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猿蔵

 ついに、復讐の幕開けだ。

 この猿蔵、殺し屋稼業の頭目だ。同時に、短刀の使い手でもある。ただ、(かしら)とはいっても総勢四名の小さな組織だよ。かつて江戸を騒がせた何ちゃら会や何とか屋とは、雲泥の差がある。後ろに大物が付いているわけでもない。どちらかと言えば、まあ小者の部類だろうな。

 しかしな、ひとつ忠告しとく。猿蔵は、まがりなりにも玄人の殺し屋だ。今まで、裏の世界で飯を食ってきた。殺してきた人数は、あんたよりも遥かに上だ。踏んできた場数も、潜ってきた修羅場の数も奴の方が多い。こういった要素は、実戦では馬鹿にならねえんだよ。

 お京、あんたがこいつをどう片付けるか……お手並み拝見といこうか。もっとも、猿蔵なんざ、しょせんは小者だ。こんなところで苦戦してるようじゃ、あんたの復讐旅も先が思いやられるぜ。


 ・・・


「久しぶりだねえ、猿蔵。地獄の底から、会いにきたよ」


 言われた猿蔵は、困惑の表情で口を開いた。


「こりゃまた、えらくおかしな連中だな。悪いが、お前なんざ知らねえよ。お前らみたいなのに会ってりゃ、絶対に忘れねえからな」


 言った後、手下たちの顔を見回す。誰か知ってるか? とでも言わんばかりの表情だ。

 だが、全員が首を捻る。知らないらしい。

 その時、女の表情が変わる。


「あたしの名はお京。尾仁之村(おにのむら)の、ただひとりの生き残りさ。お前らが、村の人たちを皆殺しにしたんだ!」

 

 言い放ったお京は、鋭い表情で睨む。猿蔵は、合点がいったらしく頷いた。


「ああ、それなら覚えてる。ありゃあ、後味の悪い仕事だったな。尾仁之村に一万両の価値を持つ宝が隠されている、とかいう噂を聞いた馬鹿がいたんだよ。で、そいつが俺たちを雇ったんだ。確か桃助(ももすけ)とかいう名の気障な野郎さ。ところがだ、村中のめぼしい建物をぶっ壊し村人みんなぶっ殺したってのに、金目の物は出やしねえ。出てきたのは、がらくたばかりだ。わざわざ遠出したってのに、一両にもなりゃしなかった。骨折り損のくたびれ儲けとは、あのことだな。桃助の野郎、ぶっ殺してやりてえぜ」


 軽い口調だった。村ひとつを潰し村人を皆殺しにしたという事実に対し、何の感情も抱いていないようだ。

 

「そうかい。あんたは、筋金入りの屑なんだね。なら、ありがたい。何の迷いもなく殺せるよ」


 お京の方は、口調が変わっていた。顔つきも変わっている。先ほどまでの感情剥きだしの表情は消え、静かなものになっている。

 その時、猿蔵がうんうんと頷いた。


「ああ、思い出したよ。尾仁之村から帰りかけた時、倒れてきた柱だか材木だかに足潰されて、ひいひい泣いてた女がいたな。とどめ刺そうかと思ったんだが、あん時は時間がなくて見逃したんだよ。お前、あん時の女か。よく助かったなあ」


 そこでくすりと笑ったかと思うと、話を続けた。


「しかし、本当に馬鹿な奴だよ。運よく助かった命を、ここで散らすことになるとはな。あん時、何でもするから助けてください、て泣きながら言ってたよな。まあ、あの状況で人助けする阿呆はいないけどよ。そうだろうが?」


 言った後、猿蔵は同意を求める表情で周りを見回す。手下たちは、へらへら笑っていた。

 傍らにいたお七が顔を歪め、何か言い返そうと口を開けた。だが、先に出たのはお京の言葉だった。

 

「そうだね、あの時あたしは泣いたよ。助けてくださいって、必死で懇願した。家族を皆殺しにしたあんたらにね。けど、昔のあたしとは違うんだよ」


 直後、独楽が宙を舞う。びしゅん、という異様な音が鳴った──


「あの体験が、あたしを強くした。あの時、あたしを殺しとくんだったね」


「おう、上等じゃねえか。お前ら、どっちも生かして帰すな!」


 猿蔵が口火を切った。と同時に、手下三人が一斉に襲いかかる。

 戦いが始まった──


 それは、ほんの一瞬の出来事であった。

 お京が手を振ったと同時に、独楽が放たれる。瞬時にひとりの顔面を砕き、戻ろうとした刹那にお京が指を動かし、糸に軽く触れた。

 と、独楽は軌道を変える。隣にいる男の顔面に炸裂し、再び戻ろうとする。

 だが、お京が再び指を動かす。独楽はまた軌道を変え、三人目の男の脳天をぶち抜いた。

 そこで、お京は手首を振る。独楽は、ようやく持ち主の元に戻った──


 その動きは、まるで鞭のようだった。とんでもない速さであり、肉眼では到底とらえきれなかった。

 一瞬遅れて、三人の動きが止まった。直後、両手で顔を覆い膝から崩れ落ちる──

 それも当然だった。数枚重ねた瓦すら叩き割る独楽の一撃が、顔面に炸裂したのだ。凄まじい激痛のため、戦意を失い倒れている。うちひとりは、完全に意識を失っていた。

 この状況に、猿蔵は顔を歪める。正直、何が起きたかわからなかった。彼にわかったのは、手下は死んではいない。しかし、全員が顔を押さえて倒れているという事実だ。ひとりは気絶し、ふたりは呻き声をあげている。

 常人なら、困惑し咄嗟には動けなかったはずだ。しかし、この男は実戦経験はある。こういう時、棒立ちになっていては終わりだ。すぐさま地面を転がり移動し、伏せた姿勢で周りを見る。

 三人の手下は、まだ倒れている。使えない奴らだ。猿蔵は舌打ちし、車のあったはずの位置に視線を移す。

 車は、その場に止まっている。押していた女もいる。だが、お京は乗っていない──

 猿蔵は驚愕し、辺りを見回す。だが、どこにも見えない。あの女は、足が砕けているはず。でなければ、車に乗ったりしない。そもそも両足があり移動したのだとしても、視界には入るはずだ。

 その時、上から何か落ちてきた。お京だ──


 彼女は卓越した腕で、まず雑魚の三人を戦闘不能にした。次いで、大木に独楽を放つ。狙いは、上方に伸びている太い枝だ。

 独楽に繋がれた紐は、瞬時に枝に巻き付いた。続いて、鍛え抜かれた腕力で紐を伝い己の体を引き上げ、まばたきする間に枝に登りつく。その後も腕の力だけで枝を移動し、猿蔵の真上に到達したのだ。

 直後、猿蔵めがけ飛び降りた。その手には短刀が握られている。母の形見の短刀だ。柄には奇妙な紋章が彫られており、刃は細く先端は鋭く尖っていた。突き刺すことに特化したものである。


「くたばれ、くず野郎」


 囁くと同時に、刃が猿蔵の延髄を刺し貫く。殺し屋だった男は、何が起きたかわからぬまま、あっさり命を落とした。恐らく、恐怖を感じる暇すらなかっただろう。

 自らの欲望に突き動かされ、たくさんの命を奪ってきた男の最後は、拍子抜けするくらい呆気ないものだった。


 お京は、すぐに残りの三人を見る。

 彼らは、どうにか立ち上がった。だが、戦意は感じられない。何が起きたのか、理解してはいるようだ。頭が死んだとあっては、戦う理由はない。圧倒的な強者相手に、無謀な戦いを挑むほど愚かでもない。片手で顔を押さえつつ、後ずさっている。

 

「さっさと失せな。でないと、あんたらも殺すよ」


 お京が一喝すると、三人はよろよろとした足取りで去っていく。

 すると、それまで黙っていたお花が口を開いた。


「あの三人ですが、逃がしていいんですか?」


「関係ない奴は、なるべくなら殺したくない」


 答えたお京の声は震えていた。心なしか、顔色も戦っていた時より悪い気がする。

 異変を察し、お七が彼女の側にきた。しゃがみ込むと、真面目な表情でお京を見つめる。


「人を殺したのは、初めてのようだね。あんた、あと三人殺さなきゃならないんだろ。大丈夫かい?」


 その言葉からは、暖かさが感じられた。同時に、ある問いも含まれている。ここでやめるかい? という問いかけだ。

 だが、お京は顔を歪め答える。


「大丈夫だよ。村のみんなは、奴らに虫けらみたいに殺されたんだ。あたしは、その死体を見ちまった。見ちまった以上、つらいだの苦しいだのと言ってられないんだよ」


 複雑な表情になったお七が、言葉を返そうとした時だった。お花がはっとなり、声を発する。


「すみません。今、何者かの足音がしました。どうやら、すぐ近くに潜んでいたようです」


「何だって? そいつは、まだいるのかい?」


 血相を変え尋ねるお七に、お花はかぶりを振った。


「いや、聞こえません。それに正確な位置もわかりません。この場を離れたようです。私たちが到着する前から、ここらに潜んでいたかもしれないですね。気付かなかったのは迂闊でした」


 申し訳なさそうに答える。その時、お京が近づいてきた。腕の力だけで移動し、車によじ登り声をかける。


「関係ないよ。どうせ、どっかの小悪党さ。それより、ここを離れよう。これから、情報集めをしないとね」


「そうだね。あの猿蔵は簡単に見つかったけど、他の三人は手がかりがなかったんだよ。もう少し時間をかけないと駄目みたいだね。金を積めば教えてくれるかもしれないけど、あたしたちは文無しだからね」


 お七が言った直後、一行は動き出した。


 ・・・


 捨丸(すてまる)は、息を殺し慎重にその場を離れていった。あの三人が何者かは知らないが、腕は立つ。見られたら殺される。

 この男、もともとは捨て子である。かつて伝説の大泥棒といわれた『猫の又吉』に拾われた。成長とともに、彼から泥棒稼業の技を教わっている。特に忍び足には長けていたし、気配を消すのもうまい。超人的な聴力を持つお花が、移動した際の足音を聞き取れなかったのも、無理からぬことなのだ。




 翌日、捨丸は町の路地裏にいた。日当たりが悪く、光もあまり届かない場所だ。高い壁が複雑な地形を作っており、さながら迷路のようである。

 捨丸はひとり壁にもたれかかり。小さな声で何やら喋っている。当然、周囲には誰もいない。


「……てなわけで、猿蔵は死んじまったよ」


 昨日見た戦いを語り終えると、油断なく辺りを見回す。

 すると、壁の向こう側から声が聞こえてきた。


「なんだそりゃ。乳母車に乗った女が、独楽みたいな武器と妙な短刀で猿蔵を殺っちまったのかよ」


「そうだよ。俺も驚いたね。ありゃあ人間技じゃねえよ。猿蔵は、凄腕ってわけじゃない。でも、簡単に殺せる相手でもないだろ。なのに、あの女は一瞬で仕留めちまった。見つかったら、俺も殺されてたろうね」


 しばしの沈黙の後、また壁から声が聞こえてきた。


「確認だが、まず乳母車に乗ったごつい女と、それを押すめくらの女。あと中年のばばあがいたんだな」


「ばばあって歳じゃないだろうけど、だいたい合ってる」


「そうか。ちょいと調べてみるか」


 壁越しに聞こえた声は、妙に楽しそうだった。捨丸は、思わず顔をしかめる。まさか、あの三人組とかかわろうというのか。

 捨丸の経験からいえば、ああいう連中とかかわると確実にろくなことにならない。


「ねえねえ左門ちゃんさあ、あいつらとかかわるのはやめた方がいいんじゃないかな。なんかさ、あいつら怖いんだよね」


「馬鹿野郎、誰が左門ちゃんだ。とにかく、お前に迷惑はかけねえから安心しろ」








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