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処刑猟嬢・血車お京  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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別れの時

 昔、さよならだけが人生か、なんて言った奴がいた。それなら、人と人は何のために出会っちまうんだろうなあ。あるいは、これもまた神さまの壮大な意地悪なのかねえ。

 人間、変わらないままいられる奴はいない。誰でも、いつかは変わっちまうもんだ。きのう勤皇きょう佐幕、きのう本当できょうは嘘、ってな。むしろ、変わらないでいられるってのは、幸せなことなのかもしれねえよ。

 お京、お前は確かに変わったんだろう。その変わった姿が、誰かの心を傷つける……そんなことも、あるかもしれねえよ。人間なんざ、生きてるだけで誰かしらに迷惑かけるもんだからな。

 だからと言って、今さら後戻りなんか出来ねえやな。ま、自分の信じる道を進んでいくしかねえんだよ。


 ・・・


「あ、あんたどうしたの?」


 いきなり姿を現した左門に向かい、素っ頓狂な顔で尋ねるお京。その顔には、困惑したような表情が浮かんでいた。




 お京とお花が目を覚ました時、お七はいなかった。もっとも、それは珍しいことではない。彼女は、ひとり買い出しに行くことがよくあったからだ。

 ところが、今日に限りおかしな点がある。お七の荷が、綺麗さっぱりなくなっているのだ。彼女が持っていた薬や医療器具といったものが見当たらない。

 何が起きたのだ……と思う間もなく、小屋に現れたのは左門である。てっきり、ふたりの間で何か仕事の話でもあったのか……と判断したのだ。

 しかし、左門の口から出たのは予想と違うものだった。


「どうもこうもねえよ。捨丸に、ここに来てくれって言われたんだが……お前ら、何も聞いてねえのか?」


 逆に聞き返され、お京もお花も面食らうばかりだ。


「聞いてるわけないじゃないか」


 答えた時だった。突然、小屋に入って来た者がいる。それも、ふたりだ。

 見れば、お七と捨丸である。どちらも、きっちりと旅支度を整えた姿だ。その顔には、険しい表情が浮かんでいた。


「おばさん、その格好は何なの?」


 唖然としながらも尋ねるお京に、お七は答える。


「見ての通りさ。あたしゃ、江戸を出ていくよ」


 途端に、お京の顔が歪む。お花はというと、愕然となっていた。


「どういうことさ……」


 どうにか尋ねるお京に、お七は冷静な態度で言葉を返す。


「どういうことって、言葉の通りだよ。あたしゃ、この捨丸と一緒に江戸を出ていくことにしたのさ」


 その口調は真剣なものだった。顔のどこにも、冗談だとは書かれていない。隣にいる捨丸も同じだ。お京は、両者の顔を交互に見る。

 ややあって、ようやくお京の裡にある感情らしきものが動き出した。お七を睨みつけ、口を開く。


「そうかい。おばさんは若い男に言い寄られ、柄にもなくのぼせ上がって、挙げ句にあたしたちを見捨てようってわけなんだね。わかったよ。好きにすればいいじゃん」


「ちょっと! そんな言い方ないんじゃない!?」


 捨丸が憤然とした表情で言い返すが、お七が彼を制した。やがて彼女はお京の方を向き、静かに語りだす。


「あたしゃ、人の命を救うために医者になった。あんたと初めて出会った日……この子は、もう助からないだろうと思った。いっそ、このまま楽にしてあげた方がいいんじゃなかろうか、ってね」


 そこで、お七は笑みを浮かべる。昔を懐かしむかのような表情だ。


「だけど、あんたは生き延びた。あたしゃ、今でも誇りに思ってるよ……あんたの命を救えたのは、あたしにとって最高の勲章だ」


 だが、そこでお七の表情が暗くなる──


「そのあんたは、殺し屋になっちまった。あんたは、これからも人を殺し続けていくんだろうさ。あたしはね、大層なことを言うつもりはない。ただ、目の前の命を救いたいだけ。でも、あたしが命を救ったあんたが、次々と人を殺していってる」


 語るお七の目から、ひとすじの涙がこぼれた。それは、お京やお花との別れの悲しさから出たものか。あるいは、この世の無情を嘆いたものか……。


「生き方は、人それぞれだ。あたしは、あんたの生き方をとやかく言う気はない。でも、今のあんたたちには付いて行けない。ここら辺で、お互い違う道を行くことにしようよ」


 その時、お京はお七を睨みつけた。その目には、はっきりとした憎しみがある。


「好きにすればいいだろ。さっさと消えちまいな!」


「笑顔で、またね……ってわけには、いかないみたいだね」


 悲しげに言ったお七だったが、かえって怒りの炎に油を注ぐ結果となってしまった──


「当たり前だろうが! 消えないなら、あたしが消してやろうか!」


 怒鳴ると同時に、お京は独楽を握りしめる。今にも投げつけそうな雰囲気だ。それに気づいた左門が、すかさず両者の間に割って入った。


「おいおい! ちょっと待て! 金にもならねえのに殺り合ってどうすんだよ!」


 さらに、お花もお京を抱きしめた。


「お京さん! 落ち着いてください!」


 ふたりの行動に、お京は舌打ちしながらも独楽を下ろした。未だ怒りは消えていないようだが、殺意はどうにか抑え込んだらしい。

 すると、今度は左門が口を開いた。


「んで、捨丸よう……お前は、足を洗う気なんだな」


 冷たい口調だった。普段とは違い、裏の顔が剥き出しになっている。しかし、捨丸も負けじと言い返す。


「そ、そうだよ。俺、お七さんと一緒に江戸を出る」


「そうか。お前も、よくよく考えて決めたことなんだろう。だから、今さらどうこう言う気はねえ」


 そこで、左門は捨丸を睨みつける。その眼光は凄まじく、捨丸が思わず後ずさるほどだった。


「だがな、これだけは覚えておけ。お前は今まで、俺と組んで仕事をしてきた。つまりは、大勢の人間の死に関わってきたんだよ。お前がどんなに格好をつけて、足を洗うなんぞと言ったところで、お前の体に染み付いた血の匂いは消えねえんだ。そいつを忘れるな」


「わ、わかってるよそんなこと!」


「そうかい。わかってるなら、俺から言うことは何もねえ。ともかく、地獄でまた会おうぜ」


 そう言うと、左門は懐に手を入れる。


「少なくて悪いが、今はそれしかねえ。取っとけ」


 直後に、一枚の小判を放り投げた。捨丸は、様々な感情の入り混じった複雑な表情で、落ちた小判を見つめる。

 左門は、そのまま背を向けた。無言で、立ち去って行った。

 ややあって、お七と捨丸もその場を立ち去る。後には、お京とお花が残された。




 お七と捨丸は、無人街を歩いていく。だが、お七は立ち止まり振り返った。

 彼女の目から、またしても涙が溢れる。こんな形で、別れたくはなかった。

 尾仁乃村を通りかかった時、死にかけていたお京を見つけた。必死の思いで助け出し、両足を切断した。あの時のことは、今もはっきり覚えている。泣きわめく彼女の足をありあわせの器具で切り、血液が流れないよう傷口を縛り上げ、ありったけの薬を飲ませたのだ。その中には、御禁制の阿片もあった。とにかく、今は手段を選んではいられない……そんな、必死の思いであった。

 結果、お京は一命を取り留めた。それからの彼女の姿を、お七はずっと間近で見てきた。必死で体を鍛え上げ、釣り独楽の腕を磨いていく。お京の上達ぶりには、目を見張るものがあった。

 同時に、お京の凄まじい執念に危ういものを感じていたのも確かだ。この子は、放っておいたらどうなるのだろう……という不安があった。だからこそ、危険を犯し江戸まで付いてきたのだ。彼女が、いつか真っ当な生き方に戻ってくれることを期待して……。

 ところか、お京は修羅の道を歩き出してしまった──


「ねえ、どうする?」


 立ち止まり物思いにふけるお七に、そっと話しかけてきたのは捨丸だ。


「このまんまでいいの? 喧嘩別れでいいの?」


 なおも聞いてくる捨丸に、お七はどうにか言葉を返す。


「仕方ないだろ。あの子たちは、もう自分の道を歩き出したんだ。あたしも、あたしの道を行かなきゃ……」


 そこまでが限界だった。お七は突然、捨丸の胸に顔を埋める──


「ごめんよ。ちょっとだけ、胸を貸しとくれ」


 言った直後、彼女は体を震わせる。その口からは、嗚咽の声が漏れていた。

 そんな彼女を、捨丸は優しく抱きしめる。


「いいよ。俺の胸でよければ、いくらでも使ってよ」




 そんなふたりを、じっと見つめる者がいた。ぼろをまとった小柄な男だ。少し離れた位置にある掘っ立て小屋に潜み、お七と捨丸の方に目を凝らしている、

 やがて、ふたりが動き出した。と、彼もまた動き出す。その歩みは静かなものだ。よく訓練された忍びか、年季の入った盗賊の足さばきである。

 男は、お七と捨丸の後を付いて行った──









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