殺法 ー沈黙の孤狼ー
決戦編後半です。
今話で物語は事実上終了します。
「あーあ、やってくれたね。オークってコスト高いのにさぁ」
砦壁に囲まれた広場に出ると、男の声が出迎えた。
久々にヒトの言葉を聞いた気がする。
正面の椅子に座った、貴族風の青年だ。
生き残ったオークがロッカを取り囲んでいる。その数、十五体。攻めあぐねているのではなく、その時を狙っているのだろう。
ここからが、本当の闘いになる。
だが、ロッカの視線は敵よりも、広場の片隅に注がれていた。
そこには木組みの物干し台が設けられており、二人の男が首を吊られていた。
男と分かったのは、上半身を裸にされていたからだ。
下半身はなかった。腕も斬り落とされていた。残された上半身にも矢が、槍が、剣が刺さっている。手遊びの的にされていたのだろう。
片方の男の顔はもっと凄惨だ。かつてロッカも何度か見たことがある。舌をダラリと出し、白目を剝き、風船のようにパンパンに腫れた真っ青な姿。首吊りで死んだ者の顔だ。
だが見間違えようがない。ナフィの“明影晶”で見た、ラーライだ。
「あんたも特別小隊とかいうやつ? 残念だったね。仲間は死んじゃったよ。あ、でもひとりは生きてるかな、一応。いまから探す?」
気だるげにそう言いながら、青年は“明影晶”をロッカに向けた。
「あー、やっぱ“転生者”だよね……なにこれ、チートじゃん。はぁ? 意味わかんねぇ」
ロッカの能力値を見たのだろう。面白くなさそうに顔をしかめる。
「で、アンタだれ?」
青年の問いにロッカは答えず、左手に刺さったままの矢を折って引き抜き、盾を捨てた。
服を裂き、掌にきつく巻き付けた。
「かっこつけんな。どうせスキルとかあっても意味ないんだし。せいぜい頑張って」
フゥン──空気が振動するような音が鳴り、青年を中心に魔方陣が広がった。
途端に、ロッカは右手の鉈が重くなるのを感じた。こんなものを、今までどうやってああも軽々と振っていたのだろう。
これが《技能無効化》か。
「じゃぁな、かっこつけのじじい」
その瞬間、オーク達が攻め込んできた。
連中の動きがグッと速くなったようにロッカには見えた。
違う。こっちの動体視力が鈍ったのだ。[剣術]だか[格闘術]だかがゼロになったせいか。それとも[孤狼]とやらが消えたせいか。
囲まれぬよう走り回りながら、ロッカは嵐のように襲ってくる剣を、斧を避けることに、全神経を集中させた。
避けきれなかった刃に皮膚を裂かれながら、辛抱強く反撃のチャンスを見定める。
そして一瞬の隙が見えた──鉈をオークの頭に叩き込む。
割れない。頭蓋骨に少し刺さって止まっただけだった。
逆に、そのオークの振った腕がロッカの顔面を薙ぎ払った。
ヘビー級ボクサーのフックを食らったときを思い出して、敵の腕と同じ向きへ顔を振ったが、それでも意識が飛んだまま壁際まで吹っ飛ばされた。
受け身も取れず、コンクリートの地面にまともに叩きつけられた。
衝撃で目が覚めた。胸に鋭い痛み。あばらが折れたかもしれない。
なるほど、これが本来のオークの強さか。能力値がいくら高くても、それだけで押し切れる相手ではない。技能封じにオークの群れ。上手い組み合わせだと思った。
久しぶりにロッカは死を意識した。
それを懐かしいと思った。
一方的に刈るだけではない。“命の刈り合い”だ。かつて、自分はそれに熱中した。
「どしたおっさん? 前に来た奴らの方が、もう少し頑張ったぞ?」
司令官の嘲笑が聞こえる。
ロッカのなかで、なにかがスッと静まりかえった。
地面に指を突き立て、大地を掴むように、力を入れる。
腹で息を吸いながら、ゆっくり立ち上がった。
そこにオーク達が殺到した。
ロッカも走った。直前で姿勢を下げ、一体の脚にしがみつきながら素早く背後に回り込み、背後からそいつの胸脇に、二本指を突き込んだ。
ず────っ。
鈍い音を立てて、指が根元まで埋まった。
ガァァァ──
悲鳴と血飛沫がそのオークの口から噴き上がった。
そのときには、ロッカは次の獲物の鳩尾に、同じ指を沈めていた。
次──次──その次──
オーク達の攻撃をかわしながら、ロッカはそれらの身体に指を突き込んでゆく。
胸ばかりではない。ときには喉の中央、時には首の後ろ……
その一撃一撃が、急所を正確に破壊していった。
「なにやってんだ! 殺せ! 殺せよバカ! どうなってんだよ! 俺の力、効いてんだろ!?」
焦った司令官がこれでもかとオークをけしかけてくる。だがロッカには彼の声など聞こえていない。
次に撃つべき的、穿つべき点を見定めてゆく。
ただ一心不乱に、しかし息をするように自然に……
八不打と呼ばれるものがある。ロッカの生国の医術で「鍼を真っ直ぐ打ってはいけない」とされる点穴であり、これは伝統的な武術においても──多少は変われど──同じように「撃ってはならない禁所」として伝えられている。
例えば胸の脇は期門、喉は廉泉穴、首の後ろは風府と呼ばれる。
拳で撃つだけでも命を取ってしまうとされる場所に、ロッカはさらに指をアイスピックのように突き刺す。胸に撃てば肋骨の間を通して肺に孔を空け、背中に撃てば脊柱を縫って神経を断つ。
どれほど鍛えぬかれた肉体であっても、筋肉の薄い部位は必ずある。もとの世界でも、この指で何人もの、自分より遙かに巨大な相手を血の海に沈めてきたのだ。
それはもはや、ロッカにとって《技能》ではなく、《法》だった。人生そのものだった。
相手がオークであろうと、体格が人の相似である以上、この呪われた《殺法》から逃れることは出来ない。まして治癒魔法のないこの状況では、肺や心臓に空けられた孔を塞ぐことなど不可能だ。
不意に、ヒュッと風を切る音がした。
反射的に身を翻す。
矢が右肩を貫いた。
「いまだ! いけ! やれ!」
なおも敵は襲い来る。その数は六か、七か。
ロッカは思い切って左手で右肩の矢を折り、先頭のオークの眼に鏃を突き刺した。
技でもなんでもない。身体に染みついた、“生き延びるための動き”だ。
向き直って、射手に狙いを定める。二本目の矢をつがえているそいつに向かって走った。
慌てたオークは矢を放つが、ロッカはその射線を下からかいくぐり、怪我をした左手でそいつの鳩尾を刺した。
が、突き込んだ瞬間、ロッカの指も鈍い音を立てた。傷と疲労による姿勢の崩れ、人間より硬いオークの肉質、要因は色々ある。
引き抜いてみると、中指が反対に曲がっていた。
「あ……ああ……!」
悲鳴にもならない声を上げて、司令官が営舎らしい建物に逃げ込んだ。
ようやく、ロッカはそのあとを追い始めた。
今になって息が上がる。眼もかすんできた。右肩はもちろん上がらない。
だが不思議と、痛みは感じても、それを苦しいとは思わなかった。
禁酒者が酒の味を思い出したかのように、死線と狂気の高揚感がロッカを沸かせていた。
残されたオーク達が妨害してくる。ロッカは左手の人差し指一本で二体を突き殺した。が、その指もそこで駄目になった。
薬指と小指──親指──オーク一体を残して左手が使えなくなった。
こちらの状態を悟ったオークが勝ち誇ったように嘶き、斧を振り上げる。
ロッカはその背後に回って、肩の上がらない右手に左手を添えることで、なんとか敵の腰骨を刺した。
だが、歪んだ姿勢で撃った反動で、右の指二本も、歪なS字を描いた。
両手は封じられた。それでも、ロッカは営舎へ入った。
と、扉をくぐる直前に足を止め、首吊り台へと振り向いた。
彼の息子の死体は、まだそこにあった。
*
「来んな。こいつ殺すぞ」
ナフィ達が罠に陥ったというのはここだろう。営舎の二階にある、広々とした謁見室だ。王でもあるまいに、と思ったが、この司令官の趣味の産物かもしれない。
その玉座らしい椅子の前で司令官は女に剣を向けていた。
その剣に、ロッカは見覚えがある。ナフィの写真のなかで、ラーライが腰に提げていたものだ。殺したあとに奪ったのだろう。
床に転がされた女は、人の残酷さを一身に受けたような姿をしていた。裸にされ、手足を切断され、傷口を焼かれていた。轡をされているのは、舌を噛み切らせないためだろう。
生気の失せた眼が、この数日間の受難を物語っている。
「ファニコムか?」
ロッカは女に訊いた。
女は力なく頷いた。
さきほど司令官も生存をほのめかしていたが、ナフィは早合点をしていたようだ。もっとも、これでは死んだも同然かもしれないが。
「オレはそいつを殺す。いいな?」
女はまた頷いた。だが、今度は強く。
「おい黙れよ……黙れよ、オイ」
相変わらず剣をファニコムに向けて司令官は凄む。
ロッカはかまわず前進した。
「わかった、わかったよ。女は殺さない。これでいいだろ?」
距離を半分まで詰められたところで、男は観念して剣を人質から逸らした。
それでも、ロッカは止まらなかった。
「来るな……来るなよオイ! なんだよクソキチ〇イが!」
剣の先を迫り来る狂人に向け直し、後退る。
キチ〇イときたか……違いない、とロッカは自嘲した。
「ちくしょう! もとはと言えば、ガウルの奴らがオレを能無し扱いしたのが悪いんだろうが! 神に押しつけられたこんなクソみたいな技能のせいで、どこにいっても役立たず扱いで追放、追放、また追放だ! “転生者”なのに、騎士団にも入れねぇんだぞ! それを、帝国の奴が認めてくれたんだ。そっちに鞍替えすんのは当然だろうが、え!?」
恨み言を捲し立てる男の背中が、壁につく。
泳ぐ目が、ふとロッカの手に止まった。
ふふっ、と唇が下弦を描き、笑みを漏らした。
「なんだよ? やんのか、おっさん。その手で? ああ? オレだって“転生者”だぞ! [剣術]くらい持ってんだ! 死ねや!」
ラーライの剣がロッカに襲いかかった。
お読みくださりありがとうございます。
呆気ない幕切れですが、古い中国映画とかではたまにある手法です(笑)
このあと、ロッカの回想やナフィとの会話の裏にあった心理を明かす、後日談のような話を添えて、この物語は終わりです。




