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処刑猟嬢・血車お京  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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26/28

過去との決着

 煤け野原は、無人街の西に位置する草原だ。木はほとんど生えておらず、丈の低い草が地面を覆っている。

 その煤け野原を、箱車が音を経てて進んでいく。車に乗っているのはお京、押しているのはお花だ。空にはまだ日が出ているが、あと一時もすれば夜の帳が降りるだろう。


「お花、本気なんだね。本気で、奴らと殺り合う気なんだね」

 

 お京が、ぼそっと呟いた。すると、お花は微笑みながら口を開く。


「言ったでしょう。私は、死ぬも生きるもお京さんと一緒です」


「どうして、そこまでしてくれるんだよ……」


 呟くように言ったお京に、お花は答える。


「私は、あなたと出会って初めて幸せを知ったんです。生きてることが楽しい、こんな感覚は初めてでした。目を無くした私に、あなたは光をくれたんです」


 その言葉に、お京の目から涙が溢れた。手で拭い、ふてぶてしく笑ってみせる。


「どうやら、あの世も一緒に逝くことになりそうだね」


 言った時、前方で音が鳴った。かーん、という音だ。続いて、声が聞こえてきた。


「お前ら、もうじき化け物屋敷に着くぞう」


 勘々爺である。この変人は、なぜか化け物屋敷への道案内を買って出てくれたのだ。左門の指示ではないらしい。見返りを求めているわけでもなさそうだ。

 どんな意図があるのかはわからないが、助かった事実に変わりはない。お京は、彼に頭を下げる。


「ここまででいいよ。爺さん、ありがとうね」


「ありがとうございました」


 続いて頭を下げたお花に、かーんという音が返ってくる。


「おい娘ら、死ぬんじゃねえぞ」


 そう言い残し、勘々爺は去って行った。




 ふたりは、化け物屋敷に到着した。

 無人街すら、まだ存在していない頃。この屋敷には、某藩の落し胤が住んでいた……と言われている。藩主の愛人だった母親とともに、屋敷で何不自由なく暮らしていた。

 ところが、お家騒動が勃発し母と子は殺されてしまう。後に残った屋敷は、住む者もなく荒れるに任せていた。しかも、それから無人街が出来上がり、まともな人間は近づくことすらない場所へと成り果ててしまったのである。

 ところが、二年ほど前から天河とその仲間が勝手に入り込むようになった。彼らは、中を改造し溜まり場兼芝居小屋として使うようになったのだ。

 今となっては、藩主の落し胤が住んでいた気配など微塵も感じられない、門のところは黄色や赤といったけばけばしい色に塗りたくられ、塀は穴だらけだ。付いた名前が化け物屋敷というのも、なんとなく理解できる。


「待ち伏せています。おそらく、二十人ほどかと」


 そっと囁いたお花に、お京の口の端を歪めて答える。


「そうかい。構わないから行こう」


 お花は頷き、車を押していく。敷地内へと入っていった。



 異様な屋敷だった。

 かつては、それなりに美しい外観だったのだろう。しかし今は違う。壁は壊され、襖は外され、柱には奇怪な絵や文字などが描かれている。

 床板や畳は全て剥がされており、剥き出しになった土の上には茣蓙(ござ)が大量に敷かれていた。

 その茣蓙の上に、若者たちが座りこんでいた。年齢も服装もまちまちだが、共通点はひとつ。堅気の仕事に就いていないことだ。

 入って来たふたりを見るなり、若者たちは一斉に立ち上がった。


「お前らが、お京とお花か。天河さんはその中にいるぜ」


 ざんぎり頭の男が、へらへらした態度で左手の方を指さす。そこには、巨大な蔵のような建物があった。屋敷よりは小さいが、それでもかなりの広さだ。木の扉は閉め切られており、中の様子は見えない。

 お京はちらりと蔵を一瞥すると、視線を男の方に向ける。


「ひとつ聞きたいんだけどさ、おばさんと捨丸を殺したのは誰だい?」


 聞いたお京に、男は笑いながら答える。


「ああ、あいつらか。ぶるぶる震えながら、助けてください……なんて言ってたぜ。腕に短刀(どす)を刺してやったら、ひいひい泣き喚いてたよ。情けねえったらありゃしねえ──」


 言い終える前に、独楽が放たれた。男の顔面に炸裂し、すぐさまお京の手に戻る。

 一瞬遅れて、男は崩れ落ちた。鼻と口を両手で押さえ、うずくまっている。

 直後、顔面から多量の血が流れた──

 それを見た傾奇者たちは、一斉に殺気立つ。


「何しやがる!」


 ひとりが喚いたが、お京は意に介さず睨みつけた。殺気に満ちた表情で口を開く。


「お前ら全員、生きて帰れると思うな。ひとり残らず殺してやる」


 その場の空気は、一瞬にして変化していた。今にも粉塵爆発が起きそうな、危険な匂いに満ちている。お京は独楽を構え、お花は指示があればいつでも動ける体勢だ。

 傾奇者たちは、じりりと輪を狭めていく。戦いが始まるか……と思われた時だった。


「おい、お前ら何をやってんだ!」


 突然、怒鳴る声がした。さらに、ずかずか乱入してきた者がいる。

 藤村左門だ。見回り同心の姿で、十手をぶんぶん振り回しながら進んで来る。


「こら! 餓鬼ども、さっさと家に帰れ! でないと、しょっぴくぞ!」


 喚きながら、唖然となっているお京とお花に近づいていく。ふたりのそばに立つと、傾奇者たちに怒鳴りつける。


「ここに、勝杉の銀蔵なる伝説の掏摸が盗んだ宝物が隠されている、との情報が入った。もうじき、ここに捜索のため百人が来ることになってんだ。人を見つけたら、手当たり次第にしょっぴいて牢にぶちこめとも言われてんだよ。嫌なら、とっとと帰れ」


 直後、左門は十手を振り回す。傾奇者たちは、困惑し顔を見合わせた。さすがに、百人からなる奉行所の捕り手たちを相手にするのはためらわれるのだろう。

 その隙に、左門はお京らの横にぴたりとつく。

 

「早く行け。こんな雑魚どもに、熱くなってどうすんだ。お前らは、天河を仕留めるために来たんだろうが。ここの連中は俺に任せろ」


 早口で囁くと、お花は無言のまま頷く。お京は、切なげな表情でちらりと彼を一瞥したが、すぐに険しい表情に戻る。

 ふたりは、前を向いた。お花が車を押し、そのまま蔵の方に進んで行く。途端に、傾奇者たちは騒然となった。


「お、おい! あいつら行っちまったぞ!」


 ひとりが叫んだが、左門は負けじと怒鳴りつける。


「黙らねえか! いいか、残ってる奴らは全員しょっぴくぞ! もう一度言うぞ、じきに百人来るんだ! 牢にぶち込まれたくない奴は、さっさと消えろ!」


「まあまあ、そう仰らずに。お役人さま、ちょっと話を聞いてくださいな」


 直後、進み出てきたのは中年の男だ。頭は綺麗に剃り上げられており、目は細く中肉中背の体格だ。肌の色は白い。

 この男の顔を、左門はよく覚えていた。しかし、向こうは左門を知らないらしい。にこやかな表情で口を開く。


「私、筆頭与力の山田又右衛門さまと懇意にさせていただいております。山田さまには、毘沙門天の長八郎の名前を言っていただければ、話は通じるはずですよ」


 長八郎は、にっこり微笑み近づいてきた。ただし、目は笑っていない。


「何が言いたいかは、もうおわかりですよね。まずは、こちらをお納めください」


 言いながら、左門の手にそっと握らせたのは小判の束だ。すると、左門はにやりと笑った。小判を懐にしまい、ぺこりと頭を下げる。


「おう。悪いな、長七郎さん。お七と捨丸の香典代わりに、ありがたくいただいておくよ」


 途端に、長八郎の表情が変わる。


「はい? 私は毘沙門天の長八郎ですよ?」


「いいや、あんたは長七郎さんだよ。闇の御前の二つ名を持ち、六年前に打首獄門になったはずだが……生きていたんだな。しかも、今度は毘沙門天かよ。大げさな二つ名の好きな人だね」


 へらへら笑う左門に、長八郎はすっと近づいていく。


「何を言っているんだよ。いい加減にしねえと、この場で殺すぞ。お前ひとりの死くらい、簡単に揉み消せるからな」


 低い声で凄むが、左門は怯むことなく答える。


「いいや、死ぬのはあんただ」


 同時に刀が抜かれた。その刃はあまりに早く、何が起きたのかわからなかっただろう。

 次の瞬間、首がごろんと転がり落ちる。左門の振るった太刀により、長八郎の首が綺麗に切断されたのだ。専門の首切り役人ですら、ここまで見事には斬り落とせないだろう。


「六年遅れたが、やっと刑の執行が出来たな」


 ぼそりと呟いた左門。直後、またしても刀が振るわれる。袈裟斬りだ。長八郎の隣にいた傾奇者が太刀を浴び、よろよろと後ずさる。

 一呼吸遅れて、体から大量の血が吹き出した。動脈を切られたのだ。鮮血を撒き散らしながら、ゆっくりと崩れ落ちる。

 直後、びくびくと痙攣し始めた──

 周囲にいる者たちは、完全に凍りついている。と、ひとりの若者が呟いた。 


「ちょ、ちょっと待てよ。お前、役人だろ。何で殺す──」


 言い終えることは出来なかった。左門はその若者に近づき、またしても刀を振るう。

 たった一太刀で、若者は倒れた。が、まだ生命はある。その体から流れる血が、地面を染めていった。

 次の瞬間、若者は喚き出す──


「いでえぇ! いでえよお! 助けてくれ!」


 悲鳴をあげながら、起き上がり走り出す……つもりだったらしい。しかし、それは叶わなかった。起き上がろうとした瞬間、左門の太刀が振り下ろされる。

 若者の首は、ごろんと転がった。


「さて、どうする? 次に死ぬ奴は誰だ?」


 左門の言葉に、唖然となる傾奇者たち……言うまでもなく、彼らの方が数は上だ。全員が一斉に飛びかかれば、いかなる達人といえど勝てるはずがない。

 ただし、飛びかかったうちの何人かは、確実に命を落とすことになる。今の光景を見る限り、この男は凄まじい手練れだ。

 飛びかかった瞬間、命を落とすことになるのは誰なのか。ひょっとしたら、自分かもしれない──


 動揺が広がる中、左門は静かな表情のままだった。僅かな時間で三人を斬ったというのに、息は乱れていない。平静な態度のままだ。

 やがて、左門は彼ら全員を見回した。ゆっくりとした動きで、再び刀を構える。

 返り血を顔に浴びながら、刀を構え彼らを睨みつける左門……その姿は、いつも見ている昼行灯の見回り同心とはかけ離れている。あまりにも違い過ぎ、物怪(もののけ)が憑いたとしか思えない。

 その想像は、あながち間違いではなかった。今の左門は、復讐に憑かれた剣鬼と化している。しかも彼が手にしているのは、幾多の敵を斬ってきた魔剣だ──


「こいつ、人間じゃねえ……」


 ひとりが呟き、後ずさる。その顔は、恐怖のあまり歪んでいた。

 次の瞬間、その恐怖は一斉に伝染していく──


「化け物だあぁ!」


 別のひとりが叫び、得物を捨てて逃げ出した。すると、他の者たちも次々と逃げていく。

 それも当然であった。彼らは、しょせん傾奇者である。威勢はいいが、戦いの訓練などしていない。その上、戦う相手はふたりの女だ、としか聞かされていない。

 そんな状況で、いきなり出現した新手の侍……目の前で、たった一太刀振るっただけで首を切り落としたのだ。しかも、殺されたのは彼らの統率者である長八郎である。

 直後に、ふたりが立て続けに斬り殺された。こうなると、統率者を失った集団は脆い。あっという間に総崩れになる。全員が、狂ったような勢いで思い思いの方向に逃げていく。途中で倒れ、踏みつけられる者もいる始末だ。

 そんな傾奇者たちを、左門は冷ややかな目で見ていた。

 やがて全員が逃げ出したのを確かめると、ゆっくりと蔵の方へ進んでいく。雑魚は片付いた。だが、本当の戦いはここからだ。







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