電子書籍化記念SS 妊娠狂詩曲
結婚式から大分経った頃、ミリアムの母上が秘密裏にトルード辺境伯邸に訪れた。
「ヴァングラス様、時間を作っていただきありがとうございます」
「いえ、大丈夫です。義母上、今日はいかがしましたか?」
義母上に茶菓子を勧めながら、私は紅茶のカップに口をつけた。
「ヴァングラス様……ミリーですが、妊娠してませんか?」
「ブホッ!ゲホッ、ゴホッ……し、失礼しました」
「いえ、お気になさらず」
(ミ、ミリーが妊娠!?)
いや、思い当たることはもちろん山ほどある。
何と言っても新婚だ。
結婚休暇も終わり、ミリアムがまた女官の仕事を再開したので、一晩の回数こそ減らしているが、ほぼ毎晩そういった営みはある。
ないわけがない。
なぜなら、ミリアムが大変可愛らしいのだ。
潤んだ焦茶色の瞳に、自分の顔が映るのを見ると愛しさが募る。
こんなにも愛しく可愛らしい女性を前にして我慢ができるわけがない。
「ミリーですが、この前一緒にお茶をした時に吐き気があったのです。ヴァングラス様、ミリーはだるそうだったり、眠そうな様子はありませんでしたか?」
だるそう……眠そう……それは思い当たることがあった。
「それに少しふっくらしたように感じまして……」
そう言われてみれば、抱きしめた時の感触に少し柔らかさが増したような?
「確かに。思い当たることがあります。だるそうな様子や眠そうな様子も見られます」
「まあ!では、やっぱり!もう、ミリーってば何ですぐ言わないのかしら」
義母上が目をキラキラ輝かせた。
家令のダウズを見ると、ダウズもキラッキラした顔で頷いた。
「すぐに医者を手配します!」
「ああ、頼む」
私達に子供ができていると思うと、喜びが溢れて抑えられない。
息子のヒューゴの時は私も14歳だったし、戦争の前線に立っていた。
正直それどころではなかったというのが本音だ。
やっと戦争が終わった時には、ヒューゴはもう立って歩いていたし、もちろん可愛いと思ったし愛していたが、父親と言うよりは歳の離れた弟の方がしっくりきたかもしれない。
私はソワソワとミリアムの帰りを待った。
「奥様の馬車が見えました」
私は玄関を出て、馬車留めまで迎えに出た。
「あれ?ヴァン様?」
ミリアムがキョトンと馬車から顔を出した。
私はミリアムを馬車から下ろし、横抱きに抱える。
慣れた様子でミリアムがキュッと私の首に腕を回す。
「ミリー、おかえり」
「ヴァン様、ただいま」
そのままミリアムに口づける。
「こんなところまでどうしたんですか?ヴァン様」
ミリアムがスリスリと私の肩口に頭を擦り寄せる。
可愛いが過ぎる。
「ミリー、正直に言って欲しい。ここに子がいるのかい?」
ミリアムの下腹をそっと撫でた。
気のせいか、少し膨らんでいるような気がする。
「ここにこ?」
ミリアムがコテリと小首を傾げた。
専属侍女のルルとローラも小首を傾げている。
「旦那様!何でいつまでも外にいらっしゃるんですか!?早く奥様を中に入れなくては」
ダウズが慌てて出て来て、ミリアムにショールをかけた。
「そうだね。ミリアム、寒くないかい?」
「ダウズ、ありがとう。ヴァン様、別にそこまで寒くないですよ?ね?ローラ?ルル?」
「はい。そこまで寒くはないですね」
「はい」
ルルとローラが不思議そうに頷いた。
私は2人の寝室のベッドに腰掛け、ミリアムを膝に乗せると下腹を優しく撫でた。
「ヴァン様?本当にどうしたんですか?」
「ミリー、妊娠しているのかい?」
ミリアムの顔が固まった。
そして、ジワジワと赤くなる。
「は?え?はぁ!?妊娠!?何で!?」
「何でってそれはまあ……」
「あ、はい。そうですね。うん……」
私達はいろいろ思い出し赤くなった。
「妊娠してませんよ?」
「え?妊娠してないのかい?」
「はい。月の物もきましたし、妊娠してないです。何で妊娠したなんて思ったんですか?」
ああ、そうだった。
ミリアムのお母上は思い込んだら一直線のお方だった……。
そして、私も嬉しくて一緒に突っ走ってしまった。
「実はミリーのお母上が、この前一緒にお茶をした時ミリーに吐き気があったと」
私は義母上が話したことを伝えた。
「へ?この前の時に吐き気?あ!」
ミリアムがしまったと言う顔をした。
「ミリー?」
私がニッコリ微笑むと、ミリアムが渋々言葉を続けた。
「うぅ……妖精さんから送られたチョコをついつい前日に食べ過ぎてしまいまして。次の日お母様とお茶をしてたら甘い物の匂いに吐き気が……」
「ミリー、ショコラ・ローズの菓子が美味しいのはわかるけどほどほどにしないと」
「はい……反省してます」
素直に謝るミリアムが可愛くてつむじにキスをした。
途端にミリアムはヘニャリと微笑んだ。
「あと、義母上が少しふっくらした気がすると。私もさっき下腹を撫でた時、膨らみを感じたよ?」
「だって、ヴァン様が食べさせてくれると美味しくてついつい食べ過ぎてしまって……」
困ったようにミリアムが眉を八の字にした。
「ミリーは華奢なんだから少しくらい太ったって」
のところでミリアムが扇子をバサリと下から上へあおいだ。
〝不快〜〟
ミリアムは微笑んでいるが目が笑ってない。
「それに最近だるそうだったり、眠そうだったろう?」
私はサッと先程の話題は流した。
「そ、それは!だってヴァン様が!その、なかなか寝かせていただけなくて……」
(あ……)
思い当たることが多すぎる。
「ごめんね、ミリー。どうしても我慢できなくて……」
「いえ!私も……その……」
ミリアムは恥ずかしそうに頬を赤らめ、扇子を右手で開いて人差し指でトトンと叩いた。
〝嬉しいですし〟
ミリアムが私を殺しにかかってる!?
可愛いが過ぎて、私はもう瀕死だ!
私は後ろからギュッとミリアムを抱きしめた。
「明日からちゃんとミリーがゆっくり眠れるようにするから」
「フフ……明日はお休みなので、今日は思う存分仲良ししましょう?」
ハウネスト一家が、赤ちゃん用品を大量に抱えて突撃してくるまてあと24時間!