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処刑猟嬢・血車お京  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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赤鞘組

 いよいよ、初仕事ってわけだな。

 赤鞘組ってのは、はっきりいえば半端者の集まりだよ。人数も三人だし、難しい仕事ではないはずだ。あんたらが油断したり、とんでもなく不運な偶然が重ならん限り、この仕事は楽勝だろう。

 ただ、ひとつ面倒な点がある。赤鞘組は、馬鹿息子の集まりだが実家は裕福だ。特に旗本の家の三男坊であり赤鞘組の頭目格である徳沢慎之介(とくざわ しんのすけ)の親父の威光は、裏の連中にも知れ渡っている。

 仮にだ、どこかの殺し屋が徳沢を殺したとしよう。親は、あらゆる情報網を駆使し、誰がやったか徹底的に調べる。下手人が判明したら、裏の世界でも恐れられている化け物たちに仇を討たせる……まず、こうなるだろうな。化け物たちと衝突する可能性を最小限にするには、こちらも頭を使わにゃならない。

 さて、どう戦うかね。


 ・・・


「おうおう! 俺は赤鞘組だぞ! 邪魔する命知らずはいるのか!」


 白昼堂々、道のど真ん中を歩きながら、奇声をあげている侍がいた。赤鞘組の川手格之条(かわて かくのじょう)である。組内でも、もっとも頭が悪い男として一部で知られているが、本人はその評判を知らない。陰では、阿保鞘(あほざや)などと呼ばれている始末だ。

 その阿保鞘こと川手は、本日も自信満々の態度である。長い抜き身の刀を肩にかけ、大股でずかずか進んでいた。しかも、先ほどは酒を引っ掛けているのだ。少量だが、影響は確実に出るだろう。まさに、何とかに刃物の状態である。遠目からも目立つこんな危険な男に、進んでかかわり合おうという酔狂な人間はいない。前から来る者は、全て道の脇に移動し川手が通り過ぎるのを待つ。

 ところが、川手の後ろから駆けてきた者がいた。若い男で、軽薄そうな顔つきである。

 男は走ってきたかと思うと、あっという間に川手を追いこした。次の瞬間に立ち止まると、振り返り大きく礼をする。


「あ、赤鞘組の川手さまですよね。とある方から、このようなものを預かりました。御覧ください」


 言った後、物々しい雰囲気の書状を差し出す。

 川手は首を捻りつつも、書状を受け取った。もらえる物は、とりあえずもらっておこう……というのが、この男の基本信条である。

 すると、男はペこりと頭を下げる。直後、弾丸のごとき速さで走り去っていった。その動きは速く、声をかける暇もない。


「せわしない奴だ」


 ひとり言の後、川手は書状を開き読んでみた。と、その顔つきが変わる。

 

「これは凄い! さっそく皆に伝えねば!」


 言うが早いか、どたどた駆けていく。目指すは、仲間の待つ場所だ。




 町外れのあばら家が、赤鞘組の根城である。

 その根城にて、赤鞘組が集結し書状を回し読みしていた。


天河(てんかわ)の会が、我ら三人を招くかもしれんというのか? にわかには信じられん」


 読み終えた徳沢慎之介が、率直な感想を述べる。その顔には、疑いの色が濃い。

 そもそも天河の会とは、特定の団体や組織を指す言葉ではない。天河(てんかわ)狂獣郎(きょうじゅうろう)と名乗る怪人物が主催する集まりのことである。特に変わったことをするわけでもなく、食事と酒を楽しみつつ出席者と交流するのが目的だ。時おり、天河の奇怪な芸が披露されたりもする。

 もっとも、参加するのは非常に難しい。

 そもそも会の発起人である天河は、出自からして謎に包まれている。三年ほど前、ふらりと江戸に現れ、道端で奇怪な大道芸を披露していたらしい。当時は、単なる一大道芸人でしかなかった。

 ところが、徐々に過激さを増していく芸が、若者たちの間で話題となった。瞬く間に名を上げていき、名声と金と力とを手に入れる。

 それも当然であった。天河の立ち振る舞いや服装、披露する芸や作る作品、それら全てが異様とも斬新とも言えるものである。単なる大道芸人の枠には収まらない存在だ。演目の中には、とてつもなく卑猥なものや、火薬を破裂させるなど観客を怪我させそうなものまであった。

 そんな天河に、良識派は例外なく眉をしかめる。圧力をかけ潰そうとした商人までいた。

 対照的に「(かぶ)く」文化を好むような若者たちや世の中に不満を持つ青年たちは、天河のやることなすことに拍手喝采を送る。

 たとえ同じ衣装であっても、天河の着こなし方には真似のできない独自色がある。剣を振るっての立ち回りなどすれば、鬼気迫るものを観客に感じさせた。まさに、粋という言葉の体言者であった。立っているだけで、その場の空気を変えてしまえる天河は、江戸の若き芸術家や不満分子たちにとって伝説の存在である。

 天河の会は、そうした流れの中で発足したものだ。天河および周辺の人間が、参加者の候補となる人物を選ぶ。選別したら、まずは会って話を聞く。その後、正式に招待するかどうかを内々で話し合う。

 こうした審査をくぐり抜けた者だけが、晴れて出竜会に招待されるのだ。当時の尖った青年たちにしてみれば、これは大きな勲章である。何せ、様々な業界の大物たちと、直接会って話が出来る。大きな飛躍の可能性を秘めているのだ。ただ参加しただけでも、そこらの若者とは格が違うことの証明になるのだ。

 そして今、最初の段階である審査の知らせが届いた。もし赤鞘組が正式に招待されれば、彼らは単なる破落土(ごろつき)集団ではなくなる。少なくとも、不良青年たちから一目置かれる存在になるのは間違いない。

 だが、徳沢は乗り気ではなかった。


「にわかに信じがたいな。これは、本物なのか?」


「いや、本物だと思うぞ。まず、天河の会の人間が書く字は、このような癖の強い文字だと聞いた。次に、待ち合わせ場所として指定された恩行寺(おんぎょうじ)だが、去年ここで天河の会が企画した剣劇が開催されたらしいぞ」


 したり顔で語ったのは、北山新三郎きたやましんざぶろうである。あちこちから真偽の怪しい情報を集め、赤鞘組の面々に披露するのが日課の男だ。今も得意げな顔つきで語っているが、そもそも出所すらはっきりしない情報である。酒場での噂話と、ほぼ同じなのだ。そんなものを絶対の真実として他人に語る時点で、頭のよくない男だということはわかる。

 しかし、情報の真偽に全く無頓着な者もいる。川手の表情が、ぱっと明るくなった。


「となると、これは本物だな」


 納得したようにうんうんと頷く。こちらは、信じたい情報のみを信じる思考の持ち主だ。要するに、自らにとって都合のいいことのみ信じる馬鹿である。類は友を呼ぶ、ということだろう。

 もし、赤鞘組にまともな思考力と客観的な判断力を持つ者がもうひとり加わっていたら、状況は違ったものになっていただろう。

 だが、書状を怪しんだのは、三人中ひとりであった。こうなると、馬鹿ふたりの意見が通るのが多数決である。警戒しつつも、皆で行ってみることにした。




 時刻は、既に丑三つ時となっていた。

 三人は提灯を片手に、書状に書かれていた恩行寺(おんぎょうじ)へと到着する。既に廃寺となっており、庭は荒れ果て草は伸び放題だ。塀はなく、境内も穴だらけである。もっとも、天河はなぜか恩行寺を気に入っているらしい。以前、ここに人を集め何らかの会を開いたという噂がある。

 その話の真偽はともかく、今は人の姿はない。どうなっているのだろうか。


「おい、本当にここなのか?」


 徳沢が、辺りを見回しつつ尋ねる。その手は、腰にぶら下げた刀の柄にかかっていた。


「あ、ああ、間違いはない」


 北山が答えたが、その声は震えていた。不安は隠せていない。

 その時だった。闇の中、びゅんという音が響く。空気を切り裂く鋭い音だ。

 直後、川手の持っていた提灯が落ちる。独楽の一撃によるものだが、本人は何が起きたかわかっていない。

 間髪を入れず、次の一撃が襲う。川手の顔面を直撃した──

 悲鳴とともに、川手は崩れ落ちる。味わったことのない激痛に、うずくまり顔を手で覆い呻くことしか出来ない。

 北山と徳沢は、慌てて周囲を見回す。


「天河の会の方ですか? 我らは、書状をいただき推参した赤鞘組ですぞ!」 


 怒鳴る北山だったが、またしても独楽が放たれる。びゅんという音とともに、北山の持つ提灯が叩き落とされた。

 ほとんど間を置かず、次の一撃が飛ぶ。今度は、北山の顔面を打った。

 一瞬で明かりと視界を失い、さらに鼻骨骨折と鼻から大量出血のおまけ付きだ。北山もまた、激痛に耐えかね倒れる。

 残る徳沢は、ようやく事態を把握した。すぐに提灯を投げ捨てる。直後、その場から全速力で逃げる……つもりだった。

 その決断は、ほんの少し遅かった。徳沢が走り出す寸前、独楽が飛んだ。空気を切り裂く音と同時に、徳沢の眉間を打つ。

 次の瞬間、徳沢の顔が歪む。凄まじい激痛で立っていられなくなった。反射的に顔を覆い、その場にうずくまる。

 その時、草むらから現れた者がいる。お京だ。両腕の力で地を這うように移動し、すぐさま徳沢の側に移動する。

 短刀を抜き、構えた。徳沢はうずくまっており、両足のないお京とほぼ同じ高さである。今なら、どこでも刺せる。

 しかも、相手は激痛に気を取られており、側にいる者の存在には全く気づいていない。

 お京は、相手の延髄を刺し貫いた──


 徳沢を仕留めた後も、お京は動いている。残りのふたりも、立て続けに始末した。




 お京は、死体と化した三人を見つめ、何とも言えない表情を浮かべる。

 呆気ない戦いだった。生きた意味や、命の重さを感じることもなく、踏み潰された虫けらのように呆気なく死んでいた。

 そういえば、村の人間もこんな感じで死んでいた。


「ご苦労さん、後の始末は俺たちがやっとく。さすがの腕前だな」


 感傷をぶち壊す軽い声とともに、左門が提灯片手に姿を現す。

 お京は振り向いた。同時に、お花が姿を現す。車を押して、こちらへと進んで来る。


「それより、金と情報はいつくれんだい?」


 お京の言葉は冷たいものだった。左門に向けているのは、軽蔑の眼差しである。

 だが、左門には全く応えないらしい。


「おいおい、これから死体にいろいろ細工しなきゃなんねえんだぞ。早くても二日後だ。そん時に、お前の抱えてる事情を詳しく教えてくれ」









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