街探索
「我が商会の朝食はどうですかな?」
「えっと、とても美味しいです」
机の上には光沢を放つ銀食器が置かれており、その隣には高級そうな料理が細かな装飾の為された皿に乗っていた。私は傷をつけないようにぎこちなくフォークを持ちながらスクランブルエッグを口の中に入れる。
私達は今アダムさんと一緒の食卓で朝食を頂いていた。何故かは分からないが。
昨日は快適なベッドで安眠することができたので私もすっかり疲れが取れ、朝の内に早速街を見に行こうとした矢先呼び止められたわけだ。
アダムさんは朝食を食べながら笑顔で私達を見ている。
………
正直気まずい。
会話もないまま私達はこの不思議な朝の時間を過ごしていた。
因みにイーサンは隣でパンを頬張るのに夢中なようで会話を盛り上げようとするつもりは一切ないらしい。
「メル様は今日街へ行かれるつもりだったそうですね?」
「あ、はい。そうです」
「ならば馬車を手配しましょう。ここから街の中心までは距離が少しあるので」
「いやいや、全然距離ないですから大丈夫です。歩きますから」
心遣いもここまで来ると疲れるものだと知った。今まで貰える物なら貰っておけという精神で生きてきたが、自分の想像を超えるものを貰うと人間は遠慮に走ってしまうらしい。普通に歩けるし、何よりこれがアスターにバレたときが怖い
「優しいアダムさんに付け込んで甘えてんじゃねえ!」
もう声が想像できてしまう。勝手に家出してアスターのお金を奪った上に上司の家に居候しているなんて知られたら本当に命がなくなってしまうかもしれない。
私はなんとかこれ以上お節介を掛けられないように必死に申し出を断った。彼は残念そうな顔をしていたが渋々馬車を出さないでくれるようだ。
「「では、行ってらっしゃいませ」」
朝食を終えた私達は数多のメイドに送られながら商会の敷地から出ていく。
屋敷の外は朝日によって雪が一部溶けており、足元が悪くなっていた。
私は背伸びをしながらイーサンに話しかける。
「ふぅ、何だか気が楽だわ。屋敷が疲れるってわけじゃないけどね」
「そう?屋敷の皆優しいし最高だと思うけど」
「まあそれはそうだけどね」
それはそうだが何だか肩が凝ってしまう。
(子供には分からないだろうなぁ)
「あ!今何か見下された気がする!」
「してないって」
(なんで分かるんだよ)
私の周りの人はみんな読心術持ちなのだろうか。私にもその能力を分けてほしい。
「とりあえず中心街行ってみようよ」
私は先程の失敗を誤魔化すために話題を変え、街中を歩き出した。
「因みにイーサン、此処ってどこかわかる?」
「流石に知ってる。共和国でしょ」
「そうそう、ドルゲア共和国ね。そして大体の国では商売をするのにはこの許可証が必要になるの」
そう言って許可証に手を伸ばそうと…
おかしい、ポケットに入れていたはずの許可証がなくなっている。
「この短期間で誰に取られた⁉」
「胸ポケットのひらひらしてる封筒は?」
…
「まあ一件落着かな」
イーサンは私がそう言って許可証を見せると呆れたような顔を見せた。
このままではまずい。頼れる姉貴分というイメージからどんどんかけ離れてしまっている。
「ま、まあ今日はあくまで調査と原料を調達するのが目的だから許可証は必要ないし」
そう言いながら私達は街道を歩く。
ノースランドの辺りと違って共和国の景色はかなり異なっていた。道は舗装路となっており、建物もレンガ造りのものが多く建っている。道路には人や馬車が行き交い、街は朝の活動を始めようとしていた。
少し進むと建物も看板の掛かっているものが多く見られるようになってきた。商店街である。
街は買い物客によってより一層活気づいているようだった。パン屋に服屋に酒場、酒場はノースランドにもあるがそれにしても地元と比べて目新しいものが多かった。
「どうよイーサン、すごいでしょ?」
私はイーサンに得意げに話した。
因みに私は此処には数回程度しか来たことがない。なんせ材料は普段ノースランドで集めることができるし、金物も服も自分たちで作れるので来る必要がないのだ。雪を防ぐコートなんかも自作である。
「んー普通じゃない?」
「んなっ」
そうだ、こいつが都会っ子だったことを完全に忘れてしまっていた。これじゃ私が馬鹿な田舎民みたいじゃないか。まあ事実田舎民ではあるのだが。
「まあそんなことは置いておいて色んな商店に入ってみよう」
私はとりあえず目に入った店に入ってみる。
「うっ」
中に入ると強烈な花のような匂いが押し寄せてきた。私は思わず顔をしかめる。
「あら、初めて見る人ね。どんな香りのものをお探しかしら、お花にも色んな種類があって――」
「あ、えっと」
どうやら入る店の選択を間違えてしまったらしい。カウンターからえらく煌びやかな御婦人が出てきた瞬間
しまったと思ったが時すでに遅し、御婦人は一瞬で距離を詰めて腕をがっちりホールドされ、脱出することができなくなった。
入るのが遅れたイーサンは自体を察知しすぐに扉を締めてしまった。
許すまじ。
「初めての人ならこれかしら、お値段も手頃だし。でももっとエレガント―――」
そんなことを考えている間にも御婦人はノンストップで喋りながら香水をどんどん紹介してくる。
どうやって抜け出そうか。
しばらくすると婦人は急に喋るのを止め、私の顔をまじまじと見つめ始めた。
「あら、あなたよく見てみると素材がいいじゃない、今は素朴だけど化粧すれば絶対化けるわ」
そんな事をいいながら婦人は自身の化粧箱を取り出してきた。
化粧をされるなんて冗談ではない。良く分からない粉を顔に掛けられたり、塗りたくられるのはごめんだ。
今すぐにでも出ていかなくては。
「あの、店を間違えただけなので!」
私は化粧の準備を嬉々として始めている婦人の隙を図ってドアから逃げ出した。
「あっ、待って!」
婦人が後ろからそう叫ぶが待つわけがない。私はドアを締めてイーサンを探し始める。
この借りは必ず返さなければ。
私はイーサンへの復讐を誓うのだった。
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メルが逃げてしまった香水店では婦人が残念そうに化粧箱を片付けていた。
「あの子絶対に逸材なのに…でも名前も何もかもわからなければどうすることもできないわ」
ふと婦人は床に目を落とす。床には封筒が落ちていた。
「あら、あの子の忘れ物かしら」
落とし物の中身を見ることは良くないことだとは分かって入るが婦人は好奇心に負けて封筒の中身を覗いた。
「なになに、商業許可証、メル・パドア?」
メルの管理能力の甘さは此処でも発揮されたのであった。