守ってあげたい
☆★☆ 5月8日(火) 放課後 ☆★☆
HR終了直後、俺はどうしても森口さんを仲間に引き入れたくて席が近い西村さんに相談を持ち掛けた。
「森口さんと話がしたい。でも男の俺が話かけるのは気まずい。いい方法ない?」
急いでいるため余計な修飾語を省いて、早口で話しかける。
「竹中君とは気が合うね。私も森口さんと話したい」
西村さんは良い笑顔で俺にこたえると
「う~ん。ちょっと待ってて」
そう言い残して村上さんの席へ向かって行った。
「詩織~、今日も杉見手芸店に行かない?ちょっと見たいものがあるんだ~。あ、もしよかったら森口さんも来ない?」
誰かに話かけられるのを嫌ったのだろう。
急いで帰り支度をしていた森口さん。
だが、少しホッとした表情で西村さんの方に向き直る。
西村さんが俺の方をちらっと見る。
たぶんこれはサインだ。聞こえているという合図は決めていないが、聞こえてるぞという意思をこめて自分の耳に手を当てて離す。
「いいの?一緒にいて」
森口さんが少し戸惑っている。
それはそうだろう。
今まで交流のなかった西村さんや村上さんが放課後の行動を共にしようと言うんだ。
この状況は少し拙速に過ぎる。
「いいのいいの。少し趣味の話しようよ」
西村さんのおかげか、今、森口さんに話かけようとするクラスメイトはいない。
「今日はあの見本品全部、隅から隅までじっくり見ようと思ってさ、ちょっと時間かかるかもだけど、付き合ってよ」
行動の目的も自然でいい。
西村さんグッジョブだ!
俺は手で影絵の犬の形を作り「ワン」と吠えた。
間違って声も出たが、誰も気にしてなさそうだったので、知らないふりして先に教室を出た。
行先は『杉見手芸店』だ。
チェッ。ちょっと恥ずかしい。ワン
☆★☆ 杉見手芸店 ☆★☆
「カオリおばちゃんいる~?」
心の中では『くそババア』と何度も呼んでいるが、実は『くそババア』などと直接呼んだことはただの一度も無い。
後が怖いし、反撃がうるさいし、絶対に勝てないし、後が面倒くさいからだ。
「おー。遼ちゃん。彼女は出来たか~?」
ニヤニヤが五月蠅い。顔が五月蠅い。
「できてねえ。でも友達は出来た。奥の教室空いてる?」
昨日の西村さんたちの来店で、何か言いたいことがあるのだろうが、話が長いんだよこのおばちゃんはよ。
「空いてるよ~」
奥の教室とは以前、近所のガキどもや、若い主婦たちを対象とした手芸教室で、最盛期にも5人ほどしか生徒がいなかったと言う、100年の歴史を誇る杉見手芸店始まって以来の黒歴史イベントである。
スマホと100均ショップの波に敗れ去った過去の遺物。既に化石。
「じゃぁ借りるよ」
「お菓子とジュース、届けてやるよ。3人分かい?」
「いや、4人だ」
「ほう?アタシも良いことをしたもんだ。昨日の今日で友達が3人もできたってことだね。善行は積むもんだね。何とか天国には行けそうだよ」
お、逝ってくれるの?助かるわ~
「あぁ、さっさと行っていいぞ」
清々するぜ。
「それよりも、今日は新作持ってきてるのかい?飾ってやるわよ」
あれ?華麗にスルー?
「じゃぁ、この中からコサージュとネクタイピンをやる」
手提げから3点セットを取り出してカオリおばちゃんに見せる。
「おや、黒猫は頂けないのかい?かなりいい出来に見えるんだけど?」
「これには違う役目がある」
「そうかい。帰りに好きなだけ材料持っていきな。お友達の分もマケてやるよ?」
「サンキュ」
「あ、でもその猫、写真だけは取らせて。アップするから」
カオリおばちゃんがスマホを取り出すが俺が止める。
「俺が撮った写真をやるよ?構図とフレーミング、それに光の当て方にもこだわって、三脚まで使った最高の1枚があるぜ?もちろんマクロレンズ装着での接写だ」
「よし。それ、送れ!」
転送
「よし、今日もバズるぞ~~」
カオリおばちゃん上機嫌。
やがて、西村さんたちがやってきた。
☆★☆ 杉見手芸店 奥 元手芸教室 ☆★☆
「急に呼び出してゴメン。どうしても森口さんに言いたいことがあるんだ」
俺が話かけると、森口さんは急に警戒した表情になった。
「勘違いしないでくれ。俺は森口さんの話を聞きたいんじゃなくて、森口さんに話を聞いてもらいたいんだ」
やっと表情が元に戻った。
「俺は森口さんと友達になりたい。俺の趣味を知っても尚、バカにしなかった貴重な人だ」
森口さんの表情が驚きに変わった。
「そんな人がクラスメイトの悪意や興味の対象になっていることに、俺は耐えられないと感じた」
森口さんの表情が若干、喜びに変わった。
「俺は噂の内容が全て真実であるとは考えていない。俺が自分の目で見て、耳で聞いた事ではないからだ」
「うん。私もそう思う」
西村さんも同意してくれた。心強い。
「俺は今までの状況とかは分からないし知らない。知りたいとも特には思っていない。でもこれから先、何が起こるかの予想は出来るし大体なら予言できる」
言ってしまってから、少し大げさに言っちゃったかな?と、思わないでもないが仕方がない。言ってしまった言葉と言うのは取り消すことが出来ない。
ネットのコメント欄とは違うのだ。
だから、言葉と言うものは重い。慎重に扱わなければならない。
「今後、森口さんは、多くのクラスメイトやクラスメイト以外の生徒から辛辣な質問や過激な言葉を浴びせられる可能性が高い」
一瞬、森口さんの表情が緊張に強張った。
「でも、それは一時的なものであり、ある程度なら予防できることでもある」
これは俺の体験から来ている。
「聞こえない悪口は、悪口ではないと言う事だ」
「え?どう言う事?」
この反応。森口さんだけではなく、西村さんも村上さんも悪口など言われたことがないのだろう。
「自分の過去を話すのは少し気恥しいんだが、俺はこの趣味のおかげで『気持ち悪い』だの『男じゃねぇ』だの『変な奴』だのと散々馬鹿にされ続けてきた」
村上さんの顔が後悔に染まる。でも気にするな。キミは俺の趣味を馬鹿にしたわけでは無いと、今ではちゃんと理解している。
「だからこそ、わかることもある。言われたら傷つくが、言われなければ傷はつかない」
わかりやすく言えているだろうか?不安だ。
「聞こえるように言わなかった奴の事を俺は嫌っていない。だって、聞こえなかったんだ。言われていないのと同じだ」
少しは分かってもらえたかな?伝わっていればいいな。
「例え心の中で馬鹿にしていたとしても、言わなければ俺には伝わらない。そのうち、心の中で馬鹿にしていた奴だって時間が経てば、バカにしていたことなど忘れてしまう。次の興味に更新してしまうんだ」
伝わってくれ!頼む!
「森口さんの耳に悪口が聞こえないように、傷つかないように、俺はキミを守ってあげたい」
森口さんも、西村さんも、村上さんまで黙って聞いている。
な、なにか俺、余計なことを言っていなかったか?
反応がないというのも怖い。初めて知った。なにこれ?
「ひ、人のうわさも75日と言うのは昔の諺だし、今の情報化社会では10日がせいぜいだろうと思う」
あ、俺の声のトーンが、下がった。俺今、ガチで緊張してる?
「あーっと、そしてさ、光は、より強烈な光の前では、存在を認められないと言う事なの」
え~~?誰か何かの反応を……
「つ、つまり、森口さんの噂に匹敵する別の噂とかが?あったりしたら?噂が収まるのも早まるんじゃね?」
「あ、あとは、隣のスポーツマンと、ちょいワルイケメンがどう出るかなんだけど……?そこだけは良く分からないからみんなで知恵を出し合いたい…かな?」
「「「……」」」
「あの、俺は、趣味仲間の森口さんを守ってあげたいんだけど……」
「「「……」」」
「あの……?そろそろ誰か、なんか言って?」
おれ、泣いちゃうよ?
「よく言った遼ちゃん。アタシも一枚噛ませてもらうよ!」
カオリおばちゃんが一番最初に何か言った。
あ、なんか台無しだ。
涙がにじんできた。