表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森の奥には〇〇が暮らしている  作者: 高崎まさき
2.君との生活
8/49

2-7 疑惑

2-7 疑惑


 口内が乾いて仕方がない。勝手口側ではなくL字型内部の温室を出ればひんやりとした温室内よりかは乾いた空気が全身を包み、背筋にかいた汗を冷やしていった。

 ──エレノアは嘘をついている。

 僕も自分の事情を話していない。だからエレノアが噓をついていようが責める資格なんてない。けれど、この嘘はあまりにも恐ろしい可能性を示していた。

 ──こんな辺鄙なところで薬局をやっている理由の一つなんだけどね。

 まず“一つ”という言い方をしたのはつまり他の理由があるからだ。これは嘘ではないが、他の理由、エレノアの語らない理由が問題だった。

 薬局入口の扉を開ける。今日は昼を食べたら開店のため、もう扉の鍵は夕方の閉店時間まで閉めないことになっていた。誰も来ないが営業時間は決まっていてそこはきちんと管理しているらしい。エレノアを先に通せば手を差し出してくる。ランタンを渡し、僕は扉を半開きにしたままOPENの看板を今度こそひさしの外へ出していく。遠くにこちらは全開にしている門扉が見えた。

 門扉と剣、交互に視線をやる。エレノアが扉を半開きにしたまま廊下に消えたのを確認し、剣の柄部分の金具を回転させ蓋を外せば小さな石がはめ込まれていた。とある事情から入手したかなり高性能な魔除けで、魔力を帯びているものの魔法使いに検知されないようバリアが施されている。太陽光の反射ではない理由で鈍い光が点滅していた。

 腰から外し柄をそっと門扉に向ける。一層輝きが増し、僕は顔を歪ませた。

 あの雨の日もそうだった。全身の冷たさに震えながら見つけた光に近づいた途端、“これ”はたしかに反応した。そして今も、この家で暮らし始めてからずっと反応している。

 魔除けとは、以前エレノアが説明したとおり魔法使いが作成する魔具の一種だ。

 正確には魔物が寄り付かないよう、魔法が込められたお守りで魔法に近い物質だ。そして魔除けには主に二種類の性質が備わっていた。一つは魔除け同士の共鳴。これは互いに魔除けが効果を発動しているかの確認、あるいは冒険者達の遭難防止で組み込まれている。そしてもう一つは魔物との共鳴。つまり魔除けから一定の範囲に魔物が侵入した時に持ち主にそれを知らせるためのものだ。これは魔除けが効力を発揮していても発動する。例えば“魔除けは正常に効力を発揮し、この道には近づかないが半径数十メートル以内には存在している”という合図のように。だからエレノアが言っていたとおり、この森や周辺に魔物が存在しないのは半分は正しい。森の隣にあるオルナ町の門にある魔除けは僕やそこに住む人間が持つ魔除けには反応しているものの、魔物が近づいたと警告としての反応は全くなかった。

 だが、今僕の剣に埋め込まれた魔除けは門扉に、そしてこの家に反応している。エレノアには内緒でそして一切触れさせていない剣に隠された魔除けが。僕が雨の中でこの家を見つけた時もそうだった。剣の光の──魔除けとの共鳴を頼りにこの家を発見した。

 魔物がいない森で。魔物が入れば消滅してしまう場所でエレノアは門扉に強力な魔除けを仕込んでいる。そしてこの森には魔物が住んでいる、そうでなければ可笑しい反応を剣は示していた。魔物との共鳴をずっとこの森に入ってから剣は示している。

 僕はずっとこの森に魔物が住んでいると思っていた。だからエレノアは強力な魔除けを構え、剣は絶えず“魔除けと魔物”どちらとも共鳴反応を示していると考えていた。だが、違うとエレノアは言う。この森に魔物など全く存在しないと。魔除けは必要なく設置していないと。こんなにも剣が反応しているのに!

 恐ろしい妄想が脳内で構築され僕は首を横に振る。剣の柄の魔除けを手早く隠し再び腰に装着した。

「フィンレー! 私、お腹空いたー」

 半開きになった扉から薬局内に視線をやれば天井に設置してあるスピーカーが魔法陣で囲まれ光っていた。間延びした楽しげな声が家の奥から僕へと届く。初めてあの魔法監視カメラが使われている瞬間を見た。エレノアはその感情豊かな表情をころころと変え今も少し空腹から不満気に、それでも微笑んでいるのだろう。

「ごめん! 今行くから!」

 音を外から拾ってもらおうと喉を震わせ慌ててひさしの中へと入る。すると。

 ミシリ、ミシリ。

 ああ、この音が、まさか!

 湿った木の板を無理やり折り曲げるような音。思い返せばこの家で暮らしている中で何度も聞いてきたものだ。始めはエレノアに風呂に入れとせかされた時。直近では配達にエレノアと出かける前の玄関ポーチで。ただの“家鳴り”と呼ばれる現象だと思っていた。枝葉が風に耐える抵抗の響きだと感じていた。古びた家具や床、窓枠が軋んでいるのだと思っていた。思おうと目を背けていた。

 視界が回りそうになり頭を押さえる。縫いつけられたように足が重い。それでも悟られぬように向かわなくては。僕は歯を食いしばり、右足を上げ少し前へと降ろした。

 ──エレノアは嘘をついている。

 楽観的──絆されている自覚はある──に考えれば、おそらくエレノアは僕を害するつもりなんてないのだろう。僕がこの家を訪ねた時に漏らした冗談のように“人を喰らう邪悪な御伽噺に出てくるような魔法使い”ならとっくに命を奪われているだろう。だからエレノアは本気で一カ月僕をここに住まわせ、事情の詮索をしないながらも彼女なりの憶測と気遣いで僕に賃金を支払おうとしている。それは悪意ではなくお節介の極みだが善意だ。けれど。

 ──エレノアは嘘をついている。この森に魔物は、存在する。正確には。

 森の中にあるこの家には魔物が住んでいる。

 魔力で満たされ普通なら消滅するはずの魔物が。何故か消滅もせず、エレノアの家に留まり続けている魔物とは思えない個体が。そしてエレノアは何らかの事情で隠しているのだ。オルナ町の住民にも、僕にも。だから彼女は連絡手段を郵便と電話のみにして森への立ち入りを禁じている。魔物と暮らすために森で暮らしているのだ。

 無理だ。魔物がいるはずがない。だってこの森にいる以上、消滅してしまうんだから。

 いいや、魔物は確実にこの家に住んでいる。だって魔除けの反応を見て、音を聞いただろう。恐ろしい獣が獲物を狙う足音のような軋みを。

 どちらも真実だった。矛盾する真実を僕は抱え、エレノアは嘘で覆い隠している。

 たしかにエレノアが言うとおりこの森には魔力が満ちていて、魔物が消滅してしまうため基本的にはいないのだろう。そうじゃなければ魔除けが存在しない森の道は危険極まりないし、アイネの実が育つ程の魔力が実際にあるのを僕は毎日目撃している。だからこの部分に関してエレノアは嘘をついていない。ということはエレノアが魔除けに特化した器の魔法使いである、つまり彼女が自らの器の魔法について噓をついている可能性も低いと僕は小さく頷いた。

 けれど、アイネの実や魔除けの無い道と同じように“物的証拠”として僕の魔除けは、門扉にも“この森にいないはずの魔物”にも反応している。つまりエレノアは門扉の魔除けといるはずのない魔物について何故か嘘をついている。魔除けはあり、魔物も存在する。

 矛盾はそこだった。魔物は確かに存在するがこの森に、そして家に存在できるわけないのだ──!

「フィンレー。どうしたのー。パスタだけ先に茹でとこうか」

 思考の濁流に飲まれ黒く染まりかけた視界に色彩が戻る。悪意を感じさせない声に少しだけ不満の色が滲んでいた。

 こっちが真剣に恐怖しているのに何だよ、もう。

 何だか呆れてしまい息を吐くとドッと鎧が重くのしかかる。脱力した身体が急に生命活動を始めたように冷え切っていた指先に温かくなっていった。

 僕は手を握り、そして開いた。風が吹いて僕の頬を撫で木々が揺れている。いずれにせよ、僕には成し遂げなければならない事情と任務があり、そのためにはここで働かなければならない。矛盾が解けなくともミシリと音を立て、姿なく僕を監視する魔物と同居しなければならないのだ。

「ごめん、栗鼠がいてさぁ」

 薬局内へ大股開きで進んで行こうとする。この家に住まう魔物の件は僕の任務遂行のため、正体を探るべきか、それともこのまま放っておくか考えなければならない。

 不意に突風が吹き思わず顔を顰める。ギイギイと軋む音がした方へと身体ごと向き、視界に飛び込んできたものに僕は頭からつま先まで電流が走ったような衝撃を受けた。

 先程までエレノアといた温室だった。この二週間で何度も足を運んだ、そして僕がここに辿り着いた理由として嘘をついた──

「アイネの実だ……」

 ──アイネの実……魔力が満ちた肥沃な土地でしか咲かない希少なアイネの花が咲いた時におしべとめしべの間にできる輝く鉱石のような実。実というよりもその質感、輝きはどちらかといえばダイヤモンドに近く、更にダイヤモンドよりも価値がある。大きな……赤ん坊の頭くらいの大きさでかつ純度の高いアイネの実は魔除けではなく、魔物そのものを封じる力を持つからね。最近じゃこれは迷信だと言われているけど。

 魔物そのものを封じる力。エレノアは自身で答えを既に述べていた。何故、迷信じゃないと知っていたのか。魔物が入れば消滅してしまう森の中で、魔物を存在させる方法。つまり魔物を魔法の届かない場所に閉まっておけばいい。封じてしまえばいいのだ。

 汗ばんだ首筋を冷やすように一転して穏やかになった風が僕に纏わりつく。魔除けとは魔物を特定の場所に近づけさせないもの。逆を返せば魔除けで魔物を覆ってしまえば、“檻”から魔物は出ることができない。更にそのものを封じてしまえば完璧だ。魔物が存在できない森の中で、魔物を存在させるためにエレノアは魔除けを檻として門扉に作りそしてアイネの実を使ったのだ。

 同時にエレノアのもう一つの嘘が明らかになる。

 エレノアは少なくとも一度はアイネの実の育成に成功している。それも魔物を封印できるほどの、一攫千金が夢で終わらないほどのものをだ。

 辺鄙な森の奥でエレノアが暮らしている理由。僕の事情と任務の行方。やりきれない感情を持て余しながらも決断の時は確実に迫っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ