魔獣に襲われて孤立しました
「なぜこんな事に…」
現在私は魔獣に襲われる馬車の中です。
偉人の英雄譚のテンプレだとここで辺境伯が助けに現れる筈ですが、現実は厳しいものです。暗くなり始めた頃に襲われて、真っ暗闇になって暫く経ちますが一向に助けは現れません。
たった小1時間でも魔物の多い樹海を走り抜けるために、御者は鎧で完全武装の騎士、馬車の車体は鉄製だったのです。それなのに、なんと樹海に入って、もうそろそろ領地の界壁が見えるのではないかしら、と思った矢先のことでした。すぐに馬と車体をつなぐベルトが食いちぎられたのか、騎士と馬はどこかへ行ってしまったのか……。
すごい衝撃で横倒しになった馬車の中で、体のあちこちをぶつけて呻きながらも急いで皮鎧と愛刀を身につけました。
魔物の唾液で汚れたクリスタルの窓からは外の様子が見えないまま夜になり、獣の荒い息遣いや唸り声、車体に彼らの獲物を突き立てているらしい嫌な音を聞きながら、車体に体当たりしているのか時折揺れる馬車の中で籠城中しています。
真っ暗闇の中肌寒さを感じて外套にくるまって蹲っていたら、カチカチ、カチカチという音が耳のすぐそばで聞こえてきました。
あぁ、私の歯の音かと思った気がしますが、そこから私の内臓がぐにゃりと歪んだような吐き気のする感覚がしました。なぜこんな事になっているのか、何が悪かったのか、堂々巡りの思考に今度は眩暈を感じて、足裏が感じていたはずの馬車の硬い側面がふと消えたような、自分が今座っているのか立っているのか、自分の境界線が溶けて曖昧になっていく感覚を覚えました。