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森の奥には〇〇が暮らしている  作者: 高崎まさき
2.君との生活
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2-3 同居生活の日常

2-3 同居生活の日常


 L字型の建物の内側と、それからリビングダイニングの勝手口から薬局入口まで続く石畳を挟んで向こう側に温室がある。そして内側には温室の隣に剥き出しの畑もあった。左から温室、石畳の道、エレノア魔法薬局、温室と畑……というような感じだ。畑は自分で食べる野菜を育てていて、僕がここに滞在してから口に入れた野菜の何割かは庭産だったりする。

 薬局と居住スペースを分かつ扉の前が三和土となっていてそこで靴を履き、薬局の入口からそのまま出る。鍵を開けっ放しにするのは配達が終わって帰って来てからだ。ひさしがあるのにも関わらず少しだけ眩しく、目を細めた。軽い疲労感はあるが、肺の中に少し冷たい空気が溜まっていき清々しい。今日も快晴。ここに辿り着いた日の天気が嘘のようだ。後の作業をやりやすくするために玄関口にしまわれていた立て看板を裏側にして玄関ポーチの外、周囲の明るさで勝手に点灯するようになっているライトの下に出す。表側には丁寧にやすりがけされた板に「エレノア魔法薬局OPEN中」と少し癖のある字が彫られていた。あの雨の日はこのライトと看板が救いの光に見えたものだ。この薬局に“直接来る客は基本的にはいない”んだけど、看板は出しているし、今出てきた家の薬局部分にはカウンター、レジ、カルテ保管倉庫、陳列棚と如何にもな薬局に必要な家具やら何やらがちゃんと揃っていた。普段は監視魔法カメラを使ってリビングダイニング、もしくは研究室から薬局内の様子を一応チェックはしているらしい。一度もモニターを確認しているの見たことないけど。

 目を凝らせば文字の部分の青い塗料が少し剥げかかっていて、後で塗り直しを提案しようとこっそり心に留めておくことにした。薬局入口から真っ直ぐに芝生の上にアプローチが伸びていて、門扉まで続いていた。ちなみにアプローチは石畳でできていて、ポーチの前で勝手口の方へと枝分かれしている。そして両開きの金属製の門扉から樹脂木材で作られた格子型の柵がずっと温室や煉瓦造りの家を囲っていて、それがエレノアの所有する敷地の全てだった。

 勝手口とは逆の左に歩き畑へと進む。L字型の端を曲がれば一層土の匂いが濃くなって眼前に畑が広がった。

 家の壁に立てかけられた円盤を手に取る。裏側についているタンクを取り外し、隅にある水栓柱の蛇口を捻り繋げられたホースの先端をタンクに入れた。水が溜まっていき持つのが難しくなったので、地面に固定しホースを支える。そうして満タンになった後ジャムの瓶の蓋を閉めるように円盤を回転させ、起動スイッチを入れる。円盤に幾何学模様の光が走りそのまま宙に浮き畑の上空へと飛び立っていった。

 シャワーヘッドのようなノズルが三つ円盤から飛び出す。そしてそこから水が雨のように放出された。

「便利だよなぁ……」

 不意に言葉が唇から漏れていく。遠い昔は如雨露や柄杓と桶、それから僕も使ったホースで全ての水やりを行なっていたというのだから驚きだ。魔法工学、魔法科学が発展し円盤型放水機械が開発されてくれて良かったと、唐突に文明の進化に思いを馳せていた時だった。

 隣の温室が青白く光り輝く。エレノアの薬草に対する魔力注入が行なわれているのだった。

 ボウ、と厚い金属を叩いたような音が微かであるが響き渡り数分淡く光を放っていたと思う。ふとエレノアがこんな森の奥に住んでいる理由の一つはこの温室への作業のためなのではと考えが過ぎった。小さい音ではあるけれど町中でやれば騒音問題にはなる程度のものだろう。温室が森の中で光り輝く光景は何度見ても綺麗だと感服するが、毎朝町中で光り輝けば周囲からどう思われるかも容易に想像ができる。

 エレノアの退屈そうな顔が、苦手なホラー小説を読んでまで時間を潰す姿が想像できてしまう。胸の奥がチクリと痛んだ。

 やがてパチ、パチと東洋の線香花火のように瞬いて、ゆっくりと光は消えていった。数分経って円盤型放水機械の稼働も終わり、ゆっくりと地面へと着地していく。

「これで後は……」

「今日は今からすぐ配達に町まで行くわよ。それからフクメ草の手入れをして、アイネの実の様子を見に行きましょうか」

「うわっ」

 素っ頓狂な声を上げ肩をびくつかせれば隣から小さな溜め息が聞こえた。

「何驚いているのよ、フィンレー」

「だってちょっと前まで魔力注入を行なっていたんじゃないの、エレノア」

「制御室から此処まですぐでしょう。あなたボーっとしてたんじゃないの」

 背中を軽く叩かれる。特殊な薄いプレートで構成された鎧がガチャガチャと耳障りな音を立てた。たしかにボーっとはしていた。主にエレノアの寂しげな表情を想像して。当然そうとは告げられず、僕は照れ臭そうに頭を掻く演技をするしかなかった。

「もう一度、休む?」

「冗談を。体力が有り余っているくらい元気になったよ」

「まあ、本当に大丈夫だと判断したから働かせているんだけど。今の状態の魔力異常なら多少動いた方が良いし……ほら行くわよ」

「はいはい」

「はいは一回でいい! 体力が有り余ってるなら、たっぷりこき使ってやるんだから!」

「了解しました。店長」

 恭しくお辞儀をすればエレノアが眉間に皺を寄せる。今度は脇腹からコツンと音がして僕はその小さい背を追いかけるのだった。


◇◇◇


「胃腸薬三日分が三件、頓服頭痛薬十錠が五件……疲労倦怠感への薬湯の素が一週間分が二件に二週間分処方が……」

「待ってエレノア。一週間分が三件?」

「二件よ。それから解熱剤と食欲不振に効くのが」

 待ってくれ、と叫ぶ間もなくエレノアは処方箋をすらすらと読み上げていく。僕はまごつきながらも机の上の紙袋に書かれた文字を確認し、籠へと移し替えていっていた。

「最後は冷えに効く薬湯の素と整腸剤を十日分ずつ……ちゃんと用意できてた?」

「な、何とか」

「何とか?」

「とにかくちゃんとお客さんの要望どおりに揃ってたよ」

 訝しむような視線をエレノアは僕に向け、溜め息をついた。

「……本当に?」

「本当だよ、エレノア」

「あなた、そういうところで嘘をつく人じゃないもんね」

 処方箋をカウンター奥の戸棚へしまい、隣のショルダーバッグを掴む。そして薬局とエレノアの居住スペースを繋ぐ扉に鍵をかけた。

「それじゃあ、今日も行きましょうか」

 僕は頷き籠の持ち手に腕を通す。手甲をしていて良かったと思えるほどの重さが腕へとのしかかった。

「エレノア。これ僕がいなかった時は一人で運んでいたの?」

「そうよ。結構大変でしょう?」

「結構なんてものじゃないよ。重労働じゃないか」

 性差別だと言われれば素直に謝罪をするが、本当にほぼ毎日女性の細い腕にこれがのしかかっていたとは思えない。男性の、しかも筋肉質な者でなければ困り果ててしまうような重さだった。

「毎回思うけど、これ本当に全部植物を煎じて魔法で加工しただけの薬なんだよね? 僕が飲んでいる栄養補助薬も」

「当たり前じゃない。植物由来の魔法薬と一部のハーブティーだけよ。ライセンス、それしか取ってないもの」

「違法性は疑ってないよ。重さのこと!」

「代わろうか?」

「いや。ここにいる間は僕がやるって決めたんだ」

 木の蔓で編まれた古風な籠は僕が思っているよりも丈夫らしい。軋むことすらなくこの重量を支え僕の腕を苦しめていた。

 エレノアが薬局入口の扉を開け、僕が外に出る。相も変わらず澄んだ空気を肺に溜め込んでいれば背後から鍵を閉める音と同時に何かがミシリと軋む音がした。

 おや、と僕は首を傾げる。古風な籠はピンピンしていて、そして玄関ポーチも石造りだ。軋むとしたら僕の腕の骨だが生憎とそこまで軟ではない。では、木が軋むような音は何処からと考えを巡らせようとした時だった。

「ほら、行くわよ」

 エレノアがすたすたと茶色の靴底を石畳にぶつけていく。コツ、コツ、と乾いた音が小気味よく鼓膜に吸い込まれていた。

「わかった」

 たしかに空耳ではなくミシリと湿った木を無理やりへし折ろうとするようなそんな響きがした。

「エレノア」

「なあに」

「失礼なこと聞くけど……玄関の建付け、悪くなってない?」

「え。何で?」

「ドアの付け根から変な音がした気がして」

 不思議そうな顔をしながらも振り返ったエレノアが僕を追い抜いて玄関の鍵を開ける。扉を一回開け、閉める。もう一回開けて、更に閉める。──異音は何一つしなかった。

「しない……んじゃないかなぁ」

「じゃあライト……は変な音が出るわけないか」

 困ったように眉を下げられては仕方がない。僕は気のせいだと謝罪し、籠の持ち手を少し肘の方へずらす。共に並んで石畳を歩き、門扉を潜ってエレノアがここにも鍵をかけるのを目で追った。

 気のせいだったのか。でも。

 もやもやとした違和感が胸の中で育っていく。扉の建付けに問題がないのであれば尚更何処からあの音はしたのだろう。空耳ではなくたしかに僕の耳に届いたのだ。それに。

「何処かで聞いた気がするんだよな」

「何か言った?」

 「独り言」と返せばエレノアは詮索を止め、真っ直ぐに森の中へと進んで行く。追いかける前に振り返ればすっかり見慣れたエレノア魔法薬局がそこにはあった。

「そもそも煉瓦なんだ」

 木々の騒めきに掻き消されるほどの声で呟く。エレノアの自宅兼薬局の外壁は煉瓦造りだ。淡いオレンジ色を基調とした煉瓦は例えば雲母のような含有鉱物の関係で光の当たり方によっては少しだけきらきらしているように見える。煉瓦は飾りのようなもので実際内部はセメントなのかもしれないが、とにかく木製ではない。そして家の中の窓枠は木製だったが、今は関係ない。扉も木製ではなく金属製の板に摺り硝子がはめ込まれている。一応確認とドアの建付けの不調を訴えたが、そもそも木が軋むはずがないのだ。

 歩きながら指を米神に当てる。目を細め数秒、隣の同居人に悟られないよう思案した。

 ──気のせいに違いない。

 ふう、と息を吐く。結局僕は気のせいだと、この問題を処理することにした。何処かで聞いたことがあるのはおそらく、以前訪れた木製の小屋で嵐を凌いだ時の音。あるいはエレノアの家の内側の窓枠や家具からだろう。だから今の異音は周囲の枝葉を揺らすほど風が吹いていて、その枝が折れぬよう耐える音を家から聞こえたものと思い込んだに違いない。

 納得してしまえば、安心したようで強張っていた筋肉から余計な力が抜ける。重く感じていた籠も足取りも軽くなった気がして、僕は苦笑いを浮かべた。

「楽しいことでもあったの?」

「何で」

「思い出し笑いしているから」

「朝のホラー小説で睡眠不足のエレノアを思い出していた」

「籠の他に私も背負わせるわよ」

 エレノアが籠を下げた方の腕を掴もうとしてきたので僕は避け、小走りで真っ直ぐ目的地へと駆けて行った。

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