ナフィの告白
章としては前話からの直接の続きです。
ナフィは何のためにあの山にいたのか、その詳細が語られ、ロッカには衝撃的な事実が突き付けられます。
「ニーダがお茶を煎れてくれる。キミも飲むか?」
ナフィは頷き、椅子に座った。
二人揃って、山羊と山、そして空を眺めながら、十秒ほど沈黙が流れた。
「先ほどは失礼しました。私はナフィ。助けていただいて、ありがとうございます」
感情の見えない声だった。
眼も、ロッカを見ていない。
「いいんだ」
ひょっとしたら余計なことだったかもしれない、とロッカは思う。
「奥様が戻られるまで、私の話を聞いてくださいますか?」
眼を空に向けながら、ロッカは頷いた。
「私は……ガウル王国騎兵団の第十六特別小隊に所属する治癒士です」
「そうか」
「仲間はみんな、オーク達に殺されました。私達はラッティガヤの山麓に造られた、帝国の砦を陥とす任務を負っていたんです」
「ラッティガヤ……」
カツン……カツン……何の音だろう。硬くも重々しい運命の足音か、それとも決断の刻を告げる時計の針か。
「はい。連中はそこで、帝国領土への水路を建設していました。私達が派遣されたのも、下流の街で水不足が起こったからです」
カツーン──最後の一音が心に木霊し、ロッカは溜め息を吐いた。
やめろ。なにもオレが動く必要はない。ナフィの小隊が失敗したなら、ガウルは今度こそ大がかりな討伐軍を派遣する。それに任せていればいい。
──本当にそうか? ラッティガヤ山麓、とくにアンビサール流域は行軍するにも陣屋を構えるにも難しい地形だ。だから国境警備隊すら配されなかった。
帝国はあえてそこを突いて侵攻してきたのだろう。おそらく、山野に適応したオークを大量に投入して。
「私達はそれまでも、多くの城砦を四人で攻略してきました。パーティーのリーダーはあなたと同じ“転生者”で、私達にはない特殊技能も持っていました。私以外の二人も、斧術と弓術に秀でた、国でも名のある戦士でしたから。
だから、今回の任務も油断さえしなければ上手くゆくはずだった……はずだったんです」
ナフィはしばし言葉を切り、嗚咽を堪えた。
その悔しさとやるせなさは(少し形は違うが)ロッカにも覚えがある。だからこそ、彼女が話し出すのを静かに待った。
「砦を預かる帝国将をあと一歩まで追い詰めたと思ったのです……それが罠でした。
相手の将も“転生者”だったのです。
そして、その技能は《技能無力化》──その力で、“転生者”であるリーダーの特殊技能はおろか、私達全員の[剣術][魔術]という通常戦闘技能まで、ないことにされたのです。
敵将ひとりなら、能力値とアイテムだけで倒すことも出来たでしょう。けれど、私達の技能が無力化された瞬間、潜んでいた何十体というオーク達がそこらじゅうから沸いて出て……!」
それ以上言えず、ナフィは手で顔を覆った。
とうとう抑えきれなくなった慟哭が、指の隙間から漏れる。
「キミの無念は解った」
ロッカも無視できず声をかけてしまう。
「麓まで送る。騎士団に報告して、討伐軍を派遣してもらうんだ」
だが、悲しみに暮れる少女にロッカの言葉は届いていないようだった。
「私達は必死に抵抗しました。けれどファニコムが捕まって、私達に見せつけるみたいに……トゥッザは彼女のお兄様でした。妹を助けようと、オークの群れのなかに……どうして奴ら、あんなひどいことを……」
少女の独白はまるで呪詛だった。
会ったことも聞いたこともない者達が、オークの手によって惨殺されてゆくさまが、ロッカの脳裏にも否応なく描き出される。
人間というのは、そうやって己の悲劇を他人に共有させることで肩の荷を軽くするというが、ロッカには到底出来ない所業だった。
オレの成した業など、誰が共に担えるものか。
深く同情しつつも、早く話が終わらないだろうかと思いながら、ロッカはナフィのほうを一瞥する。
悲しみに暮れる少女は例の“明影晶”を出し、盤面に明かりを点した。
光がふたたび、ナフィとラーライの姿を映し出す。
ロッカの呼吸が止まった。
「ファニコム達が助からないと悟って、ラーライが私を抱えて、窓から飛び降りたんです。下が川じゃないのは分かってました……彼は私の下敷きになって、堅い地面に叩きつけられて……それまでにも剣や槍をいっぱい体に受けて……全部、私を護るために……」
ロッカに、ナフィの声は聞こえていなかった。
「あら、おかえり……どうしたの?」
茶のお盆を持って出てきたニーダが、ナフィの様子に血相を変えた。
「すみません。仲間のことを思い出してしまって……」
「そう、お仲間がいたの。彼らも夜盗に?」
「夜盗? いいえ、仲間を殺したのは、オークです」
ニーダが青ざめた。
「オーク……あなた帝国と戦ったの……?」
「はい。騎兵団特別小隊としての任務の最中に……」
「え? どういうことなの? ロッカ」
妻の声は、ロッカには聞こえていなかった。
光に作られた青年の虚像が、その意識を根こそぎ奪っていた。
お読みくださりありがとうございます。
晴れて原稿は完成しましたので、1日1更新で最後までお届けできるかと思います。
ちなみに本話までで、全体の2/5ほどです。
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