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処刑猟嬢・血車お京  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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犬飼三兄弟

 次のお京の標的は、犬飼兄弟だ。

 こいつらは、もともと百姓の出だったらしい。詳しくは知らんが、親父もお袋も、ごくごく真面目に百性をやってたって話だ。

 大抵の場合、ろくでなしは親もろくでなしなもんだが、こいつらは違っていた。親は真っ当な人間だったのに、この兄弟は真逆の人間に育っちまったよ。幼い頃から悪餓鬼で、元服の時には手のつけられない極道者だ。あっちこっちで悪さを繰り返し、江戸に流れて来やがったんだよ。今じゃあ、どこ突っついても完全な極悪三兄弟さ。本当に、生まれついての悪党なんだとしか言いようがない。はっきり言って、こいつらを良く言う奴はいないだろうな。

 ただし、腕は立つぞ。弧十郎も剛蔵も、実戦の中で鍛えられたやくざ戦法の使い手だ。猿蔵なんか、比較にならんほど手強いぜ。しかも、子分も多い。そんな連中が、手ぐすね引いて待ち受けてやがるんだよ。三郎丸ひとりを殺れば終わり、って話じゃねえんだよ。

 お京、あんたの復讐旅も、ここからが本番だろうよ。さて、どう戦うか……じっくり見せてもらうぜ。


 ・・・


 お京を乗せた車が、かたかた音を立てて進んでいく。

 行き先は、犬飼一味の溜まり場だ。情報によれば、この先の河原で子分たちと釣りを楽しんでいるらしい。日はまだ高く、そろそろ昼飯時だろう。日の光が射す林道を、お京とお花は進んでいった。


「そろそろですね。人の息遣いが聞こえてきます」


 不意に、お花がそっと囁いてきた。


「何人いる?」


「恐らく、十人から二十人の間かと」


「そうかい。待ち伏せてる可能性もあるからね。ぬかるんじゃないよ」


 そう言うと、お京は独楽を手にする。


「あなたも、気をつけてください」


 そっと語りかけてくるお花を、お京は複雑な表情で見つめる。


「すまないね、あたしの復讐に付き合わせちまってさ」


「いいんですよ。私とあなたは、一心同体ですから。それに、後でたっぷりと体で払ってもらいますよ」


 そう言って、くすりと笑った。途端に、お京の頬が赤くなる。


「こ、こんな時に馬鹿いうんじゃないよ!」




 やがて、ふたりは目指す場所に到着した。

 河原にて、犬飼三兄弟は座り込んでいた。釣りに来たという話だったが、それらしき雰囲気はない。

 彼らの周囲を、人相の悪い男たちが取り囲んでいる。接近するふたりを見た途端、弾かれたように立ち上がる。さらに、周囲の茂みからも男たちが現れた。どうやら、釣りというのは嘘だったらしい。こちらのことを、既に知っていたのか。

 一方、お京を乗せた車は怯まず進んでいく。犬飼兄弟たちから五間(約十メートル)ほど離れた位置で止まった。

 睨み合う両者。どちらも、まだ仕掛ける気配はない。


「待ってたぜ。お前が、尾仁ヶ村の生き残りか。随分と派手に暴れてるそうだな」


 真っ先に口を開いたのは、犬飼孤十郎であった。弟の剛蔵ほとではないが、背は高く厳つい雰囲気だ。長脇差を肩に担ぎ、黒い着物姿で立っている。


「そうだよ。そこにいる三郎丸はね、何の罪もない村人たちを殺したんだ。その借りを返させてもらうため、あたしは地獄から這い上がって来たんだ」


 お京は、怯まず言い返す。その目は、油断なく周囲を見回している。

 すると、孤十郎はひゅうと口笛を吹いた。


「ほう、大したもんだな。女にしとくのはもったいないぜ」


「あんたらには、何の恨みもない。弟を置いて、さっさと消えてくんないかな。そうすれば見逃してやる」


 秘めた闘争心とは対照的に、お京の口調は静かなものだった。

 しかし、孤十郎は嘲笑する。


「あいにくだがな、そうはいかないんだよ。こいつは、確かにどうしようもねえ馬鹿だ。しかしな、弟を見捨てた……なんて噂を流されたら、俺たちゃ裏の世界でやっていけねえんだ。せっかく来てもらったとこ悪いが、死んでもらうぜ」


「上等だよ。こっちは、最初から皆殺しのつもりで来てんだ」


「とんでもねえ阿呆だな。俺たち全員を相手にして、勝てるとでも思っているのか?」


 言ったのは三郎丸だ。自信たっぷりの表情である。とはいえ、その自信の源は兄たちであるのは明らかだ。虎の威を駆る狐そのものの態度に、お京は口元を歪めた。


「お笑い草だね。あたしらを殺りたきゃ、百人は連れてこないと」


 言った途端、三郎丸の表情が変わった。子分たちを睨み、怒鳴りつける。


「おまえら、女にこんなこと言われて黙ってる気か! さっと殺せ!」


 同時に、男たちは一斉に動く──

 と、何を思ったか、お京はぱっと身を沈めた。同時に、お花が両耳を手で塞ぐ。

 直後、銃声音が響き渡る。箱車の両脇に付いていた竹筒が火を吹き、弾丸が飛び出した──

 真っ先に飛び出していた男ふたりは、銃弾に胸を貫かれた。その場にどうと倒れ、ぴくりとも動かない。

 男たちの動きは、ぴたっと止まった。


「じゅ、銃を使うなんて聞いてねえぞ……」


 ひとりが、唖然とした声で呟く。ほとんどの者が、戦意を失っていた。女ふたりと聞いていたのに、まさか飛び道具が出てくるとは……。

 その間隙を突き、お京たちは襲いかかる──

 見事な戦いぶりであった。車が突進し、上に乗ったお京が独楽を放ち動きを止め、お花が杖で一撃を加える。杖術の達人である彼女に急所を打たれては、耐えられるはずもなかった。しかも、手下たちは銃声を聞き戦意を喪失している。最初から、戦いにすらなっていない。

 男たちは、次々と倒れていった。うち何人かは、首を砕かれ一撃で死んでいる。息のある者も、意識を失い昏倒している状態だ。

 そんな子分たちを見て、孤十郎は舌打ちした。


「くそ、使えねえ奴らだな」


「あ、兄貴! こいつら鉄砲を持ってるぜ!」


 三郎丸が、泣きそうな顔で叫ぶ。だが、孤十郎はにやりと笑った。


「慌てるな。よく見ろ、竹で造った鉄砲だ。一発撃ったら砕けてやがる。もう、奴らに飛び道具はない」


「だったら、あとはぶん殴るたけだな」


 言いながら、動き出したのは剛蔵だ。六尺棒を振り回し、ゆっくりと近づいてくる。この男、体は兄弟の中で一番大きい。その巨体から生み出される腕力は、一撃で車ごと潰してしまえるだろう。

 弧十郎は、長脇差しを片手にじりじりと間合いを詰めてくる。お京を侮っているわけでも、怯えているわけでもない。鋭い表情で、こちらをじっと見据えている。相当、殺しに慣れている雰囲気だ。

 三郎丸は、長刀を両手で構えている。今のところ、動く気配はない。

 そんな三者を、お京は冷静な顔で見回す。この兄弟が一斉に動けば、かなり面倒だ。しかし、向こうもこちらの腕を警戒している。雑魚と違い、むやみに突進してきたりしない。

 お花はというと、お京の指示を待っている。いつでも動ける体勢で、じっと構えているのだ。

 先に動いたのはお京だ。彼女は、弧十郎の方を向いた。独楽を上空に放つ。と同時に、お花に何か囁いた。

 直後、お京の体が宙に舞った──


「んだと!?」


 叫んだのは剛蔵だった。突然、目の前でお京の体が舞い上がったのだ。頭上に伸びた枝に独楽を引っかけ、常人離れした腕力で紐を伝い登っていく。その上、車は真っすぐ突進して来た。

 剛蔵は、棒を構えた。しかし、お京は既に上にいる。さらに、箱車は構わず突っ込んでくるのだ。

 ならば、先にお花を車ごと叩き潰すまでだ。剛蔵の腕力なら、それは可能である。六尺棒を、一気に振り上げた。

 その時、上から何か降ってくる……お京だ。彼女は、剛蔵の巨大な背中に飛び乗った。

 後ろから短刀を振り上げ、剛蔵の喉笛を一気に掻き切る──

 剛蔵は、思わず棒を捨てた。両手で、喉から流れる血を押さえようとする。

 だが遅かった。血は大量に流れ落ち、剛蔵の意識は急速に遠のいていく。

 一瞬の後、ばたりと倒れた。


「この女が! よくも弟を! 


 叫びながら、切りかかって来たのは孤十郎だ。しかし、お京は慌てず独楽を投げる。

 強烈な一撃が、孤十郎の顔面を襲った。鉄球をぶつけられたような衝撃だ。あまりの痛みに、思わず顔を歪めた。

 それだけでは終わらず、お京はさらに追撃する。速い独楽の連撃が、続けざまに孤十郎を襲う。激痛のあまり、彼は刀を落とした。

 と、独楽の連打が止まる。孤十郎は、慌てて刀を拾おうとした。

 その瞬間、もうひとりが接近する。お花だ。彼女の杖が、孤十郎の延髄を打ち据える──

 孤十郎は首の脊椎を砕かれ、その場に突っ伏し倒れた。


「そ、そんなあ……」


 三郎丸は、あまりの出来事に体を震わせていた。誰よりも強かったはずの兄ふたりが、あっさり殺されてしまったのである。刀を手に持ってはいるが、何も出来ずその場で立ち尽くすだけだった。

 その時、上から何かが降って来る……お京だ。彼女の剛腕が、三郎丸の髪をがっちりと掴む。


「お前に殺された人たちの恨み! 思い知れえぇ!」


 叫ぶと同時に、延髄に短刀を突き刺す──




 お京とお花は、荒い息を吐きながら座り込む。その時だった。


「終わったかい」


 言いながら、物陰から出てきたのはお七だ。戦いにこそ参加しないものの、彼女も復讐にきっちり付き合っていたのである。

 お七は、複雑な表情で死体が転がる様を見回した。ややあって、口を開く。


「よくもまあ、こんだけ殺したもんだね。これじゃ、地獄逝きは間違いないよ」


「おばさん、それは違うね。この世界が地獄なんだよ」


 吐き捨てるような口調で言うと、お京は車に乗り込む。と同時に、お花は車を押して行った。

 去っていくふたりの後ろ姿を、お七は悲しげな目で見つめていた。




 



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