いざ!冒険へ!!
それから片付けを終えてじいちゃんは備爺から《固有スキル》についてレクチャーを受けた。
じいちゃんは店のシャッターを半分だけ下ろして備爺をみる。
人徳「これで閉めるだけなんだな?」
備長炭「そうじゃ、店を出す時はお主が掴む鉄の門を開ける動作をするればよい」
人徳「鉄の門…、ああ、シャッターだな?分かったやってみよう」
杏珠「じいちゃん頑張れ!」
アタシの言葉に頷いてじいちゃんは店の方に向き直る。
人徳「……お疲れ様、さ、《明日に帰ろう》」
じいちゃんがシャッターを閉めるとお店はキラキラの粒になって消えた。
杏珠「やった!うまくいったねじいちゃん!」
備長炭「?、先程のはなんぞ?」
杏珠「なにが?」
備長炭「ほれ人徳が今さっき何やら呪文のように唱えていたではないか」
杏珠「ああ、あれね、そうだなこれは本人から聞いたほうが良いかもね…」
備長炭「?」
首を傾げる備爺、これは話した方が良いかもね。
じいちゃんがちょうどこちらに来るので聞いてみた。
杏珠「ねぇじいちゃん、備爺にあのこと話してもいいかな?」
人徳「ん?」
杏珠「じいちゃんがシャッターを閉めながら言った言葉が気になるんだって」
アタシの言葉に隣にいる備爺はうんうんと頷く
人徳「なるほど、そう言うことか、分かった備長炭に話してあげてくれ」
杏珠「ありがとうじいちゃん!」
じいちゃんに許可をもらった所でアタシは話を始める。
杏珠「ここに来る前、アタシ達が居た場所はね、商店街と呼ばれる様々な店が立ち並ぶ所だったの、特に居酒屋が多くてさ、じいちゃんが店を始めた当初は沢山の居酒屋が並んでて【天界の飲み屋街】と呼ばれるほどすっごい賑やかで華やかだったの」
備長炭「ふぉふぉふぉ、天界とは大層な名じゃな、しかし『だった』と言うことは何かあったんじゃな?」
杏珠「うーん、時代の流れってやつかな?高齢化もあるけど店を受け継ぐ人、跡取りが居なかったってだけなの、私がじいちゃんの飲み屋を受け継ぐって決めた時にはもうほとんどの店が無くなってた…、うちの商店街は特にね…、他の場所はまだ賑やかなのに…」
備長炭「なんと、難儀じゃの…」
備爺、しゅん…となっちゃった。
そんな備爺の顔をじいちゃんは優しく撫でる。
人徳「ありがとう備長炭」
備長炭「しかしそれでなんで《明日に帰ろう》なんじゃ?誕生のきっかけはなんぞ?」
人徳「ん?なんでって言われてもなぁ、うーん、言葉の誕生かぁ、強いて言えば《雑草魂》かな?」
照れ笑いしてじいちゃんが言えば備爺は『なぬ!雑草?!』と声を出す。
今、変顔だったよ備爺…(笑)
杏珠「備爺、雑草魂って言うのは簡単に言うと【負けない精神】って意味だよ」
備長炭「負けない精神とな?」
人徳「正直、店を始めた時は慣れなくてけっこう大変でな、なかなか上手くいかない事もあってヘトヘトだったなぁ、《明日に向かえ!》って言葉は不安で荷が重くてね、だから《今日と言う日はもう過去、忘れて次の日に帰ろう》って思いで毎日店のシャッターを閉めて切り替えていた、それがだんだん省略されて《明日に帰ろう》になったんだよ」
備長炭「なるほど雑草魂から生まれた己を奮い立たせる言葉だったと言うわけか」
人徳「そうだ」
杏珠「ちなみに、明日に帰ろうには正確な答えはないの、アタシも探してるよ自分の《明日に帰ろう》をさ、なかなか見つからないけど」
苦笑いしていたら、鼻をすする音が聞こえて振り返ると、白兵衛が号泣していた。
杏珠「白兵衛、あなた泣いてるの?」
白兵衛「うおぉお、いい話だど、わー感動しただぁぁ…」
どの部分で泣いたか分からないけど白兵衛にも、ささるものがあったみたいね。
杏珠「はいはい、分かった分かったから、泣き止んで、よしよし」
モモリン「ちろべー、よちよち」
白兵衛を慰めるアタシをモモリンも手伝っている。
人徳「でもな備長炭」
備長炭「ん?」
人徳「さっき言ったのはあくまで若い時の感情なんだ」
備長炭「今は違うのか?」
人徳「ああ、40代半ばで分かったんだ、明日は必ず来るんだ、あくせくする必要はない、ならのんびり行こうってね、明日に行こうじゃなく明日に帰ろうの方が気が楽じゃないか、そうだろ?」
備長炭「確かに年を取らねば見えぬ景色もあるからの」
人徳「ありがとう備長炭、理解が早くて助かるよ」
備長炭「ふふ…」
そんなじいちゃん達の会話が聞こえる。
ん?アタシってこんなに耳良かったっけ?
まぁいいや、それより話も済んだみたいだから言っていいよね。
杏珠「ねぇじいちゃん、備爺、そろそろ出発しようよ!」
モモリン「ぽーけん!ぽーけん!」
アタシの肩に乗りモモリンも冒険コール。
人徳「ははは、若人達は待ちきれないようだな」
備長炭「うむ、では参ろうか、人徳、杏珠よワシの翼を伝い背に乗るが良い」
備爺は屈むと翼を下ろす。
人徳「なんだ?元の大きさじゃないのか」
あらら、じいちゃんなんか残念そう。
備爺は実際は結構大きくて最初に見た感じ全体的に7メートルぐらいだったかな?そこは流石にドラゴンって感じだよ。
昨夜、外で寝る時に寝返りうって店を壊したら大変だからって言って今は4メートルの大きさになっている。
4メートルもまあデカイけどね。
備長炭「何をゆうか、ワシが元の大きさになって飛んだら騒ぎになるぞい、このぐらいが丁度良いんじゃよ」
人徳「なるほど塩梅と言うやつだな」
杏珠「じいちゃん、前に乗りなよ憧れだったんでしょ」
ここはじいちゃんファーストだ、ドラゴンを一番好きな人が先に乗るほうが良いよね。
そう思ったんだけど、じいちゃんは首を横に振る。
人徳「いや、杏珠が前に乗りなさい、私は2番目で良いよ」
杏珠「え?ど、どうして?」
人徳「それはもちろん、大体の主人公は真ん中の位置に乗るじゃないか」
杏珠「まぁ確かに(汗)」
絵本とかだと主人公は確かに真ん中あたりに座ってるよね?普段はこだわらないじいちゃんだけどドラゴンに関しては搭乗にもこだわりが強い。
備長炭「決まったか?」
あ、いけない!
備爺待たせちゃったかな。
杏珠「ごめんね備爺、待たせちゃった?」
備長炭「そんなに待っとりゃせんわい、それよりほれ、モモリンがワシの頭に乗ったぞ」
いつの間にかモモリンが備爺の頭に乗ってリラックスしている、流石は冒険好きの種族、行動早いね。
話しはここまでにして、アタシとじいちゃんも備爺に乗る。
杏珠「わ、結構高ッ」
人徳「ほう、これは中々の高さだな」
杏珠「サイズダウンしても4メートルだからね」
備長炭「乗ったな?では参るぞ」
杏珠「あ、待って待って!」
備長炭「む?なんじゃ?」
杏珠「あいさつだよ、……白兵衛、元気でね!イヤリング本当にありがとう!」
人徳「達者でな」
備長炭「何時になるかは分からんが、また帰って来るからのぉ、この森を任せたぞ」
白兵衛「へい分かりやした、留守はわーに任せてくだせい」
白兵衛の言葉が終われば備爺は翼を広げ飛び立つ。
下から白兵衛が『良い旅をーー!!』と叫んでいるのが聞こえた。
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空へ昇ると同時に突如、濃霧が視界を遮る。
杏珠「わッ、なになに!?なんにも見えない」
モモリン「うにゃー♪」
備長炭「ワシがこの森に仕掛けた霧じゃ、一度花畑を出ればこうなる」
人徳「それにしたって凄い霧だな、大丈夫か備長炭」
備長炭「案ずるな、ワシには視界良好じゃ」
杏珠「備爺はね〜、でもさ景色が楽しめないのつまらなーい」
備長炭「ええい、もうすぐ濃霧を抜けるから我慢せい、そら!出口じゃ」
目に差さる日差しに目を瞑る。
備爺の声が聞こえる。
備長炭「ほれ抜けたぞ杏珠、その眼でとくと見るがよい」
杏珠「え、ーーッわぁ」
視界に先ず飛び込んで来たのは広大な草原。
風が流れ若草達を撫でていく。
遠くに羊飼いの姿や魔物と戦う冒険者達が見えるけど、ここからだとまるでミニチュアフィギュアのようだ。
更に奥の方に山があるようだけど草原の広さの方が圧巻だった。
杏珠「ひゃぁ♪すごーい!!綺麗だねじいちゃん、見てる?」
人徳「ああ見てるぞ、これは美しいな」
杏珠「うんうん!本当にね」
モモリン「わーい!ちょーれん♪」
杏珠「ちょーれん?」
人徳「草原の事だろうな」
杏珠「なるほど」
人徳「そういえば、こんなに高く舞い上がってるのに風の影響を受けないな?」
じいちゃんが不思議そうにそう言った。
杏珠「あー確かに、寒くもないよね?」
じいちゃんは紺色サモエを着て、アタシはタンクトップとキュロットズボンの軽装スタイル、この格好で何も無いのは不思議すぎる。
異世界マジックって事かな?なーんて、考えていたら備爺がすぐに答えをくれた。
備長炭「それはなワシがお主らに防壁を施したからじゃよ」
杏珠「防壁?それもスキルなの?」
備長炭「そうじゃ、スキルの名は【守護防壁】、ありとあらゆる攻撃を防ぐ、継続には魔力を放出し続けなければならんがワシには容易い事じゃ」
人徳「なるほど、通りでこんなに上空に居ても影響が無いわけか、すごいな備長炭、流石はドラゴンだ」
備長炭「うむ、深淵龍の名は伊達ではないぞ、ふぉーっふぉっふぉっふぉ」
杏珠「備爺、備爺、笑ってる所悪いんだけどさ、そろそろ進もう」
実はさっきから戦いを終えた冒険者達がこっちを見てるんだよね、アレってさ明らかにパニックになりかけてるよね?ここからでもわかるよ…。
それを伝えれば備爺も『あい分かった』と言って先に進んでくれた。
杏珠「アタシ達が乗ってるのに、備爺を怖がるなんてねぇ」
人徳「ひょっとして乗っているのが見えなかったんじゃないか?遠いし」
杏珠「かもね」
備長炭「それより2人共、ギルドでの登録が済んだら店を開店するのか?」
人徳「ははは、まさか、まだまだ準備が必要だよ」
備長炭「なぬ?そうなのか?」
杏珠「お酒はアタシがなんとか出来るとしても、おつまみが無いと【居酒屋のんべえ】は始まらない、後は用心棒かな?あ!洋服屋にも行かないと!」
人徳「洋服屋か、確かに私と杏珠の服は異世界では浮いてしまいそうだな」
杏珠「そうそう、じいちゃん正解!このままだと流石に、、ね?」
備長炭「むむ?なら用心棒はワシが居るから問題なかろう」
杏珠「所がね備爺、意外とそう言うのにも手の数は欲しいものなんだよ」
備長炭「難しいのぉ」
杏珠「本当にそれ、じいちゃんを見て心底そう思ったよ」
商品の仕入れに、身なりに備品の手入れとじいちゃんがばあちゃんと一緒に奮起してたのをアタシは見ていた。
そして商売には危険も多い事も…。
元の世界では防犯カメラとかが一番の《用心棒》だった。
用心棒で思い出したんだけど…。
杏珠「そういえば、モモリンとの従魔契約してないよね、後でする?」
モモリン「むにゃ?」
そう言ったらモモリンはこちらにタタッと駆けてくると、私に飛び付いてくる。
おしりを支えてあげれば立ち上がって眉間を舐める。
杏珠「あはっ、くすぐったいよモモリン」
モモリンは『にゃ♪』と鳴くと次にじいちゃんの所へ行き同じようにする。
人徳「ははは、お腹でもへったか?後でなにか食べような」
杏珠「モモリン急にどうしたのかな?子猫だから甘え盛りなのかも」
備長炭「何を言う杏珠、それはモモリンの契約行動だぞ?」
杏珠「え!ま、じ…!」
備長炭「ケットシーの一族は自分を受け入れてくれる事が従魔契約なのじゃよ、先程のはモモリンも共にいるのを承諾した証じゃな」
そ、そんな簡単なんだ。
備爺の時はあんなに厳かだったのに。
人徳「備長炭の時は厳かな感じだったのにな」
じいちゃんアタシと同じ事を……(笑)
備長炭「従魔契約と言うのは種族様々って事じゃよ、お、それより着いたぞ、あそこが草原の国【グラスシード】じゃ」
見えてきたのは高い塀に囲われた大きな街。
その街のシンボルだろうか、風車がアチラコチラに立っていて大きな建物と小さな建物がバランスよく建設されているシックな雰囲気が印象的の街だ。
杏珠「おお、いいじゃん!」
まさに勇者が最初に降り立つ《The・始りの街》って感じがしてめっちゃテンション上がる!
まあ…私達、勇者じゃないけど(笑)
ドシン!と備爺が街の入り口から少し離れた場所に着地すれば目の前の衛兵たちが驚いて慌てふためきはじめる。
ですよねー?いきなりドラゴンじゃビックリだよね。
ダダダー!と複数人が駆けよってきて、怯みながらも武器を構え威嚇に睨みつけて来た。
ちょちょ、怖ッ!!?怖いんですけど!?!
杏珠「ひぇ…ッ!」
人徳「なんだか歓迎って雰囲気じゃないな、どうする備長炭」
備長炭「ふん、小賢しい薙ぎ払うか」
杏珠「ダーメに決まってるでしょ!?」
その時、衛兵の隊長と思しき人が槍を構え威嚇しながら前に出てきた。震えながらも視線をそらさずこちらを見据える姿は流石は上に立つ者と言う感じだ。
「き、貴様ら何者だ!そのドラゴンはまさか黒龍なのか?」
備長炭「種族は黒龍じゃが、ワシはその最高峰に君臨する深淵龍じゃ、今は従魔としてこの者達に仕えておる、覚えておくがいい人間よ」
なんで上から目線なの備爺?
従魔という言葉に周りはどよめく、聞こえてくるヒソヒソ話によるとドラゴンは本来は誇り高い気高き存在、特に黒龍、更に深淵龍が従魔になることはまずあり得ない事らしい。
でも深淵龍である備爺本人が『従魔』と言ってるなら良いんじゃないかとなんやかんや話が纏まって行き街で騒ぎを起こさないようにと何回も念を押された。
衛兵隊長「では、通行料を頂きます」
杏珠「通行料?」
衛兵隊長「規則ですので、人間は1人につき金貨1枚、従魔は一匹つき銀貨2枚となります」
杏珠「なにそれ高ッ!?」
人徳「ま、通行料とはそんなもんだな」
杏珠「備爺〜」
備長炭「分かっとる分かっとる、どおれ」
備爺は尻尾をしならせ、天を叩く。
【アイテム収納】と言うスキルを発動したらしく。
叩いた場所に丸い空間が出来てそこからダイヤモンドがバラバラと数十個落ちてくる。
衛兵の人達からどよめきが上がる。
備長炭「ほれ、これでいいじゃろ、通してもらうぞい」
衛兵達を横切る時、『あの、これじゃあ多い気が…』と遠慮深く訊ねてきたので備爺が振り向いて『後はお前さん達にやる好きにせい』とだけ言った。
すると衛兵達はダイヤモンドを我先にと拾っていった。
その姿勢にふつふつと気力がみなぎっていてる気がする。
杏珠「…じいちゃん、生きるって大変なのね」
人徳「そうだな生きるは忍耐だよ杏珠」
私とじいちゃんがそんな話しをしていたら備爺が急に立ち止まる。
人徳「どうした備長炭」
備長炭「お主らは前を歩けワシはその後ろを着いてゆく」
杏珠「え?なんで?」
備長炭「この世界のテイマーはちと事情が複雑でな、自由過ぎる姿勢は従魔の手綱を押さえていないと思われてしまい良くないのじゃよ、契約により魔獣を服従させる召喚士と違いテイマーは従魔と自由な関係性を築くそれゆえ、恐れられてしまうこともあるからの、だからワシの前を堂々と歩き威厳を示すのじゃ」
『だからといって、テイマーが生きづらい世の中と言う訳では無いがの』と、備爺は付け足す。
人徳「自由と服従か、テイマーと召喚士は考えが違うんだな」
備長炭「鋭いな人徳、その通りじゃ、だからなるべくは関わらん方がよい」
杏珠「関わらんほうが良いって、け、喧嘩になるとか?」
備長炭「まぁほぼ先に仕掛けてくるのは召喚士だからな、こっちから関わらなければ心配ないわい」
杏珠「答えになってなーい!!」
備長炭「ふぉふぉふぉ、ほれほれ叫んでないでゆくぞ、堂々と歩くのじゃぞ2人共」
備爺が頭でグイグイ背中を押してくる。
杏珠「ちょちょ、あー!もー!よし、行こうじいちゃん」
人徳「ああ行こう」
私とじいちゃんは街へと一方踏み出した。
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街に入るとやっぱりと言うか注目を浴びた。
ドラゴンを連れて歩いてれば当然だよね。
でも思いのほか悪い感じではなくヒソヒソ話しこそはあったけど、その内容の大半が『本物?』『本物のドラゴン?』だった。
『ねぇみて!あの子の服、すっごい可愛い!』『わぁ爺さんのあれなんだ、カッコイイ!』中にはこんな風に私達の服に注目する人も居たりした。
服、そうだ!服買わないと!
良くアニメや小説とかでも見る中世ヨーロッパの服装の人があちらこちら居るから、アレを買わないと。
あ、でも先ずはギルドに行かないとだっけ。
異世界って割と面倒くさーい…。
それらしい建物が無いか探していると私の肩に乗るモモリンがギルドを見つけてくれた。
ギルドに入ると受付カウンターがあって、その周りに丸いテーブルと椅子が並ぶ交流場が設けられていた。
何人かのガラの悪……、じゃなく!冒険者達がたむろって居た。
一瞬ギルドではなく酒場を想像してしまったのは気のせいにしておこう。
大きさを2メートルぐらいに調整した備爺も一緒に入ってきたからみんなビックリしてひっくり返ったり中には武器に手を掛ける冒険者までちらほら。
備爺もその気になるし、モモリンもそれに煽られたのか毛を逆立てるしで、私は慌てて『従魔です!私達の従魔なんです!』ってなんとか宥めたよ。じいちゃんは逞しくなったな杏珠、なんて呑気な事を言って笑ってたけど。
人徳「すみません、ちょっといいですか?」
じいちゃんが受付のお姉さんに声を掛ければ冷静を取り戻し対応してくれていた。
「はい、本日はどうされましたか」
人徳「冒険者登録と商人登録をしたいのですが、大丈夫でしょうか?あと、従魔登録も」
「はい、かしこまりました」
人徳「それと初心者なものでしてギルドについても説明お願い出来ますかな?」
「ええ、そうなりますと少々お時間が掛かりますが宜しいでしょか?」
人徳「はい、あ、ちょっと待ってて下さい」
じいちゃんは振り返る。
人徳「杏珠、私が後はやるからちょっと街を歩いてきなさい」
杏珠「え!いいの、でも……」
人徳「ああ、それに冒険したいんだろ?」
じいちゃんが楽しげに言う、見破られてたか。
杏珠「本当に行ってもいいの?」
人徳「遊んできなさい」
杏珠「わーい!モモリン行くよ、備爺、じいちゃんよろしくね!行ってきまーす!!」
アタシはモモリンを頭に乗せて弾かれた玉の如くギルドを飛び出した。
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草原の国。
〜噴水広場〜
杏珠「いいねこの雰囲気!『勇者杏珠、相棒モモリンと新しい大地に降り立つのだった!』なーてね、あはは」
街を歩き周り、広場に来ると噴水の縁に座る。
心地よい涼しさと冷たさが暑い日差しで火照った体をクールダウンしてくれる。
杏珠「ふー、涼しい〜」
モモリン「にゃーん」
杏珠「モモリン、お魚はいないよ、でも気持ちいね」
モモリン「ちゅめたい!おみじゅ!」
うん『冷たいお水』私もわかったよ〜♪
舌っ足らずなモモリンに癒されている時だった。
突然正面奥からざわめきが上がった。
杏珠「なんだろ?」
騒ぎの方に意識を集中する。
その時だった、そのざわめきの中に聞き慣れた音が響いてきた。
(カッ…、カッカッ…)
え、この音?もしかして…。
(カッカッカッ…カンッカンッカンッ!)
間違いない下駄だ!下駄の音だ!
分かった時のその方向から1人の青年がこちらに向かって走って来ていた。
後ろを気にしているのか仕切りに振り返っていた。
周りにいる人達は青年の慌ただしい雰囲気に恐怖を煽られてしまい逃げていく。
一瞬だけ浮かんだ寂しそうな彼の顔にアタシは考えるよりも先に叫んだ。
杏珠「こっちぃぃぃ!こっちよ、こっちに来てーーーー!!!」
ジャンプして両手を振ってアピールする、そうしたら彼が気が付いてくれた、驚きながらもスピードを上げてアタシのもとへ来る。
近くに来た時、分かった。
彼は人間じゃなかった。
190はある高身長、がっしりとした肉体。
少しぼさついた浅葱色の長髪は束ねている。
緋色の瞳、少し焼けた肌、額の両端には目の色と同じ緋色の角が上反るように伸びている。
『鬼だ』と心で思った時にはすぐ目の前に来ていた、アタシの後ろで休んでるように言うと彼は頷く、アタシは前に出ると彼を追い掛けてきた5人の冒険者達を睨み付けた。
ー続くー