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近くにあったはずなのに、本当は遠くにあったオリンピック

作者: 渚 孝人

車を走らせていた時に、サブスクの音楽から嵐の「カイト」が流れた。そのメロディーは静かに僕の胸を揺さぶり、腕にはさっと鳥肌が立った。外は少し雨が降っていて、車の自動ワイパーは動き出そうか否か迷っているように見えた。ああこの揺れるような思いは、一体どこから来たのだろう。僕は車を停めて、その静かなうねりの正体に向き合おうとした。


そのうねりの根源に東京オリンピックがある事は、すぐに見当が付いた。でもあれから一年が経ったというのに、今更何を思うというのだろうか。僕はしっとりと雨が降る車外を見ながらぼんやりと考えた。

たぶん寂しさだよなと思う。そしてこれって、多くの日本人が抱えたままでいる感情なんだろう。


2020年にやって来たコロナウイルスは、世界の人々の運命を大きく変えた。そしてその煽りを最も受けてしまったものの一つが、僕たちの住む日本の首都で開催された東京オリンピックだった。


一年間の延期、開会式などの規模の縮小、そして無観客での開催。


それら全ての出来事は、どうしようもない運命によって決定付けられた事のように見えた。もし政府の人たちがいつも通りのオリンピックを強行しようとしていたら、それこそ非難の嵐だっただろう。だからこれは、きっと彼らの責任ではない。ただ誰にも動かす事の出来ない運命だったのだ。


言うまでもなく、選手たちの活躍は本当に素晴らしかった。過去最多の金メダルの報道に、日本中が沸いた。


それでも2022年になって、多くの世界大会がある程度「普通に」開催されている世界を眺めていると、どうしても考えてしまうのだ。本当は熱狂が、そして興奮が2020年の東京にあったはずなのにと。


東京オリンピックが無観客になったことは、たぶん我々が思っている以上に日本のスポーツの未来を変えてしまったんだろうと何となく思う。もし子供たちが生でオリンピックを見ていたら、彼らが受けていた感銘は一体どれほどのものだっただろう。


でもきっと僕たちは、この出来事から大きな教訓を学ばなければいけないのだ。

このどうにもならない世界で生きて行くために、必要な教訓を。

それは、「人生は思い通りになんてならない」という単純明快な事実に他ならない。


僕は、「努力すれば夢は叶う」と平然と言う大人が嫌いだった。

皮肉なことだけれど、その言葉の嘘をまんまと暴いたのは他ならぬコロナウイルスだった。

「努力したら夢が叶うこともある、でも叶わないことの方が多い。」

たぶんこっちの方がよっぽど真実に近い。


逆に考えてみたら、今の世界のカオスを眺めて育つ子供たちは、そんな嘘に騙されることなく地に足を付けて生きられるのかも知れないなとも思う。

そう考えたら遠くの存在のまま閉幕してしまった東京オリンピックも、日本人の心の中にいつまでも存在し続けるのかも知れない。人生の大切な道しるべとして。


僕はふーっと大きく息をついて、車のエンジンをかけた。雨はいつの間にか止んでいたみたいだ。

雨上がりの虹が、どこかに見えたらいいのにと僕は願っていた。






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― 新着の感想 ―
[一言] 読ませて頂き、本当にそうだなぁと思いました。 普段はスポーツにそこまで興味がない自分ですが、それでもオリンピックはやはり特別だと思いますし、もしも生で観ることができたなら、渚さんの仰る通りそ…
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