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森の奥には〇〇が暮らしている  作者: 高崎まさき
1.雨降る夜に
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1-1 森の奥で君と出会った

1-1森の奥で君と出会った


 天秤の片方にゆっくりと粉末を乗せていく。分銅を乗せた側の底がテーブルについたままで私は溜め息をついた。

 雨粒が窓硝子を殴りつける。眉を顰めながらそちらを見れば木製の窓枠が軋み音を立てていた。雨季は半年前に終わったというのに。

 桶をひっくり返したような雨が森を覆い、霧が立ち込める。淀んだ灰色で塗りつぶされた窓枠の外の世界に溜め息をつきながら私は両端に結わかれたカーテンを解き中央に寄せた。まだ昼過ぎだというのに闇の中のように何も見えない。家を挟むように建てた温室も、先程慌てて添え木と覆いを被せた小さな畑も。もうすぐ収穫時期を迎える根野菜がどうか埋まったままでありますように。葉野菜は収穫して正解だった。

 硝子越しの冷気に身震いをすれば甲高い悲鳴のような音が背後からして振り返る。火をかけていた薬缶に近づき陶器のポットに中身をそっと注いでいく。予め茶漉しに入れておいた茶葉が広がり琥珀色が湯に溶ける。更にそこに先程まで測っていた粉末を溶かす。少し足りなかったがそれでもハーブティー独特の匂いが鼻腔を擽った。

「温かい……」

 椅子を引き、小さなダイニングテーブルにカップとソーサーを並べる。久々の大雨で冷えるだろう。そう思い立ち腹の中から温まる薬草をブレンドしたものだった。……問題は匂いよりも苦みがずっと舌の上に残る味なのだけれど。カップをソーサーに置き、茶請けの菓子を、と腰を上げ棚に閉まった缶を持てば妙に軽い感触に瞬きをする。雨が止んだら買い出しに町に出なくては。応急措置として蜂蜜で誤魔化そうと瓶の蓋に手をかけた時だった。

 コツン、コツン。ぴしゃん、ぴしゃん。

 何か固いものが、石畳を叩く音が、水面を叩く音がしたような気がする。こんな雨音に支配された世界で? そんな馬鹿な、でも。手を止め、そっと椅子に再び腰掛け聞き耳を立てる。

 コツン、コツン。ぴしゃん、ぴしゃん。

 もはや気のせいではなかった。雨音の大合唱の中で確かに別の“何か”の音が響いている。そして確実に音は大きくなっていた。

 雨音と煉瓦作りの壁を越え響く異音は、その者がここへ近づいてきていることを示していた。私の庭の石畳をゆっくりと進んでいる。

 私は息を潜めながら、そっとポットの側面に触れる。火傷しそうな程の熱を保っていた。これと薬缶の残りで“これから必要になる分”は足りているだろう。

 コツン、コツン……。

 一度音が遠ざかっていく。石畳から降り、濡れた土の上を歩いているのかもしれない。そして十数分後再び。

 ぴしゃん、ぴしゃん。コツン……コツン。

 ゆっくりと石畳に戻ってきて、そして続いた音がようやく閉め切ったカーテンの向こうで“何か”が止まる。私は立ち上がり、勝手口に行き、深呼吸をした。

 準備はしたが慣れないのだ。こういう事態には、何度経験しても。

 案の定来客を告げるベルが響く。意を決して勝手口の扉をグッと押せば灰色の闇とオレンジの明かりが混ざり震え上がるような冷気が足を撫でていった。

「いらっしゃいませ。エレノア魔法薬局へ。こっちは勝手口になりますけど……その様子だとお客様じゃない? もしかして森で迷いました? 良ければ……温かいハーブティーでも飲みながら雨宿りしていきます? あ、お代は取りませんよ」

 扉の向こうにいた存在に一瞬たじろぎながらも、私はできるだけ笑顔を作る。

 見上げた先に、びしょ濡れの、大柄な男がそこにはいた。

 傘を始めたとした雨具は当然使用していない。ショウミ草の葉の色のような肩までの髪が水を含んで頬に張りついて、全身を覆う鎧の白く磨かれた表面を水滴が幾つも流れていた。

 頭一つ分以上高い位置にある顔は仮面のように無表情で青白い。その癖こんなにも寒いのに震えもせずにただ私の前に佇んでいる。

 灰色の世界の中で瑠璃色の瞳だけが爛々と輝き、私をじっと見降ろしていた。

「……そのとおり。道に迷いました」

 厚めの唇がゆっくりと開く。

「おまけにこんな雨で困り果てているところに……薄らと明かりが」

「とにかく入ってください。タオル持ってきますので、それからこの椅子に座ってて」

「すみません」

「ショウミ草のハーブティーで大丈夫ですか? 今、自分の分を淹れていたのでそれならすぐ用意できますよ」

 バタバタとスリッパの音を立ててリビングダイニングに男を残し、私は廊下へと出た。洗面所からタオルを掴み、まずは彼に手渡そうと戻る。

 湯が必要だという予感は当たっていた。タオルを渡した彼が「癖のある味は好きです」と答えたのを聞いて私は息をつきながら今度は自然に微笑んだのだった。


 それがフィンレーと私の出会いだった。


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