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処刑猟嬢・血車お京  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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27/28

死闘

 お京とお花は、車ごと蔵の中へと入っていった。途端に絶句する──




 そこは、異様な空間だった。

 目の前には、板の間が広がっている。縦と横はほぼ同じ長さで、端から端までは十間(約十八メートル)ほどはあるだろうか。天井には、十本を超える数の五寸釘が等間隔で刺さっている。しかも、尖った部分が二寸(約六センチ)ほど突き出ているのだ。まるで拷問部屋のようである。

 広い空間には何もなく、武術か舞踊の稽古場のように見える。窓はないため、外の景色は全く見えない状態だ。完全に、外から遮断された空間である。

 それだけでも、充分すぎるくらい異常ではあったが……その異常さを、より一層際立たせるものがあった。壁際に、一丈(約三メートル)近い身の丈の奇怪な像がならんでいるのだ。頭が鳥で体が人の像、角と牙が特徴的な女の像、人の顔と獣の体の像などなど……。

 それも、十や二十ではない。数十はあると思われる像が、壁際に立っているのだ。しかも、ひとつとして同じ形のものはない。全てばらばらである。魔像の目は、前を通る者を睨み付けるような造りになっている。

 さらに、その魔像のひとつひとつに蝋燭が設置されていた。頭の上に、蝋燭が置かれた形である。その全てに、火が灯っていた。

 大量の蝋燭に照らされた板の間の中央には、ひとりの男が大の字になって寝ていた。だが、お京らが入ってくると同時にぴょんと飛びあかる。すたっと着地すると、お京らに向かいにやりと笑いかけた。

 見れば見るほど、奇妙な男だった。顔をおしろいで白く塗りたくっているが、目の周りと口元は紫色である。絵物語に登場する幽鬼のごとき化粧だ。髷は結っておらず、肩まで伸ばした髪を後ろに撫で付け紐で結いている。

 先に口を開いたのは、天河だった。


「よく来たなぁ。お前が噂のお京ちゃんかいぃ。で、そっちがお花ちゃん……いやあ、どっちも別嬪さんだ。本当に超いとをかしだねぇ」


「あんたが、天河狂獣郎かい。ふざけた面構えだね。今、殺してやるから覚悟しな」


 お京が言い返したが、天河は意に介していない。壁際に立っている像を、手で指し示す。


「まあ、ちょっと見てよぅ。ここにある像は、四十八体の魔神を型どったものなんだよねぇ。かつて、この四十八体の魔神に自分の息子の体を捧げ、代わりに力を得た大名がいたらしいんだよぅ」


「随分と趣味の悪い部屋だと思ったけど、そういうことかい」


「そう言わないでさぁ、もっとよく見てよぅ」


「あいにくですが、私には見えません」


 今度は、お花が言葉を返した。すると、天河は何を思ったか上体を反らせる。


「おおおぅ! これは失礼! そうか、あんたにゃこの像見えないのないのかぁ。それは切ないねぇ」


 その人を食ったような言葉を聞き、苛立ったお京は独楽を投げる。

 独楽は、天河の顔めがけ真っ直ぐ飛んだ。しかし天河は、さっと床に伏せて躱す。

 再びお京の手に戻った独楽を握りしめ、口を開く。


「んなことは、どうでもいいんだよ。あんたに、ひとつ聞きたいことがある」


「なになにぃ? ここまで来れた御褒美に、なんでんかんでん教えちゃうのようぅ」


 言いながら、再び飛び上がる天河。戦いの緊迫感がまるでない。

 そんな彼に向かい、お京は尋ねる。


「あんたの狙いは、あたしらだろ。おばさんも捨丸も関係なかったはずだろうが?」


「んんん、何のことかなあぁ、ふふふぅ……」


「とぼけんじゃないよ! なぜ、ふたりを殺したんだ?」


「わっかんないかなぁ……」


 言いながら、首を左右に捻る。ややあって、再び語りだした。


「あのねぇ、下天のうちは全て舞台なのよぅ。上天に鎮座ましましてる偉い神さんがぁ、舞台で繰り広げられる芝居を見てるわけよぅ。言ってることぉ、わっかるかなあぁ……わっかんねえかなあぁ」


「全然わかんねえんだよ! さっさと言え!」


「つまりさぁ、この世は舞台、君らは役者なわけよぅ。ここでさぁ、桃助ちゃん殺して復讐完了じゃぁ、台本としちゃお粗末すぎぃ。あまりにもつまんないっしょ。桃助ちゃんの友だちである俺とも戦ってくんなきゃぁ」


「台本、だと……」


 お京は愕然となっていた。この男、見た目のみならず中身まで狂っているらしい。

 一方、天河は気にせず語り続ける。


「そうなのよぅ。この世は舞台、君らは役者、そして俺は台本を書くのよん。今回は、実に上手く書き上がったねぇ」


「ふざけるな! おばさんは役者じゃないんだよ!」


「いやいやいやぁ、違うのよん。俺はね、上天の神さんに台本書きとして任命されたのよねぇ。やっぱりさあ、世の中ってのは面白くなきゃ駄目っしょ。でなきゃ、神さんたちも退屈するからねぇ」


「この屑野郎!」


 怒鳴ると同時に、お京は右手を振る。杉板をもぶち抜く独楽が、天河の顔面めがけ放たれた──

 だが、驚くべきことが起きる。天河は、またしても床に伏せて躱した。

 次の瞬間、四つん這いになったかと思うと、いきなり魔神像をよじ登ったのだ。

 そこから、天井の五寸釘を指二本で掴む。その体勢のまま、ぶら下がっているのだ。

 直後、ひらりと床に降り立ち笑った。


「ふふふぅ、まだまだ甘いねぇ。もうちょい面白いかと思ったんだけどなぁ」


「だったら、もっと面白くしてやるよ!」


 吠えると同時に、お京の独楽が放たれた。さらに、お花も動く。杖を振りかざし、打ちかかる──

 しかし、天河の反応は人間離れしていた。独楽を素手で弾き、すかさず床に伏せる。頭上を、お花の杖が通過していく。

 次の瞬間、天河は飛んだ。猫のごとき速さで、ぱっと魔神像へと飛びつく。さらに、天井の五寸釘を掴みへばりついた。やもりのように、天井にぴたっとくっついているのだ。

 予想もしなかった動きに、お京は標的を見失う。だが、お花が叫んだ。


「お京さん、上!」


 その一言で充分だった。咄嗟に、腕の力で体を持ち上げ車から飛び出す。床を転がり、すぐさま間合いを離した。

 一瞬遅れて、箱車のそばに天河が降ってくる。静かに着地し、にやりと笑った。


「次は、こっちの番だよぅ!」


 陽気な叫び声の直後、天河は動いた。滑るように移動したかと思うと、真っ直ぐ伸びる前蹴りが放たれる。

 その標的はお花だ。彼女は、咄嗟に杖で受け止める。だが、それでも後方に吹っ飛ばされる。

 倒れながらも、すぐに起き上がろうとしたお花だった。しかし、その顔面を横殴りの掌底が襲う。

 一撃で、彼女は倒れた。


「お花!」


 お京は叫んだが、聞こえていないのかぴくりとも動かない。


「安心してくださいよぅ、生きてますからぁ」


 ふざけた口調で言った天河は、両手を鳥の羽根のようにひらひらさせる。

 

「この娘は、なかなか可愛い顔してるからねぇ。傷つけたくないのよぅ。後で、男たちへの景品にするけどねぇ」


「させるか! 下衆野郎!」


 お京が独楽を投げるが、天河は微動だにしない。軽く手を振った……ようにしか見えない。だが、その脱力した動きで、放たれた独楽を払いのけたのだ。

 瓦数枚くらいなら、簡単に叩き割る威力の独楽である。普通の人間が素手で払おうものなら、確実に怪我をするだろう。手の骨が砕けてもおかしくない。

 ところが、天河は簡単に素手で払いのけたのだ。直後、にやりと笑った。


「俺さぁ、親父が武術の師範なんよぅ。ちっちゃい頃からぁ、くそみたいな修行やらされたんよねぇ。兄弟がばたばた死んでってぇ、生き残ったの俺だけぇ。だからさぁ、こんな芸当も出来ちゃうわけよぅ」


 言ったかと思うと、片足を高く上げる。その足で、自分の頭をぽりぽりと掻いた。


「親父は言ってたよぅ。お前は我が流派始まって以来の天才だぁ。最高にして最強の武術家だぁ、ってねぇ。でもさぉ、俺は武術家になんかなりたくねえからぁ、一族もろとも皆殺しにしちゃったぁ。そして今は、役者であり台本書きってわけぇ」


 直後、ほほほと高笑いし跳躍する。空中で一回転し、音もなく着地した。

 

「お前は……お前は狂ってる!」


 お京が叫んだ時だった。突然、戸が開く。


「よう、苦戦してるみてえだな。助けに来たぜ」


 その声を聞き、お京は振り向いた。

 そこには左門がいた。血まみれの刀を片手に、ゆっくりと進んでくる。顔にも血が付いているが、返り血のようだ。本人の怪我は軽いものらしい。


「遅いよ!」


 お京は、思わず叫んでいた。一方、天河はくすりと笑う。


「ほほうぅ、君が噂の藤村左門かいぃ。案山子同心と聞いていたが、なかなかどうして大したものだなぁ」


「お初にお目にかかる。藤村左門だ。あんた、噂に違わぬ傾奇者ぶりだな」


「いやいやぁ、君こそ本物の傾奇者だよぅ。その剣の腕といいぃ、普段のふるまいといいぃ、実に素晴らしいぃ」


 そこで、天河は言葉を止めた。三人の顔を見回す。


「ここでぇ、君らに改めて提案があるんだよぅ。どうだいぃ、俺の仲間になってくれないかなぁ? 君らとなら、面白い台本が書けそうなんだよねぇ」


「ふざけるな……お前だけは、絶対に殺す!」


 吠えた直後、お京が独楽を投げる。天河はその場に留まったまま、手の動きだけで払い落とした。無造作に、手をひらりと動かしただけだ。

 同時に、左門が斬りかかる。天河は、ひょいと躱した。紙一重のところで、刃を避けていく。完全に、刀の間合いと軌道を見切っているのだ。

 直後、一瞬で接近した天河。その掌底が、左門の胸を打つ──

 左門は後方に飛ばされ、呻き声をあげる。得体のしれない感覚の打撃が、彼を襲ったのだ。目に見えない手が体内に入り、内臓を掴まれたかのような感触である。

 一方、天河はにやりと笑った。


「当たりが浅かったかいぃ。でも、次はきっちり当てるよぅ。そしたら、五臓六腑ぐちゃぐちゃよぉ」


 言った時だった。突然、銃声が響き渡る──

 箱車に備えてあった竹鉄砲が火を吹いたのだ。お七の最後の仕事である。旅立つ前に、竹鉄砲を作り車に装着してくれたのだ。

 その弾丸がまともに当たれば、さすがの天河も倒れていただろう。しかし、銃弾は彼の体を掠めただけだった。


「あっぶねえなぁ。でも、当たらなきゃどうってことないのよぅ」


 言いながら、天河はゆっくりとお京の方を向く。そう、撃ったのは彼女だ。しかし、弾丸は当たっていない。しかも、鉄砲は砕けてしまった。もう、撃つことは出来ない……。

 その時、お花が動き出す──

 発砲は、天河に傷を負わせることは出来なかった。が、別の効果をもたらしていたのだ。彼女は、銃声により意識を取り戻した。よろよろと立ち上がり、杖を構える。


「ほほほーうぅ、三人がかりかぁ。それでも勝てないようぅ。君らの腕は見切ってんだぁ!」


 天河が、勝ち誇った表情で叫んだ時だった。いきなり左門が動く。

 何を思ったか、高く飛び上がった。魔神像の上に設置されている蝋燭を、刀を振るい叩き落としたのだ。火のついた蝋燭は、板の間に転がる。

 転がった蝋燭を、左門は素足で踏み消した──


「ちょっとぉ、ついにおかしくなっちゃったぁ? 何をしてんのようぅ」


 呆れた様子の天河。お京も唖然となっていたが、左門は無視して動き続ける。飛び上がると、刀を振るい蝋燭を叩き落とし、足で踏み消した。熱さで顔をしかめながらも、同じ行動を続ける。蝋燭は次々と消えていき、明るかった室内は徐々に暗くなっていく。

 そこで、お京ははっとなった。左門の意図に気づいたのだ。

 だが同時に、天河もまた左門の意図に気づいた──


「なぁるほどぉ、そういうことかいぃ。でもねぇ、やらせねえよぅ!」


 直接、天河は襲いかかる。左門めがけ、強烈な回し蹴りを放った──

 左門は、後ろに飛び退き躱す。直後、刀を正眼に構えた。

 睨み合う両者。その隙に、今度はお京が動く。ぱっと箱車に乗り込んだ直後、独楽を放った。

 蝋燭が、またひとつ叩き落とされる。


「お花! 右!」


 その指示に、お花も即座に反応した。車を、ぱっと右に寄せる。

 直後、ぶんと独楽を振り回した。数本の蝋燭が、立て続けに落とされる。

 ほぼ同時に、お花が車で轢いていく。室内は、闇に覆われようとしていた──


「ざっけんなようぅ!」


 叫んだかと思うと、天河はまたしても飛び上がった。魔神像を蹴り、天井にへばりつく。

 そこから、出口に向かい飛び降りた。引き戸を開け、外から明かりを

 が、戸が開かない。どさくさに紛れ外に出た左門が、出られないように細工したのだ──


「くそがあぁ!」


 吠えた時、室内は闇に閉ざされた──


 暗闇の中、ちっという舌打ちの音が響く。と、その音に反応したのがお花だ。


「お京さん! 右手の方角!」


 同時に、お京が独楽を投げる──


 これ以上ない手応えを感じる。同時に、呻き声が聞こえた。


「左に逃げました!」


 声と同時に、独楽を投げるお京。ふたりの連携は、闇の中にあっても変わらない。いや、闇だからこそ一層冴えわたっている。お花が天河の位置を的確に捉え、お京が独楽を放つ。百発百中とはいかないが、闇の中では天河も躱しようがない。確実に、天河の体を傷つけていく。闇の中、肉を打つ音が断続的に響き渡る。

 何度目かの独楽が放たれた時だった。骨が砕けるような音、そして完璧な手応えを感じた。

 さらに、どさりという音。天河が倒れたのだ。

 同時に、お京は短刀を抜いた。


「地獄で、おばさんと捨丸に詫びろ!」


 吠えた直後、短刀を突き立てる──


 荒い息を吐くお京のそばで、お花がしゃがみ込む。ふたりは、そっと抱き合った。

 その時、戸がきしむような音がした。次いで、室内が明るくなる。外にいた左門が、戸を開け入ってきたのだ。

 お京は、己の目で室内を見回す。床の上では、千石狂獣郎が倒れていた。仰向けになり、喉からは血が流れている。先ほどまでは端正な顔立ちであったが、自慢の顔は独楽により砕かれてしまった。もはや、原型を留めていない。鼻は曲がり歯は砕け、無惨な姿になっていた。

 そんな天河を、左門は口元を歪めて見下ろした。


「やっと片付いたか。全く、とんでもねえ奴だったな」


「まあね。それにしてもさあ、よくこんな手を思いついたね」


 お京の言葉からは、純粋な敬意が感じられた。実際、左門の機転がなければ仕留められなかっただろう。

 本当に、天河は強かった。


「明かりを消せば、あいつの視界も閉ざされる。仕留めるには、この手しか思いつかなかったよ。あとは、お前らの腕に賭けたんだが……俺たちの勝ちだったな」


 苦笑しつつ、そんなことを言った左門だったが、次の瞬間に表情が一変する。


「疲れてるとこ悪いがな、お前ら、今すぐ江戸を出ろ」


「えっ?」


 怪訝な顔をするお京だったが、左門の話に顔色が変わった。


「この天河と長七郎は、裏の世界の大物だ。ふたりを殺した以上、江戸の裏稼業の連中は黙っちゃいねえ。お前らを殺すため、江戸中の仕事師が集まってくるぞ。それにだ、奉行所の連中も明日になれば動き出す。江戸にいたら、しょっぴかれて死罪を言い渡されるか裏の連中に殺られるか。いずれにしろ命はねえぞ」


 そう、山田との約束の刻限は明日までだ。明日になれば、このふたりはお尋ね者である、

 左門もまた、今はただの浪人者だ。彼女らが囚われても、何も出来ない。


「だから、早く江戸を出るんだ。出来れば、今夜のうちにな」







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