一つの恋の⋯⋯不悉
「手紙?」
「お嬢様が髪飾りと共に胸に抱いておられた物です、ご主人様がお持ちだと思います」
「私が読んでも良い物なのだろうか?」
「殿下宛てですから」
遺書か、侯爵夫妻がそれについて何も触れなかったという事は、渡すつもりが無いのだろうか?
「情報をありがとう、ところで君名前は?」
「⋯⋯アンと申します、取り乱して殿下には失礼な物言いを致しました。お許しください」
アンと名乗ったメイドは深くお辞儀をして部屋を出て行った。
それから「また来るからね」と彼女に声を掛けそっと頭を撫でた。
隣室で控えていた医師には彼女に何か変化があったら連絡を入れてくれる様に頼んだ。
そして屋敷を辞す時に私に何か渡すものなど有りませんか?と問うと渋々と言った体で、クシャクシャの遺書を出してきた。
「我々は確認しておりませんので」
言い訳の様に言い気まず気に目を逸らした。
馬車の中で迷った、今すぐ目を通したい。
しかしじっくり読む為には城に帰ってからの方が良いだろう、気持ちを落ち着かせ帰路に就いた。
その頃、直ぐに殿下がおいでになると娘に聞かされていたドクトール伯爵は、玄関ホール横の小部屋で今か今かとイライラしていた。
アリーシャが入って来ると
「おいでになったか?」と腰を浮かせる。
「まだですわ、それにしても何に時間が掛かっているのでしょうか」
「うむ、恨み言でも延々と聞かされているのではないか」
「そうでしょうね、こんな機会は二度とありませんもの」
アリーシャは薄ら笑った。
「それはそうと王太子妃教育がいよいよ始まるだろう、こんな騒ぎが起こって大丈夫なのか?」
「お父様の娘でしてよ、卒なくやりますわ」
伯爵は抜け目のない目をする娘に安心し、何か有れば宰相を頼る様に言うのだった。
「随分遅くなった、申し訳ない」
伯爵家の応接室で伯爵夫妻とアリーシャを前に紅茶で喉を潤す、喉がカラカラだった。
「呆れた、あちらではお茶も出ませんでしたの?」
アリーシャが心配してくれている。
「いや、話し込んでいたので飲むのを忘れてしまったのだ」
「まぁ、お茶を飲む暇さえも与えないなんて、エドモンド様がお可哀想だわ!」
「随分と時間が掛かったという事は恨み言が多かったのでしょう、娘の教育も満足に出来ないのでしょうから」
伯爵が決めつけたかの様に言う。
「本当に、アリーシャで無ければ激怒していたところですわ」
「お母様、少々お口が過ぎましてよ」
「アラアラ、アリーシャは天使の様です事。オホホホホ⋯⋯」
「殿下、それで解決はされたのですかな?」
「あぁ、それは大丈夫だ。話を聞いて理解頂いたよ」
「流石エドモンド様ですわ。これで何の憂いも無く王太子妃教育に臨む事が出来ますわ」
「あぁ、明日からだったね、期待している。頑張ってくれよ」
暫く当たり障りのない話をした後帰途に就いた。
アリーシャが自室に誘って来たが疲れているからと断り明日王太子妃教育の前に会おうと約束して別れた。
長く濃い一日だった、アリーシャ一家に侯爵家での事は話さない方がいいと判断した。
隠し事をしている様で心苦しかったが全てが明らかになってからで良いだろう。
唯でさえ王太子妃教育は大変なのだ、其方に集中して貰いたい。
そんな気持ちからであった、その時は純粋に。
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