プロローグ 出会い
2025 6/12再編集
降雨の中、俺はエルフの都オーレリアにて娘を背負い歩き続けていた。オーレリアはトラディ王の治める専制君主制国家であり、俺はトラディ王に背いたことでこの国を追われることになった。早急にこの都から出なくてはならない。
「パパ~」
我が娘、ソフィアの素っ頓狂な声が後ろから聞こえてくる。俺は背中におぶるソフィアを一瞥した後、彼女の指さす方向へと目を向けた。その先には人間か家畜か、一瞬見当がつかないほど汚れた人間らしい子供が、路地裏に横たわっているのが見える。
「孤児か...」
この国ではよく見受けられる光景だ。その孤児の周りを渦巻くように赤いオーラが漂よっている。
…人間の孤児にしてはこれほどの魔力があるのは珍しいな。
少し興味も湧いたが、他人に構っていられるほど俺達に余裕は無い。俺は、いつの間にか止めていた足を再び動かそうとした。
そんな時
「えいっ」
と、声が聞こえると同時に、娘が突如俺の背中から飛び降りた。ピチャ、ピチャ、ピチャという可愛い足音とともに、ソフィアがその子供へと走っていく。
「フィア、何をしている!孤児なんぞに構う時間などないぞ」
「そんなに急がなくたっていいでしょ~。」
声を少し荒らげるが娘は聞く耳を持たず、仕方なく俺も娘の跡を追った。
子供へ近づくとともに異臭がしてきた。きっと、長い間体を洗っていないのだろう。横目でソフィアを見ると、平然を装っているつもりだろうが、目尻に涙が溜まっており今にも吐きそうな顔をしている。ソフィアは先日6つになったばかりの幼子であるのにも関わらず、俺よりはるかに義侠心が強い子なのだ。ソフィアにとっては、都に溢れるほどいる孤児でさえ、放っておけないのだろう。きっとそうだろう。誠に殊勝なことだ。しかし、こんな時にそれを発揮されては面倒である。
さて、子供を近くで見てみると、ここの都では珍しい黒髪に、黒い布を纏って、両耳を手で塞いで平伏すように倒れていた。歳もソフィアと同い年か1つ年下かと言ったところか。ソフィアがその子供に話しかけると、子供は頭を少し揺らした。どうやらまだ意識はあるようだ。
「ねぇねぇ、おきてるー?」
ザーーーーーザーーーーー...
暫く沈黙が続く。雨の音だけが、この空間を包む。
少年?のか細い声が孤児から聞こえてきた。
「…ぁ……………あ…」
喉が渇いて言葉が出ないのだろう。
「あ、あ、じゃ何いってるかわからないよー。ねぇかおあげてー」
少年はソフィアの支持に従い、恐る恐るといった様子で顔を上げた。
「っ、うわ、きれい~」
娘が感嘆の声を漏らす。少年が顔をあげると真っ先に、その業火を宿したような双眸がこちらを覗いてきた。しかし少年の顔からは、少し空虚な印象を受ける。娘は少年の瞳を気に入ったらしい。
「ねえ、ふぃあといっしょにこ―――」
少年の目が虚ろに光る。
「一一よし、生きててよかったな、もう行くぞ」
娘が少年を連れていきたいとか言うのは想像に難くなかった。ただそれだけは避けなければならない。
「そうね!、、、、、、、っていうかとおもったかクソおやじいいぃぃぃい」
娘はそう叫んで、俺の胸をポカポカと叩いた。
「じゃあどうするつもりだ?」
俺は突き放すように少しキツめの口調で問い詰める。
「うーん……ふぃあのおせわがかり、とか」
「一一一一それも無理だ。フィアもわかっているはずだろ。こんな生気のない子供を連れていったところで、足手まといになるだけだ。この子のためにもやめておいた方がいい」
「でもぉ、だってえー」
娘の承諾を待たずして踵を返そうとした
その刹那、少年は急に立ち上がり、人が変わったかのように喋り始めた。
「僕を連れて行ってくれませんか。お願いします!」
少年はこれまでの空虚な表情と異なる、気の引き締まった表情でそう語った。
喉の渇きはどこにいってしまったのだろうか。急に冷静になってどうしたのだろうか。俺の頭に様々な疑問が浮かぶが、そんな事を考えている時間などない。
再び歩き出そうとすると、少年が手を目一杯広げて表通りへの行く手を阻む。
「もう限界なんです…!食料もなくて、、、水もなくてこのままじゃ自分は生きていけない。とにかく連れて行ってください!何でもします。あ、これでも魔族だから魔法はある程度扱えると思いまー」
っつつつ…
魔族、、だと
「おい今お前、気安く魔族だ、なんていったな。冗談でも面白くない。魔族なんてこんなところに居るわけないだろ?!」
「はぁ――」
少年に反論の余地を与えないように言葉を続けた。
「―あと何が限界なんだよ、食料も水もねえ奴がそんな流暢に話せるわけないだろ、大人をからかうのも大概にしろ。」
はぁ、はぁ、つい言いすぎてしまった。
ははっ、それにしても、何も知らないガキにも俺はからかわれるのか…
自嘲するように笑う。
…この世界で、少なくともこの都で自分が魔族だなんて発言すること自体それだけで自殺行為だ。魔族を擁護するやつなんぞ、所詮歴史修正主義者の俺しかいない。
ふっっ
息をついて肩を落とす。
魔族を擁護することがなければ、都を追われる羽目にならなかった。
しかし、しかし、どうしても300年前の歴史で納得いかない部分があった。いっぱしの研究者としてこれを発表せずにはいれなかったのだ。
…一人娘のソフィアにはいい迷惑だろうな。
視線を向けると、ソフィアは俺の心でも読んだかのようにぎこちない笑みを見せた。
優しい子だ。文句もなしにこうしてついてきてくれた。だからこそソフィアに危険が及ばないようにするためにも一刻も早くここをでなければならない。
「まぞくがどうとかはやめたほうがいいと思うよ。しかもね、まぞくはとだえたしゅぞくな――」
「途絶えた、今途絶えたといいましたかっっ、それは本当ですか」
「わっっ、う、うん」
少年が身じろぎすると同時に、少年の赤く光った目がこちらを向いたので、俺は反射的にうなずく。
「は、ははははははっっ」
そう笑うと同時に、少年を覆っていた赤いオーラが弾け、少年の腹から黒い、漆黒のオーラが飛び出す。
「ははっ、そ、そんなわけ、と、父さんは、父さんも魔族だったんだ。みんなも、みんなも、、、本当です、本当なんです、本当なんだ…どこに、なぜふふ、ふふふ、フフフ…」
「だ、大丈夫か⁉」「だいじょうぶ⁉?」
応答がない。完全に暴走してやがる。
少年は頭を抱えて俯むく。少年の顔には汗が滲み、ポタッポタッ、と汗が垂れている。
少年の周りの黒いオーラが徐々に鋭く速くなり、遂にはどす黒い竜巻のようになる。
ズダダダダダダドドド
「う、うわっ」「キャっ」
強風でフィアと俺の体が飛んでいきそうになる。俺は隆起した地面に足をかけ踏ん張り、飛ばされそうになっているフィアの手を掴む。
「絶対防壁」
唱えるとともに地面から厚い壁が飛び出し、俺たちを取り囲むように囲む。すかさず俺は反撃に出た。
「感覚麻痺」
稲妻のような閃光が放たれる。直撃。
ふらふらと気絶したように倒れ...ずに寸前で踏みとどまった。
これも耐えるのか、、、額に汗が滴るのを感じる。
「うそっ⁉」
驚嘆の声がソフィアからあがる。
「っ感覚麻痺」
俺の二発目の攻撃魔法をひらりと躱した後、少年は瞬時に近くに落ちていたパイプを拾った。
少年はパイプを構える。
「闇鎌」
ドドドドドーンッ
とてつもない轟音と同時に少年の持つパイプの上部から三日月状の綺麗な曲線を描く黒光りした刃が突き出した。黒い髪に黒い布を纏い真っ白な肌、俺たちを焼き尽くすような赤い瞳に、黒色の大鎌。その立ち振る舞いは何度も歴史書で見た魔族の姿ほかならなかった。
「「………」」
俺とフィアは圧倒的な魔力とオーラで圧倒された。
これは勝てない。もう終わりだ…体も動かない。ソフィアも助けられない。
少しずつ近づいてくるその死神に対して俺は苦し紛れに、ニカッと笑って見せた。
ああ、死ぬんだ。直感的にそれが分かった。目の前に差し迫った死を待つ。目をつぶる。今だつないでいるソフィアの手の温もりだけが伝わってくる。深く強く手を握る。小さな手が慰めるように握り返してくる。
あたたかい。
死神の足音が止まる。ああ妻よ今から会いに行くぞ……
そして俺は死ん..............
でない。
なんで、なんでだ。目を開く。すぐ近くに死神の顔があった。
死神の唇が微かに動く。
「取引がしたい。」
少しずつ再編集していきます。