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処刑猟嬢・血車お京  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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15/28

死がもたらしたもの

 どんな人間にも、表の顔と裏の顔がある。俺なんざ、昼間は同心、夜は裏稼業だからな。人の生き死には、嫌っていうほど見てきた。今じゃあ、死体の見分をしながら握り飯が食えるくらいだ。

 ところが、やっぱり知っている人間の死は別なんだよな。あの雉間が死んだ時、俺がどう思ったか……そいつは、一言では説明できないな。悲しくないといえば嘘になる。だがな、雉間は死んで当然の悪党でもあった。奴を殺したがっている人間は、両手両足の指を足した数より多いだろう。こういう時、人はどういう顔をするべきなのかね。


 ・・・


 お京は、目を開けた。

 いつの間にか、日は高く昇っている。外からは、微かに話し声や生活音などが聞こえていた。

 体を起こすと、傍らにいるお花が微笑んだ。


「起きましたか」


「えっ、うん」


 言いながら、周囲を見回した。その時、お七の姿がないことに気づく。


「おばさんは?」


「買い物に行ったみたいです」


「そう……」


 お京は、ぼんやりした表情で床を見つめる。頭に浮かぶのは、昨日の戦いと雉間正厳の死に様だ。

 あの男は、死ぬことを恐れていないようだった。むしろ、死を待ち望んていたかのようにも思えた。

 では、自分のしたことは何だったのだろう。死を恐れぬ人間を殺すのは、果たして復讐になるのだろうか。

 

「あいつは、何がしたかったんだろうね」


 気がつくと、口からそんな言葉が出ていた。


「えっ?」


 聞き返すお花に、お京は答える。


「あの雉間さ。あいつは、わざわざ全員の名前を書いた紙を置いていった」


 そうなのだ。

 あの男は、四人の名前を書き記した紙を置いていった。あれがなかったら、仇には辿り着けなかったはずだ。

 本音を言うなら、雉間に対しては複雑なものを感じていた。憎むべき仇であり、殺すべき敵である事実に変わりはない。だが、単純な悪人として割り切ることも出来なかった。

 奴を手に掛けた今でも、その気持ちは変わらない。


「でも、あなたを助けなかったのですよね? 助けを求めるあなたを無視して、そのまま立ち去って行ったのですよね?」


 お花の口調は冷たいが、その奥には憎しみがある。彼女にしてみれば、雉間は瀕死の重傷を負ったお京を見捨てて立ち去った男だ。しょせんは、仇の内のひとりに過ぎないのだろう。


「まあ、そうだけどさ……」


 お京は、言葉を濁した。お花の言ったことは、間違いではない。ただ、簡単に割り切れないものがあるのも確かだ。

 すると、お花はしやがみこんだ。お京に、そっと手を触れる。


「だったら、いいではありませんか。あなたは、あなたの為すべきことをした。それだけです」


 言った時、お七が帰ってきた。背中には、大きなかごを背負っている。かごの中には、野菜や魚などが入っている。


「起きたのかい。さあ、ご飯にしようか」


 そう言うと、お七は食費の支度を始めた。お湯を沸かし、野菜を切り、魚を捌いていく。

 やがて、食事が出来上がった。三人は、ものも言わず食べ始める。




 遅い朝食を終え、一息ついた時だった。


「ねえ、この仇討ちが終わったら……あんたらは、どうする気なんだい?」

 

 不意に、お七が聞いてきた。お京は、戸惑いながら聞き返す。


「どうするって?」


「あと、残っているのは桃助とかいう奴だけだろ。そいつを殺せば、仇討ちはひとまず終わりだ。その後、何をする気なんだい?」


「何をするって言われても……」


 お京は、答えに窮し口ごもる。復讐が終わった後、何をするか……そんなことは、全く考えていなかった。

 そんな彼女に、お七は穏やかな表情で語りかける。


「人間、何かをして生きていかなきゃならない。あんたは、どうやって食っていくつもりだい?」


「そんなの、考えたこともなかったよ」


 正直なところを答えると、お七は苦笑する。


「だろうね。でも、いつか復讐は終わる。その先は? あんたの人生は、そこからが長いんだよ」


「どうだろうね。その先はないかもしれない。桃助に、返り討ちに遭うかも知れないよ」


 お京は、険しい表情で言い返す。

 残るは、桃助ただひとり……それは間違いない。しかし、その桃助がどんな男なのか、全くわからないのだ。

 猿蔵、犬飼三兄弟、雉間正厳……皆、楽な相手ではなかった。お京が返り討ちに遭っていたかもしれない。特に雉間との戦いは、純粋に運がこちらに向いていたから勝てたのだ。

 ひょっとしたら、今度は運が向こうにあるかもしれない。桃助との戦いで敗れ、命を落としてもおかしくないのだ──

 その時、お七の表情が変わった。


「そんな……縁起でもないことを言わないでおくれよ」


「あたしは、事実を言ったまでさ。それに、桃助の前にも一仕事あるんだよ。まずは、そいつを終わらせてからさ」


 鋭い口調で言い放つお京を、お七は悲しげな目で見つめた。


 ・・・・


 その日の夜、藤村家は揃って夕餉(ゆうげ)を囲んでいた。婿養子である左門は、肩を狭め体を小さくして箸を動かしている。


「婿殿、昨日はずいぶんとお疲れのようでしたね。帰りも遅かったですし」


 義母の文が、嫌味ったらしく言ってきた。

 確かに、昨日の左門は帰りが遅かった。お京とお花が去った後、たったひとりで深い穴を掘り、雉間の亡骸を埋めたのだ。さらに簡単な盛り土をしていき、そこに線香を一本添える。

 疲れる作業を終えると、あばら家の縁側に腰掛けた。急ごしらえの墓を見ながら、過去に思いを馳せる。

 雉間との稽古の日々が、つい先日のことのように思い出された。あの頃は、余計なことに頭を悩ませることはなかった。ただ、雉間という高すぎる山に挑み続ける……それだけだった。他の弟子たちからは、奇異な目で見られていたのは間違いない。

 だが、楽しき日々でもあった。あの頃は、毎日が充実していた。

 今とは違う──


 もっとも、そんなことを正直に言うわけにはいかなかった。昨夜は遅くに帰り、ほとんど口もきかずに寝た。帰りが遅かったことについても咎められたが、相手にしなかった。そんな気分になれなかったのだ。

 左門は、考えを巡らせる。


「はい。昨日は、ちょっとした捕物がありましてね。西へ東へと駆けずり回り、本当に疲れましたよ」


 そんなことを言ったところ、その嘘に反応した者がいた。妻の美津である。


「まあ、捕物でしたか。それは凄い」


「そう、捕物だよ。あれは、実に大変だった。伝説の掏摸(すり)師・勝杉(かちすぎ)銀蔵(ぎんぞう)を町中で見つけたのだ。私は、必死で追いかけたよ」


 真顔で、そんなことを言う左門。もちろん、勝杉の銀蔵なるものは存在しない。今、とっさに考えついた出鱈目(でたらめ)である。


「では、手柄を立てたのですか?」

 

 勢い込んで聞いてくる美津に、左門は渋い表情でかぶりを振る。


「いや、惜しいところで逃げられた」


「なんですと! あれだけの時間をかけて、結局は逃げられてしまったのですか!?」


 怒鳴ったのは文だ。面目なさそうな表情で、左門は言葉を返す。


「そうです。大変に逃げ足の速い奴でして、もう少しのところで取り逃がしました」


「まったく、何をやっているのですか……」


 口を尖らせる美津。


「仕方ないだろう。なにせ、銀蔵は逃げ足が速い。しかも神出鬼没だ。西かと思えば東、北かと思えば南に移動している。しまいには、山の中に身を隠した。私は、山の中にまで分け入ったが、結局は見つからなかった」


 身振り手振りを交えつつ説明する左門に、今度は文が口撃する。


「いかに汗をかいて走り回ろうと、手柄にならなければ何もなりませぬ。無駄な労力を費やし、骨折り損のくたびれ儲けとは……なんと情けない」


 そんな義母の言葉を聞き流し、左門は箸を動かす。いちいち反応していては、身も心も持たない。心を閉ざし、ふたりの口から出る言葉全てを虫の羽音であると思う……そうでなくては、この家ではやっていけないのだ。








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