王太子の婚約者の公爵令嬢に惚れたから俺は女装することにした
コーネリアのお相手、新王太子ドルリチェのお話です。
幼いリチェ視点のお話となります。
彼はなぜ女装していたのか、これを読めば分かります♪
「父上、あの女の子は誰!?」
普段は騎士総団長である父と共にマロガス領にいるのだが、何の気紛れか一週間かかる道のりを四日で馬で駆り、王都にある屋敷で湯浴みと仮眠を軽くだけ取らされて王城に連れて来られた。
急に王城で近衞騎士団長であるヴァングラスと手合わせをしたいと思い立ったとか、何とか……。
父上は直感で動く方だ。
なぜと問うだけ無駄だ。
王族の血は厄介だ。
運命にあった瞬間、それに全てを囚われる。
それは雷に打たれたとも、全身が幸福感で満たされるとも、高い所から落ちたようだとも言う。
運命に出逢ったら最後、どこまでも追い求めることになるのだ。
王弟である父上は剣に、王である伯父上はショコラに、隠居なさったお祖父様はご側室様に出会った時に運命を感じたらしい。
他にもご先祖さんの中には踊り子を追って他国まで行っちゃったとか迷惑な王族やら、そっと盆栽にはまった比較的まともな王族やら、様々なようだ。
ちなみに女性の王族にはそういったことは見られないらしい。
いっそ女王を立てるべきではないかと思ってしまう。
なんて他人事で思っていた俺は、今、幼い少女に出会った瞬間、雷に打たれ、幸福感に包まれ、すこんとどこかに落ちたような気がした。
そう、全てを感じてしまうほど俺はその幼い少女に運命を感じてしまったのだった……。
銀の月の光のような銀糸の髪はサラサラと輝き、極上の紫水晶のような涼やかで澄んだ瞳、唇は淡い桜貝のようで、幼いながらも美しい容姿の少女だった。
俺は目が離せないまま父に聞いた。
「父上、あの女の子は誰!?」
「ん?あれは宰相の娘で名前は…………」
「分かった。大丈夫。自分で聞く」
頭の中身も筋肉と名高い父上が名前を覚えてるわけがない。
俺は急いで少女のところに駆けて行った。
急に近くに来た俺に女の子は不思議そうに小首を傾げた。
肩ほどの銀糸の髪がサラサラと揺れた。
「初めまして、小さなレディ。私は王弟マロガス騎士総団長が息子ドルリチェです。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「お父さま?」
高く澄んだ声。
気づかなかったが、父親であるソルリディア王国の宰相が隣にいた。
こんなに存在感があるのに全く目に入らなかった。
女の子は自身の父親を見上げたが宰相が頷くと、手を離し、俺の方に一歩進み出た。
「初めまして。私は公爵ピアネス・レシャールカ宰相が娘、コーネリアと申します」
そして優雅なカーテシーをとるとニコリと花のように笑った。
すごく可愛い!
「お久しぶりでございます。ドルリチェ様。大きくなられましたね。確かコーネリアの3つ上でしたから、もう7才におなりですか?」
「はい、7歳です。私は宰相様とお会いしたことがございますか?」
「お前が赤ちゃんだった時に会ってるぞ」
いつの間にか父上が隣にきており、その分厚い手のひらでグリグリと頭を撫でた。
「マロガス様、お久しぶりでございます。相変わらずお元気そうですね」
父上はガハハと笑い宰相の肩を叩いた。
「久しいな、ピアネス。兄上によくお仕えしているようだな」
「ええ、本当にソルリディア王家から離れられないでいますよ」
気安い二人のやり取りに首を傾げる。
「こいつは元は俺の側近だったんだ。俺の願いを叶えて、さっさと兄上を王太子に据えてくれた。で、戦に俺が行ってる間に、そのまま兄上の側近になって今は陛下の仕事を丸投げされてる不憫な奴だ」
「全く……誰のせいですか?この国の王族は手が掛かって大変です」
宰相はやれやれと腕を組み顔をしかめた。
「お父さま、お約束の時間は大丈夫ですか?」
コーネリアはチョンチョンと宰相の服を引いた。
「ああ、そうでしたね。それでは失礼いたします」
「待って、その、用事が済んだら一緒に遊ぼうよ」
俺が慌てて引き止めると宰相はちょっと考える顔をするとニヤリと笑って言った。
「娘は今から婚約者である王太子殿下と初顔合わせなのです。今日遊ぶのは難しいでしょう。ですので良かったら明日、我が屋敷へ遊びに来ませんか?」
婚約者!?
ガンと頭を殴られたようなショックを受けた。
王太子であるアルトバルトの婚約者ではコーネリアを手に入れる事は無理だ。
しかし、どうしても諦めきれない俺は宰相の誘いに頷くのだった……。
*****
次の日の午後、俺は父マロガスと共にピアネス宰相の公爵邸を訪れた。
王太子の婚約者だと聞いても、やはりコーネリアに会いたかったのだ。
応接室に通され少し待つとピアネス宰相が来たが、コーネリアの姿はなかった。
「せっかく来て頂いたのに、娘は今お昼寝中で会えず申し訳ありません」
「いや、構わん。御息女はまだ小さいからな」
そうだ、コーネリアはまだ4才なのだ。
大人びた雰囲気の少女だったので失念していた。
俺はあからさまにがっかりした顔をしていたのだろう。
ピアネス宰相は俺をみてクスリと笑った。
「ドルリチェ様も申し訳ありません」
「いえ、タイミングが悪く、こちらこそ申し訳ありません」
ピアネス宰相は向かいのソファに座り、父上ではなく何故か俺を見た。
「ドルリチェ様、ちょうど良いので少し話しましょうか。マロガス様はうちの庭で鍛錬でもしてきますか?」
「そうだな。強い護衛騎士を寄越してくれ。手合わせしたい」
「かしこまりました」
ピアネス宰相は侍女に目配せをすると、侍女は部屋から出て行った。
護衛騎士に声をかけに行ったのだろう。
父上は我が家の如く、さっさと部屋から出て行った。
若かりし頃の様子が目に浮かぶようだ。
応接室に二人きりになるとピアネス宰相は、まるで明日の天気を尋ねるように俺に聞いた。
「王族の血は厄介ですよね。あなたは私の娘コーネリアに運命を感じてしまいましたか?」
俺はピアネス宰相を睨みつけた。
「コーネリア嬢は俺の運命だ」
ピアネス宰相は心底嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「それは光栄です。しかし、残念ながらコーネリアは王太子殿下の婚約者でございます」
「諦めろとおっしゃりたいのでしょう?望んではいけない事は分かっております。ただ、無理なのです。知っているでしょう?王族の血は運命に出会ったら最後、求めずにはいられないのです」
そう、諦める時は俺が死ぬ時ぐらいだ。
「いえ。私はコーネリアを手に入れられるかもしれないほんの小さな希望の話をしようと思っておりますよ」
俺は思わず身を乗り出した。
「良いのか!?」
「まずは話を聞いてから、よくお考えください」
俺はソファに座り直して、お茶をひと口飲み心を落ち着かせた。
ピアネス宰相は俺が落ち着くのを見てから話し始めた。
「ドルリチェ様には王太子教育を受けて頂きます。と言っても、王太子の座を奪えと言っているわけではありません。王太子殿下のスペアになっていただきたいのです。
そして、もしも王太子殿下に何かしらの不都合が起きた場合は王太子となり、国王になって欲しいと思います。その時、コーネリアがあなたを選ぶのであれば、娘との婚姻を認めましょう。
それが、唯一の希望です。
勿論、ドルリチェ様が王太子殿下に妨害行為をした場合はすぐに潰します。コーネリアに気持ちを告げる事も妨害行為とみなします。二度とコーネリアと会わせません。
又、王太子殿下が何事もなくコーネリアと婚姻を結んだ場合も諦めていただきます。はっきり言って殆どない希望と言って良いですが、いかがでしょう?」
「やります」
俺は即答した。
あまりに早い答えに、ピアネス宰相は憐憫の目を向けた。
「ちゃんと理解して答えてますか?」
今、俺を父上と同じ脳筋かと思っただろ!?
要するに俺は無駄になるのが前提の王太子教育を受けて、来るかもわからないもしもの時は王太子になれと。
しかも、気持ちを告げる事もできないのに、コーネリアが俺を選んでくれなければ、なりたくも無い王太子になるだけで彼女と添い遂げることもできず、他の女性を娶らなきゃいけないって事だろ?
コーネリアと婚姻できる可能性は本当に万に一つだろう。
でもゼロではない。
やらない理由がない。
「大丈夫です。全ての努力が水の泡になる可能性が大きい事も、例え王太子になったとしてもコーネリアの気持ち一つで彼女を諦めなくてはならない事もちゃんと理解してます。でも、可能性はゼロではありません。やります」
「言っておいてなんですが、ドルリチェ様はマロガス騎士総団長の後継ぎでしょう。王太子教育と騎士総団長の訓練の両立は無理ですよ」
もしかしたら、ピアネス宰相はその条件を聞いて諦めさせたい気持ちもあったのかもしれない。
「私には弟がいるので後継ぎは問題ありません」
「後継ぎになれなくても良いのですか?」
「構いません」
一つの未練もなくきっぱり答えた。
「こちらからもお願いしたい事があります。王太子教育はこちらの公爵邸でお願いします」
「元より、これは秘密裏にしないと謀反と取られてしまいますのでここでやるつもりです。別邸から通えますよね?」
「住み込みでは駄目でしょうか?」
そうしたらいつでもコーネリアに会える。
俺を選んでもらえる可能性も高くなるかもしれない。
「勿論、却下です。ドルリチェ様が住み込みなど、外聞が悪いですし、何か間違いがあったら困ります」
「でも、通いでだって外聞が悪いのではないですか?」
俺はどうにか住み込みでコーネリアの側にいたくて必死だ。
「ふむ。確かにそうですね……」
ピアネス宰相が顎に指を当て考える。
そして、ニヤリと意地悪く笑った。
「では、ドルリチェ様には女の子になって頂きましょう」
「え?」
「あなたは王都の別邸に預けられているマロガス様と愛人の間にできたご令嬢という設定にしましょう」
「はぁ!?」
いやいや、ご令嬢!?
え!?俺に女装しろと!?
それは嫌だ!!
「ご令嬢の姿で来るのなら王太子教育以外にも自由に公爵邸に来てコーネリアと会っても良いですよ」
「喜んで女の子になります!!」
女装がなんだ!!
男のプライド?
コーネリアの前には、そんなのポイだ!!
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こうしてドルリチェは全てを捨て、コーネリアを手に入れるために走り出しました。
彼の努力も報われて本当に良かったです(^^)
宰相さんはアルトバルトに一抹の不安を抱いていました。
もしもの為に、コーネリアに運命を感じたドルリチェという布石を打ちましたが、いや、打っておいて良かったです…。
この後、ドルリチェはコーネリアの為に必死にお勉強して、彼女との距離も着々と詰めていきました。
間違いなく近年稀に見るまともな王に、良きコーネリアの夫になる事でしょう。
コーネリアの長年の努力はドルリチェによって報われます(^^)