プロローグ
普段は転生モノを書かないのですが、あえて【転生】【スキル】【無双】というテーマを材料に私が料理をしたらどうなるか、と挑戦してみたものです
今話は導入部ということで、なんかよくあるシーンです(笑)
朝霜が融けきらず、うっすらと霧の立ちこめる山野のなかを、少女は逃げていた。
上質の羅紗で織られた法衣はボロボロで泥まみれだ。何度も転んでは立ち上がり、岩を、木の根を越えてきたのだろう。
一心不乱。だがその右手はまだ、法術師の命とも言えるトネリコの杖を握りしめてた。
いつから、どこから走ってきたのか。焦点の定まらぬ眼と、絶え絶えの息。もう体力は残っていない。
ただ、生きたい、生きねばという執念が彼女の足を動かしているのだろうか、それとも……
少女の背後から、ドン、ドン、と重い足音が森に木霊する。
追跡者は、二メートルはあろう巨漢だった。それも二人。
その頭は人間のものではない。
一方は豚に、もう一方は牛に似ていた。
オーク──強欲かつ強壮な、帝国軍の兵卒たちだ。
どちらも全裸で、その体のいたるところが泥と血痕で飾られていた。口の周りなど、子供が紅で遊んだかのように顎まで赤黒く染まり、ひび割れ、走る動きに合わせてパラパラと粉になって剥がれ落ちてゆく。
「あ──!」
ついに少女は足をもつれさせ、土の上に転がった。転がり方が悪かったのか、肘で身体を起こすだけで、上手く立ち上がれない。
それでも、前に前に、追っ手から逃げようとした。
その足が、大きな手に掴まれた。
言わずもがな、追いつかれたのだ。
それは絶望に捕まったのと同義だ。
射手のファニコムは世にもおぞましい辱めを受けながら殺されていった。彼女を助けようとしたトゥッザは八つ裂きにされ、自分の身体が食われるのを見ながら死んでいった。
そして、自分を逃がそうとしたラーライも……
(ラーライ……ごめんなさい。私も、あなたのところに……)
血と泥の匂いにまみれたオーク達の手が服を引き裂いた。獣の口角からヌラヌラした唾液が白絹のような肌にしたたり落ちる。
少女は悲鳴を上げることもしなかった。
抵抗しても無駄だ。治癒師の自分がどんな攻撃魔法を使ったところで、屈強なオークを一人で倒せるほどの威力は出せない。
手が力を失い、杖を落とした。
もう疲れた。どうでもいい。せめて早く、安らかな死を──
「おい」
突然聞こえた男の声に、オーク達が顔を上げた。
すると、牛頭が真っ二つに割れた。
首の根でようやく刃を止めたそれは、投げつけられた鉈だった。
ドォッと地響きのような音を立てて牛頭が倒れた。
憤慨した豚頭が、放り出していた剣を拾おうと手を伸ばす。
一瞬早く伸びていた別の手がそれを奪い去り、持ち主の胸に鋒を突き刺した。
グゥゲェェェェェ──!
そんな状態でなお呻き声を上げながら、我が生命力を見よとばかりに、豚頭は刺された剣を引き抜く。
そして次の瞬間、振り下ろされた鍬に、顔の前半分を削ぎ落とされた。
頭蓋骨の中身をボロボロと溢しながら、豚頭だったものも絶命した。
少女は生気の失せた眼で、追跡者達の死体を見ていた。
ここまでの自分の必死の逃走を──そして仲間の死をも──嘲うかのような、呆気ない幕切れだった。
助かった喜びよりも、虚しさだけが募る。
なぜなら、オーク達をいとも簡単に倒した者は……
「怪我は? 立てるか?」
男は使い込まれた麻布で、鉈と鍬の血を拭った。
チュニックの腰を留めるベルトの鞘に鉈を納め、鍬は蔓を結んで肩に掛けた。
土と草、そして獣の匂いを漂わせる、無精髭の中年。
二体のオークを瞬く間に屠ったのは、どう見てもただの農夫だった。
お越しくださりありがとうございます。
この後書きを書いている時点で執筆作業自体は完結に近づいており、全20,000字ほどの掌編になる予定です。
まだ本筋にも入っていませんが、評価、感想いただけると嬉しいです。
誤字報告も受け付けております。どうぞよろしく!(^_^)ノ