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カナンの備忘録  作者: 久我義一
第一章 『難民居住地』
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第三話『議論』

 この世界では五才と十才、そして十五才が歳の大きな節目となる。


 幼児の死亡率が高いのはこの世界も同じで、大抵五才が生き死にの大きな分かれ目といわれている。そのため五才を迎えた子供は家族から祝われるそうだ。自分は祝われた事などないが。


 十五才は成人の歳といわれている。一人の大人として扱われるようになる歳で、煙草や結婚などが解禁される。


 そして十才。この世界の人間は大抵十才以降、ある力に目覚めていく。


「おお、炎だ」

「――くっ、ど、どうだ。俺も、ようやく、一人前だ」


 苦し気に息を吐くイザクの掲げた掌には、確かに灯る小さな炎が燃えていた。


「熱くないの?」

「ない、けど、――あっ」


 ふと炎が消え、辺りは元の薄暗さを取り戻す。遠くで漏れ出る光がなければ、カナンとイザクの姿は全く見えなくなっていただろう。


「たはーっ、集中しないと消えちゃうんだよ。ジャリドは結構な間、灯せてたのに」

「訓練しないといけないね。今のままじゃ薪に火を付けることも出来なさそうだ」


 人は四属性の内の一つを持って生まれてくるという。

 四属性とは、火、水、土、空。

 十才以上になった子供は自らの属性を扱えるようになり、各々にあった形で能力が発現するという。


 通称ギア。


 ギアの四属性は宗教でも語られており、アーセディア教でもサンサラーム教でも内容がほとんど変わらないらしい。


 火の属性は文字通り炎を生み出す力で、熱や光の形で発現する人もいるらしい。


 水の属性は流体全般を操り、飲み水に重宝したりする。


 土の属性は土や金属、らしい。周辺で土の属性を持っている人はいるが、有用に使っている人は見たことがない。


 空の属性は大気全般。空気や風などを動かす力で、早く走ったり高く跳躍する人もいる。


 こんな能力が世界の常識と語られている事実だけで、自分は異世界に転生したと確信した。少なくとも元居た世界に、こんなトンデモ能力持ちはいなかった。


 しかしそうなると、生まれながらの能力持ちで四属性に当てはまらない自分はいったい何者なのかという疑問が沸き上がるが、今のところは転生者だからで疑問を片づけていた。暇が出来るような身分になれば調べてみてもいいかもしれない。


「訓練か―。毎日炎を出してたら、もっとでかくなるかな?」

「多分……。イザクのお父さんは何か言ってた?」

「……剣か槍の技術を磨けって」


 イザクの父はハサム師の護衛を兼ねている。ギアより武器の技術を磨いて護衛の跡を継がせたいのだろう。


「そもそも周りの大人ってギアをあんまり使わないんだよなー。使っても着火剤代わりや飲み水用だし。使いこなせれば、もっと凄いことに使えると思うのにさー」

「凄いことって、どんな事?」

「炎を飛ばして敵を倒す、とか」


 狙い撃ちするかのように手を掲げるイザク。


 この隔離居住地はハサム師が強い影響力を発揮しているおかげで、ある程度の秩序が保たれている。それでもいざこざは起こるもので、何度が殺し合い未満の喧嘩を見たことがある。

 その時にギアの発現を見たことがあるが、イザクの言うような炎を飛ばして攻撃、等は見たことがない。

 不格好に手に纏わせて殴るような、石斧以下の使い方をしていた。


「多分、手から離してギアを扱うっていうのは大人でも難しいんじゃないかな。皆、腕をまくって薪に手を突っ込んで火を点けてるし」

「やっぱりそうか……。無理なのかなぁ……」


 沈んだ声を出し、分かりやすく落ち込むイザク。

 少し不憫に思うのと同時、少し前から試したかった事を実践する良い機会ではないかといった思惑から否定の声を出す。


「いや、難しいだけで出来るとは思うよ」

「本当かカナン!?」


 その声に立ち上がるイザク。期待に上擦る彼に対し、同じように立ち上がる。


「多分ね。掌に火を灯す人もいれば、指先だけで灯す人、手を全体覆う人もいるんだし。火を飛ばすことだって出来るはずさ」


 イザクの手を握る。先ほどと同じように掌を上にして、目線の高さまで掲げさせた。


「重要なのは想像力さ。火は自分の体からじゃなく、手から滲み出る見えない油から出ていると思うんだ」

「見えない油?」


 自分が能力を発動する際、重視しているのはイメージだ。新しいことが出来るようになる時、そこには常に明確なイメージが伴っていた。

 相手に思い出させる能力のイメージは一体感。自分と相手の境界を思考の中で曖昧にし、自分は相手、相手は自分と思い込む。

 思い出させるのではない。自分(相手)が思い出す。

 度重なる実験と訓練で、今では息をするように能力を行使できるようになった。


 それじゃあ新しい実験と行こうか。

 ――さあ、『思い出そう』。


「そう、見えない油。見えない油は決して垂れない。ぐつぐつ煮立った鍋のように、空へと向かう霧になる」


 ――イメージするのは五センチほどのシャボン玉。掌からゆっくりと立ち昇る。

「――え、あ、あれ?な、何か見えたような……」


 ――シャボン玉はゆっくり膨らみ、やがて掌から切り離される。

「そう、その霧は丸い葡萄みたいに留まって、少し上を漂っている」


 ――シャボン玉はふわふわと、目線の上まで上がり浮かび続ける。

「ぶ、葡萄?葡萄っていうより、何かキラキラしたものが……」


 ――さあ、シャボン玉に、風船に針を突き刺すように。

「そりゃそうさ、油だからね。さあ、油の霧に、火を点けよう」


 ――火のギアを、発現しよう。

「火を……点ける……」


イザクが目線に力を込めた瞬間。


ボッ!


「わっ!」


 驚いたイザクが尻もちをつく。自分も眼前に迫った炎の眩しさに目を押さえる。

 一瞬の静寂の後、イザクと思わず目を合わせた。


「……今、できた?」

「できたね」


 一瞬だったが、確かに火は手から離れたところに発現した。

 それどころか先ほどの火種みたいな火と違い、掌から溢れるほどの大きさの炎が出現していた。


「――すっげえじゃん!え、今、手から離れて、でっかい炎が!」


 発現した能力の規模にはしゃぐイザク。それに対し凄いと賛辞する。


「凄いよイザク。今の炎は大人並みだったんじゃないか?」

「そうだよな、そうだよな?今の、――え。いや、でもさ」


 と、急に歯切れが悪くなり、疑念の顔でこちらを見る。


「も、もしかして、今のって、カナンのギアか?」


 それに対し、屈託のない笑顔を見せ返答する。


「そんな訳ないじゃない。ギアは想像力が大事だって、噂で聞いたことがあるから。それを試してみただけだよ」


 そんな風に笑って誤魔化した。




 当初なんとなく使用していた『思い出す』能力だが、身動きが満足に取れない幼児期は言語の習得と能力の検証に時間を費やしていた。


 当初判明した能力の効果は、思い出そうとした事柄に関連した記憶が複数想起され、集中すればさらに詳細な記憶思い出せるといったものだった。しかも聴覚や視覚、感覚や味覚までもが思い出せ、それこそ前世の0才ぐらいの記憶でも思い出せた。

 ただ当時の感覚器を基に記憶しているらしく、視界も聴覚もぼやけて何を見ていたのかはあやふやだったが。


 その後、物心つく歳になってからは能力のさらなる詳細や効果範囲の検証や訓練を行ってきた。とりあえずは能力が他者に活用できるか、の検証からだ。

 当初は上手くいかなかったものの、何度もイメージを練って『思い出す』ギアを行うことにより、他者に記憶を思い出だせる事が出来るようになった。

 とはいっても効果を発揮する為には相手に接触しなければならない。遠隔で思い出させるイメージが思い浮かばないこともあって発動条件の改良は難しそうだ。とりあえず服越しぐらいなら問題なく発動できるので、効果の有用な使い方を模索することにした。


 今分かっている範囲では、他者に能力で思い出させる際は自分の体験を他者に追体験させるような使い方ができる。

 主に按摩の時に使用しているが、自分が過去に体験したマッサージのようなリラクゼーション体験を相手に疑似的に体験させたり等をしている。

 逆に相手の記憶を思い出させる使い方も出来るが、どちらも思い出させる記憶を自分が追体験する副次効果が発生するようだ。

 どうにも強制的に思い出されるらしく、これは本来の使い方とは違う使い方をした副作用ではないかと考えている。


 それで先ほどイザクにも『思い出す』ギアを使用したわけだが、これは自分の記憶を相手が『思い出す』やり方で発動した。能力発動のイメージをイザクに植え付け、発火能力の遠隔発動や威力強化の後押しになると期待したためだ。


 かつて自分のギアは訓練やイメージで効果範囲を拡大させた。自分の実体験から、『思い出す』ギアは相手のギア発動訓練の一助になるのではないかと考えた。

 もしそれが実現できたなら、自分がこの貧困生活を脱するための第一歩となる。


 この良く分からない世界に転生した理由は未だに分からないが、少なくとも今の惨めな境遇を甘んじて受け入れるつもりはない。

 絶対に成り上がる。その決意で、今はカナンと呼ばれる自分は隔離居住地で藻掻いているのだから。


「そりゃあ、僕ももうすぐ十歳だからギアに目覚める日は近いかもしれないけど、他の人のギアを如何こうする属性なんて聞いたことないよ」

「でもなあ……」


 疑念を抱いた顔でこちらを見るイザク。それでも四属性を信じるなら、火水土空に当てはまらない事象はギアではないはずなので確証は持てないのだろう。


 ただ実際のところ、四属性説は怪しいと思っている。かつて古代ギリシャで万物の元素が四元素で構成されているという概念が提唱されていたが、転生前の世界では原子論を経て素粒子論へと発展していった。

 同じように四属性説も未熟な理論で、世の中にはまだ様々な原理や法則に基づいた能力が存在している可能性がある。自分のギアもそうした未発見の能力の一つかもしれない。


 ただそんな突拍子もない話をイザクにするつもりはなく、ひたすら笑って誤魔化すだけなのだが。と、誤魔化すついでに朝の件を思い出す。


「ああ、そうだ。そういえばジャリドが言っていた壁の中の仕事って何だったの?」

「うっ」


 イザクが呻いてばつが悪い顔をする。どうやらその話題に触れてほしくなかったようだ。


「確か行商がどうとかって言っていたけど、荷運びか何かの仕事?」

「いや、それがさ……」


 非常に言い辛そうにイザクが、こちらの耳元に口を寄せてきた。


「行商が仕入れた積み荷を盗むって言ってるんだ」


 ……何かの聞き間違いだろうか?盗み?


 本気かとイザクを見ると慌てた様子で顔を横に振った。


「もちろん俺は断ったし止めたさ!ハサム師が普段からあれだけ言い含めている戒律を孫が破るなんて、親父の名に懸けても見過ごせない!」


 イザクはそう言うが、そもそもジャリドが犯罪を示唆するなど重大な問題発言だ。

 ハルパの街が難民を置いているのは、ハサム師が統率を発揮し、犯罪を起こさせない清廉さを徹底させている事が前提だ。その上で打算も含まれているかもしれないが、温情も確かにあって外壁越しだが街に置かせてもらっている。


 そんなハサム師の孫が罪を犯したとなれば、成功するにしろ失敗するにしろ大問題になる。

 成功すれば治安悪化で行商の立ち入りが少なくなり、街の人の悪感情が高まるかもしれない。行商が領主に被害を訴え、やがて難民の排斥に繋がっていく事も考えられる。

 失敗すれば難民に慕われるハサム師の孫が処断される事実が残り、難民の中で今は抑えられている街への悪感情が発露していく。ハサム師は率いる難民と街への配慮に板挟みになり、その軋轢から統率は失われていき市民と難民の諍いに発展していく最悪のシナリオもありうる。


 イザクの、ジャリドもそこまで馬鹿じゃない発言は何だったのか。ジト目でイザクを見やる。


「本当にジャリドを止められたんだよね?領主の私兵に追われて森の中に逃げ込むような事態になるのは嫌だよ?」

「……分かってもらえた、……とは思う。いや、……明日また言ってみるよ……」


 あんまり話は聞き入れてもらえなかったらしい。ため息を吐きそうになるのを何とか堪える。

 ハサム師は孫が馬鹿げた行いをしようとしているのを察知しているのか。


「何ならイザクのお父さん経由でハサム師に伝えたほうが良いかもしれないよ。僕らの手には余る」

「……考えてみる」


 居住地の中央部、ハサム師がいるひと際大きなテントを見る。中では話し合いが行われているのか、僅かな明かりが漏れていた。




――――




「このまま、この地に骨を埋める気か!!」


 床に拳を叩きつけ、意気軒昂に怒鳴る声が響き渡る。

 相対しているのはテントの主、十人近くの側近を両側に控えさせ座るハサム師と呼ばれる老人だ。彼は豊かに蓄えた髭をなぞり、宥めるように声の主に語り掛けた。


「カンドよ、毛頭そのようなことは思っておらぬ。いずれは故郷の地へと仲間たちを連れ、帰るつもりだとも」

「帰るつもり!?現状を見ろよ!帰るどころか十年も他国で虐げられ、蔑まれ、奪われて!仲間たちの数は減る一方じゃないか!」


 カンドは周囲に訴えかける。前にいるハサムの信奉者だけではなく、自分の支持者である背後の数名にも語り掛けるように。


「俺たちはもう惨めな暮らしは真っ平なんだよ!壁の中の奴らを見てみろ!充分な薪と食料!野獣の脅威がない安全な環境でぬくぬくと過ごして、不自由ない生活をしていやがる!

 対して俺たちはどうだ!?粗末な小屋に住んで、少ない食べ物を分け合ってひもじい思いをして!この冬を越せない奴らだって何人も出るだろう!

 そんな境遇でも木を伐り、地を拓き、灌漑も鉱石の荷運びもやって俺たちは街に貢献してきた!そろそろ考える時が来たんじゃないか!?」


「……儂らを壁の中に入れるよう要求すると?」

「そうとも!皆で訴えかければ、領主も譲歩せざるを得まい!」


 拳を掲げ演劇の主役のように、断固とした決意で口にする。


 ハサムを始めとした彼らの側近は見るからに承服しかねるように顔を顰めるが、カンドの背後にいる賛同者の数名は、そうだ、と同意の声を上げる。


「いい加減、弱腰の態度で奴らの下に就き続けるのは辞めるべきだ!」

「奴らのご機嫌伺いに気を張る生活はうんざりなんだよ!そんなんだから、今まであいつらの増長を促してきたんじゃないか!?」

「一向に暮らしは良くならない……。こんなんじゃあ昨年生まれた俺の息子も、いつまで持つか……」


 彼らが口々にする意見に、ハサムはゆっくりと頭を振った。


「所詮儂らは他所もんじゃ。同じ地に住まい、同じ言葉を話し、同じ水や食物を口にしても決して相容れぬ。そもそも信じる教えが違うのだから」

「なら棄教すればいい」


 そのいっそ気軽ささえ感じる言葉に、ハサムの側近が一気に殺気立つ。


「なっ、正気か!?」

「貴様!よくぞ我らの前で言い放てたものだな!!」

「教えを何だと思っている!!」


 それに対抗し、カンドの後ろからも意見が飛び言い合いが収拾できなくなってくる

 その喧々諤々に非難し合うハサムの取り巻きの中の一人、護衛のセナクが静かに問いかける。


「預言者フォイス様の教えを棄て、異国の神を信じるというのか?」

「そうする必要もあるかも知れないってだけだ。俺たちを救ってくれない教えとやらに何の価値がある?教えとやらに従っていれば腹いっぱい食えるようになるのか?違うだろう?現実を見る時が来たんだよ」


 確かに、この居住地では過激な思想ではあるだろう。しかし考え方が受け入れられる可能性があるのはカンドの後ろの同志が証明している。

 貧困に塗れた暮らしの中、今まで信じていた教えを棄ててでも生活の向上を願う者は既に出始めている。

 突飛な意見はそう遠くないうちに多数派へと変わる確信がカンドにはあった。


 その最大の障害となるのが目の前にあるハサムであり、周囲の側近だ。

 しかし彼らを説き伏せることが出来れば、居住地全体がいわゆる帰順派となり、一丸となって都市を交渉することも可能になるだろう。


 カンドの元兵士の経験を生かした声通りの良さを発揮し、テントの中の演説は今夜も深夜にわたり繰り広げられることになる。

 しかし両者の折り合いがつくことはなく、意見のぶつかり合いは平行線をたどっていく。


 そして話し合いの決着は持ち越され、会合はお開きになる。

 そのまま両派は分かれ、カンドの一派はそれぞれ帰宅するか、別の場に集って話し合いという名の管を巻くのが常であった。

 しかし別れ際、ハサムはカンドに向かって話し合いとは別の事について話しかける。


「時にカンドよ。息子は息災か?」

「……あん?なんでそんなことを気にする?」

「なに、お前の妻が亡くなって数年経つが、後妻もそろそろ考えねばならぬだろう。良ければ儂が引き取ろうかと思ってな」


 訝し気にカンドの眉が上がる。唐突に出た提案に、何の思惑があるのかと疑いの目でハサムを見た。


「そんな事、気にする筋合いはないだろう。何考えてやがる?」

「ふむ、そろそろ孫も手が掛からなくなってきたからな。倅が生きていれば話は違ったのだが、そろそろジャリドにも儂の仕事の引継ぎを任せなくてはな、と思っての」


 カンドがハサムの側近の端、この場に集まるには不釣り合いに若い青年に視線を移す。こちらへの敵視を隠さず、鋭い視線で睨む青年の名はジャリド。ハサムの孫で、この居住地で彼の後継者と目されている青年だ。

 カンドが鼻を鳴らした。


「要するに世話役が欲しいってか?人様の家に余計な口出しすんなよ。親切心だが下心かは知らないが、余計な事を考えてる暇があったら、俺たちの為に少しは稼いできてくれねぇか?あんたの後継者だかが俺たちを充分食わせてくれるぐらいの稼げるんなら頼りにもなるんだがなあ」


 嘲る目をジャリドに向ける。何も言えず悔しがる顔が彼の内心を物語っていた。


 ハサムが十年前の騒乱で息子を亡くして以来、息子の忘れ形見を甘やかしている。

 実態はともかく、そんな噂が流れていることを彼も知っているのだ。そのため人一倍勝気が強く育ち、周囲を見返そうという気概が先走っている。


 カンドはジャリドにもう一度鼻を鳴らし、テントを出ていく。

 去り際にハサムが、自らの胸元の首飾りをじっと見ているのが視界の端に入った。


 再度声がかかるような事もなく、冷え込んだ夜空の外へ出る。吐く息は白くなりはじめ、そろそろ雪が降り始めようとしてきている。

 このまま帰るか、仲間内で集まり話し合おうか少し考える。そんな中、先に出ていた仲間の内、一番気心の知れた一人が近づき声をかけてきた。


「どうした?最後に嫌味でも言われたか?」

「息子を寄こせってよ。人質にでもするつもりかもな」


 本気で思って言ったわけではない。良くも悪くもお人好しで通っているハサムだ。大方自分の息子への境遇を噂で聞いて不憫に思ったとかだろう。

 それを分かっているので、仲間も笑って答えている。


「お前も悪い奴だな。足蹴にするぐらいなら金をせびって、ガキなんかくれてやった方が良かったんじゃないか?」

「馬鹿言うなよ、何のために髪を伸ばさせて育てていると思ってるんだ」


 キョトンとする物わかりの悪い彼に、声を潜める。


「いい具合に母親似に育ってやがる。都市内部にも物好きはいるはずだ。きっと奴らに高く売れるだろうぜ」


 合点がいった彼は先ほどより呆れが強く言った。


「本当に悪い奴だな。地獄に落ちても知らんぜ」

「へっ、上等だよ。本当に地獄とやらがあるんならな」


 もう既に俺は宗教など信じていない。

 自分を救ってくれない教えなど、当の昔に見限っている。

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