ロッカとディオム
今回は嵐の前の静けさとも言うべき、父子が戯れるシーン。
ロッカの心情に、この世界のすごろくゲームと親子の会話が象徴的に被さります。
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ず────っ。
その感触をどう例えればいいだろう。膜を破るというか、一瞬の強い抵抗をクリアすれば、あとは面白いくらいに奥まで入る。
一度成功して以来、その感触に夢中になった。
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「父さん」
息子の声でロッカは我に返った。
「父さんの番だよ?」
ディオムがテーブルの上を示す。
広げられた羊皮紙には五〇等分ほどに切られた蛇のような模様が描かれ、赤と緑に色づいた小石がひとつづつ、それぞれのマスに乗っている。赤がディオム、緑がロッカの駒だ。
ロッカがもといた世界で言うところの“すごろく”である。こっちの世界では“ドルイ・フィモー”といって、古語で“蛇の腹”を意味する。
サイコロではなく、木で作られた五枚のコインを盃に投げ入れ、表が出た数だけ駒を進める。最初にゴールへ辿り着いたものが勝つ点は変わらない。『何マス進む・戻る』といったマスごとのギミックがないぶんシンプルだが、コインの表裏で進み具合が決まるため、運が悪ければゼロが出ることもある。
目下、ディオムのお気に入りで、夕食のあとはよく遊びたがる。
ニーダはすでに寝室へ入っていた。夫がオークと戦ったと聞かされたショックが大きかったようだ。あのあとロッカは妻に何も語らなかったが、“転生者”であること以外はナフィが話してしまった。
そのナフィも一家と同じ食卓を囲んだあと、ニーダに続くように眠気を見せ始めたため、ここに運び込んだときと同じように、ディオムの部屋とベッドを貸している。まだ心身の衰弱が癒えきっていない。
いま家のなかで起きているのは、父親と息子だけだった。
よぉし、とロッカは息子に笑顔を見せ、コインを両手のなかで振って盃に落とした。
──まさか『0』だ。
今夜はロッカが優勢だったが、これは痛手だ。
「おーぃ、マジかよ」
少し大袈裟に悔しがってみせる。ディオムが面白そうに笑っている。
あの頃の自分が見たら、滑稽だ、道化だと鼻で笑うだろう。だが今は息子が笑ってくれることが、ロッカにとって最高の幸せだった。
「あ、ボクも『1』だ。おーぃ」
コインを振ったディオムが父の真似をする。
「『1』ならいいだろ」
「でも全然進めてないよ」
「そんなことはない。たとえ『1』でも、進み続ければゴールに辿り着ける」
白々しいなと自分で思う。
かつては、そうやって己の望む極地に挑み続けた。だが、辿り着いたと思った先にあったのは何だったか。
オレのゴールは、どこにあったのだろう。
「でも父さんに追いつけないよ」
「そりゃぁ、運任せのゲームだからな。けど、まだ分からんぞ」
ロッカがコインを投げた。
「どうなってんだ……?」
今度の仰天は演技ではない。
またも、出目は『0』だった。
“蛇の腹”がすごろくと大きく異なる点が、最大数と最少数の出現率の低さだ。
五枚のコインすべてが同じ面を向く確率は十六分の一。表裏どちらかに限定すると三十二分の一。二回連続で裏など、そうそう見られるものではない。
それゆえこのゲームを占いに用いている地域もあるというが、はたしてこれは吉兆か凶兆か、それとも……
「よしッ、『4』」
ディオムの駒がロッカに並ぶ。
確率上、出目が『3』に集中しやすいため、駒同士の競争は接戦が基本となる。それだけに大目は貴重だ。
「父さん?」
再び深い思惟のなかに落ち込んでいたロッカを、息子が呼び戻す。
「大丈夫?」
聡明な子だとロッカは思う。まだ五歳だというのに、今夜に限って父の様子がおかしいと気付いている。
「ディオム、これはまだ母さんには言ってないんだが」
コインを手に取りつつ、ロッカは声を顰めて話し始めた。
「夜明けが来たら、父さんは出かけないといけない」
「どこに行くの? いつ帰ってくる?」
「ラッティガヤの方だ。川をさかのぼって、水が少なくなってる原因を探ってくる。数日か、一週間はかかるかもしれない」
「大丈夫なの?」
「父さんはな。けれど母さんが心配だ。オレが留守の間、母さんを助けてくれるよう村長に手紙を書いておくから、明日、お前が届けて欲しい」
「わかった。ボクも頑張る」
「頼んだぞ」
ロッカは手を開いた。コインが盃の底で跳ねる。
──『1』。
お読みくださりありがとうございます!
短い話ですが、次回からいよいよクライマックスへと入ってゆきます。前回示唆された、敵ボスの《技能無力化》に対して、ロッカに策はあるのか?
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