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わからずの恋  作者: 黒川えこう
プロローグ
3/8

モテ期始まってた

 合コンをやろうと言っていた明野河合だったが、なぜかあの話以降現実的な話が進まない。二人とも、なにかと桃子に構いにくるし、外に飲みに連れ出す。そして何かあったのかと桃子に聞くのだ。

「で。琴浦さんとはその後何かあった?」

「何かって。別に……」

 エレベータでからまれて以来顔を合わせることがなかったのだが、昨日桃子のところにきたのだ。

 昼過ぎのまったりした時間の中、桃子が書類整理をしているときだった。

「天野さん」

 顔をあげると、以前より痩せた様子の琴浦が立っていた。

「先日のお詫びに来ました。訓練が重なって遅れてしまって」

「気にしないでください。お忙しいのにわざわざ」

「いえ。受け取ってください」

 薄いピンク色の紙袋を桃子の机に載せる。

「マカロンです。口に合うといいが」

「た、食べたことないです。そんなおしゃれなもの」

 びくびくしながら袋の中身を覗く。

「もしかして甘いもの苦手ですか?」

「いえ。好きです。ありがとうございます」

「実は俺も甘いものが好きで。よかったら今度パンケーキ食べにいきませんか? ひとりで行くにはちょっと恥ずかしいというか」

 そこまでを明野たちに喋って桃子は「あっ」と息をのむ。

「今気付いたのか!」

 そう今気付いた。男の人と出掛けるなんて家族親戚以外では初めてである。

「どどどど」

「いつ? いつ?」

「……あれ、デートだったんだ……」

 夕方琴浦と地下鉄のホームでバッタリ会って、そのままパンケーキを食べに行った。いつもなら通勤は自転車なのだが、昨日パンクしてしまったので今日は電車だった。

「最近変わりましたよね」

「そうですか?」

 ブラウスに、スカートはいつもの格好なのだが、先週明野河合が買い物に付き合ってくれて通勤服を一新したのだ。その時化粧も教わって、明るい色味のチークを使うというワザを会得した。

「変ですよ。急に変わりすぎてて」

「……」

「何か理由があるんですか?」

「え?」

「変わりたいって思ったから変わったんでしょう?」

 琴浦の後について歩いていた桃子が顔をあげると、琴浦は微笑んでこちらを見ている。

「天野さんはそのままでいいじゃないですか」

 雷にでも撃たれたような気がした。立ち止まりぽかんと琴浦の顔を見つめる。

「行きましょう。ご馳走しますよ」

 時間が時間だからか、人気の店というそこはぽつぽつと席が埋まっているだけだった。琴浦に勧められるまま注文したイチゴだのブルーベリーだのがたくさん載ったパンケーキは皿の上で山盛りになっていて不安になる。

「うまそう!」

 ぱくぱくと平らげていく琴浦の食べっぷりに圧倒されたが、一口食べてみるととても美味しい。

 琴浦はすぐに食べ終わったが、桃子は食べるのが遅くずいぶんと待たせてしまった。

「すみません。遅くて」

「いえ、かわいいですね」

「へ?」

「食堂で、たまにうどん食べてるでしょう。熱いのを一生懸命すすって。本当にかわいいですよね」

「あの、え?」

 何をいきなり言っているのかわからないと桃子が琴浦をじっと見ていると、琴浦はにっこりと笑って携帯を出した。

「俺一人でこういうところは来にくくて、よかったらまた一緒に行ってくれませんか?」

「別に構いませんけど」

「じゃあ連絡先、教えてください」

 

「そ、それじゃあ連絡先も?」

「うん」

「桃子! 恐ろしい子!」

「琴浦さんどうだった? かっこよかった?」

「よくわからない」

「スーツ着てても筋肉がわかるなんてかっこいいに決まってるでしょ」

 そうなのかと桃子は琴浦のことを思い出す。

 かっこいいのかどうかはわからないが、ギャップはあると思った。

 明野も河合もグイグイとビールを飲んでいた。

 話を聞いて二人はなにか考える様子でいたが、桃子が取り分けたたまごを食べる様子を見ると合点がいったとでも言いたげに顔を見合わせる。

「食べるところが可愛いっていうのはわかった! 美味しそうに食べるもんな!」

「本当ねえ」

 二人にジロジロと見られて食べにくくなってしまったが、褒められたことは嬉しい。

「そういえば合コンは」

「あ、すっかり忘れてた! 昨日行ってきたのよ」

「そうそう。あんたは今が旬で選び放題整ってるから、これ以上話を難しくすることはないだろうと思ってた誘わなかったの」

「琴浦さんとパンケーキ食べに行ったんだから合コンなんか行かなくてもいいのよ」

 二人に一気にそう言われると、桃子には口を挟むことができない。黙っていると二人はお互いに顔を見合わせて眉尻をさげた。

「ごめんごめん。言わなかったこと謝る」

「ごめんよ。桃子」

 目の前にコロッケを差し出され受け取ってそれで謝罪を受け入れる姿勢とすると、二人はにっこりした。

 二人にはいろいろ言われたが、桃子は正直よくわからないでいた。今の自分の状況が飲み込めないのだ。髪型を変えて、化粧を覚えて、服装を変えるだけでこれほど日常が変わるものかと不思議でたまらない。

 ぼけっとそんなことを考えながらも業務をこなしていると、いつの間にか隣に椅子を引っ張ってきてそこに座っていた塚本が机をコンコンと叩いた。

「はい?」

「無視しないでよ」

「すいません。なんでしょうか」

 塚本はやっと桃子が自分の方に顔を向けたので口をVの字にする。

 たぶん明野あたりがそばにいたら脳内探偵が鋭く彼の心理状態を解読していることだろう。だが桃子はそんなスキルを持ち合わせていない。

「俺の同期が明野サンや河合サンとぜひお近づきになりたいって煩くてさ。桃子は二人と仲いいし、頼まれてくれないかなーって」

 チラチラと上目遣いでそういう塚本は、他の女子職員が見たら諸手を挙げてそのお願いを聞いてしまいそうなくらいの破壊力がある。しかし桃子にはただ頼みにくい話をしているのだと思うだけだった。

「わかりました。聞いてみます」

 言い終わる前に塚本は大きな声で礼を言い立ち上がった。誰が見てもご機嫌な顔である。

(そんなに嬉しいのか。仲の良い人だったんだろうな)

 友人のために一肌脱ぐなんて、塚本も優しいのだなと改めて思った。桃子の塚本に対する評価は「要領の良い人」というだけだったので新たな発見である。

 さっそくその日の夕方二人に連絡した。

 

 

 塚本が予約をいれた店は、駅前によくあるチェーンの居酒屋だった。

「すいません。給料前だったので」

 塚本がヘラヘラ笑いながらそういうと、明野河合はシラーっとした顔を傾ける。どちらも様子を見る限りあまり楽しんでいないようだ。それがなぜなのかはさすがの桃子もわかってしまう。塚本が連れてきた男の人たちは、組織犯罪対策部のコワモテでどう見ても二人の好みではないからだ。組織犯罪対策部といえば、ヤクザを相手にする部署で見るからに顔が怖い。

「あ、あの何飲みますか?」

 桃子が恐々そういうと、明野が無表情のまま口元に手をあてて店員に叫ぶ。

「ピッチャービール二つ! グラス六つ!」

「よろこんで~」

「じゃ、食べ物は」

 やってきた店員に河合がメニューから適当に選んだ物を告げていき、桃子はさすが二人は慣れていると思って見つめていると、どうやら塚本を除く男二人も同じように見つめているということに気付いた。

(本当に好きだったんだ)

 なんだか不思議な気持ちである。こうなると、自分は邪魔者のような気になってしまって居心地が悪くなった。

 しばらくは他愛のない話をしていたが、明野に熱心に話しかけていた方が突然立ち上がる。座っていても大きな男だったが、立つと迫力があって桃子はのけぞった。

「自分は! 明野さんのような女性と! 家族になりたいです!」

「うるさい。酔うのが早いんだよ。飲め 馬鹿」

 ピッチャーを渡された彼は言われるがままピッチャーから直に飲んでいる。

 もう一人の方は、どういう展開でそうなったのか河合に人生相談のようなことをして慰められていた。見た目からすると悩みでもなんでも腕力で粉砕するというような姿なのに、その実中身は繊細らしい。

(いろいろ悩みがあるんだなあ)

 桃子はビールをちびちび飲みながら、料理を少しずつ食べていた。安くてもこういうところの料理はなかなか美味しいし、店の賑やかな雰囲気は好きだった。

 ふと顔をあげると、塚本がじっとこちらを見ている。

「塚本さん、お代わりしますか?」

「ありがと」

 取り皿に料理を分けようとすると突然手元が暗くなった。顔をあげると藤田が立っている。

「藤田管理官」

 藤田は黙って桃子をちらりと見ると、今度は威圧感たっぷりに塚本を見下ろした。

「君は自分の立場をわかっているのか」

「立場もなにも、我々は同等だと最初に仰ったのはあなたです」

 なんの話をしているのかわからないので、たぶん仕事のことだと思った。

「もしかしてお仕事無理してきたんじゃ」

「桃子は気にしないで」

「おい! いつのまに呼び捨てに?!」

 ギャーギャーうるさい二人を桃子が呆気にとられて見ていると、隣にいた明野が鬱陶しいと一喝した。

「喧嘩は外でやりな!」

 賑やかだった店内が一瞬静かになったが、またすぐ元どおりになる。藤田も塚本もシュンと大人しくなった。

「藤田管理官、ビール飲みますか?」

「ああ、いただきます」

「あとでしっかり払ってもらいますからね!」

 般若顏の塚本はそう言うが、藤田は気にせず桃子に話しかけていた。

「塚本くんは何かと君に面倒を押し付けるようだから、困ったことがあったら言ってくれ」

「お気遣いありがとうございます」

 

 

 飲み放題の時間が終わって店を出た桃子は久しぶりに酔った顔を、生暖かい夜風に撫でられて目を細めた。

「大通りまで歩いてタクシー拾おう」

 明野に引っ張られるようにして一歩踏み出すと、同じような酔っ払いの団体の波に飲まれてしまった。

「明野、あ、」

 自分の親と同じくらいの年代のおじさんたちの波から救ってくれたのは琴浦だった。琴浦はなんだか疲れた顔をしていたが桃子に向けて柔らかい笑みを浮かべて肩に手を乗せる。

「天野さん」

「琴浦さんも合コンですか?」

「……いや、残業帰りの一人酒」

 視線をあげて人混みの向こうにいる藤田たちを見ると、悪戯を思いついたような顔をして桃子の肩を引き寄せた。

「一緒に行かない?」

「どこにですか?」

「いいところ」

 にこにこ。にこにこ。

 笑顔ではある。しかし桃子の中に珍しく危機感のようなものが芽生えた。それは中学生のときに部活で帰りが遅くなった時の家路を急ぐ時の気分に似ている。

「でも、みんなが」

「大丈夫。行こう?」

 砂糖細工みたいな笑顔を見上げていると、膝に衝撃を感じた。

「桃子、タクシー捕まえたよ」

 河合が後ろから桃子の腰を抱えるようにして立っている。どうやら膝カックンされたのだとわかり、周囲を見回すと剣呑な雰囲気の藤田と塚本が駆け足でやってくるのが見えた。

「河合さん、だっけ? ダメかな」

「あの二人を敵にしたくありませんから」

 それ以上話すことはないと河合に手を引かれた。何を言えばいいのかわからず、とりあえず会釈して離れる間際、琴浦が桃子の耳元で囁く。

「今度は僕と遊んでね」

 カッと顔が熱くなるのがわかった。何がそうさせたのかなんてわかりきっている。男の人に耳元で囁かれるなんて初めての経験だった。

 タクシーに押し込まれるようにしてその場を離れる。明野河合はお互いに顔を見合わせて頷き合っている。

 振り返えると、藤田と塚本と琴浦が何かと話しているのが見えた。

 

 

 

 桃子の世界が変わりつつあるとわかったのは件の合コンが行われた翌日のことだった。

 朝一で行う事務処理を済ませ、一息ついたところだった。内線電話を取ると、別室の会議室にいる藤田からで、机の上に忘れ物をしたので会議が始まる前に持ってきてもらいたいということだった。

「わかりました」

 忘れ物と指定されたクリアファイルを持っていくと、会議室には藤田一人がいた。

「お持ちしました」

 そばまでいくと座っていた藤田が勢いよく立ち上がる。驚いて後ずさりすると、藤田は顔を真っ赤にして汗を頭のてっぺんから滴らせながら桃子の顔を見つめた。

「昨日のこと! 謝りたいと思って!」

 謝られるようなことがあったかと首をかしげると、藤田がずいっと身を乗り出してきた。

「よければ一緒に! 食事しないか!」

「しょくじ……」

「フレンチとか!」

「ふれ、ふれんち」

「じゃあ来週の火曜七時に!」

 言うが早いか藤田はクリアファイルを受け取るなり走って行ってしまった。

 よくわからないまま廊下へ出ると、角を曲がってやってきた塚本が桃子に話しかけてきた。

「藤田管理官見なかった? 書類整理終わったんだけど」

「今忘れ物を届けにきたんですけど、会議があるのに出て行ってしまって」

「会議?」

 塚本はすぐに会議室の表にかかっている利用予定表を見に行って戻ってきた。

「会議なんてないじゃないか。あのクソメガネ」

「そんなこと言っちゃダメですよ」

 桃子は誰が聞いているともわからない場で人の悪口を言わないほうがいいと思ったのだが、塚本はまるで理不尽に叱られた子供みたいな顔をする。

「それでクソ童貞メガネに何かされなかった?」

 よくわからないが、あまり触れない方がいいように思ったので黙って聞かれたことを答えることにする。

「食事に誘われました」

「はぁ?! いつ? 何食べるの?」

「来週の火曜、フレンチだそうです」

「フレンチだと!? 月九ドラマかよ!!」

 地団駄を踏んでいる塚本はますます子供みたいである。

「おれだって! おれだって!」

「あの、もう戻りましょう。ね?」

 あやすように言ってみると、キッと正面から睨まれてしまった。さすがに現役刑事だけあって眼力も迫力もある。目を泳がせてたじろいでいると、その間に壁にまで追いやられてしまった。

「桃子はどうなんだよ」

「どうって、何が」

「クソ童貞マザコンメガネのことだよ!」

 言う度長くなっているが、間違いなく藤田のことだろう。

「私がどう思うもなにもないと思うんですけど」

「じゃあおれは?!」

「塚本さんは…」

 最近書類作成のミスも少なくなってきたし、試験もなかなか良い出来だったとこの前言っていた。捜査に戻れば活躍できるように思う。

「がんばってると思いますけど」

「がんばってるよ!」

 もはや逆ギレである。塚本はわぁーっと子供みたいに大声を上げながら走って行ってしまった。

 桃子には何がなんだかさっぱりわけがわからない。

 

 ランチの時、河合が一緒になったので話してみたが河合は「そう」と一言言っただけで中華丼をガツガツと食べた。桃子が食べ終わるのを待ってくれて、大急ぎでうどんをすすった。

「塚本さんのこと、どう思ってる?」

「最近はミスも少ないし頑張ってる」

「じゃあ、塚本さんは桃子のことどう思ってると思う?」

 そんな風に考えたことなかった。考えこむと、同じ調子で、「藤田管理官は? 琴浦さんは?」と続けて質問される。

「私が思うに、あの三人はあんたのこと特別に好いてると思う」

「好いてる?」

「聞き方かえようか。あんた何で婚活してるの?」

「それは、結婚したいから」

「誰と結婚するの?」

「誰って…好きな人?」

「その結婚したい好きな人が、あの三人の場合あんただってことだと私は思う」

 一つ一つの単語が連なって桃子の耳から頭の中に入る間に、一体どのくらい時間がかかっただろう。気が付くと昼休みはとっくの昔に終わっていて、定時で終わるようにしっかり仕事も片付いていた。

 慌てて周りを見回すと、定時上がりの同僚たちがどやどやと帰り支度をしている。

(どうしよう。どうしよう)

 まさか自分がそんな風になっているとは思わなかった。

 河合が言ったのだからそうに決まっているとは思わない。だが第三者の意見としては充分な意見だった。

(考えてたら熱くなってきた)

 ロッカーで着替えて出ると夕方の風が頬に冷たく当たった。

(うぅ、風邪ひいたのかな。だからこんなに)

「天野さん」

 琴浦が驚いた顔で立っていた。

 


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