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血染めの刀は殺意と踊る  作者: ダメな人
月落とし篇
2/21

黒い衝動

「しっかし、この季節は何でこうも暑いかねぇ·····。まだ夏も始まってねえってのによぉ。これから更に暑くなるなんて信じられねえ。耐えられる自信が無えんだが?」

 六月ももう終わろうかと言う頃、ジメジメとした梅雨特有の暑さに嘆く男が一人。咥え煙草をふかし、赤髪の天然パーマをクシャクシャと掻き、薄ら生えた顎髭を撫でながらこの時期の暑さについてボヤいている。

「源ちゃん的には暑いの嫌なんだ?あたし的には冬のがツラいかな〜。何で冬ってあんなに寒いの?ってかむしろ秋から既に寒いよね?」

 その隣には寒さについて嘆いている少女が一人。重苦しい黒の前髪でスッポリと隠れてはいるが、その目はきっと赤髪の男と同じくらい死んだ魚のような物に違いない。

「そんなこと言ったら春から既に暑いよな。何?日本の四季は暑いか寒いかの二択しか無いの?丁度良い季節ってのを作らなかったのかねぇ、神様もおっちょこちょいなんだから。だいたい何でこんなクソ暑い日にスーツなんか着てんだよ俺ぁ·····その点お前は良いよな無一。セーラー服はさぞ涼しかろう」

「いやいや、冬が寒いんだってば!タイツにマフラー、コートなんて着てても焼け石に水!あたしにとっちゃゲームの世界で言う初期アバターみたいなもんなんだよっ!」

「焼け石持ってんなら暖かいんじゃね?」

「言葉の綾だよ、源ちゃん·····」

 日本の四季に散々なイチャモンを付ける二人。

 源ちゃんと呼ばれる彼の名は九頭州源之助(くずすげんのすけ)。覇気の無い眼をしており、くたびれた雰囲気の29歳、アラサーである。

 無一と呼ばれる彼女は無市無一(なしむいち)楽桜(らくおう)高等学校に通う1年生。

 そんな彼らの職業は――。

「だいたい那々(ななきり)って海に囲まれた街なんだろ?だったらもっとこう、気持ちの良〜〜〜い潮風なんかが吹いてきてさ·····アレだよ、もっと涼しくなんないの?」

「あはは!こんな都会に潮風なんて吹くわけないじゃん!もっとも、この町全部のビルが消し飛んだりすれば少しは風通しも良くなるかもねっ!」

 ここ那々桐は那々桐タワーを中心に都市が広がっており、一つの街を形成している。今の日本は那々桐の他に東の十六夜(いざよい)、西の樺楽(からく)、南の遠嶽(とおがく)、北の(のべ)の合計五つの都市で出来ており、その全ては海に浮かぶフォースブリッジで那々桐から繋ぎ止められている。

「なかなか物騒な発想だなぁ。おじさんそう言うの感心しないぞ?」

「冗談に決まってるでしょ〜?冗談!全く〜、源ちゃんってば分かってないんだから〜」

 ニッコリと笑った時に見える八重歯、それが彼女、無市無一のチャームポイントでもある。それに釣られて源之助も笑みを浮かべた。

「取り敢えずさ、暑くて敵わん。どっか喫茶店でも寄って休憩しようぜ」

「あ、それ良いね。じゃああそこなんてどう?あのオープンカフェ!」

「え〜、どうせなら過ごしやすく空調の利いた店内が良いんだが·····ちぇっ、しょうがねえな」

「やった!さっすが源ちゃん、分かってるぅ〜!」

「お前さっきと言ってることが真逆なんだが?掌クルクルかよ、ドリルなの?」

 肩を落とす源之助とは対称的にウキウキとした無一は、渋々と言った面持ちの源之助の手を引き目に付いた外の座席に腰を下ろす。持ち上がった口元からキラリと八重歯が光る。幾つになっても子供っぽい奴め。内心そんな悪態をつくも、言うなれば源之助にとってはもう慣れた物でもある。

 時刻は午後五時になった所だった。

「それよりよぉ、例の件はどうなってんだ?あ、俺アイスコーヒーで」

「例の件?とは?あ、あたしはオレンジジュースで」

 恭しく頭を下げたウエイトレスのお姉さんを横目に、メニュー表を静かに置いた源之助は深い溜め息を一つ吐き、死んだ魚を更に殺したようなもうどうしようもないくらいに終わっている眼差しを無一に向けると、「あのなぁ·····」と口を開いた。

「例の件ったら仕事のことしか無ぇだろうがよぉ!今回の依頼はどうなってんだって意味だよ!だいたい何でお前、今日は一人なんだよ?クロの野郎はどうしたんだ?」

「あー、それこそ源ちゃん的にはボスの指示を聞いてなかったのかな?今回の依頼はあたしと源ちゃんの二人だけで当たれってさ。クロちゃんはお留守番」

「マジかよ·····クロはともかくとしてボスの野郎は完璧にサボりだろ!俺なんてもう何ヶ月アイツの姿を見てないことか――」

「お待たせ致しました。こちら、アイスコーヒーとオレンジジュースでございます」

 言い終わる前に遮るように届けられる注文の品。微笑みながら頭を下げるウエイトレスのお姉さんに、源之助も言葉を飲んで微妙な微笑みを返す他に無かった。

「まぁまぁ、ボスの不在なんて今に始まったことじゃないじゃん?ミステリアスで神出鬼没、それが我らのボスなんだよ。私に至っては本名すら知らないし」

「そんなんで良いのか、俺たち《ブラックインパルス》は·····まぁそれはそれとして、だ。話を戻すぞ。今回の依頼について確認を取っておく」

「あ、このケーキも食べたいなぁ。学校終わって小腹が空いてきちゃったよ。すみませ〜ん!」

「おい!人の話を聞けっての!」

「も〜何よ源ちゃん!そんなカリカリしないでよ。分かってる分かってる、依頼の確認ね」

 ミーティングの大事さを知らんのか。最近の若者はこれだから。色々と言いたいことがありはしたが、突き刺さるような周囲の視線に耐えかねたこともあり半ば折れるような形で源之助は言葉を飲み込んだ。何より、これからする話は、とても他人に聞かせられる様な話である筈がないのだ。

 スカートのポケットから無一が取り出したのはスマートフォン。自前の物だ。画面と睨めっこしながらツイツイと指で操作を始め、程なくしてとある画面が目の前に差し出される。

「なるほど、ターゲットの名は芦屋孔志(あしやこうし)。年は25歳か。コイツはアレか、〝 俺たちと同じ〟か?」

 《あおぞら広場》と名付けられた匿名掲示板、その画面の書き込みから視線を移し無一を見据える。

「いんや、恐らくはただの異能力者だろうね。そもそもの話、あたしらが特殊過ぎるんだよ。あたしらみたいなのはそうゴロゴロと居ない」

「ああ·····確かにな·····んで、芦屋についての詳しい情報は?」

 無一は待ってましたとばかりに口角を持ち上げ、賢しらにフフンと鼻で笑うとスマホを口元に宛てがいながら話始める。

「芦屋孔志、炎を操る異能力者だ。彼はね·····ある物がとても大好きなんだよ。みんなが持ってるある物がね」

「ある物ぉ?何だよそりゃあ、もったいぶってねえで早く教えやがれ」

「もぉ〜、源ちゃん的にはそれノリが悪すぎなんだよなぁ。お金だよ、オ・カ・ネ」

 チッチッチッと得意気に指を振る無一は、いつの間にか卓上に届けられていたチーズケーキをフォークで一掬いすると口の中に放り込んだ。フルフルと短く身震いすると、何とも幸せそうな溜め息も吐く。

 金、依頼、あおぞら広場。朧気ながら今回のビジョンが見え始めてきた。このあおぞら広場とは無一が管理人を務める匿名掲示板であり、十重二十重に散りばめられた意地の悪いクイズに正解した者のみが辿り着ける場所。その最果てにて得られる報酬とは――殺人の依頼である。常人では挑もうとする気すら削がれてしまうような悪意あるクイズ、その全てを解く人間になどまともな者がいる筈も無い。言うなれば狂気の濾過。クイズ一問一問で余分な感情を殺していき、最後の最後まで残った純粋なる殺意。それを有した者だけがこのあおぞら広場の書き込みページへと辿り着けるのである。

 そんな殺意と個人、点と点であった物が今線で結ばれた。余程の事であるのは想像に難くない。

「金·····か、ひょっとして」

 思い当たる節がある。ここ那々桐に住んでいればそこまで珍しいことではない。ある事件をきっかけに、ここ那々桐で加速度的に生まれた〝 異能力者〟。

 ここ数日、テレビを賑わせている異能力者による連続銀行強盗。その犯人は、文字通り異能の火力によって未だ特定に至ってはいなかった。

「あの連続銀行強盗事件の犯人が芦屋なのか」

「ご名答〜。正解したご褒美に、源ちゃんにはあたしのチーズケーキを一口だけ進呈しよう」

 差し出されたフォークに齧りつき、腕組みしながら短く唸る。

「その様子だと、次に狙われる場所の目星は付いてんだろ?」

「フッフッフ〜ン·····それは勿論!」

 それは、無一がアホっぽいドヤ顔を向けてきたのと同時だった。

 耳をつんざくような爆発音、吹き飛んでくるコンクリート片、肌を焼く熱風。理解するのにそう時間はかからなかった。

「死にたくなければ道を空けろ!さもなくばここにいる全員が消し炭になると思え!」

 響く怒声、燃え盛る炎の中に佇む男。右手にはピストル、左手には大量の札束が詰められているであろう黒のアタッシュケースが握られている。

 ――芦屋孔志だ。

 無一はドヤ顔をキープしたまま言葉を続ける。

「道路挟んで向かい側のあそこの銀行だよっ」

 顔を引き攣らせる源之助をよそに逃げ惑うカフェの客、遠巻きにこちらを眺める野次馬が阿鼻叫喚の地獄絵図となってせめぎ合う。

 何となく、何となくだがこんなパターンを想像していなかったわけではない。むしろ今までの経験上、五回に一回くらいの割合で依頼とはこんな風に始まる物である。だからこそ、毎度その一回を引かないように祈るのは、この業界で活動する上では当然のことなのではなかろうか。

 九頭州源之助、無市無一。職業――殺し屋。

「さぁさぁ源ちゃん、立つんだよっ!お仕事だよっ!今日も元気に()ってみよーう!」

 謎めいたテンションで急かしてくる無一の額に軽く手刀をお見舞いし、嘆息しながら源之助が立ち上がる。

「まだ耳がキンキンする」

 こめかみを指で押しながら胸ポケットから取り出した煙草を咥え火を点けると、芦屋に向かって静かに走り始める。一歩、また一歩、足を進める度にザワつく心。胸の奥深くで黒いモヤが渦を巻き、やがて一塊となったそれが鎌首をもたげる。

 ドス黒い感情、普段平然としている源之助が日常的に抱え、幼き頃より寸での所でようやく飼い慣らしているその感情の名は·····。


「殺人衝動――解放」


 腰の左側へと滑らせた右手、何も無いその空間が僅かに揺らぐ。

 その時だった。

「そこまでだッ!!!」

 凛とした女の声が木霊する。

 芦屋と源之助の丁度中間当たりに空から落下物が。

「那々桐特殊治安維持部隊シルバーシールド部隊長、冴騎鉄華(さえきてっか)であるッ!お主が昨今巷を賑わせている連続銀行強盗の犯人であるな!?現行犯で連行させて頂くッ!いざ神妙にお縄につけぇいッ!!!」

 巻き上がった砂煙が晴れた頃、突如として空から飛来した冴騎鉄華と名乗る少女が凛とした声、凛とした表情で指をさす。

「お·····俺·····?」

 ――源之助を。

「いやいやいやいや、どう見ても俺よかアイツの方がソレっぽいだろ!見ろよあのアタッシュケース!あのピストル!モロ犯人じゃん!」

 あまりの出来事に思わず能力を解き、目を見開きありったけの抗議の意をぶつける。源之助の指が指し示す方向、自分の背後に立つもう一人の男の存在に気付き「む?」と短く唸った鉄華はくるりと反転し、スカートを二度三度叩き、薄紫色のロングヘアを手櫛で整えると短く咳払いをして再び吠えた。

「那々桐特殊治安維持部隊シルバーシールド部隊長、冴騎鉄華(さえきてっか)であるッ!お主が昨今巷を賑わせている連続銀行強盗の犯人であるな!?現行犯で連行させて頂くッ!いざ神妙にお縄につけぇいッ!!!」

「「そこからやんのかよっ!!!」」

 芦屋と源之助、妙な一体感が生まれた瞬間であった。

「ゴチャゴチャとうるせえ女だ!退け!丸焼きにしてやるぞ!?」

「ふむ、私の言う事が聞けぬとな?ならばやむを得えまい·····こちらも実力を行使させて頂くッ!」

 凄む芦屋に怯むどころか逆に闘志を燃やす鉄華と言う少女。只者ではない。源之助は何かを悟り、一歩退いた。

「ゆくぞ。ストレングス、ジャンプ」

 両の横髪をサラリと耳にかけ、両耳に着けられた銀色の細長い菱形のピアスを軽く弾く。リィン·····リィン·····と涼しげな音が鳴るや否や鉄華の両手両脚が白く発光し、どこからとも無く現れたパーツが周囲を漂い、その細く長い手脚に瞬く間に装着された。空気の抜ける音、吹き上がる蒸気、成した形はメカニカルなデザインのシルバーのガントレットとロングブーツだった。

「うぐっ·····そ、そんな物はただのハッタリだぁッ·····!」

 一連の流れに気圧されながらも絞り出すように言葉を吐き捨て、芦屋は右手に握ったピストルを一発放つ。平和な街には似合わない物騒な銃声が辺りに響き渡る。

「ハッタリかどうかは――」

 言葉の途中に金属同士がぶつかり合った時のような音が混じる。まさか·····?その場に居合わせた者全てがその発想に至ったであろう。有り得ないが、現に有り得たとんでもない光景を目の当たりにして。

 鉄華から少し離れた地面には小さく抉れた箇所があり、僅かながら硝煙が立ち上っている。そのまさかだった。

「その身が一番良く知ることとなるだろう」

「バッ·····バカか!?拳銃だぞ!?この近距離で打ったんだぞ!?何で·····何で死んでねぇんだよぉっ!」

 慌てるのも無理も無い。距離にして10メートル足らず。数々の犯行で逃げ延びてきた芦屋がその距離で放った弾丸をそう簡単に外すことはない。外すわけが無いのだ。

 だとすればやはり答えは一つしか無かった。こんな吹けば飛ぶような細身の少女が未だ眼前に立っている現実がそれを物語る。

「いや何、弾丸が私の眉間を貫く寸前にマッハ2.4で横から叩いただけだが」

「··········!?!?!?」

 あまりに荒唐無稽な出来事をさも当然のことのように話す少女は、周囲の反応を他所にあっけらかんとしている。

 しかしそれも無理からぬ話。ここ那々桐の街で結成された、異能力犯罪に対抗する武闘派の民間自警団。特殊治安維持部隊シルバーシールドに所属する全ての部隊の頂点に立つのが冴騎鉄華、その人である。

 どうすればこの危機を脱することが出来るのか。纏まらない思考を続ける芦屋とは逆に、鉄華は静かに言葉を発する。

「次にお主がその撃鉄を起こした時。その時がお主の命運尽き果てる時だと思え」

 その言葉に嘘偽りが無いことは、火を見るより明らかだった。先程はハッタリだと高を括った芦屋だった。しかし今は違うとハッキリ理解できる。その瞳が物語る決意や気迫と言った物は、最早とうに一介の女子高生が出せる代物ではない。

 しかし芦屋孔志とて、ここでむざむざ捕まるわけにはいかない。ここは一つ、何としてでも逃げて逃げて逃げ延びるしか道は他に無い。

「クソがぁッ!こんな所で捕まってたまるかよぉッ!」

 折れかかった心を咆哮で何とか繋ぎ止め、持っていた拳銃を鉄華目掛けて投げ付ける。

 目眩しのつもりか。しかし飛んでくる弾丸を叩き落とせる鉄華にそれが通用する筈も無く、またしても弾かれた拳銃は虚しく宙を舞った。

「ウオオオオオオオオオ!!!」

 しかし、目眩しの為に放ったと思われた拳銃すらフェイク。これが本命だと言わんばかりに芦屋は身体から炎を吹き上げ、辺り一面を火の海へと変えた。

 目眩しの目眩し、それが芦屋の導き出した最後の答えだった。これで僅かでも反応を遅らせることができれば、まだ逃れるチャンスはあるかも知れない。一縷の望みに縋るように芦屋は駆け出す。捕まらないことを最優先に考えた結果、今回の目的だった大金の入ったアタッシュケースすら捨てて。

「言ったであろう」

 瞬間、背後から声。その主は最早言うまでもなかった。

「次にお主がその撃鉄を起こした時。その時がお主の命運尽き果てる時だと思え――とな」

 炎の海を掻き分けて飛び出してきた人影は芦屋の眼前に躍り出るや否や、素早いターンから目にも留まらぬ拳を顔面へと叩き込んだ。

 決着。固唾を飲んで見守っていた群衆も、そのあまりの迫力の大立ち回りに思わず沸き上がる。

 そんな中、源之助はと言うと乾いた笑いを浮かべるだけだった。

「何なんだよアイツは。お前と同じ制服着てんぞ」

「あ〜、源ちゃんは気にしなくていいよ。ただの商売敵だから」

「肝心なとこはぐらかしやがって·····ったく」

 悔しそうに歯噛みする源之助とケラケラ笑う無一。アウェー感が否めなかった。

 周囲を取り囲むヤジウマたちから惜しみない賞賛の声を浴びる鉄華はボロ雑巾の様に横たわる芦屋を難無く肩に担ぐと、にこやかに手を振りながら踵を返す。程なくして一台のバンが現場に乗り付けた。車体にはシルバーシールドのエンブレム。きっと護送車だろう。

 源之助と無一も帰ろうと踵を返す。そんな時だった。

「すんませんッ!通してくださいッス!すんません、通るッス!」

 何やら先程とは別の理由で騒がしいヤジウマの一角、それらを押し退けて一人の少年が姿を見せる。

「すんません鉄華先輩ッ!遅くなったッス!犯人はどっちに逃げたんスか!?」

 ウニの様なツンツンした茶髪の少年が膝に手を付き、息を切らしながら忙しなく辺りを見回す。

「虎太郎ではないか、偉く遅いご到着であるな。何、案ずることは無い。犯人ならここに」

 首根っこを掴まれた状態でズイッと差し出された芦屋は白目を剥いて意識が無い。どうやら完全に気を失っている様だ。その様子にじゃっかん引き気味の虎太郎と呼ばれた少年は「そッスか·····」と短く笑うだけで、気不味そうにすぐに視線を外した。

 やがて護送車に乗り込んだ芦屋を含めた三人は、けたたましいサイレンと共に那々桐の市街地へと消えていった。

 嵐のような出来事に言葉が浮かばない。自分の仕事にしか興味の無かった源之助にとって、他の組織とバッティングするなど初めての経験だった。商売敵。無一の言った言葉がポツンと頭に浮かぶ。考えてもいなかった存在だ。

「めんどくせぇな·····」

 誰に言うでもないその言葉は生温い初夏の風と共に空に消えゆくばかりだったが、この出来事が全ての始まりであることなどまだ誰も予想すらしていなかった。

 何かが動き出そうとしている那々桐で、様々な思いは交差し、夜になれば今日もまた満月が変わらず世界を照らしてくれるのだろう。また一つ、歯車が噛み合う音が鳴った気がした。


※※※※※


「クソッ·····!散々な目に遭ったぜ·····」

 真っ暗な独房の中、芦屋孔志はベッドに横たわりながら怒りを顕にする。

 ここは那々桐のとある研究施設地帯の一角にある、異能力によって罪を犯した者が個別に収容される地下の隔離施設。その通称は棺箱(ひつぎばこ)。罪の重さや異能力の強さに比例して収容される階層が深くなっていくのが特徴である。芦屋の収容された階層は地下一階。地中10メートルに位置する場所だ。

 地下なので当然窓は無い、電灯すら無い。あるのは寝心地最悪のベッドと、一日一度支給される食事だけである。何と劣悪な環境なのか。

「それもこれもあの女のせいだ·····!」

 やり場の無い怒りを紛らわせる様に寝返りを打つ。その度に造りの荒い簡素なベッドが悲鳴を上げ、より一層不快感が込み上げてくる。

「はぁ·····ひとまず問題はコレだな·····」

 自らの首に指を這わせるとヒンヤリした感触がある。触ってみた感覚から察するに、首輪だろう。心当たりがまるで無いことから、気絶して連行されている間に着けられたのだろうと推測する。恐らくこの謎の首輪の影響で、異能力が発揮できなくなっている。どうやら異能の力の発現を阻害するジャマーの役割りを果たしているらしい。

 益々腹立たしくなってくる。今まで異能の力で何だってできた。金も酒も女も、望めば何だって手に入った。それが今ではこの有様。壁を焼き切るどころか、暗い独房を照らすだけの炎すら出せやしない。

 復讐。何としてもここを出て、今度こそあの女·····冴騎鉄華をこの手で殺す。そうする事でしか治まりのつかない憎悪の炎が、心の中で音を立て燃え盛っていた。

「待っていろ·····冴騎·····鉄華·····」

 疲労もあって急に睡魔が襲って来る。徐々に意識が微睡んできた時だった。

 煙草の匂いがした。

 いや、有り得ない。ここは棺箱の独房だぞ?自分以外に人がいる筈など――。

「邪魔するぜぃ。芦屋孔志くんのお部屋で間違い無ぇかい?」

 真っ暗な独房の中、どこかで聞いたような声が聞こえる。煙草の匂いもこの声の主が元だろう。

「お、いたいた。芦屋孔志、さっきぶりだな」

 お世辞にも広いとは言えない独房の中、確かにそいつはそこに居た。夕方、襲撃した銀行で自分に向かって駆け寄って来た男。

 何でこの男がここにいる?否、問題にするべきはそこではない。


 ――どうやって入ってきた?


「悪いがお前さんを殺してくれって依頼があってな。そう言うわけだからここで死んで貰うぜ」

 わけが分からなかった。俺を殺す?依頼?

 何にしてもこのクソッタレな首輪がある以上、異能力は使えない。自力で何とかするしか選択肢は無かった。急いでベッドから身体を起こし、咥え煙草をふかす男に向き直る。

「何なんだアンタいったい。依頼?俺を殺すようにって?わけ分かんねえこと言ってんじゃねえぞ!このモジャモジャ頭!」

「別に気にしてるわけじゃねえんだが、言葉に出して頭を貶されるのは結構ムカつくなぁ。お前、あんまり俺を怒らせない方が良いぜ?」

 どうにかしてこの場を切り抜けなければ冴騎鉄華の件の二の舞になる。この状況から判断するに、確固たる予感がしていた。もうミスは許されない。俺は生きてここを抜け出して、冴騎鉄華に復讐するのだ。

 胸中の決意を再確認する。

「もぉ!な〜にカッコつけちゃってるの源ちゃんったら!あたし明日も学校なんですけどぉ!?源ちゃん的にはあたしが明日寝坊して遅刻しちゃっても良いってことなのかなぁ〜!?」

 咥え煙草の男の背後、暗いがよく目を凝らせば空間にポッカリと穴が空いていた。そこから出てきたのは、冴騎鉄華と同じ制服を着た女子。一目で分かった。ただ者ではないと。

 故に、先程咥え煙草の男が言った言葉も途端に信憑性が濃くなると言うもの。

 殺される。その依頼とやらで、俺はこれから殺されるのだ。

「分かったって、うるせぇな、も〜。よぉ、芦屋。さっきは俺を怒らせない方が良いって言ったけどよ、あれ間違いだわ」

「へ?」

 突拍子も無い言葉に思わず上擦った声が漏れる。間違いとは?いったい何を間違えたんだ?

 考えても思考が纏まらない。考えた傍から積み上げた思考が崩れ落ちる。そう、それもそのはず。

「あれ·····?何か視界が·····変だぞ·····?」

 思考が纏まる以前に、気付けば自分の首は冷たい地面に転がっていた。

 見上げれば未だにベッドに腰掛けた自分の身体があり、その首からは噴水の如く鮮血が迸っている。

 咥え煙草の男に視線を移すと、その手には艶めかしく煌めく日本刀が握られている。

「九頭州流伍式――煌刃閃(こうじんせん)。怒らせない方が良いんじゃねえ、俺は常に怒ってんだよ。人を殺したいくらいにな」

 短く吐き捨てる黒スーツの男と退屈そうに欠伸をする白いセーラー服の少女。着ている服のコントラストがこのシチュエーション上マッチしてるとは言い難く、その奇妙な不気味さがより一層恐怖感を煽るのだが、今の芦屋には最早関係の無いことだった。

 そう、命は終わってしまったのだ。

「さてさてっ、シルバーシールドに先を越されて一時はどうなるかと思ったけど、無事に今回の依頼も達成できたねっ!源ちゃん!」

「そうだな。今後こうならないように、そのシルバー何とかも今のうちに殺しといた方が良いんじゃないか?」

「あっはは〜、源ちゃんってば尖ってるね!尖りまくってるね!でもダメだよ〜無益な殺生は!依頼が来たら殺そうねっ!」

 ポッカリ空いた空間の穴、まるでそこが出入口だとでも言うかのようにそれに入って消えていく二人。彼等はブラックインパルス。那々桐で暗躍する闇の殺し屋集団。また一つ依頼を達成した彼らが次に向かうのは、果たして何処なのだろうか。


不気味に笑う満月が、今日も世界を照らし出す。

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