行動
「じゃあもう一つお願い、聞いてもらおうかな」
2人が木のそばで温まり合って暫く経った頃、私はイーサンに向かってそんな事を話しかけた。
「一緒に酒場行ってみようよ」
イーサンは少し驚いた顔を見せた後、苦々しい表情に変わる。
彼の気持ちはよく分かる。自分の事を良く思わない人達の集まりに態々入って行きたいと思う方が異常だ。
「大丈夫だって、私もついて行くから」
どうせ互助会のみんなは頑固だから絶対に自分達から歩み寄ることはないだろう。でも、これからの事を考えていくと長らく続いてきたこの閉鎖的な生活からそろそろ抜け出す必要があると思うのだ。みんなにももっと外の世界の魅力に気づいてほしいというのが私の率直な思いだ。
もちろん身内だけの落ち着いた空間を侵略されたくない気持ちもわかる。ただ外のすべてを拒絶してしまっていればノースランドにこれ以上の進歩は見られないだろう。
自分の知らないものに触れていくことは恐怖を伴う。しかしその先には自分の全く予測していなかった世界が待っていることに私はここ数年の行商人生活で理解した。
その予測していなかった世界は人によってマイナスになるかプラスになるかはわからない。でも一つ言えることはその経験が新たな成長につながるということだ。
「あの人たちシャイなだけだって」
「絶対違うじゃん」
(ちっ、バレたか)
流石にこの嘘はイーサンに通じなかったようだ。
彼は半端なく嫌がっているようだがこれも大義の為である。許せ。
「まあまあそう緊張せずに」
半ば無理矢理に彼を酒場へと引っ張ってゆく。
「うぅ、やめろ!」
首根っこを引っ張って宙吊りのような状態で最後まで運び切ろうと思っていたが、イーサンは途中で抵抗することを諦めたらしい。そこから先は自分で歩いて酒場に向かってくれるようになった。
暫く歩いて私達は酒場の目の前に到着した。時刻はもう夕方ごろになっており、酒場も依頼を完了した人達で賑わっていた。
前を歩いていたイーサンが突然扉の目の前まで来て止まる。
あとはにぎやかな世界に通ずる扉を開くだけだ。
「ほら、開きなよ」
「……」
(しょうがないなあ)
私は勢いよく扉を開けてイーサンを部屋に突っ込む。
飲み屋の中は相変わらずどんちゃん騒ぎをしていたが、私達が勢いよく入ってくると途端に静寂に包まれた。
飲み屋に入った途端、近くにいたおっさんから話しかけられる。
「メル、一体どういうつもりだ?そいつと一緒に入ってくるなんて」
「別にいいでしょ、誰とここに来たって。てかここ私の家だし」
私達(主にイーサンが)は鋭い目線を向けられながらもカウンターへと進んでいく。
イーサンはみんなの視線を気にしていないのを装ってはいるが、怖がっているのが丸分かりだ。
「気にしなくていいから」
私はイーサンを励ますために少し屈んで囁いた。彼は抗議するような目線を私に送る。
どうやら怖がっていると思われたことに納得が行かない様子だ。
(分かってるって、カッコつけたい年頃だからね)
カウンターに着くと若干先程までの静まり返った空気が小声くらいには改善されたが、雰囲気が悪いのには変わりない。本当に身内大好きな子供大人ばっかりだ。いつまでも意固地になっててもなにも変わらないのに。
暫く経つと奥からリーンが出てきた。彼は雰囲気の悪さに苦笑いをしながら料理を出してくる。
リーンはあまり外の人達に敵意を持っていない人物だ。互助会にもそういう中立的な立ち位置の人は存在する。医者とか、ちなみにアスターはそういう考えをあまり表に出さないので良く分からない。
「さっきボコボコにしたやつと仲良くディナーかよ。やっぱお前はよく分かんねえな」
くっくっと笑いながらもリーンは私達を見つめている。たしかに傍から見ればおかしい状況ではある。
しかし拳で対話してわかり合うこともあるだろう。
「雨降って地固まる、的な奴かな」
「それはそうとして、なんでここに連れてきた?こうなることは目に見えてただろ」
私の決め台詞をあっさり流されたことに納得がいかないが、彼は視線を酒場のみんなに向けながら話す。
「ここには頭の凝り固まった大人が多いから柔らかくしてあげようと思ってね」
私がみんなを煽るようにわざと大きな声で話すと酒場の空気感が再び静まり返った。
今日でこの変な対立もおさらばだ、そんな心持ちで私は再び煽る。
「もうおじさんにもなって子供ハブるのとか情けないから」
ダン!!
酒場にいた一人の屈強な男が突然机を殴って立ち上がった。堪えきれないといった様子で話し始める。
「メル、いいかげんにしろよ!こっちにだって色んな感情があるんだよ!」
「その感情って互助会って会の名前を無視するほどのものなの?」
「お前ぇは知らねえ分からないだろうよ、俺らは―――」
「止めろ」
突然、私達の口論にアスターが割り込んできた。彼の一言で男は黙り込む。
(おじさんは何を言い出そうとしたの?何をアスターは止めたの?)
私の胸中では聞きたい質問がこの瞬間にいくつも上がった。
「止めるんだ。もうこの話は終わりだ。メル、二階に行ってろ」
「何でよ、だって――」
「何でもクソもない。行け、メル」
はじめは皆を諭す気分で酒場に入っていったのに状況がかなり変わってしまった。
彼らは私に何かを隠している。その事実に私の心はかなり乱されたのだ。裏切られたような気持ちになった。
皆に外の世界の偏見をなくしてあげたかっただけなのに。
私はイーサンの手を引いて足早に二階へと向かう。
「お、おい!まだ飯残ってるぞ」
階段の下からリーンが叫んでいるがそんなものにかまっている余裕はない。
ドアを勢いよく開けて私とイーサンは部屋へと入った。私は部屋に入った途端に壁にもたれかかって頭を抱えた。
「はーーーー…」
何だか嫌な感情が胸の中でどんどん駆け巡ってゆく。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ」
そうだよ、イーサンがいるんだ。子供らしいところを見せてしまえば格好がつかない。
私は頬を叩き、気分を入れ替える。
「よし!向こうがその気ならこっちだって作戦がある!」
「作戦?」
「ずばり、アスターのお金全部奪って家出しよう大作戦」
「それ作戦じゃなくて普通に犯罪じゃん」
…まあ細かいことはいいのだ。一応アスターは父代わりではあるし。
「もちろんイーサンも同行で」
「え…」
彼に拒否権はない。なぜなら私の舎弟だから。
「これからの旅で私の商人としての技量を目の当たりにすることになるね」
「いいけど俺のせいにするなよ」
そうと決まれば話は早い。私は隣にあるアスターの部屋に窓から忍び込み、金庫内のお金をすべて奪った。
かなりの金額がそこには入っており、一年は遊んで暮らせるほどのものだった。
自室に戻った私は開いている窓を眺める。外はすっかり暗くなっていて、降る雪の粒が内側からの光によって照らされていた。
私は壁に掛かっている天秤棒にお金を詰めて菅笠を手に取り身に着けた。
「服着てる?」
「大丈夫、これしかないけどこの服暖かいんだ」
「OK、じゃあ行こっか」
私は窓に足を掛け、地面へと飛び降りる。これくらいの高さなら余裕だ。
イーサンも私の後を追って恐る恐る落ちた。辛くも着地できたようだった。
「これからどこ行くかとか決めてるの?」
「……」
私がその質問に対して答え倦ねているとイーサンは呆れた目で私のことを見つめてきた。
「まあいいじゃんか!計画のない旅も!」
イーサンの侮蔑の瞳は変化することはなかったが、何はともあれ前途多難の旅が始まろうとしていた。
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酒場にて
メルが二階に走り去った後の酒場は重い空気に包まれていた。
部屋の沈黙をリーンが破った。
「アスター、いつまでも黙っていることはできない。いずれメルにも話さなければいけなくなる時が来る。そしてあんたも”方針”をもう決めるべきだ。これからどうしていくのか」
「分かっている。分かっているんだ。だが今はまだ、もう少し待っていてくれ」
彼らは彼らの思いを背負いながら今日も酒を飲み、仕事をこなす。まるで何かを思い出すことを拒否するかのように。
その後、アスターが自室にある空の金庫と誰もいないメルの部屋を見てブチギレるのはまた別の話。