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血染めの刀は殺意と踊る  作者: ダメな人
月落とし篇
3/21

スペインから来た魔術師

 昆虫採集とは読んで字の如く研究などを目的に昆虫を採集することなのだが、昆虫採集と聞いて真っ先に採集される側である昆虫サイドに立って物事を考える人間が、いったいこの世に何人いるだろうか。痛い、苦しい、狭い、辛い。様々あるだろうがそれは昆虫側の事であって、我々人間は精々痛〝 そう〟や苦し〝 そう〟と言ったあくまでもその立場に立った〝 つもり〟になった上での想像でしか物が言えないのだ。

 つまるところ、九頭州源之助は今まさに昆虫採集されているのだ。

 と言えば語弊があるが、端的に言ってしまえばここ数日、誰かに尾けられていた。まるで虫籠に入れた虫を研究する様に観察され、値踏みされ、何かを探ろうと周囲にピッタリと張り付かれる感覚がある。具体的に言えば、先日の連続銀行強盗事件の翌日辺りからだろうか。見えない物は信じないと言う理由から幽霊に対して否定的な見解の源之助だからこそ、肉眼で捉えることの叶わない謎の視線の主も本当は存在しないのだと思いたいところだが、これに関しては存在すると断定しても良いと考えている。現に、こうして街路樹の立ち並ぶ歩道を歩いている今でさえその視線をひしひしと感じている。

「ってことはやっぱオバケっているんじゃね·····?」

 いや、その考えは不味い。オバケはいないのだ。目に見えない物のくせに存在を主張するな。いるならいると声に出して言え。源之助は存在しないオバケと存在しているはずなのに姿の見えない視線の主に対して胸中で苦言を呈す。

「そう言やアレだよ、無一が言ってたことと関係があるのか?なんて言ってたっけ·····確か·····」


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「·····なーんてな!ある訳ねえよなそんなこと!月が落ちるなんてそんな·····」

 あまりにもバカバカしい話で独り言にも拍車がかかる。ノストラダムスの大予言じゃあるまいし、月なんて落ちるはずが無い。そもそも何をどうしたら宇宙にある月が地球に落ちてくるのか。

 時刻は正午を少し回った頃だった。

「飯でも食いに行くかぁ」

「月は·····」

「うん?」

 どこからとも無く聞こえてくるか細い声。まだ若い、少女の声だ。

 ひょっとして視線の主か?前後左右、果ては上下に至るまで探索してみるが、それらしい影は見当たらなかった。

「月は·····」

 またしても声。相変わらず姿は見えないが、どうやらとても近いところから聞こえてくるようだ。

「月は落ちる!」

 それは言葉と言うより悲鳴に近い物だった。

 先程から視界に映っていた街路樹、その一つの生い茂った枝の隙間から少女が落ちてくる。何の変哲も無い日常生活では考えられない出来事だ。かの有名な物理学者のアイザック・ニュートンでさえ、木から落ちたのがリンゴではなくうら若き一人の少女だったとしても万有引力の法則の発見に至っただろうか。

「だ·····誰だお前」

「月は落ちるんだ·····そう遠くない未来に·····!」

 話が噛み合っていないのは、彼女が落ちた拍子に頭でも打ったからだろうか。取り敢えず手を貸してやることにする。

 見たところ歳は無一とそんなに変わらない、源之助から見ればまだ子供である。見れば見るほどに飲み込まれ、沈み込んでしまうような深い蒼の瞳、まるで月光を思わせるような透き通った長い金髪は地面に付きそうなくらいまで伸びている。純白のキャバリアブラウスに黒のミニスカートと言った出で立ち。

 この様な可憐な少女に付き纏われるともなると、いよいよ本格的に心当たりが無い。

「お前が最近俺を嗅ぎ回ってる犯人か?いったい何が目的だ。つーかまずは名を名乗れ、誰なんだお前は」

「これはすまない。その矢継ぎ早な質問、順を追って返答しよう」

 やってる事はストーカー紛いの迷惑行為ではあるが、意外と話が通じる奴なのかも知れない。そんな期待をしてしまう。

「初めに、申し遅れたことを謝罪する。私の名はルクーシュ・サルヴェルージュ・ロレンツェフ。スペインよりここ、那々桐にやって来た魔術師だ。実はキミに折り入って頼みがあってここ数日監視させて頂いた」

「ま、魔術師だとぉ·····?何なんだよそりゃあ·····。もしかして、さっきの月が落ちるって話と何か関係があるのか!?」

 てっきり無一の与太話かと思っていた。むしろそうであって欲しいと願うばかりだ。しかし、月が落ちると言う話や一連のストーカー被害、そしてこのタイミングで魔術師を名乗る少女の出現。何から何まで出来すぎである感じが否めない。

 固唾を飲んで返答を待つ源之助。ルクーシュは深呼吸を一つして、その口を開く。

「実は――」

 しかし、その言葉は紡がれて直ぐに轟音によって掻き消されることとなった。地の底から響くような唸り声、はたまた空襲を思わせるかの様なその異様な音は、耳をすませば少女の細いウエスト辺りから聞こえてくるようだ。

「お前·····腹減ってんのか」

「いや·····そんな事は·····」

「嘘つけ。めちゃめちゃ主張してくんぞ、その腹」

「うぐぅ·····面目ない·····」

 申し訳無さそうに項垂れて腹をさするルクーシュに、源之助は乾いた笑いを返すしかなかった。


「んで·····マジで落ちてくんの·····?あの月が·····?」

「マジもマジだ。もう猶予など無い」

 ルクーシュはハンバーグを口に詰めながら問いに答える。噛めば噛むほど溢れ出てくる肉汁を一滴も零すまいと、口をすぼめて熱さに悶えている。

 あれから程なくして近場のファミレスに入店した二人。兎にも角にも事情を聞く必要があると判断した源之助は、ここ数日何も食べ物を口にしていないと宣うルクーシュを哀れんで食事を御馳走することにしたのだ。

 眼前には、満漢全席かと尋ねたくなるような量の皿が並べられている。

「そもそも·····ルクーシュって言ったっけ·····?お前はいったい何者なんだ?魔術師とか言ってたけど」

「ああ、この度はお願いしに来た身だ。まずは私の身の上話を聞いて貰う必要があるだろう」

 付け合せのサラダを頬張り、またハンバーグを一切れ口に放り込んだかと思えばライスを掻き込む。食うか喋るかどっちかにしろと言いたい所だが、何か重大な話の様な気がするので今は置いておくことにする。

 食事を続けながらルクーシュは切り出す。

「源之助、キミは魔術と言う物を知っているか?」

「魔術·····?ファンタジー映画とかに出てくる魔法みたいなもんか?」

「まぁそんな感じだ」

「でも、それこそ映画の中だけの話だろ?つっても、那々桐じゃ異能力者なんつー奴らも存在するくらいだから居ても別におかしくもねえんだろうけど」

「実はここ数十年の目覚しい科学技術や医療の発展は、その魔術が土台となっているんだ」

 オムライスにスプーンを入れ、ルクーシュは続ける。

「古代より魔術を普及させて来た、永き時を生きる伝説の魔術師――ワイズマン。我々の間では大賢者などの呼び名で語られている。そのワイズマンが魔術を普及させてからと言うもの、自ら魔術を学び修行することで世界中に魔術師が誕生した。中でも優れた魔術師が多く存在するのが、スペインとイタリア。人知を超えた超常の力を世の中の為に使おう·····そう考える者も少なくはなく、幼き頃から魔術の修行をしていた私は十六歳の時に独立し、スペインのマドリードに魔術結社ナンバーズを結成した」

「ナンバーズ·····?」

「魔術師二百二十名で構成された組織だ。魔術によって世界をより良い方向へと導く組織。人々が笑って暮らせる豊かな世界、それを創る為にな」

 そう言ってトールグラスを傾けて、ジュースを一息に飲み干す。あれだけあった料理は既に、彼女の胃袋へと全て消えて行ったようだ。

 人々が笑って暮らせる豊かな世界を創る為に若くして大勢の魔術師を束ねて独立した。とても立派だ。誰も真似できる様なことではない。誇るべきことなのだが、そんな華々しさとは裏腹に、彼女の表情は霞みがかったように暗いものだった。

「いくらエリートや天才と持て囃されたとて·····親友一人止められないようではリーダー失格だな·····」

「月が落ちるってのと関係してるのか·····?」

 より一層、ルクーシュの表情は翳りを増した。

 今にも叫び出したい衝動を必死に堪えるような、溢れて止まない涙を必死に堪えるような、下唇を噛み締めて震える悲痛な表情をしている。

 ルクーシュは静かに頷く。

「我々ナンバーズは、私を含め上位七人に数字を与えてある。私はウノ(1)の数字を持つ魔術師だ。つまり、残りの数字持ち·····強力な魔術師は六人」

 伏せられていた蒼い瞳が、真っ直ぐに源之助を見据える。

 これから言う言葉を聞いてしまったらもう決して逃れられないような、後戻りできないような覚悟が宿った視線。

「その六人が――離反した」

「裏切ったのか!?」

 裏切り。聞けば元々ナンバーズは世界を良くしようとして発足した組織だ。裏切り、活動理念が逆転する。それはつまり、世界を滅ぼす為の魔術師集団に他ならない。

「数字持ち以外の団員が翻らなかったのが不幸中の幸いだが·····正直な話、残った二百十七人の団員が束になったとてナンバーズには敵わないだろう」

「まさか、月が落ちるって話は·····」

「ああ、悲しいかなそのまさかさ。裏切った数字持ちたちが魔術儀式によって月を地球に激突させようと企てている」

 開いた口が塞がらなかった。

 月が落ちてくる?冗談ではない。聞けば〝 落ちてくる〟のではなく〝 落とす〟のだそうだ。いったい何の為に?どうやって?考えても、それは魔術。専門外の分野故に想像することなど不可能だった。

「首謀者はドス(2)の数字を持つ魔術師。名はウルファス・ヴァーミンガムと言う」

「ウルファス·····ヴァーミンガム·····」

 目の前に差し出された一枚の写真。そこにはピカピカのデスクに座る、頭に羽飾りを付けた金髪の少年が写っている。

 不意にカメラを向けられたのか、少し驚いたように目を丸くしている。

 そう昔に撮られた写真ではなさそうだが、ヨレヨレになってどこか年季が感じられる一枚だ。

「術式名は【ルナ・フォール】。まだ詳しく調べたわけではないが、恐らくはエルサレムに眠るとされる五つの聖遺物を同時に使役することによって完成する術式だろう」

「聖遺物·····?何だ、それは?」

「聖遺物とはそれぞれの逸話から自然に魔力回路が宿った諸聖人の遺骸や遺品のことで、私の持つこの首飾りもその一つだ」

 そう言ってルクーシュは首から下げたネックレスを見せてくれた。小さいがズッシリとしていそうな銀色の十字架。一見してどこにでもありそうな代物だが、彼女が言うにはとてつもなく稀少で貴重な物らしい。

「これは聖十字架(グランドクロス)と言って、イエス・キリストの磔刑に使われたとされた十字架を小型化した魔術霊装。何となくだけど、ルナ・フォールに必要な他の聖遺物について心当たりがあるわ」

「つまる所、他のナンバーズの連中はその·····ルナ・フォール?とか言う術式完成の為にそのネックレスを狙ってんのね」

「そう言うことになるな」

 一通り聞いた率直な感想としては、にわかには信じられないようなことばかりだった様に思える。

 この世界には魔術を扱う事に長けている魔術師が存在し、世界を良い方向へと導く為に組織を結成した筈が離反する者があり、逆に世界を滅ぼそうと魔術を悪用しようとしている。何とも不憫でいたたまれない話だ。

 しかも先程の話し方からして今回の騒ぎの首謀者であるウルファス・ヴァーミンガムなる男は、恐らくルクーシュと最も親しい友人なのだろう。彼女の心中は察するに余りある。

「そこで、折り入って頼みたいことがある」

 とても真っ直ぐで決意の炎が宿った視線が源之助を一直線に捉える。

「先ずはここ数日の、キミを付け回すような行動について謝罪しておく。本当に済まなかった」

「それについてはマジでビビったからな。めちゃめちゃ怖かった」

「そしてどうか助けて欲しい。私を、いや·····世界を導きたる魔術師に有るまじき愚行に手を染めようとしている我が友、ウルファスを。そして世界を救う為に、この未熟な魔術師の端くれに悪を討つ力を貸してほしい」

 そう言うと座ったまま深々と頭を下げる。

 世界を救うだとか、そんな大それたことを考えたことなど今まで一度も無かった。自分の能力と折り合いをつけて、それは大変なことだっていろいろあるけどそれでも無難に生活を続けてきた。仲間にだって巡り会えた。そんな中、いつから自分はこんなにも無気力になってしまったのだろう。何をしても大して心が動かない。良くも悪くも平坦な毎日。しかし、心の奥にある物だけは決して変わっていなかった。ルクーシュの真っ直ぐな想いが、真っ直ぐな言葉が、こんなにも心を熱くさせるとは思いもしなかった。

 彼の思いは決まった様な物だった。

「そこまで言われちゃしょうがねえ。付いて来な」

 煙草に火を点け、煙をくゆらせる。その火は確かに、源之助の心も燃やしていた。二人は店を出ると、足早にある場所を目指す。


「さ、着いたぞ」

 源之助のナビゲートで辿り着いた先は、繁華街から少し外れた所にある寂れた場所に佇む雑居ビルだった。雀荘、カラオケ、マッサージ店、挙げればきりがない。しかしそんな群雄割拠のビルの四階だけが、ポッカリと空白になっていた。

「こ·····ここは·····?」

 訝しげな表情を隠そうともしないルクーシュ。無理も無い。うら若き年頃の少女をこんな辺鄙な場所に連れ込んで怪しむなと言う方が無理な話だ。

 しかしそんな彼女の胡乱な眼差しを意に介さず、源之助は涼し気に答えてみせる。

「俺たちブラックインパルスのアジトだ」

 備え付けられた階段を登り始める二人。一歩毎に異様な雰囲気が立ち込める。それはルクーシュが魔術師故、何か得体の知れない瘴気の様な物を感じ取れるのか。とにかくその空白の階には、異様な存在があった。

 何の前触れも無く、鉄製の扉は開け放たれた。真っ先に目に入ったのは木製のテーブルと二つのソファ、そして書類が山の様に積まれたデスクだった。

「よーっす、客を連れてきたぜ。俺たちに依頼だとよ」

 吐き捨てる様にぶっきらぼうな源之助の台詞に反して、ウキウキした少女の声が室内に響く。

「よーっす源ちゃん!依頼人ってもしかして、あおぞら広場に書き込まれてた月の人!?」

「よく分かったな無一。いいからコーヒー出してやれ」

「それは源ちゃんの仕事!サボってどっかほっつき歩いてたんだからそれくらいやってよね〜」

 この組織のパワーバランスなのか、はたまたサボりと言うワードに後ろめたさを感じたからか、無一に言いくるめられる形で渋々源之助がコーヒーを淹れに奥の部屋へと消えていく。どことなく煤けた背中をしていた。

「私はルクーシュ・サルベルージュ・ロレンツェフ。先程源之助には説明したが、折り入ってキミたちに依頼したくここへ来た」

「あおぞら広場に書き込んでくれた娘だね!あたしは無市無一!そしてアナタの後ろに立ってる大っきいのが(クロ)ちゃん!」

 無一の言葉を受けて、弾かれた様に後ろを振り向くルクーシュ。確かに源之助と一緒にこの部屋に入った時、背後には誰も居なかった。気配すら無かった。それがどうだろう、自分の真後ろには2メートルくらいは有ろうかと言う長身の男が佇んでいた。梅雨のジメジメとした暑さを感じないのか漆黒のマントに身を包み、ペストマスクを装着し、つば広帽を目深に被った男。見れば見るほどに奇妙な存在だった。

 玄と呼ばれたその大男は少し屈んで顔と顔を突き合わせる様に数秒間ジッとルクーシュを見つめると、踵を返し一言も発さぬまま部屋の隅へと歩き出し、まるでそこが定位置だと言うかの様に体操座りをした。

「ごめんね、クロちゃんは大っきな身体してるけど超が付くほどの無口でさ〜。でもルクちゃんのこと歓迎してるよ!」

「ル·····ルクちゃん·····?」

 以心伝心と言うやつだろうか。彼のことなら何でも分かるらしい。そして気さくな性格なのか、無一とは打ち解けるのも早そうだ。ルクーシュは内心ホッと溜め息をつく。

 タイミングを同じくして丁度源之助が戻って来た。手には純白のティーカップが握られている。

「まあ、座れよ」

 促されるまま備え付けられたソファに腰を沈める。そして目の前のテーブルに、コースターとティーカップが順に置かれる。

「んで、依頼って何かな?掲示板には具体的に書かれていなかったけど」

「ああ、あの掲示板には『月が落ちてくる』としか書かなかった。だがそれは比喩表現などではなく、文字通りの意味なんだ」

 テーブルを挟んで真向かいに備え付けられたソファに腰を下ろす無一は、キョトンとした瞳で小首を傾げている。代わりに源之助は、既に聞いた話なので数回首を縦に振る。玄は相変わらず無言のままだ。

 ルクーシュは続ける。

「私は魔術師なのだが、ここからは専門的な話になってくる。それを踏まえた上で聴いて欲しい」

 それからルクーシュは源之助にした様に、事件の経緯を詳らかに話し始めた。

 時には頷き、時には驚いたり、コロコロと表情やリアクションを目まぐるしく変えながらそれでも無一は静かに聴いていた。


「なるほど〜、大体分かったよ〜」

「全然分かった様な顔してねぇんだけどな?」

 小馬鹿にする源之助に対して食い気味で応戦する無一。

「分かってますぅ〜!つまり、ヘンテコな術で地球に月を落とそうとしているルクちゃんのお友達の魔術師を殺して、それを阻止すれば良いんだよね?んで、そのお友達はルクちゃんの持っている聖遺物?を狙ってるからそれも奪われない様にする、と!」

「こ、殺すとまでは·····!」

「んぇ?だってぇ、あおぞら広場に書き込んだってことは〝 そう言うこと〟なんでしょ?」

 その言葉にハッとなるルクーシュだったが、源之助がその先を続ける。

「分かってると思うが俺たちゃ殺し屋だ。人を殺すのに何の躊躇も無ぇような殺人鬼だ。そんな奴らが群れを成す組織に頼み事をするってのは·····つまりそう言うことなんだよ」

「ルクちゃんにはツラい選択だと思う。今ならまだ依頼を取り消すこともできるけど·····どうする?」

「そっ·····それはっ·····」

 責めるつもりではなかったが、思うところがありすぎたのだろう。今まで押し寄せる感情の波を食い止めていた〝 ナンバーズの長〟としての責務と言う防波堤が、〝 世界を救う為の決断〟と言う重圧に耐え切れずに決壊してしまったようだ。

 長い沈黙が続き、ルクーシュの啜り泣く声だけが室内に静かに響く。

 どれくらいそんな時間が続いただろう。沈黙を破ったのは、ルクーシュその人だった。

「確かに、私の考えが甘かった。世界を救うと言うことはそう言う事なのだな。·····いや、そんな大それた話ではない。一組織の長として、一人の魔術師として、その責務を果たさない道理は無い。すまなかった、水を差してしまったが改めてお願いしたい。彼を·····ウルファスを殺してくれ」

 涙を拭って震える声でそう告げるルクーシュは、とても真っ直ぐな瞳を向ける。

 彼女達の歴史がどんな物だったかは想像も及ばない。しかし、友を殺すと言う決断はそう簡単にできる物では無いのだろう。あの日の自分がせせら笑う。


 ――お前とは大違いだな。自らの殺意に呑まれ、快楽のままに友を殺したお前とは。


 心にチクリと棘が刺さった気がした。

「よく決断したな。その決意が正しい物かどうかなんて·····」

 言いかけて言葉を飲み込む。

 自分には今のルクーシュに言葉をかけてやる資格など有りはしない。そして何より、向けられたその眼差しが言葉以上に語っている。

 もう言葉は要らないはずだ。

 噛み合った歯車は、軋みながらも廻り始める。

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