森口遥香~噂と事実~
「私がどんな人なのか、知って欲しいから……聞いてほしい」
森口さんは顔を上げると、俺たちに向かって話し出した。
森口遥香は言った。
私は別に優しくなんかない。ただ単に嫌われるのが怖かったから、だから優しい人間を演じていただけ。
わたしに本当は責任感なんかない。誰かに怒られるのが怖かったから、だから無理して頑張っていただけ。
クラス委員なんて本当にやりたくなかった。それなのにみんなが、クラス委員はわたしがふさわしいって大声で訴えた。
生徒会長なんて絶対に立候補なんかしたくなかった。それなのに周りのみんなが、生徒会長にふさわしい人はわたししかいないって大声で主張してきた。
今までに、誰もわたしの話を聞いてくれる人はいなかった。
今までに、誰一人として、わたしを助けようとしてくれる人はいなかった。
誰もがわたしに理想を押し付けた。
誰もがわたしに結果を要求した。
常にわたしを断崖に立たせ続けた。
それでもあの頃は嫌われるのも怒られるのも、心の底から恐ろしかった。
今までに体験したことのない未知の恐怖だった。
だからわたしはみんなの理想を演じ続けた。
みんなが求める結果を出すための『道具』になった。
陰で天使なんて呼ばれている事に辟易としていた。
ばかばかしいし、くだらないと思った。
わたしだって人間なのに。
エンジェルなんて呼ばれていることにうんざりしていた。
わたしにばかり押し付けないで、みんなもしっかりしろよと思った。
わたしだけが『道具』だなんてあんまりだと思った。
何もかもが嫌になってきた。
それでも私は声を上げることが出来なかった。
今まで築いてきた自分を変えることが出来なかった。
天使を演じる道具で無くなった時、わたしは何になるんだろうと不安を感じていた。
「だからね、昨日あの2人と口論になって、怒られて、嫌われた時は何もかも終わったと思った。でも、意外に何でもなかったって事に気が付いて、さっぱりしてる自分もいるの」
「やっぱりね。今朝、その噂を聞いたとき、俺はチラッと後ろを振り返って、森口さんを見たんだ。その時、落ち込んでいるように見えたんだけど、同時になにかスッキリしているようにも見えていたんだ。その違和感って、そう言う事だったんだね」
俺は今朝、何となく気付いた違和感の正体が分かって少しだけ納得した。
「え? 気が付いていたの?」
森口さんが驚く。西村さんも、村上さんも驚いている。
「今朝って、竹中くんが一瞬だけ振り向いて、わたしと目が合ってすぐ目を逸らしたあの時?」
村上さんだ。あの時俺は、森口さんが気になって振り向いたが、村上さんとも目が合って、昨日のこともあって気まずくて目を逸らしたんだ。
「あの時、わたしを見てたんじゃなくて、森口さんを見てたんだ」
「詩織?」
「わたし、昨日の事を謝りたくて、今朝はずっと竹中くんの事を見ていたの。そしたら振り向いてくれて、ちょっと嬉しくなってたんだけど……そっか、森口さんの事を見てたんだ……」
「そりゃぁね。あんな噂を聞かされちゃったらね。一度もクラスメイトにはなったことは無かったけど、森口さんは同中の…その、注目の人だったから」
「心配してくれたの?」
「そりゃぁね」
「ありがと。それで?どんな噂?わたしには聞こえないように言ってるからわたしはよくわからないの」
「一言でいえば、2人の男子と付き合ってるって」
「二股とは言わないのね、竹中くんは」
「まぁ、言葉は慎重に使わないとね」
「フフッ。同感ね」
「でも、違うんでしょ? 森口さんは、どちらとも彼氏彼女の関係ではない。違う?」
「どうしてそう思ったの?」
「昼休みに、キミがつぶやいた言葉『みんな勘違いして騒いでる』それと『わたしも友達だったはず』この2つのつぶやきから推測してみた」
「竹中くん凄ッ!?」
「詩織だまって。今は二人の話を聞くの」
西村さんが真剣に聞いている。それに倣って村上さんも襟を正す。
「そう。わたしは誰とも付き合っているつもりはないよ」
森口さんが、ついに俺たちに噂の真相を打ち明けてくれる。
この件についての話は以下に要約する。
☆★☆ ☆★☆ ☆★☆
中学の卒業式の直後、森口さんはスポーツマンに呼び出され、告白された。これは事実だった。
そして森口さんはそれを断った。森口さんにはまだ、恋愛と言うものがどういうものなのか良く分からなかったし、スポーツマンの事をそれほどよく知らないと言う事も一因していた。
だが、スポーツマンは食い下がった。『友達としてでも』『理解を深めるために』などと熱心に訴え続けたため『友達としてなら』と、しぶしぶ付き合うことにしたと言う。その場で連絡先を交換し、翌日、映画を見に行こうと誘われた。気乗りはしなかったが、『友達として』でも付き合うことになったのだから、一度くらいは誘いに応じてもいいだろうと気楽に考えていた。
待ち合わせて合流してすぐ、スポーツマンは手を繋いできた。何かが違う。怖いと感じた森口さんはすぐに手を振りほどいた。
映画館。隣に座った彼は映画など見ていなかった。森口さんばかりを見ていた。流石に気持ちが悪くなり、映画の後は急用が入ったと言い訳して、すぐにわかれた。
それ以降は連絡は来たものに返信するだけのやり取りで、昨日までに至っているとのこと。
一方で、ちょいワルの方はクラスメイトとして3年ぶりに一緒になった。小学生の頃森口さんが彼を好きだったというのは本当で、恋とは違うと感じているが、優しくて頼りになる男子だったそうだ。
『また昔みたいに仲良くしたいね』とは、森口さんから話かけた。『ああ、よろしくな』彼は少しぶっきらぼうに答えた。最初は機嫌が悪いのかと思ったそうだ。
ちょいワルな彼との会話は楽しく感じていたが、昔と違いなにか違和感があった。
それでも、小学生と高校生の差だろうと特に気にせず交流を深めた。
GWの5月5日にちょいワルの彼に誘われた。彼の家に入った。
「付き合ってるやつはいるのか」と聞かれ「いない」と答えた。
森口さんの中ではそれが事実の全てだった。
☆★☆ ☆★☆ ☆★☆
「それで昨日のトラブルに?」
俺は、話を聞いても良く分からなかった。
二股の噂って一体どこから?
その答えは村上さんが話してくれた。
「スポーツマン的には付き合ってるか、もしかしたら友達以上恋人未満の感覚だったんだと思う。だって昨日『俺と付き合っているのに、男の家に上がるような女だったのか!』っておこってたから」
実質振られているスポーツマンが公衆の面前で、森口さんを罵る。
「それに、ちょいワルのほうは森口さんとスポーツマンとの交際を噂で知ってたっぽいし、『付き合ってるやつはいねぇって言ってたのは嘘だったのか』って、いかにも交際し始めたばっかりって感じに怒ってたから、周りで聴いてた人はみんな勘違いしちゃったんじゃないかな~」
おそらくこれから告白しようとしていたちょいワルが、森口さんに幻滅する。
「実際わたしもそうだと思い込んじゃってたし」
「そうね。ほかにもいろいろ言ってたけど、ほとんど誤解されやすい言葉ばかりだった」
ふむ。それを聞いたクラスメイトたちがそれを面白おかしく、そして悪意をこめて噂する。
認めたくはないが、人は人の不幸を楽しむような悪癖がある。それが人気者ならば尚更に。
だれもが、自分だけは不幸になりたくない。と思っているくせに……
「なるほど、そうか。村上さんにしては上手く話せたね。よくわかったよ。所詮、噂は噂でしかないってことがさ。ありがと。すっきりした」
「そうね。詩織にしてはよくやった。えらい」
ここで俺は、森口さんに最後の意思確認をする。
「ねえ、森口さんは、もう2度と、天使なんて呼ばれたくないんだよね?」
「ええ」
「ところで森口さんはまだ、今でもちょいワルと仲良くしたい?」
「どういうこと?」
「今ならまださ、ちょいワルの方との関係はどうにかできそうな感じだからさ」
「いえ、べつに、もうどうでもいい」
「……そっか」
ならば、作戦に変更は無しだ。
「森口さん、『おまもり』をあげる。受け取って」
俺は、森口さんに『おまもり』を渡す。
「中央に、『アパタイト』っていうパワーストーンを仕込んである。心と体を守る効果が期待できるそうだ」
『黒シャムの招き猫』
「お守りとして作ったんだけど、こいつのご利益はすでに証明済みだ」
なんてったってこんな俺に
「キミの望みはかなう」
たった一日で
「キミは絶対に傷つかない」
3人も友達が出来たんだからな!
「絶対に俺たちが守る!」
だから、信じていいよ。
「明日から作戦開始だ。みんな、楽しんで行こうぜ!!」
俺たちは、誤解のない、正真正銘の『友達』だって。
「ありがとう。竹中くん」
「あ~~森口さんばっかり~! いいな~~」
「こら、詩織!」