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血染めの刀は殺意と踊る  作者: ダメな人
月落とし篇
7/21

リターンマッチ

「いや〜腹減ったなぁ。寿司食いたい、寿司。いや·····ラーメンも良いなぁ。お前は何が食いたい?」

 夜の街を歩く源之助とナコルは、夕餉について相談し合っていた。

 時間的に、夕食を摂るには丁度良い時間。居酒屋などが立ち並ぶエリアには既に食欲をそそる匂いで充たされている。

「え·····えっと、ラーメン?·····が良いです。スペインに居た頃は食べたことがなかったので·····」

 オドオドしつつも自分の意見を主張するナコルに、源之助は目を丸くする。

「何だ、ラーメン食ったことねえのか。そりゃ人生丸っと三回分くらい損してるぜ」

「そ、そんなに美味しいんですか·····?」

「当ったり前よ!濃厚なスープ!ツルッとキメ細やかな麺!そして宝石のようなチャーシュー!これを食わずして日本で過ごすなんてそりゃモグリだぜ」

「スープ·····麺·····チャーシュー·····ほわぁ·····」

 源之助の言葉にゴクリと思わず生唾を飲み込む。

 今にも零れ落ちてきそうなヨダレを啜り、ナコルは想像上のラーメンに想いを馳せる。

 行き交う人々もまた、二人と同じ様にこれから何を食そうか考えているのだろうか。

「それじゃ、俺のイチオシの店へとご招待するぜ」

 やって来たのは表通りに面したラーメン屋。暖簾を潜ると威勢の良い声が出迎えてくれる。

「さぁて、俺は決めてあるけどお前は何を注文するんだ?」

 メニュー表を渡す。おずおずとそれを受け取ったナコルは、感心した様子で眺め始めた。

「こ·····こんなにたくさんの種類があるんですね·····決められるかな·····」

「ははは、何食っても美味いぞ」

 熟考に熟考を重ねた末にナコルは塩ラーメンを、源之助は豚骨ラーメンを注文するに至った。

 程なくして、丼が二つ差し出される。

「いただきます」

「い·····いただきます」

 両手を合わせて箸を割る。パキン、と子気味の良い音が鳴る。

 まずは熱々のスープを一掬い、啜り込む。口内にまったりとへばりつく様な濃厚さが堪らない。何杯でも飲みたくなる味だ。二、三口スープを堪能するとお次は麺の出番だ。ドロドロのスープに箸を沈めると、この店自慢の太い縮れ麺が姿を現した。これまた一息に啜り込む。存在感たっぷりの太麺が、モチモチとした食感を奏でる。

 そろそろ頃合か、満を持してチャーシューに箸を伸ばす。ズッシリとしたブロック状の肉。重厚なそれは口に入れた途端にホロホロと溶けて無くなり、まるで灼熱の砂漠に浮かんでは消える蜃気楼を思わせた。

 気が付けば、丼は空になっていた。ナコルに目を向けると、美味しそうにチュルチュルと麺を啜っている。

「私·····今結構幸せかも·····です」

 唐突にナコルが言う。

「誰かと一緒に食事するのなんて久しぶりだから·····」

「そう言や他の連中から逃げて来たんだもんな。仲悪いのか?」

「いえ·····仲が悪いと言うわけではないんですけど、なんて言うか·····」

 途端に口ごもる。

 何となくだが、察しが付くような気がした。世界を支配しようと企む奴らと上手く折り合いを付けるのは難しいことなのだろう。

「ウルファスさんはどこか近寄り難い冷たさがあるし、イヴィルヴィさんはいつも私のことをバカにしてくるし、ジャットさんは気持ち悪いし·····セイビアさんとジョゼさんは比較的まともでしたが·····」

「うーん、一度会ったことがあるが確かにそんな印象だな」

「あ!でも、ルクーシュは大好きです!私、昔から気弱だからなかなか自分の考えてることが言葉にできなくて·····それでも、何の役にも立てなかった私を友達だと言ってくれたんです。こんな私を認めてくれる、そんなルクーシュが大好きなんです」

「そうか、なら尚更奴らの好きにさせるわけにはいかねえな。その首輪、しっかり持っとけよ」

 満面の笑みでナコルは頷く。

 ナンバーズの中にも、まだこんな奴がいたのか。美しい友情、誰かを大切に思う気持ち。自分の中に果たしてそれがあるだろうか。

 源之助は見付けたいと思った。自分が刀を振るう理由を。黒い衝動に塗り潰されるばかりではなく、何かの為に振るう刀を。

 勘定を済ませ、店を後にする。


「いや〜。美味かったな、ラーメン」

「は·····はい!とっても美味しかったです·····!ご馳走様でした!」

 腹も膨れたところで、帰路に就く。

 ラーメンも美味しかったし、ナコルと言う人物の新たな一面も見れ、足取りも軽くなる。

 このまま何も起きなければそれに越したことはない。そう考える源之助だったが、やはりそうもいかないようだった。

「ゲッゲッゲッ·····見つけタゾ。九頭州源之助·····!」

 気味の悪い笑い声が聞こえたかと思うと、何も無いはずの頭上で白い布が翻り、二人の男が姿を現した。

 音も無く着地する緑のドレッドヘアと白のオールバック。イヴィルヴィとジョゼだ。

「チッ·····やっぱり来やがったか!」

 苦々しく舌打ちをする源之助に向かい、イヴィルヴィは嬉しそうに歯を剥き出した。

「オマエにやらレタ背中の傷、借りは返さセテ貰うゾ!さぁ、リターンマッチと行コウ!」

 吼えるや否や、イヴィルヴィが仕掛ける。

「借りシ名は残夢――雷は万物ヲ貫キ、その存在を知らしメル!《ディザルガ》!」

「させるかよ!ナコル、下がってろ!殺人衝動――解放ッ!」

 放たれた雷撃を刀で斬り伏せ、両者間合いを詰める。またあの動きを封じる術を使われては面倒だ。ここは一気に勝負を付ける。

 両手で握った刀を顔の横で構えた。

「九頭州流陸式――纏小波(まといさなみ)!」

 掛け声と共に構えた刀を斜めに振り抜く。申し分無い踏み込み、タイミング、呼吸。当たれば致命傷となることは免れない。

 しかし、寸での所でそれは展開された魔法陣に受け止められてしまう。苦々しく舌打ちをする源之助は、チラリとジョゼを見る。

 妙だ。二人で襲ってきたのに未だに動きが無いのは、かえって不気味さを助長させる。

 後方へと飛び退き、一度距離を取る。

「ゲッゲッゲッ·····なかなか良い斬撃だっタゾ?だが、この間の様な不意打ち紛いノ攻撃でないと所詮ハこんな物、と言った所カ?」

「野郎·····調子に乗りやがって」

「さァ、もっとオレを愉しませてクレ!」

 再び魔法陣を展開し、攻撃の体勢を取る。

 しかし、それを制したのは意外にもジョゼだった。

「お待ちなさい、イヴィルヴィ」

「あァ·····?何ダ、何故止める、ジョゼ?」

 腑に落ちない様子でジョゼを睨み付ける。大きな瞳は今まさに獲物を屠らんと、血走っている。

 そんな様子に見兼ねた様にジョゼは続けた。

「何の為に私が着いて来てると思っているんですか。全く·····前回勝手な単独行動で返り討ちに遭ったのを忘れたわけではないでしょう」

「当たり前ダロ!だからこうして八つ裂きニしてやロウとしている所ダ!邪魔をするナラお前からヤッてやろウカ!?」

「何を冗談を·····こと戦闘となると短絡的なのですから·····。良いですか?やるなら二人でです。ウルファスの計画遂行の為です。とどめは貴方に譲りましょう。まずは確実にあの方を倒すのです」

 その言葉に、激昴していたイヴィルヴィも納得した様子で邪悪に哄笑する。

 とうとうジョゼが動き出す。未だ謎の多いナンバーズ相手に、いったいどう立ち回るか。源之助は思考を巡らせた。

 とにかく、下手に近付くのは得策とは思えない。今はこの距離を保って出方を見よう。

 そう思った矢先、ジョゼが持っていた布を頭上に放り投げた。

 彼の姿が消える。

「あ、あれは聖遺物の聖骸布(ハイド・アンド・シーク)です!源之助さん、気を付けて!」

 ナコルが忠告の声を上げる。

 あれが聖骸布(ハイド・アンド・シーク)。ルナ・フォールに必要な聖遺物の一つ。

「借りし名は蒼穹――うねり、逆巻き、我が拳は音をも穿つ。《ジルドラッグ》」

 虚を衝くとはまさにこのことである。完全に視界に捉えていたはずのジョゼが、あろう事か背後から現れる。

 視認できるほど吹き荒れる風をドリルの様に拳に纏い、鋭い右ストレートを放つ。

 驚きのあまりグラつく足、だがそれが運良く回避に繋がった。だが、猛攻は終わらなかった。

 ジョゼは布を対岸のイヴィルヴィに投げ渡し、今度は彼の姿が消える。

「借りし名は蒼穹――求めれば与えられ、烈風は剣と成る!《シュリッツ》!」

 ジョゼの手刀から鎌鼬が発せられる。今度は避けられない。直感的に悟り、咄嗟に腕をクロスさせてガードする。当然だが防ぎ切れるはずもなく、血飛沫を上げ両腕はダラリと垂れ下がる。

 このままでは不味い。そんな思いとは裏腹に、今度は頭上からイヴィルヴィが現れる。

「借りシ名は残夢――雷は万物ヲ貫キ、その存在を知らしメル!《ディザルガ》!」

 降り注ぐ雷に為す術も無く打たれ、とうとう源之助は地に臥した。

 聖骸布(ハイド・アンド・シーク)、隠れんぼとは言い得て妙だった。

「ゲッゲッゲッ·····これで漸ク背中の傷の借りが返セルなァ。終わりダ」

 立て続けに受けた攻撃のダメージが大きく、指一本まともに動かすことができない。ただ悔しそうに見上げることしかできない現状に、源之助は奥歯を軋ませた。

「出来るだけ楽に逝かせておやりなさい。それが私たちが彼にできる最大限の配慮です」

 修道服の襟元を正し、冷静に言葉をかけるジョゼ。

 敗けたのか。あれだけ大見得を切ったのに。やるせなさが胸に込み上げてくる。

「ゲッゲッゲッ·····それじゃ、終いダ」

 翳された掌が魔法陣を描く。ここまでか。観念した様に目を瞑る源之助だったが、一つの叫びが彼の意識を引き戻した。

「ま·····まだ終わってませんっ·····!」

 間に割って入ったのはナコルだった。

 倒れた源之助を庇う様に、大の字でイヴィルヴィの眼前に立ちはだかる。

「ゲッゲッゲッ·····今更何をやってモそれは無駄な足掻きダゼ?いつもオドオドしてルクーシュの奴の背中に隠れてイタ虫も殺せナイ様なオマエに、いったい何が出来るッテ言うンダ?」

「·····せません」

「あァ·····?」

「この人は絶対に殺させません!」

 力強い言葉をぶつける。それは自信と言うより、己を鼓舞する物に思えた。

 だが、ナコル一人では現状を覆すのは難しい。それが突き付けられたたった一つの現実だった。

「ゲッゲッゲッ·····震えてイルじゃないカ。無理はすルナ、捨てなくて良い命まで捨テルことになルゾ」

 今にも泣き出しそうな表情だが、頑として彼女が退くことはなかった。

 幾ら元組織の仲間同士と言えど、人一人が殺されかけた状況で彼ら二人と対峙するのは、気弱なナコルには耐えられない程怖い状況だろう。逃げ出したい現実だろう。しかし、彼女の足が動くことはなかった。

「彼は私を助けてくれました·····スペインを離れ、貴方たちの元を離れ、一人だった私をルクーシュと引き合わせてくれた!独りぼっちだった私を見付けてくれて、私の信じる正義の手助けをしてくれています!そんな彼を殺すことはナンバーズ、セイス(6)の魔術師――このナコル・オーリリアが許しません!!」

 その言葉を聞いた時、言い様の無い感情が湧き上がるのを感じた。

 血が熱く燃え滾る様な、そんな何かを。

「ゲッゲッゲッ·····御託は要らナイ。その男をさっさト殺シテ、オレたちと一緒に来テ貰ウゾ」

「そ·····そうはさせませんっ!」

 こんな所で寝てて良いのか?

 お前が今やるべきことは何だ?

 繰り返される自問自答。しかし、その全ての答えはもうそこにあった。

「ここで立たなきゃ·····男が廃らあ゛ああああああああぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」

 握り締めた刀を杖にして、咆哮も一つに源之助は立ち上がる。

 それを見て、驚愕の眼差しで三人は振り返る。

「聞いてりゃさっきから勝手なことをベラベラと!誰が誰を殺すだってぇ!?履き違えて貰っちゃ困るぜ、良いか良く聞け?俺が!

お前らを!今ここで倒すんだよおおおおお!」

 声高らかに刀を構える。

 全身から止まること無く血が流れ出ているが、今の源之助には関係無い。むしろ、頭に昇った血が減って助かるくらいだった。

 ナコルの肩を叩く。

「良く言ったな、ナコル。お前は立派な奴だよ。さっきの言葉、胸に響いたぜ」

 あんなに小さかった背中が、今は大きく見える。

 嬉しそうに、また安心したかの様に目を輝かせる彼女の顔には、もう恐怖の色は見られなかった。

 背中を預け、源之助はイヴィルヴィと、ナコルはジョゼと対峙する。

「背中は任せたぜ。お前の大好きなアイツの為にも、ここはビシッとキメねえとな!」

「はい!」

「さぁ!こっからの俺は一味違うぜ。俺の殺人衝動、受け切ってみやがれ!」

 合わせた背中からナコルの心音が伝わってくる。アップテンポだが、さっきの表情と同様に恐怖心は無さそうだ。

 今こそ、二人で力を合わせる時。

「小癪ナッ!どの道、死にかけのオマエに活路など無いノダァッ!」

 苛立っている様に歯ぎしりしながら魔法陣を展開する。

 しかし、ナコルもすかさず応戦した。

「借りし名は深淵――愚者は力を求め、聖なる根源へと至らん!《レリファルキャスロン》!」

 ロンバルディアの鉄王冠が強烈な光を放った瞬間、辺りの景色が一変した。

 それは、氷の大聖堂。ディティールに至るまで精巧に創られたそれは、素人目に見ても感動するような荘厳な沈黙を放っている。

「バ·····バカなッ·····!有り得ナイ·····オマエ如き下等な魔術師ガ、こんな高等術式ヲ!?」

 驚きを隠せないイヴィルヴィは、声を荒らげる。

「このレリファルキャスロンは、内部に居る者の魔術を発動不可能にする氷の教会。そう長くは持ちませんが、今なら聖骸布(ハイド・アンド・シーク)も無効化出来ます!」

「そうか!良く分からんがでかしたぞ、ナコル!」

 あの厄介だった聖骸布(ハイド・アンド・シーク)を抑えられている今が好機。

「九頭州流参式――幻夢(げんむ)

 九頭州流の特殊な歩法、それによって瞬時に間合いを詰める。

 今度は外さない。ナコルがくれたこの瞬間を、源之助は刀で示す。

「九頭州流陸式――纏小波!」

 さっきより完全な踏み込み、タイミング、呼吸だ。イヴィルヴィの左肩に刀が振り下ろされる。

「バカめ、それはモウ見切ってイル!」

 敢無く斬撃は空を斬る。

 しかし、源之助はニヤリと不敵な笑みを向けた。

「言ってなかったか?九頭州流の陸式は()()()()の奥義なんだぜ」

 返す刀は的確にイヴィルヴィの首を狙って放たれた。

 貰った。誰もがそう思った。

 だが、源之助の放った纏小波がイヴィルヴィのそっ首を刎ねる瞬間、ジョゼが押し退けその身を割り込ませた。

「うぐぅッ·····!」

 軌道が逸れ、二撃目がジョゼの胸を深く抉る。

 なんと言う執念だ。いくらレリファルキャスロンの効力で魔術が無効化されているからと言って、生身でこの斬撃を受けるとは。

「もう·····持ちませんっ·····!」

 力を振り絞ったナコルが膝を着き、氷の大神殿は音を立てて弾けて消えた。

 再び魔術が使用可能になった今、反撃は免れない。

 しかし、ジョゼは撤退を選択した。

「私を置いて·····貴方だけでも退くのです·····」

 聖骸布(ハイド・アンド・シーク)をイヴィルヴィに投げ付ける。不味い、逃げられる。

 苦々しく舌打ちをした彼は、青筋消えやらぬ怒りの表情でその意図を汲み、その場を後にした。

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