居候
「つ、疲れたー」
ノースランドの南に位置している共和国では二人の人影があった。彼らの内小さい方はぶるぶると震えており、もう一方は地面に伏していた。小さい影のほうが喋り始める。
「さ、寒すぎ、無計画にも、ほどが、ある」
「え?そんなに寒い?ちょっとは時間かかったけどさ」
「もう、凍え死ぬって」
「それはまずいね、どこ行こうか」
メルは雪の積もった地面から起き上がり、共和国の宿がどこにあったか思い出そうとした。突然脳にひらめきが走る。
(いいこと思いついた)
私はガクガク震えるイーサンを引っ張りながらある豪邸に向かう。
その豪邸の巨大な門には「アダム商会」の金文字が刻まれていた。
私は門のそばにいた人物に声をかける。
「あのーアダムさんに用があって、」
「そんな連絡は受けていない」
門番は怪訝な目で私達のことを見つめて素っ気なく返事を返した。
「互助会が来た、って言ってもらえればわかると思うんですけど」
「いたずらなら帰れよ」
彼は一応入館許可者リストを捲りながら確認を取る。あるページで彼は自分の目に間違いがないか確認するかのように目を擦ってもう一度帳簿を見つめた。どうやら入館許可の人物に私の名が入っていたらしい。
私は安堵する。これで無かったら本当に不審者で終わってしまった。
門番の疑わし気な表情が疑問の表情に変わったのが目に見えてわかった。
「名簿を確認すると記入がありましたので、今門を開けさせていただきます」
納得がいかない顔をしている門番が巨大な門が地面を揺らしながら開ける。私はそのまま商会の本館まで歩いてゆく。
「どうゆう経緯でこんな家の人と繋がりが持てたの?」
豪華絢爛な庭園を進みながら歩いているとイーサンが寒さも忘れて質問をしてきた。
互助会を支援してくださっている人だなんて言えばカッコがつかない。
私は不敵な笑みで答える。
「秘密ってことで。てかこの屋敷前よりデカくなってない?」
道はレンガでしっかりと舗装されており、庭の木も借り揃えられている。こんな豪華のところに住んでいる人が互助会をバックアップしてくれるってほんとに完璧な人格者だ。
本館に近づくに連れて複数の人影が見えて来た。どうやらメイドらしき人達が出迎えてくれるらしい。
今もう夜中の三時くらいだよ?
何だかここまでおもてなしされると申し訳ない気持ちに陥ってくる。ただ居候したいだけなのに。
「「ようこそお越しくださいました。メル様」」
メイドたちは一切の乱れなく礼をする。
(一介の下請け人にするようなもてなしじゃないだろ)
完璧なおもてなしにすっかりイーサンも萎縮してしまった。
これだけの財力を持っている人はどんな人でも最高のおもてなしするのだろうか。
まったく内に優しく外に厳しい互助会も見習ってほしいものだ。
「アダムがお待ちです。どうぞこちらへ」
メイドの中で特に位の高そうな女性が我々を屋敷に招き入れた。
「うわぁ」
中の様子を一言で表すなら「嫌味のない金持ちの家」だ。自身の財力を誇示するような趣味の悪い装飾ではなく、控えめながらも高級感漂うものに溢れた内装だった。イーサンも我を忘れて感嘆の声を上げている。
「荷物は私にお預け下さい」
私たちは言われるがまま上着や天秤棒を渡す。
「階段をそのまま登って突き当りの談話室でアダムはいます。」
「わ、わかりました」
ここまで大事になるとは思ってもいなかった。アダムさんを夜中に起こしてしまったことに若干の申し訳無さを感じながら私達は談話室の扉を開けた。
「いやはや、久しぶりですな、メル様、今回はどのようなご要件で?」
アダムさんとは何度か互助会の中で会ってはいたが、最近は何年も会ってはいなかった。
彼はしっかりとした服を着てぴしっとセットされた口ひげを触りながら私達を見つめる。
「いや、そんな大事な要件でもないんですけど…」
「ほうほう」
「……」
(互助会と喧嘩したんで居候させてくださいなんて言えない…)
よく考えたら私は今かなりやばいことをしていることに気づいた。
ごすっ
イーサンが私の体を肘で突く。分かったって、言えばいいんでしょ。
「その…―――」
私はありのままの経緯を話した。
「フッフッフ、フハハハ」
彼は経緯を聞くと大笑いを始める。不機嫌にならなくてよかった。
「そんな事があったのですか」
アダムさんは笑いすぎて目に溜まった涙をハンカチで拭きながら話す。
「どうぞ是非この商会の家に居候なさってください」
「いや、流石にそれは―――」
「良いですとも、好きなだけ使ってください。何か要望があれば何でも聞かせていただきますよ?」
「そんな、住ませてもらうだけで十分です」
アダムさんは私がそう言うと部屋の鍵を渡した。こんなに良い扱いを受けていいのだろうか。てか敬語やめてもらいたい。
だが据え膳喰らわばなんとやらという言葉もあっただろう。どう言う意味かは覚えていないが確か使わにゃ損的な意味だった筈だ。
私は鍵を受け取っておく。
「部屋は談話室を出て左にありますので」
私は談話室をの扉を閉め切るまでずっと笑顔を見せているアダムさんに苦笑いを浮かべながら部屋の扉を閉めた。
「俺、野宿の旅とか想像してたんだけどこれじゃ互助会の生活より何倍も豪華だよ」
アスターはそんなことを戸惑い半分、嬉しさ半分といった表情で話す。
「私もそう思う。なんかこんなことなっちゃった」
鍵さえ豪華な装飾がされているので、恐る恐る鍵穴に刺し、扉を開く。
部屋は自分が住んでいた自室よ5倍くらいある大きさだった。
まるで王専用の部屋のような豪華さである。
「俺もうここに定住してもいいかも」
「だめだって、居候だから」
イーサンの気持ちもわかる。こんないい部屋に無料で住めるなんて信じられないことに違いはない。
先ほど渡した上着などもしっかりと乾かされ、アイロンがけまでしてあった。
「衣食住の全てが整っちゃったね」
全くだ。こんなに緩い家出があっていいのだろうか。
しかし私は商人だ。こんなことで満足してはいけない。
「明日は街に行ってどんなものが売れてるのか見に行こう。流石に何もせずただの食客になるのはまずいから」
私たちはふかふかのベッドに座って落ち着く。
もう寝てもいいくらいだ。睡魔に襲われ始めた時、突然ドアがノックされた。
「誰だろう?」
開くと先ほどのメイド長的な人がいた。
「御二方、お風呂はまだですね?」
「確かにまだですけど今日は大丈夫ですよ。もう深夜だし」
「ダメです。お風呂も沸かしましたので」
「え…」
厳しいメイド長に連れられて私たちは風呂に入らされた。
1人で入れると言ったのにメイドたちの圧に負けて結局洗われてしまった。
別室で洗われたイーサンが恥ずかしさから絶叫していたが、聞かなかったことにした。