしたように二人が同時に手を離す。

その視線に、一瞬だけ戸惑いと……焦りが混じっていた。


「カイル、すまない」


「ご、ごめん…つい、力が入ってしまって」


謝る二人。

一人はこの国の第一王子、もう一人は公爵家の長男。

そして俺は——男爵家の三男。


この立場で、どう返せばいい?


「……い、いえ。お気になさらず」


そう口にするしかなかった。


(……なにこれ。初日から美形二人に挟まれて、空気がピリピリしてるんだけど)


恐らく、俺の「平穏な人生計画」は、この瞬間、静かに崩れ始めた。

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