異世界に来たけどじいちゃんは動じてません
『え、ここ何処…?』
それがアタシの第一声だった。
アタシの名前は《月ヶ瀬杏珠》
25の独身、体はぽっちゃり系、か、な……。
今日アタシはじいちゃん《月ヶ瀬人徳》の店で最後の客として飲んでいた。
じいちゃんは居酒屋を経営していたけど、引退することになったんだ。
でも、アタシがじいちゃんの店を受け継ぐと決めたから今日はその報告に来たの。
この日のために、調理師免許はとった!お酒の免許はただいま猛勉強中。
店を受け継ぐ事を話したらじいちゃん、最初は驚いてたけど嬉しそうにしてた。
アタシも嬉しかった。
それから暖簾を仕舞って2人で飲み交わしてほろ酔いになった所でお開きになり灯りを消した。
アタシはお風呂に入る前に酔いを覚まそうと店の外に出た。
そして今に至る。
空には満天の星が瞬き、満月が煌々と照り、その明かりに照らされた花畑は薄ブルーに輝いている。
杏珠「と、とりあえず〜…じ、じいちゃぁぁぁぁん!?!」
アタシは慌てて店中に戻り、店の明かりをつけてじいちゃんと再び外に出る。
人徳「ほほぅこれは綺麗だ、昔住んでいた田舎を思い出すなぁ、はっはっは」
背筋は真っ直ぐで豪胆なじいちゃんは景色が変わっててもちっとも慌てる様子は無く、寧ろ昔を懐かしんでいる。
杏珠「いやいや!じいちゃん、アタシ達の店はシャッター商店街にあるんだよ?!どう考えてもここは違うよ、アタシ達は異世界に召喚されたんだよきっと、いや絶対!」
まさかの出来事に今更ながらテンションが上がってきた、興奮気味にそう言ったけど、じいちゃんは小首をかしげる。
人徳「異世界?転生は良くお前さんから聞いていたが召喚は初耳だな?具体的にはどんな感じなんだ?」
杏珠「え、あ、と〜?…っ!、異世界召喚って言うのはね、異世界の誰かの悪戯で無理矢理、地球から異世界に召喚されたそこら辺の一般庶民が強制的にその世界に住む事になるってやつかな」
少々強引な解釈だけど概ねは合ってるよね、多分。
人徳「なるほど、と言うことは私達は今シャッター商店街ではなく異世界に居ると言うことだね」
杏珠「そう!それ!」
じいちゃんは細かいことは気にしない性格で場に馴染みやすいから理解も早くて凄く助かる!
人徳「ふむ、だとしたら困ったな」
杏珠「そうだよね、ここは何処か分からないし人の気配もないし…」
人徳「挨拶もなしに急に引っ越しちゃったからみんな慌ててるだろうな」
杏珠「(ガクッ)そこー!?あ、でもそうだよね」
考えて見たら転生と違い召喚は神隠しのようなものだ、行方不明扱いになると考えると……。
ぁぁ、不安が爆発し過ぎて泣きたくなってくるぅ・・・。
杏珠「ごめんね、じいちゃん…アタシがお店で飲みたいなんて言わなければ・・・」
潤目になるアタシの頭をじいちゃんは大きな手でワシャワシャと撫でてくれた。
人徳「わはは、泣くな泣くな、杏珠が店に来なければ私が一人で此処へ来てしまってたかも知れんその方が寂しい、杏珠が居てくれてじいちゃんは心強いぞ」
杏珠「じいちゃん…っ!」
人徳「さて、異世界引っ越し記念に飲み直すとするか」
杏珠「うん!」
店に入るじいちゃんを見送る。
そうだ、そうだよ!一人じゃないんだ。
しっかりしろアタシ。
じいちゃんを守らなきゃ、泣いてる場合じゃない!
杏珠「よっしゃー!!」
両頬叩いてちょっと痛かったけど気合が入った。
杏珠「やれるとこまでやってみよう!」
自分に言い聞かすように言ってアタシも店に入ろうとした時、後ろからガサガサッと音が聞こえた。
杏珠「?なに、今の音?」
振り返りよーく目を凝らす。
雲が晴れ月明かりがより一層花畑を照らせば、それが見えた。
花畑の真ん中に何やら黒い塊がある。
杏珠「何アレ、岩かな??」
でも、その考えはすぐに否定された。
岩らしきものはその形を変える、フォルムは【Z】に近い、程よい長さの首、立派な角を生やした面長の顔、欠伸した時に見えた鋭い牙、美しくたたまれた翼、間違いないアレは・・・!?
杏珠「ど、どど、ドラゴン…っ!?!」
一気に血の気が引きガクガク震え始める体。
まずい!?このままじゃ気絶しちゃう!?
人徳「ほれ!持ってきたぞ、月見酒と行こう♪ん?どうした杏珠、まだ考えてるのか?」
杏珠「ありがとう、じゃなくて!じ、じいちゃん!ああ、あそこにどど、ドラゴンが居る、店の中に入ろう!今すぐに!」
人徳「なぬ、ドラゴン!何処だ何処だ!」
あ、そうだった。
じいちゃんはドラゴン好きだったっけ。
ドラゴンは上をぼんやり見上げながらスンスン鼻を動かしてゆっくりとこちらを見た。
杏珠「ぎゃあああああ!!く、くるなぁぁぁぁぁ!!?」
アタシはじいちゃんが持って来てくれた缶ビールをドラゴン目掛けてぶん投げた。
正直、どうやって投げたか覚えてない。
美しい弧を描き飛んでいった缶ビールはドラゴンが口でキャッチしたのがシルエットでも分かる、感心するじいちゃんを引っ張り店に入ると鍵をかけた。
杏珠「ふぅ、これで安心」
人徳「なんだ?ドラゴンもうおしまいか」
杏珠「おしまいおしまい!もう寝よう!そうしよう!」
人徳「私はなんだか目が冴えてしまったからもう少し起きてるよ、杏珠はもう寝なさい」
杏珠「うん、そうするよ……」
ちょっと沈黙。
(ポッポッポ、チーン。)
杏珠「じゃなあーい!?アタシはなに現実を否定しようとしてるのか!?店に入って鍵かけた所でなにになると言うんだぁぁ!」
頭を抱えて叫ぶアタシをじいちゃんは気にせず『落ち着け落ち着け』となだめてくれた。
すると、玄関を軽く叩く音がする。
杏珠「ひぎゃああ!?」
人徳「おや、お客さんかな?はーい」
杏珠「じいちゃん!違うお客さんじゃないよ!じいちゃ〜ん!?」
玄関を開けるじいちゃんを追いかける。
アタシも外へ出るとじいちゃんは上を見上げている。
つられて上を見上げた時、息を呑んだ。
先ほどのシルエットドラゴンが目の前に居たからだ。
杏珠「ヒュッ…」
変な声が出た。
人は圧倒的な恐怖に見舞われると声を失うと言うけど、これは圧倒的ってレベルじゃないぞ…っ!?
人徳「今晩は何か御用でしょうか?」
杏珠「っっ!?」
じいちゃん、満面の笑みだ。
余程ドラゴンに会えた事が嬉しいんだろうなぁ…。
じいちゃんが訊ねたらドラゴンは器用に爪で掴んだ何やらの欠片を差し出して来た、じいちゃんが受け取ったそれをつま先立ちで覗き込めば、缶ビールのプルトップだった。
杏珠「これプルトップ?」
そう呟けばドラゴンが『馳走になった』と答えた。
喋ったよこのドラゴン?!
ドラゴン「いまだかつてこのような美味なる物は飲んだことが無い、娘よ進呈に感謝する」
杏珠「いや、あの、よ、喜んでもらえてなによりで」
よもや【攻撃】とは言えない…。
ドラゴン「たがアレっぽっちでは飲んだ気になれん、よっておかわりを所望する」
ずいっと顔を近づけてくる。
いや、近い近い!?
杏珠「あ、あれは、こぅ、じゃなく!お試しです!欲しければお金を支払って下さい!」
アタシはじいちゃんを守るように前に立つとハッキリそう言った。
ドラゴン「なに、お金とな?それを払えば飲ませて貰えるのか?」
杏珠「え、ええ勿論、い、良いよねじいちゃん?」
人徳「杏珠が良いなら構わないぞ」
杏珠「だそうです!」
ドラゴン「そうか、あいわかった!しばし待て」
ドラゴンさんは店から少し離れると尻尾で空中を突っついた、そしたら不思議な空間が現れてそこからドサドサー!って沢山の宝石が落ちてきた。
店より高くなった宝石の山、空間が消えた時ドラゴンさんが戻って来る。
ドラゴン「さぁこれで良かろう早くあの美味を飲ませてくれ」
杏「本当に飲みたいんだね缶ビール…」
もう何がなんだかだよ〜…
人徳「ほうこれは凄い、しかし提供する前にもう一つだけお願いが」
ドラゴン「?な、なんじゃ」
ドラゴンさん、余程飲みたいのか声が若干せっかちになってる。
人徳「お前さんのその大きさでは店が壊れてしまう、もう少しだけ小さくなれませんか?」
杏珠「(あー、確かに)」
ドラゴン「むむむ、それもそうか、ならば…っ、ふぬぬ!!」
しゅるるる、と音が聞こえたかと思えばドラゴンさんは見る見る小さくなる、サイズ的にはフクロウのミミズクぐらいね、それにしても・・・。
杏珠「可愛い♪」
うん、ぬいぐるみみたいで可愛い♪
ドラゴン「さ、さぁ!これで良いじゃろ?はよはよ!飲ませてくれ!」
人徳「勿論です、さ、杏珠、案内してあげなさい」
杏珠「はーい、ではお客様こちらへどーぞ」
ドラゴン「うむ」
∇
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ドラゴンさんを店の中に案内して、好きな席に座って貰いアタシは冷蔵庫を空けて缶ビールを六缶取り出す。
ちなみにじいちゃんはおつまみを作ってる。
じいちゃんの店は小さいから冷蔵も家庭用。
だから入ってるお酒の本数は基本限られているけど、店を閉めるつもりだったから今は缶ビールしか入って無いんだよね。
ビールをコップに注ごうとしたらドラゴンさんが『そのままくれ!』って言うからそのまま出してあげた。
缶を掴むとカジカジかじり始めたから慌てて開け方を教えてそれからは自分で器用にプシュ!と空けてグビグビ飲み始めた、持ってきたコップは引っ込めておこう。
ドラゴン「うんまーーい!!バチっとくる爽快、ほんのり甘くて一番主張が激しい苦味は癖になるわい!」
グビグビ、グビグビとあっという間に六缶を空にする。
杏珠「ひゃぁ、すごい飲みっぷり」
ドラゴン「まだまだイケるぞ、おかわりじゃ!あるだけ持ってくるんじゃ!」
杏珠「はーい、少々お待ちを」
アタシは残りの10缶を全て持ってきた。
ドラゴン「ぬ?これだけか?」
杏珠「はい、申し訳ございませんがそうです」
ドラゴン「な、何故じゃ?ここは店なのじゃろ?」
杏珠「えーと、それは・・・」
人徳「閉店するからですよ」
アタシ達はじいちゃんを見る。
人徳「閉店するので品数も少ないんです」
杏珠「じいちゃん…」
ドラゴン「閉店とはなんじゃ?」
人徳「店を辞めると言うことです、本当なら孫の杏珠が受け継いでくれる予定でしたが、ご覧の通り異世界に来てしまいましたからね、それも難しい、ですからドラゴン様がこの世界で最初で最後のお客様です」
ドラゴン「異世界とな?…ふむ、なるほど、確かにステータスをみる限りお主らが異世界からの迷い子と言うのが分かるのぉ」
杏珠「え、ドラゴンさんはステータスが見れるんですか」
ドラゴン「同然じゃ、これでも900年以上は生きてるからの」
あら、かなりの御長寿!流石ドラゴン。
人徳「はい、出来上がりました、ビールに最高に合うおつまみ『味噌焼きおにぎり』でございます」
作り方は極めてシンプル!
おにぎりにお味噌を塗ってお好みでネギをトッピングして焼く!味噌類はビールによく合うんだ♪
ドラゴン「うほぉ、良き香りじゃ、どれどれ」
真ん中の味噌焼きおにぎりをぱくりと一口。
杏珠「ふふ、一瞬だ」
人徳「杏珠」
杏珠「あ、ごめんなさい」
ドラゴン「ぐ…」
杏珠「ど、どうしたんですか?」
人徳「味噌はお口に合いませんでしたか?」
アタシ達の言葉を気にせずドラゴンさんは缶ビールを開け再びグビグビ。
ドラゴン「んんんんっ!!!至福じゃぁぁぁ♪♪♪」
お気に召した用でビールもろともあっという間に平らげてしまう。
ドラゴン「ふー満腹じゃぁ♪娘、そして老師よワシを満足させるとはやるでないか、褒めてやるぞ」
何故上から目線?
まぁ長生きドラゴンだから仕方ないかな?
そんな事を考えてると、ドラゴンさんが『それより』と言葉を続ける。
ドラゴン「のう、店を諦めるのはちと早いのではないか?」
杏珠「そうは言われても…、異世界じゃどうしようも…」
ドラゴン「ふぉっふぉっ、すまんすまん、ちと言葉が足りんかったの、ワシが言いたかったのはお主らのステータスじゃ、先ずは己の能力を把握してから、改めて考えてみよと言いたいんじゃ」
杏珠「え?ステータスって見れるのアタシ達も?」
ドラゴン「この世界の者は皆、自身のステータスなら見ることが出来るんじゃ、他のもののステータスをみるならば《千里眼》というスキルか、特殊な魔法ルーペが必要じゃぞ」
杏珠「なるほど、なんか本格的に異世界に来たって実感湧いてくるなぁ」
人徳「これこれ杏珠、その言葉遣いは【常連さんのみ】、だろ?」
杏珠「(ハッ!)す、すみません!お客様に対して大変に失礼な事を…」
ドラゴン「ふぉーふぉふぉ、良い良いこれからは共に歩んでいく仲だ無礼講を許すぞ」
杏珠「はい、ありが・・・・ん?」
今、なんて言ったのドラゴンさん?
【共に歩んでいく仲】?
杏珠「あ、あのドラゴンさん、先ほどの意味は?」
ドラゴン「無論、そのままの意味じゃ」
杏珠「え、そのままって事は、ついてくるんですか!?アタシ達に?!」
ドラゴン「そうじゃ」
杏珠「なんでですか?」
ドラゴン「単純じゃお主らに興味が湧いた、美味いニガニガとそれに合うおつまみとやらも気に入った、ワシの長年の感が呟いておる!お主らについていけとな」
杏珠「つまりお酒とおつまみに負けたんですね」
人徳「ん?ドラゴン様は私達と居たいのかい?」
杏珠「そうみたいだよ、どうするじいちゃん」
人徳「私は構わないよ、ドラゴンは好きだからな、はっはっは」
杏珠「そっか、アタシもじいちゃんが良いなら良いよ、それに強い番犬、じゃなく強い番ドラが居てくれれば用心棒で安心だし♪」
ドラゴン「では決まりじゃな、二人共一旦外へ参られい」
杏珠「え?」
ドラゴン「従魔契約の儀式じゃよ、はよ済ませるぞ」
杏珠「あ、はい!じいちゃん、ドラゴンさん、外に出てほしいってさ」
人徳「うん?外にかい?わかったいこう」
アタシとじいちゃんが外に出ればすでに体の大きさを戻してドラゴンさんが待っていた。
ドラゴン「来たか、ではゆくぞ」
ドラゴンさんは大きく翼を広げアタシとじいちゃんを見つめる。
ドラゴン「我は黒龍の最高位《深淵龍》なり、我と契約せしもの、名を示せ」
杏珠「つ、月ヶ瀬杏珠!」
人徳「月ヶ瀬人徳です」
ドラゴン「杏珠、人徳、二人を生涯の主と認め従魔の儀を成立する」
足元が浮かび上がる感覚と共に体が温かな光に包まれる、それは全て一瞬でアタシとじいちゃんは放心状態。
杏珠「え、今のが契約?」
ドラゴン「左様、契約は成立した今日からワシらは異体同心、よろしく頼むぞ主達」
ドシンと寝そべるドラゴンさん。
杏珠「主達ってアタシとじいちゃんの事だよね、やった後で気が付いたんたけど、2人が主って大丈夫?」
ドラゴン「他の世界は知らんが、この世界では2人までなら契約出来るのじゃ、ただし2人が常に一緒に居ることが条件となる、バラバラでは対応が難しいからのぉ」
杏珠「なるほど」
人徳「確かにあっちもこっちもではどちらを守れば良いか分からないからね」
ドラゴン「それより、お次は名じゃ」
杏珠「え?ドラゴンさん、名前あるんじゃないの?」
ドラゴン「深淵龍とは呼ばれてるものの、ワシには名が無いのじゃよ、もっとも名持ちの魔物は滅多におらんがな、そんな訳じゃ良き名を決めてくれ」
杏珠「うーん、名前かぁ重要だー…、よし!ここはドラゴン好きのじいちゃんに決めてもらおう!」
人徳「え?」
杏珠「じいちゃん、お願いしまーす!」
人徳「上手いこと言って丸投げしただろ」
杏珠「えへへ、バレた♪?」
人徳「そうだなぁ、黒いし硬そうだし、よし!【備長炭】で良いだろ」
ドラゴン「な、なぬぅぅぅぅ!!?」
こうしてドラゴンさんは【備長炭】と言う名前に決まりました。
アタシは【備爺】って呼ばせてもーらお!
まだまだ聞きたい事だらけだけど、《明日》と言うことになりアタシとじいちゃんは店に戻って寝ることにした。
明日、備爺になに聞こっかなあ。
ワクワクする気持ちを抑えながら寝るのはちょっと難しい。