【最終部】ロッカからの手紙
前話で唐突な幕切れとなりましたが、今回の前日談的な後日談で本作は完結となります。
『 ガウル王国騎兵団 治癒士ナフィ殿
この世界の文は書き慣れていないので、どうしても文章がかしこまってしまいます。なので、読みにくかったら申し訳ありません。
早いもので、あれからふた月が経ちます。
半死半生で村に帰り着いた私に貴女が掛けてくれた治癒魔法のおかげで、私の手はもとのように不自由なく動かすことが出来ております(もっとも、前のような力はもう出せないでしょうが)。
ですので、感謝の意も籠めて貴女に手紙を書くことにしました。ありがとう。
そして、手紙を書いたもうひとつの理由は、貴女に話しておかなければならないことがあるからです。
本当はずいぶんと迷いましたが、貴女には知っておいてもらうべきだと考えました。
貴女は私を恨むかもしれませんが、それも報いだと受け止めるよりほかにありません。
報い──あの朝も、貴女に「なぜ、そこまでするのか?」と訊ねられ、私はこう答えました。
報いとは、私の生国にあった思想のひとつで、言うなれば「行いの結果として、課された責任」を意味します。私は過去に犯したある行いの責任を取るため、砦へ行ったのです。
あるいは、贖罪と呼ぶべきかもしれません。
その過ちとは、ほかならぬ貴女の婚約者、ラーライのことです。
巷では、ラーライが砦のオークを全滅させ、司令官と刺し違えたあと川に転落して行方不明になった、ということになっていると聞きました。
貴女は気付いているでしょうが、砦の主をラーライの剣で突き殺し、本人の遺体を隠して埋めたのは私です(折れた指ではずいぶんと苦労しました)。
オークの死体は、入り込んできた獣達がうまく食い荒らしてくれたようです。砦内にファニコムの手足がまだ残っていたために、彼女も死んだと見なされたのは僥倖でした。
私とラーライのことに話を戻します。といっても上手く説明する自信がないので長くなりますが、私が転生する前の人生を、最初からお話しすることにします。
私は孤児でした。物心つく頃には孤児院に入れられており、そこはあまりにも厳しい環境でした。強い者が弱い者を虐げることが当たり前の世界でした。子供同士はもちろん、大人が子供をいたぶるのさえ日常茶飯でした。
そんな世界でも、私を弟のように可愛がり、守ってくれる人がいました。私もその人を兄貴と呼んで慕いました。
兄貴は頭の回転がよく、大人達の目を誤魔化したり、機嫌を取ったりするのが上手かったので、私はよく彼の話術によって大人達の暴力から救われました。
しばらくして私達は孤児院から脱走し、紆余曲折あって、ある組織の一員になりました。
その組織とは、こちらの世界でいうところの“犯罪者ギルド”です。
先ほども言ったように兄貴は話術が巧みな策士でしたから、組織の中でもすぐに頭角を現してゆきました。
私は逆に身体を使う方が得意で、しかも口より先に手が出る性格でした。ですが、自分勝手な喧嘩をしていては兄貴の立場を危うくすると悟ってからは、怒りを抑え、手出しを慎むようになりました。
やがて私は兄貴の助けになりたい一心から、武術にのめり込みました。暴力のために武術を学ぶことは、表向きには許されません。しかし強い者が生き残るのが常の世界。ギルドの戦闘員や殺し屋を弟子に取る闇の師範はたくさんいます。私は彼らのもとで修行を積み、腕を上げてゆきました。
十年が経つ頃には、私は組織でもっとも腕の立つ戦闘員となっており、兄貴のほうも次代の頭と目される位に就いていました。
私は兄貴の栄達を喜びましたが、一方で自分についてはまったく満足できず、師達から離れた後も独自に技を磨き続けました。
そして数年の研鑽の末に、ある技を会得するに至ったのです。
それは全身の力を指先に込め、針のように鋭く用いることで人を簡単に殺めてしまえる、おぞましい技です。
あのボロボロになった私の両指は、その技を使いすぎた代償というわけです。
当時の私は、それがどれほど危険か技かなど考えもしませんでした。ただ己の力に酔いしれ、敵対する者を嬉々として葬っていきました。
すべては兄貴のためだと思っていましたが、本当は自分自身の力を誇示したかっただけなのでしょう。
あるとき、組織のなかで動乱が起こりました。頭が急逝し、その結果、兄貴と、もう二人の幹部との間で後継者争いが起こったのです。
組織が分裂する可能性もありましたが、兄貴はそれを良しとしませんでした。私は彼の指示で敵対幹部と主力戦闘員を皆殺しにすることで、残る連中を軍門に降らせることに成功しました。
晴れて兄貴が頭となり、その手腕もあって組織は裏社会でも最大の勢力となりました。
そんなおり、今度は組織のなかに裏切り者がいることが発覚しました。といっても彼は寝返ったのではなく、私達を壊滅させるために潜り込んできた捜査官、別の言い方をすると警官でした。
(“警官”についての説明は省きます。あるいはもうご存知かもしれません)
もちろん彼は、私が手を下しました。
いつものように、この指で。
相手が相手ですから、彼の遺体は死因を特定出来ないように工作し、海に捨てました。私にとっては警官を殺すことすら馴れた仕事でした。
遺体は数日後に発見されましたが、いつものように、私に結びつく証拠は上がりませんでした。
その三日後、私に手紙が届きました。
それは昔、私が組織に属して間もない頃に交際していた女性でした。交際といっても、身勝手な私が彼女を悲しませるばかりで、最後には逃げられてしまったのですが、それでも懐かしい人からの便りに、私は心が和みました。
それも一瞬のこと、中身に目を通した途端、私は力を失って、床に頽れました。地面がすっぽりとなくなって、死の世界に落とされたようでした。
手紙には、彼女の息子のことが記されていました。若く優秀で、正義感に溢れ、優しい、警官だったと。そして三日前、死体になって海から発見されたと。
そう、私が殺した警官です。
そして彼女は告げました。
彼が、彼女と私の間の子供だったと。
私と別れたときにはすでにお腹の中にいた子を、彼女は一人で育てていたのです。道を外れた父を知らぬよう、真っ当な人間として。
もうおわかりでしょう。私が殺したあの警官こそ、ラーライだったのです。
何人も殺してきたはずの私は、そのときになって、やっと自らの罪を悟りました。“人間らしい”心が甦ると同時に、その重さに押し潰されました。
私はもはや抜け殻でした。治安当局に出頭し、裁きを受けようかとも考えましたが、今まで育ててくれた兄貴への義理がそれを踏みとどまらせました。
結局、兄貴にだけすべてを打ち明け、私は「誰にも、何も話さないこと」を条件に、組織と縁を切りました。もちろん反対する声は多かったのですが、そこは兄貴が取り成してくれました。
街の中心から離れたところに小さな家を借り、ひとり慎ましく寿命を迎えることにしました。兄貴との約束を守り、息子の母親への返事すら書きませんでした。
時が心を癒してくれるという言い回しをよく聞きますが、それは事実であると同時に、ときに残酷です。
私は徐々に地域の活動に参加してゆくことで、他者とまっとうな関わりを作り、町の移ろいや、他家の子供達の成長を見守ることに自らの平穏を見出してゆきました。
その一方、組織は私が抜けたことで、バランスを崩し始めていました。新たな組織を立ち上げようとする派閥が勢いを増し、私はどうやらその運動のシンボルとなっていたようです。
そんなことを露とも知らない私は、ある夜訪ねてきた兄貴に戸惑いつつも、嬉しさから家のなかに招き入れました。
そして、兄貴の放った銃弾を胸に受けました。
銃──貴女も“転生者”から聞いたかもしれません。矢とは比べものにならない、便利ですが、恐ろしい武器です。どんな修練を積んだ有能な戦士も、万人を統べる王も、その前では無力に等しい。
胸を穿った一撃で、私は初めて、私の殺めてきた人達の最後の苦しみを知りました。そして自分が今まで慕い、尽くしてきた兄貴の心変わりを嘆きました。
私達は本当の兄弟以上に兄弟だった。彼との思い出を語ればきりがありません。
しかし、殺しの《法》を手にしたことで私が変わってしまったように、頭という地位が、兄貴をいつの間にか変えていたのでしょう。地位と権力、闘争によって得た危うい地盤が揺るがされることを、彼は恐れたのです。
人間の心はもろいものです。そんな人間に作られた組織も、はては国家も、いずれは崩れ、すべてが変わってゆく。どの組織が栄える、どこの国が勝つ、大きな歴史のなかで見れば些細なことです。
この世界に新たな命を得たとき、私のなかには虚無だけがありました。何をすればいいのかわからず、ただひたすらに各地を彷徨い歩きました。乞食のように残飯を漁り、喧嘩を売られても叩きのめされるばかりで、いっそこのまま殺してくれとさえ願いました。
そんな死への旅の末に辿り着いたのが、今の村です。疲れ果て、山中で倒れていた私を介抱し、世話をしてくれたのが村長と、当時失意のなかにあった彼の娘のニーダでした。
それで私の虚しさが晴れることはありませんでしたが、生来の気質ゆえか、飯の恩、宿の恩と思いながら、私は少しずつ彼らの生活を手伝うようになりました。唯一の取り柄だった力仕事で対価をもらいつつ、村の皆から農業や文字を学ぶようになりました。
やがて、かつて死の前に経験した、穏やかで小さな世界が再びそこに現れていることに、私は気付きました。
そしてニーダが私に、ディオムの父親になって欲しいと言ってくれたそのとき、私は涸れ井戸のようだった自分の心に、潤いが甦っているのを感じたのです。
神が私に与えた宿命がなんであるかは解りません。しかし今、私が私自身に望むのは、本当の意味でこの手が届く小さな世界で生きることです。
あの闘いは、結果的にこの小さな村の営みを守るための闘いになりました。
しかし、私を砦に向かわせたのは、やはりラーライです。
貴女にラーライの死を告げられ、実際に彼の遺体を目にしたときから、私は神というものをいっそう憎むようになりました。
同時に、自分が再び息子を死に追いやったという考えにも取り憑かれています。
はじめに、私は贖罪と言いました。私が前の世界で息子にしたことは、とうてい許されるものではありません(息子以外の人達にしてきたことも)。
それが解っていて、またそれが親の傲慢だったとしても、私はこの手で殺めてしまった息子のために、何かをしないではいられなかった。
たとえ非公式のものでも彼の手柄となり、彼の栄誉が讃えられるよう現場を偽装したのは、そのためです。
これが私に出来る、精一杯の償いでした。
しかし果たして、それで本当に正しかったのか。
そしてもし、あの砦でラーライがまだ生きていたら、私はこの命を彼に差し出したでしょうか。
それは今でもわかりません。
以上が、貴女の疑問に対する、私の答えのすべてです。
妻には、今もこの事実は伏せたままです。どうか貴女ひとりの胸のうちにしまっておいてください。
追伸
子供達と申しましたが、先日、二人目の子が産まれました。女の子です。ダオと名付けました。私の生国の言葉で“道”という意味です。
生まれたての赤ん坊の世話は思っていた以上にたいへんですが、あの件では妻に随分と心労を負わせてしまったので、借りを返すつもりで頑張りたいと思います。
追々伸
ファニコムもようやく笑顔を見せてくれるようになりました。
手足を失い、心に深い傷を負った彼女がこの厳しい世界のなかで、どれだけ生きる価値を見いだせるか。それは正直、わかりません。
あのとき死を望んだ彼女を泣きながら説得していたディオムが、今では熱心に世話をしています。どうやら息子は五歳にして恋をしてしまったようです。
いまはその想いが一途なものであり、やがて彼女の心の支えとなることを願うばかりです。』
殺法ーLETHAL ARTSー 了
お読みくださりありがとうございます!
最初から最後まで読了くださった方々には重ねて大きな感謝を“(_ _ )
本作は転生モノに武侠譚の要素を足してみた実験作でしたがいかがだったでしょうか。感想と評価、どうぞよろしくお願いします。
また誤字報告も受けつけておりますので、「おや」と感じましたらお気軽にどうぞ。
ではまたいずれかの作品でお逢いいたしましょう。




