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わからずの恋  作者: 黒川えこう
プロローグ
5/8

三つ巴+α

 明野は河合も呼び出して桃子の部屋で何があったのかを聞いた。桃子が風邪をひいていたなんて思いもしなかったし、それがそんな大事になるなんて思いもせず、ただ何も知らずに桃子を酒の肴にして昨晩呑んでいたことを詫びた。

「謝らないで」

「ううん。私らだったらあんたが風邪ひいてることぐらい、きっとすぐにわかったもの」

「そうよ。本当にごめん」

 二人に慰められてまた少し泣いた。不思議と泣けば泣くだけモヤモヤが流れ出たような気もする。

「それで、押しかけてきた三人は?」

「知らない。逃げてきたから」

「一応周り見てこようか。まだいたら追い払おう」

 河合はそういうが早いか、バタバタと出て言った。残った明野は桃子の部屋のキッチンでお茶をいれて持ってきた。

「あんた、相当大変だったわね。だけどまるで竹取物語みたい」

「竹取物語? かぐや姫?」

「そう。まあ、あんたの場合は貴公子三人だけどさ。そうだ、この際かぐや姫に倣って無理難題でも出してみたら?」

「無理難題なんて出せないよ。藤田管理官は上司だし、塚本さんはよく顔を合わせるし、琴浦さんは助けてくれたし」

「それであんたは誰が好きなの」

「…好きとかよくわからない。みんなそれぞれにお世話になってる」

 戻ってきた河合がコンビニで弁当を買ってきてくれた。桃子にもうどんを選んでくれたので腹ごしらえができた。

「駅に行く道の公園で琴浦警部補が藤田管理官たちに問い詰められてたよ」

「あの人そういう時どういう感じなの」

 普段から一枚ガラスでも挟んだような雰囲気があると明野がいうと、河合はううむと唸りながら見たままを説明する。

「飄々とっていうじゃない? まさにそんな感じだったんだ、途中まで」

「途中まで?」

「塚本さんが桃子を、えっと」

「まさかレイプしたとか言ってたの?!」

 明野が目を釣り上げて言うと、河合は「私が言ったんじゃなくて、塚本さんがね」と明野と桃子を交互に見ながら言い返した。

「私、そんなことされてない……と思う」

 風邪で意識朦朧だったので断言はできないが、自身の体に違和感はない。

「桃子がそういうならそうよね。で、話の続き」

 河合はスマホを二人の前に差し出した。

「動画撮影した。何かあった時、証拠になるでしょ」

 

 公園には犬の散歩やジョギングをする人らがいたが、男三人は気にせず追求し合っていた。

 藤田は何度も眼鏡を押し上げながら琴浦を叩きのめそうと身構え口を開く。

「あんなに怯えた彼女は見たことがない。あんたが風邪の彼女を無理やり」

「レイプしたのか!」

 塚本の声が藤田のセリフを追い抜く。それまで黙っていた琴浦だが、その一言に腹を立てたようで目尻が上がった。

「よくもそんなことが言えるな。天野さんに失礼だ。あなたたちが追い詰めるような真似をするから体調を崩したんだろう」

「ポッと出のあんたがかき回したんだろ」

 塚本の言葉に藤田も頷いている。

「僕の積み上げたものを叩き壊さないでくれ」

「藤田管理官にはそれを言われたくないですよ!」

 三人が睨み合っていると塚本のスマホが鳴った。画面を確認した塚本は、それまでとは打って変わって挙動不審になりスマホを操作している。

「塚本」

 藤田の声がいつにも増して鋭い。

「は、はい」

「誰からだ」

「…知り合いです」

「女だろ」

「……知り合いですから」

 塚本が後ろ手に隠したスマホを琴浦がひったくって藤田に投げて寄越した。画面を確認した藤田は黙って自分のスマホで表示されている何かを撮影してから塚本に返した。

「結婚詐欺でもするつもりか」

「俺はそういうつもりなくて、向こうが勝手に」

「勝手に妊娠して母子手帳まで交付されるまで育ったと」

「そうじゃなくて」

「上司としての監督責任を問われるような事態を甘んじて放置することはできない」

 週明け詳しく話を聞くというと、藤田は塚本に帰れといった。トボトボと歩いて行くのを藤田と琴浦が見送っているところで動画は終わった。

 桃子は何だかテレビドラマでも見ているような気分で動画を見ていた。塚本は女性を妊娠させたらしいということは理解できたし、それを理由に結婚を迫られているのも当たり前だと思う。

 ただもともと塚本に関して言えば、自分に対して好意を持たれているという印象はあっても、藤田や琴浦のように直接何か行動を起こしていたようには思っていなかったので正直他人事である。

 それは一緒に動画を見ていた明野と河合も同じように感じたらしく、深くは桃子に問いかけるようなことはしなかった。

「しかし塚本はクズだな。女の子妊娠させておいて、桃子にちょっかいかけてたんだから」

「藤田管理官が結婚詐欺っていうほどのクズね」

「私、明日からどういう顔をして仕事すればいいのかな」

「桃子は普通にしてればいいのよ。どうせ向こうが勝手にやったことだもの。勝手ついでに桃子に何か言うかもしれないけどさ」

 まくしたてた河合は、ふーっとため息をついて桃子の頭をポンポンと撫でた。

「あんた、本当に大変な目にあっちゃってるね」

「私も今まで実感なかったけど、今はもう危機感でいっぱい」

 はっきりそういうと改めて胸がざわついた。明野と河合がいてくれなかったら一人ベッドの中で泣いていたかもしれない。

「明野、河合。いろいろありがとう。本当に助かった」

「お! なんか顔つき変わったね」

「ほんとだ。河合の動画のおかげね」

 大きくうなづいた桃子はこれまでの通りではいられないと思い知ったのだ。

「まずは風邪を治します」

「そうね」

「それがいい」

 

 

 

 とはいえ桃子のスマホはなんやかんやと鳴りっぱなしになった。藤田の風邪を心配するメールが、まるで桃子一人に向けた呟きのようにダラダラと送り続けられるのだ。

 河合たちは帰っていったが、一人になるといちいち反応するのにも疲れてしまった。どうにかできないかと思っているとスマホに何か便利な機能があるかもしれないと思いついて早速インターネットで調べて操作し、藤田からのメールだけ音を消すことができた。

 やっと静かになったのは正午を過ぎたころだった。Tシャツとショートパンツに着替えて布団に入ろうとすると、一階エントランスのチャイムが鳴った。インターホンのディスプレイを見ると琴浦がひらひら手を振って立っている。

「えっ」

 帰ったんじゃないのかと思いつつ受話ボタンを押すと、琴浦はヒョイと紙袋を掲げてみせた。

『ご飯食べた?』

「すいません。今」

『開けて。悪さはしないからさ』

 笑ってそう言う琴浦がどんな魔法を使ったのかわからないが、桃子の手は開錠ボタンを押してしまう。

「あっ、えっ」

 スタスタと中に入って行く姿を見て慌てて玄関に飛び出すが、明野たちはさっき別れた時にそれぞれ外出するといっていたことを思い出した。

(早速こんなことになるなんて)

 女子寮だからといって男子禁制でないことが悔やまれる。いや男子禁制だとしても琴浦なら魔法で入ってしまうだろう。

(今ならもう魔法が使えるって納得しちゃう。これまでのことも全部)

 玄関ドアをあけたまま固まっているとエレベーターから琴浦が出てきた。桃子が待ち構えているとでも思ったのか、大袈裟に両手をあげて降参のポーズをして立ち止まる。

「中に入れたくないならここで帰るよ」

「いえ…どうぞ」

 うまく動かない口でそういうと、ニコニコした琴浦が弾むように歩いてきた。なんだか楽しそうだと思うと、さっき見た時より荷物が増えていることに気づいた。

「駅前にネパールカレーの店があったから、テイクアウトで」

「カレーですか」

「この前同期に聞いたんだ。カレーが風邪にいいってさ」

 部屋に上がった琴浦はローテーブルにカレーの容器を並べてゆったりと胡座をかいた。桃子がコップと水のボトルを持っていくと、ふわりと美味しそうな匂いがする。

「食べられそう?」

「お腹すいてきました」

 桃子が正直にいうとニコニコして使い捨てのスプーンを差し出してくれる。

 それから二人でもくもくとカレーを食べた。桃子の食べられる量を考えてくれたのか、ライスはハーフサイズだったおかげで無理もせず済む。琴浦は桃子の顔より大きなナンをばくばくと食べていた。桃子が珍しげにみていると少しちぎって差し出してくる。

「ナンてさ、食べるとあとからすごく腹が膨れるよね」

「そうなんですか。食べたことなくて」

 カレーに浸して食べて見るとバターのいい香りが鼻に抜ける。美味しくてしばらくもぐもぐやっていると、琴浦がニコニコしながら見てきた。

「ごちそうさまでした」

「美味しかったね。また行こうね」

「はい」

 はいと答えると琴浦がポカンと桃子を見つめた。どうしたのかと見返すと、じわじわと嬉しそうに笑顔に変わって顔をクシャクシャにする。

「どうしたんですか」

「ううん。いや、なんというかね」

 あはははと一人笑う琴浦が面白くて桃子も笑った。

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