物語の
「痛い離してッ!」
バリスタは身をよじる。カマキリの両前脚が食い込んだ肩から血が噴き出た。
ボク達は一斉にカマキリに飛びかかり、武器を振り下ろす。よろよろとバリスタが前脚から逃れ出た。
「いる! 他にも」
小さな炎がボクたちの周りを囲んでいる。1、2、3……4つ。
ボクはパンツにpinoのピックを引っかけ、雪見だいふくのフォークを両手で握る。
カマキリの背後にはおそらく夕食であろう人影が潜んでいる。ああ、他に。
「囲まれてるナア!」
ハラグチが叫ぶ。
闇に慣れた目に、ローソクの光が加わって暗闇でもそれなりに相手の姿が見える。左から亀に乗った女子。右から犬に乗った男子、後ろから象に乗った女子。
そしてバリスタはうめきながらひたすら脇腹の痛みを訴える。
ボクはカマキリに向かった。とにかく、バリスタを守らなきゃ。ボクに、注意を引きつけ、倒しきる。荒く息をして、ダッシュ。カマキリの後方から「来たぞりゅうじ! 喰えし!」と、女子の声が響く。
りゅうじってのはカマキリの名前かな。
りゅうじは前脚をきれいに揃え、横に突き出た目でボクを見つめる。鎌が異様な光を放つ。
胴体を狙うには、りゅうじに深く接近しなければならない。内蔵を刺せば動きが鈍るに違いないが……危険か。カマキリって夜目はどこまで利くんだろう。
カマキリには表情がない。何を考えているのか。それとも。
このままグズグズしていても何もいいことはないだろう。
いつでもカマキリの動きに対応出来るようにすり足で近づく。そして不意に一気に跳躍。
ボクはフォークを突き出した。手応えがあった。腹部に突き刺さる。
ぶおん。
「……ぐわッ!」
自分の口から言葉にならない音が漏れた。カマキリの両腕が唸りを上げ、ボクの肩に食い込んだ。痛みに耐えながら、後退。血が体をつたう。
カマキリに先に一撃を加えたのはボクだ。
……そうか。昆虫は痛みを感じないのかもしれない。
それはやっかいだ。攻撃が成功してもすぐに反撃が来る。ゲームで言うヒットストップがない。
歯を食いしばる。首筋に生ぬるい汗が浮かぶ。
りゅうじが、にじり寄る。身長は3mくらい、でも斜めに立っているのでボクより少し高いぐらいに見える。
まるでロボット。ボクを食べるために生まれた。
脇からも嫌な汗。手がふるえる。
銃声。
「くぅっ!」
ティアラが声を漏らす。
「どこかから撃たれたわ。……止まらないで。動き回って」
人の心配をしている余裕はなかった。
両鎌が振り下ろされる。その予備動作はわずかだ。でも自分でも信じられないくらい、体が勝手に反応して、後退。自分に驚く。
そうだ。
ボクは、スクワイア。
そして迫る前脚を、かいくぐって、隙を見ては一撃を加え……たいのだがりゅうじは休みなく攻めてくる。あまり後退するとティアラの身が危ない。横に逃げてカマキリを引きつける。視界が変わって戦場全体が見えた。
ティアラがアクエリとかいう壺をあてがい、バリスタに何か飲ませている。
「ああ、回復するやつだあ。ありがとう」
「あれもおそらく敵よ!」
ティアラが岩を指して叫ぶ。バリスタが「OK! 撃ってみる!」と応じる。バリスタの目の前に木製の機械が現れ「お豆を挽いてえ。淹ってえ……狙ってえ……撃つよ!」バリスタが機械から手を離すと、巨人用コーヒーカップが唸りを上げて機械から飛び出し、岩にぶち当たった。コーヒーカップは耳をつんざく音とともに割れ、破片になって突き刺さる。
土煙の中から、じいさんが姿を現した。手に首の長い鳥を抱えている。
少しずつ、腕が、足が重くなる。りゅうじの前足は重く、押され始める。鎌が、ボクの顔をかすめる。鋭い痛み。
なら、これはどうだ。
ボクはマントに力をこめる。ボクの体が浮き上がる。
空を飛ぶのは、気を張る。疲れる。でも、空中にいれば、りゅうじは戸惑うかもしれない!
ボクはりゅうじの後ろに回り込もうとする。だけどりゅうじは回転しついてくる。仕方ない。ボクは正面から襲いかかる。
両の鎌が飛んでくる。ボクは体をひねってかわす。
そうか空中でもお構いなしか。ボクは後退するとあっさり地面に立った。ここで体力を消耗するわけにはいかない。
そうだ。
ボクのパンツにはもう一つの武器がさしてある。さっき邪魔なのでここにさしておいたやつだ。さあて。
でも、これは短い。つまようじをカマキリに突き刺すまで接近したら、鎌のエジキになりかねない。
あ。
ボクはつまようじをパンツから引き抜いた。持ち上げ、振りかぶって、素早く投げつける。わずかだがりゅうじの筋肉がちぎれる音がした。いける! ボクが手首を返すと手の中につまようじが現れた。投げつける。
カマキリが接近してくるたび、ボクは反時計回りに後退。投げると手に新しいつまようじが握られている。矢継ぎ早にに投げつける。
りゅうじは機械だ。ずっと同じ行動をとり続ける。
駆け引きしない。ただシンプルにボクを殺しに掛かる。
りゅうじの体が揺れる。
効いてるのか?
そうだ。駆け引きする相手じゃない。
ボクはつま先に力を込めて芝生を蹴る。急接近。着地すると、渾身の力を込めてフォークを突き上げる。
嫌な音がする。体液が漏れる。りゅうじの体が、がくんと沈む。
りゅうじの後方に、誰かいたはずだ。ボクは駆ける。揺れるローソクと人の気配。
「来るんかよぉ。ふざけやがってぇ……」
ボクはその声の主にピックを投げつける。しかし忽然とローソクの火と人の気配が消えた。
りゅうじは動かなくなった。ティアラのもとに駆ける。羽音がしてそちらを向くと何かいる。ああ、またドローンだ。きっとボクを撮っている。
甘い香りがした。ティアラのまぶたがくいっと上がる。
「コケッ!」
ティアラが鳴いた。戻ってきたボクは目を丸くしてティアラを見つめる。
「違うの。……虚仮」
「こけ?」
ティアラの見つめる闇の中。白いヒラヒラしたものが翻る。それはこちらに迫ってくる。しずしずと歩いてくる。
「撤退するわよ」
ボクは振り返った。ティアラはボクの視線を避けるようにヤマザキにも呼びかける。
「逃げようにも!」ハラグチが鍋を振り回しながら叫ぶ。「敵が近すぎるなあ!」
血まみれハラグチは微笑んで、声は浮かれている。
「ふええええええええん。もう嫌だ。もう……」
フミョウはしゃがみこんで動かない。
「アクエリっ。行ける?」
「充填完了」
ティアラが瓶をふわふわ従え、歩み出た。足から血が垂れる。
「おなかがすいたゾウ……」
野太い声が響いた。
地響きも勇壮に象が迫る。
瓶を手にし、その口を象に向けると、黄色の液体が迸った。象の顔をしとど濡らす。やがて象は頭を震わせて高くいなないた。
「トンキー?」象の背中から、男子の声がする。「目が見えないんだね。ちょっと待っておくれ」
象の背中から、小さな炎が見えた。
「確執のコーラ」
ティアラが左手を上げるとコカコーラとペプシの500ml缶が2本頭上に現れ、激しく回転。左手を振り下ろすとプルタブが引っ張られ、中の炭酸飲料が噴射、推進力を得てぶつかり合いながら象に向かってすっとんでく。コカコーラが夕食の男子にぶち当たってひどい音がした。
「……ちくしょう。退がるぞ」男子は這いつくばって背中に戻る。象はティアラの追撃を身を挺して防ぎ、よろよろと踵を返し、闇に消えた。
「あの男には絶対に近づかないで」
「男?」
ボクは目をこらす。全身を覆う純白の外套、その手に武器らしい光沢、肩にかかる髪、そしてすらっとした細身。
「でも、誰かが止めなきゃ」
ボクは進み出た。
「ダメ。私が行く。あなたの身が危ないの」
バリスタの言葉が強い。反論する間もなくそのまま虚仮に向かう。
「援護するね」
「ダメ。援護なら他の子をお願い。でも本当は……怖いけど」
肩口の傷がしくしく痛む。
でも、この一秒一秒の間にあっちでもこっちでも戦闘は続いていて、ボクが加勢に入れば戦況は有利になるはずだ。休んでなんていられない。
ボクは……。
振り返る。ヤマザキが巨大な亀と戦闘中だ。援護に向かう。
全長5mほど。顔が異様にとがっている。そばにはローソクが付いた女子がいた。
!?
「お前はッ……!」
前髪パッツン、ショートカット。顔をすっぽりと覆うマスク。水着が仄かな光を受けて光っている。右手から生えるローソク。
顔は見えないけどわかる。生物兵器テロの犯人だ。
「やあ、イケメン君。昨日ぶりっ!」
「あんなことをしたの? どうして」
「自分の胸に手を当てて聞きなさい」
どういう意味だろう。……どうでもいいや。ただ、お前のローソクを折るだけだ。
銃声。でもそんなのどうでもいい。
ボクの何かが弾ける。
「ぐぅあああああああああ!」
ボクは叫びながらマントを広げ、低く飛んだ。
!?
体がぐらつく。ボクは必死で地面に足をつく。よろけ、転んだ。大丈夫。けがはしていない。ああ、マントに穴があいている。
あっちだ。さっき壊した岩。煙がもうもうと上がっている。歯をかみしめる。ちくしょう!
ボクは立ち上がると走り出した。踏ん張るたびに傷がうずく。
じいさんが、翼を広げた鳥をいじり、やがて鳥の足と、胴体を掴んだ。そして、ボクをにらむ。
その指が動くのを見て、ボクは身を伏せた。銃声と煙。
やっぱりだ。あの鳥の口から弾が発射される。
ボクは立ち上がった。もうすぐ……。
ダッシュ。じいさんが火薬と弾を込め……る前に。
「ぐうううあッ!」
ボクはフォークを強く握って。
と、鳥がはばたいた。じいさんの手から飛び立つ。ボクに向かって脚を伸ばす。ボクはわずかに遅れた。鳥の爪がボクの胸にひとすじ、傷をつける。ボクは痛みをこらえ、鳥に向き直る。鳥は舞い上がった。
今は。
こっちだ。
ボクはじいさんにフォークを突き出す。と、鳥がまたもボクに襲いかかる。それは予想できている。ボクは鳥の爪がボクに届くより先にフォークを突き刺す。
鳥が突っ込んできた速さが、鳥自身へのダメージに変換された。
「残雪!」
じいさんが叫ぶ。
鳥はぐったりと芝生に落ちた。
悪いけど、急いでいるんでね。
ボクは小さく跳んだ。目をこらす。肩に揺れるローソクを見た。一心にフォークを突く。じいさんは震える手で。火縄銃をぬっと突き出した。
銃声。
じいさんはゆっくりと、倒れた。真っ赤な石が体から抜け落ちる。
よし、これで。
体は重い。疲れている。でも。
あの女を仕留める!