01. 潜入
聞きたくもない下種共の下品な笑い声と共に足音が遠のいていく。
……なんかヤバそう。逃げなきゃ。
危険はないから下調べしてきて?って軽いノリで言われた仕事なのに、いきなり男と出くわし拘束されたんだけど、何?
確かに、とある取引があるかもしれない現場の候補の一つなのは聞かされていた。その中でビンゴしちゃったって事になるのか?まさか全く関係ない犯罪組織とかではないよね?でも、湾岸の倉庫なんかを取引現場にするような組織が他に存在していてもおかしくはない。
だけど、本当に危険なら私に行ってこいなんて言うはずもないから、きっとたまたまなんだろう。
……いや、そう信じたい。とてつもなくそう信じたい。
まぁ、それはここから無事逃げられたら聞くとして、まずは逃げなきゃ。なんて事を考えながら、後ろ手に縛られた縄を切りつつ、薄目で周りの状況を把握していく。
……部屋?
いきなり遭遇して殴られたから気絶したフリをして、大人しく運ばれてからどれくらい経ってるだろうか。
薄暗い部屋に目が慣れるまで時間がかかったけれど、部屋の中には何も置かれていなかった。
唯一の明り取りの窓はジャンプしても全く届かない高い場所にあり、小さい上に鉄格子が嵌められている。だけど、そこから入る月明りが暗い部屋に少しの光を届けてくれていたおかげで、部屋全体を確認することが出来たのは助かった。この部屋からの唯一の脱出ルートは目の前にある木の扉からしか無理そうだ。
脚が縛られた縄を切り、自由になった手足を伸ばし立ち上がる。同じ姿勢で数十分だけでも縛られると言うのはやっぱりきつい。体をバキバキ鳴らしながら立ち上がり時計を確認したら20分ほど経過していた。
扉のノブを回せば鍵がかかっている。鍵穴を覗けば向こうの景色が見えた。
……廊下?
随分古いタイプの鍵を使ってるのは部屋の鍵だから?それにしても古すぎん?この手のタイプの鍵を見たこともないし開けたことないけど、たぶん簡単に出来るだろう。ベルトにぶら下がっている工具類から鍵専用の工具を取り出し鍵穴にさして少し弄れば予想通り簡単に開いた。
簡単に侵入者を拘束する相手は確実に犯罪組織の一員だと言える。
だから余計に思うのは、こんな鍵の部屋に拘束する意味が分からない。どんどん逃げてくれと言ってるようなものだ。
だからこそ、他に理由があるはずだ。素直にラッキーなんて思えないのは、そういう場所で拘束されたからだ。
逃げたところをまた捕まえて今度は拷問して絶望と恐怖を植え付ける作戦とか?
まぁそれなら納得出来なくもないけど、シンプルにめんどくさい最初から拷問一択でしょ。
どちらにしても、逃げない事にはヤバいだけだ。逃げる途中で拾える情報は拾って報告すれば良いだろう。その前にLINEしておくか……あぁ圏外か、まぁ仕方ない後で報告だ。
静かに扉を開け、周りの様子を確認した。薄暗いけれど目が慣れればしっかり見えてくる。微かな音さえも聞き逃さない様に集中すると、何の音か分からないけれど微かにする音の方へ意識を傾けた。
一人ではない気配が確かにある。さっきの男たちか?それ以外の気配は感じられないから静かに外に出た。足音も気配も消してゆっくり近づけば、石畳の通路があって片方は壁、片方は牢屋になっていた。
「……マジか」
牢屋の中には外人の子供たちがたくさんいた。とある取引って密輸か薬かなんかかと勝手に思ってたけど、聞いても教えてくれなかったのは、人身売買だったからなのかもしれない。
マスクをずらして人差し指を口の前に立てながら、ゆっくりと中を確認した。恐怖で怯えた子供たちは目に涙を溜めて、奥の方で肩を寄せ合っていた。外人の子供たちの髪はカラフルで、金髪に茶髪、黒髪の子も居れば白髪の子も居た。隣の牢屋はも同じ様に色んな毛色の子供たちが怯えた目をして肩を寄せ合っていた。おかげで子供たちは騒ぐことなく震えながらで静かに私を見ていただけだった。
『必ず後で助けを呼ぶからもう少しだけ待っててね』と、心の中で告げた。
思いがけない子供たちの登場に、逃げる足はより一層慎重になりながらも急いだ。
マスクを戻しながら牢屋を通り過ぎると、違う気配が確認できた。除き見れば階段の前に大柄な男が一人座っていた。男はグラスの液体を一気に飲み干し、足元にある瓶からグラス液体を注いでは飲み干す行為を繰り返し行った後、背もたれに寄りかかり目を瞑った様だ。
……寝た?
まさかとは思うけど寝たのなら凄くラッキーだ。気配を消したまま暫く様子を伺っていたけれど動く気配はなく、なんなら微かにいびきまで聞こえてきた。若干呆れながらも周りを警戒しつつ男に近づいたが起きる気配もない。
……なんか臭い。
匂いの原因を探してグラスを嗅げばただのアルコールで、この臭いの源はどこだ?臭みを辿ればどうやら眠る男が臭いらしい。害悪レベルの汚臭なんだが、マスクをしててもこの臭いってヤバすぎる。
触りたくもないけど、臭い上に目を覚まされるとめんどくさい事この上ないので鳩尾を殴り壁に掛かっていたロープで手足を縛って床に転がした。何故か腰には臭いのに立派な剣があった。
……臭いくせにコスプレ?
剣をゆっくり持ち上げると想像以上に重たかった。鞘から引き抜くと銀色に光る立派な剣もどき。最近のコスプレ用の剣ってこんなにも重いのかとマジマジ確認して、真剣じゃないから切れないとは思うけど割と鋭利な剣先を横たわる臭い男に服に刺して動かしたら、なんと見事にスッパリ切れた。
……臭いのにマジ?
まさかの真剣?しかも銃ではなく真剣?そんでもって日本刀でもなく西洋の剣だと?よく見れば横たわる男は日本人離れした容姿だった。服装も現代の装いとは違っていて、マンガで出てくるような異世界の村人のような服装で西洋に憧れた臭みコスプレイヤーだから銃ではなく真剣なのか?だったらそこは勇者とか王子とか魔術師とかじゃないのか?え、だったらこれはエクスカリバー的な?
……え、いや、でも、なんか特別な剣じゃなさそうだから違うか。まぁ剣の事はさておき、何に憧れるかは個人の自由だとしても……村人はない。そのうえ臭いときたら更にない。
……でだ。この状況をどう捉えればいいんだ?
なんでこんなに臭いのかも分からないし、謎の村人コスプレイヤーが真剣を持ってるのとか、目の前にある現実を整理しつつ、いざって時に役に立つかもとその剣をベルトの隙間に差し込んだ。